第3節 巨人兵器

「これは……」

「驚いたか。まあ、無理もないな」


 目の前に広がる光景に呆然としている俺を一瞥いちべつすると、ナヴィは表情を変えることなく続けた。



「これが、アンノウンを討ち取る『算段』というやつだ」


 相変わらず、ナヴィの口調は淡々としている。


 奴の前で動揺した姿を見せるのはしゃくだったが、それでも俺は驚きを隠し切れずにいた。



 目の前には人間を遥かに超える大きさの構造物が安置されている。それは先ほどの光景と何ら変わらない。


 しかし、眼前の機体と愛機〈エレクトラ〉とでは、決定的に異なる点があった。



 標準的なメテオムーバー――例えるなら、軍が主力機として採用している〈キュクロプス〉などと比べて――この機体は、途方もなく大きかった。


 その巨大さゆえか、格納庫では直立あるいは脚部を三角に丸めて座る通常のメテオムーバーと異なり、この機体は既に人型を捨てていた。


 具体的に言えば、巨大な胸部を中心として手足を後方に曲げて収納し、かつての宙闘機のようなフォルムへと変わっていた。



 本当に大きな機体だった。


 ほとんど胸部の高さだけになった状態でも全高は格納庫の天井に届かんばかりで、この戦艦では完全な整備は不可能なように思えた。



 眼前にある1機に加え、後方には5機もの同型機が並んでいる。


 戦艦の中では比較的広々とした格納庫を持つウォークルだが、この巨体が6つも鎮座している今はやけに狭苦しく感じる。




 初見の人間でも分かるほどに、その変形機構は単純だった。


 しかし、どれだけ単純なものであれ、メテオムーバーを変形させるという試みはこれまで耳にしたこともなかった。


 人間を模した姿によって効果的な運用が可能になったメテオムーバーが再び戦闘機系列のフォルムに戻るということは、機械としてのコンセプトに真っ向から逆行しているに等しいからだ。



 俺の愛機である〈エレクトラ〉は一世代前の主力機〈ナベリウス〉に改造を重ねて高い性能を持たせた機体であり、5人の部下も同様のものを愛機としている。


 とはいえ、その強化は原型機と共通したコンセプトのもとに性能を向上させただけに過ぎない。


 一方で、この機体は兵器としての設計思想そのものに手を加えた、言わば新たな概念に基づく兵器を作り出したに等しい存在だった。



「艦長。この機体は、一体……」

「私に説明せよというのかね?」


 ナヴィは不機嫌そうに言ったが、遠くで俺たちの姿を眺めている整備兵を呼びつけるのは面倒らしく、そのまま続けて口を開いた。



「個人的には興味はないが、このデカブツについてのレクチャーなら私も受けている。最低限のことだけだがな。詳しいことはあの連中にでも聞け」


 元々は大軍の司令官を志していた人間だからか、ナヴィは兵器そのものにはあまり愛着を抱かない性質だった。


 メテオムーバーのことも普段はまともな名称で呼んだことがないが、戦闘中など必要な時は正式な呼称を使うことも躊躇ちゅうちょしなかった。



 この艦から出られない都合上、新型機を受領しても、俺や部下たちが地上に降りて開発者の言を聞くことはできない。


 機体の説明はいつも第三者を介してであり、今日はナヴィだったというだけだ。



 軍服のポケットから取り出した仕様書を眺めつつ、ナヴィはこの機体について説明し始めた。


「このデカブツの名は〈ヘカトンケイル〉。分かっているだろうが、これは機体の制式名称に過ぎん。例によって悪趣味な仇名あだなでも付ければよかろう」



 ナヴィはそう皮肉るが、愛機の〈エレクトラ〉という名前は俺の希望で付けたものではない。


 俺がエースパイロットとして民間からも注目され始めた頃、旧時代の神話に由来して、市民が公募で勝手に決めた愛称だ。



 プレアデスという姉妹の名前から、当時は7人だった俺の部隊のメテオムーバーには、それぞれ〈マイア〉〈エレクトラ〉〈タイゲテ〉〈アルキュオネ〉〈ケライノ〉〈アステロペ〉〈メロペ〉という名前が与えられた。


 命名を拒絶する理由もなく、軍からは市民の戦意高揚に協力しろなどと言われて、今でも部隊の全員で使っている。



 神話では七姉妹の長女の名前であったという〈マイア〉には、かつて隊長だった人間が乗っていた。


 その人はずっと前に戦死して、今は俺が隊長を名乗っている。



「注意点として、これはアンノウンとの戦闘だけを念頭に置いて設計されている。対メテオムーバー戦闘はできんこともないが、なるべく避けた方がいい。だからこその例の作戦だ」

「他の部隊が敵を引き付け、その間に奴を叩くと?」

「そういうことだ。流石はエース君、察しはいいらしいな」


 毒づきながら、ナヴィはなおも続ける。



「見れば分かることだが、他のデカブツと比べて格段に大きい分、火力もスピードも他とは比較にならん。それをメテオムーバー相手に活かせるかというと、また別の話になるがな」


 変形機構はともかく、巨大なメテオムーバーを作るという発想がこれまでに無かった訳ではない。


 しかし、体積が大きくなれば当然被弾率も増すし、胸部がある程度以上に大きくなるとメテオ機関が生じるフィールドバリアは拡散してしまい、その効果を充分に発揮できない。


 様々な試行錯誤を経て、メテオムーバーのサイズは9メートル前後が最適であるとの結論が導き出されたのだ。



「純粋な性能とは別に、こいつには色々と特殊な新機能が組み込まれている。もう分かっていると思うが、一つは変形機構だ。宙闘機形態になれば、全身のブースターは背後に回る。つまり直線速度が一気に跳ね上がる。この機能を使って、アンノウンに高速接近しろ」

「しかし、それだけでは……」


 確かにアンノウンは接近することさえ難しい存在だ。


 記録上、少なく見積もっても数百以上の戦艦が艦載機を出して立ち向かったというのに、奴に取り付けた機体は数百機を下回る。


 単純計算でも一つの戦艦につき一機以下のメテオムーバーしか取り付けなかったという事実が、それを如実に示している。



 そして、取り付けた数少ない機体でさえ、奴には全く損傷を与えられなかった。


 遠距離で拡散しているとはいえ、戦艦の主砲レーザーの直撃も耐えてしまう存在だ。


 それも戦艦を凌駕する巨体に対して、レーザーソードの斬撃などは小人の一刺しにも及ばない可能性があった。銃に置き換えても同じことだ。



「当然、攻撃面も考慮していない訳ではない。それが、もう一つの新機能だ」


 そう言うと、ナヴィは上を見るように顎で指図しつつ続けた。


 相手の視線の先にあるのは新型機の胸部、と言えば聞こえはいいが、実質的には巨大な三角錐の頂点に当たる部分だった。



「時に、救国のエース君。私はあのとんがりが気に入らなくてな」

「はあ……」

「防護壁を収束させるためだの何だのと言っておるが、結局は機能性だけを追求したデザインだ。かつての宙闘機のような美しさは望むべくもない」


 メテオムーバーに否定的な態度を隠さない反面、ナヴィが旧世代の兵器に対して強い愛着を持っていることは、この艦のクルーの間ではよく知られた事実だった。


 奴が艦隊の司令官クラスの地位を欲しがっているのも、メテオムーバー部隊の直接指揮に対する抵抗感が関与しているのだろう。



 それでいて個人的な思いを好んで語る人間でもないから、こういう態度を見せるのは決まって機嫌のいい時だ。


 曲がりなりにも人生の十分の一以上に及ぶ期間を共に過ごしていれば、その程度のことは嫌でも理解することになる。



「しかしだ。この〈ヘカトンケイル〉において、尖がりの意義はそれだけに留まらない。言ってみれば、こいつは一見無駄とも思える体積を最大限に活かしている。他のデカブツどもが無様にも張り板をしたり、枝を付けたりしているのとは大違いだ」


 ナヴィが言っているのは三角錐に増加装甲を取り付けたり、機銃を装備したりといった一般的なメテオムーバーが行っている細かな改良のことだ。


 前者は僅かとはいえスピードが落ちるし、後者は生身の敵パイロットを撃ち殺す程度にしか使えないので、俺はどちらも採用していない。


 バリアと本来の装甲でも防げないような攻撃を食らって生き延びる必要性は感じていないし、逃げた敵兵がどうなろうと知ったことではない。



 演説にいちいち反応することもなく、俺は黙ってナヴィの話を聞いている。


 それからナヴィは視線を下ろして振り向くと、機体に背を向けて言った。



「先にも言ったように、この機能について私の口から詳しく説明するつもりはない。どうせ何度も聞かされるだろうし、専門家でもない私が褒め称えたところで、貴様はどう思う訳でもあるまい」

「まあ、そうでしょうね」


 内心では拍子抜けしていたが、それを悟らせる必要もなかった。



「正直なものだ。まあいい、私は最低限のことを話したからな」


 何が言いたかったのかを明確にしないまま、ナヴィはそう話を総括した。



 しばらく黙って機体を見上げていたが、頭に浮かんだことがあったので、俺は再びナヴィに話しかけた。


「ところで艦長。〈エレクトラ〉以外の機体が見当たりませんが」

「あのポンコツどもか。心配せずとも廃棄処分にはしていないが、一度に搭載できる数には限りがある。他は要塞に置いてきたが、実の所は向こうから研究材料にしたいと申し出て来てな。そういう事情もある」

「なるほど……」



 旧型機を改修して運用しているという独自性に加え、最前線をくぐり抜けてきた部下たちの愛機はパイロット適応型OSの成長も段違いだ。


 研究材料としては申し分のない存在と言えるだろうが、それは俺の機体も同じはずだ。



「では、何故〈エレクトラ〉だけを?」

「あれには特別な使い道があるが、それについて今話すこともあるまい。この作戦で貴様が〈ヘカトンケイル〉以外を使うことはないから、OSチップだけ交換して別の用途に回す。話は以上だ」


 一方的に会話を打ち切ると、ナヴィは振り返り、もと来た道を歩き始めた。


 様子からすると、司令室に帰るつもりなのだろう。向かう足がやや急いていることがその根拠だ。


 一緒に戻る必要などはどこにもないので、俺はいちいち目で追うこともせずに、そのまま巨人を見上げていた。



 ヘカトンケイル。おそらくはまた神話から取った名前だろう。


 この任務だけの付き合いだが、6機それぞれに名前を付けてやらねばならない。


 さて、どうするか……



「大尉殿、この機体について、追加のご説明をさせて頂きたいのですが」

「ん? ああ、そうしてくれ……」


 どうでもいいことを考えていると、整備兵の一人が話しかけてきた。


 適当に応対した後、機体に関する追加説明が始まった。



 それからアンノウンと対峙したその日まで、この考えに結論が出ることはなかった。

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