第20話リィナ

 リィナの家はケシ畑からさほど遠くない場所にあった。



「祖母の具合があまりよくありません」



 リィナは言った。リィナはルーカスの隣に立ち、その顔を見上げた。



 ルーカスと共に、私は奥にあるリィナの祖母の部屋に入った。部屋の中央にあるベッドの上で、リィナの祖母は横たわっていた。



 体中が先ほど見た人たちと同じように、デコボコと腫れていた。



 その様子は泥が多い土地に雨が降り、そのあと乾いてひび割れているのに似ていた。



 体の表面は硬く、こわばっている。その中にある体は外側のごわごわとした皮膚とは異なりひどくか細く、小さくなっているように見えた。かすかな寝息が聞こえてくる。




「昨日は、足が痛い、と泣いていました」




 リィナは言った。そのまま、ぎゅっと手で自分のスカートを握る。




「痛みと呼吸が楽になる薬を置いていくわね」




ルーカスは言った。その声が優しい分、もうできることはないから、と残酷な響きに聞こえた。




 私は考えた。もう治る見込みのない人たちに…治すことができないなりにも、できることってあるんだろうか。あるとしたら、それはなんだろう。




 リビングに案内されると、そこにはリィナの両親と、アイザックが待っていた。




「いつもありがとうございます。この方が、お話のあった、あの花の栽培を学びたいという方ですか?」



 リィナの父親がアイザックを見ながら言った。



「そう。彼がこれから週に2度ほどこちらへ伺うわ。ケシの栽培についてあなたたちの持てる知識と技術の全てを彼に教えて欲しいの。念の為、これは国の意向と思ってもらって構わないわ。その分、報酬もきちんとお支払いします」



 そこまで話して、エマ、とルーカスは私を呼んだ。



「アイザックには、毎回エマを同行させます。エマは私の助手。マリアさんの様子で気になることがあれば、エマに伝えて」




ルーカスは出されたお茶を飲んだ。



「エマ、用意してきたお土産をお渡しして」



 私は荷物の中からお土産を取りだした。鴨のリエット、牡蠣のオイル煮、砂肝のコンフィ。早なりのいちごが手に入ったのでジャムも作ってきた。瓶をテーブルの上に一つ一つ並べる。



「助かります」



 エマの母親が言った。背が高く、痩せている。疲れが溜まっているのか顔色はあまりよくないけれど、整った顔の美しい人だった。リィナによく似ていた。




 リィナはリビングの壁に背をもたれさせたまま髪の先を指でいじりながら、私たちの話を聞いていた。やがて一言、こう言った。




「あなたがおばあちゃんを見るの?ルーカスさんの代わりに?」



「はい、次回よりよろしくお願いします」



 多分リィナは私より年下だろうなあ、と思いつつ、丁寧に私は言った。どんな時でも、礼儀正しく。父から教わった、患者さんやその家族に接する時の鉄則だった。




 リィナは一瞬、眉を寄せると、何も言わず、ふい、と顔を背けると出て行った。リィナの母が慌てて私に詫びる。



「申し訳ありません」



「気になさらないでください」



「いろいろ難しい年頃なのよね」



 ルーカスは言ってお茶をすすった。



「…母の病気がわかって、あの子が6歳の頃に街を出ました。私たちはそれ以来、この森の奥で暮らしています。リィナと同じ年頃の子供もこの集落にはいませんし、自由に森の外に出て行くこともできない。それが納得できないようです。最近ではすっかりあの子も無口になってしまいました。失礼な態度を、どうか許してやってください」




 両手を膝の上に置いたリィナの父に深々と頭を下げられ、私は慌てた。



「いえ、気にしていませんので、全然!」



 妙に力が入った両手を顔の前でぶんぶん振りながら私は言った。



 何となく微妙な空気になったところで、私たちは暇を告げることにした。

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コウモリの森の魔女の求人に応募した私の一年 カブトムシ太郎 @kabukuwa0608

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