第7節 死者たちへの手向け
『やはりこうなったか。アティグス大尉、君の方は何機残っている』
何度目になるか分からない波状光による攻撃を回避しつつ、ノージェが無線で問いかけてくる。
もはや無駄に使える推進剤は残っていない。メテオムーバー形態のままアンノウンの死角に回り込みつつ、手短に返答する。
「二機だ。そっちはどうだ」
『一人も残っていないよ。残念ながらね』
アンノウンの強さは、俺たちの予想を遥かに超えていた。
当初、戦闘はこちらが優位に進んでいるかのように見えた。
アンノウンを四方八方から包囲したカザコ以下の4機は、敵を取り囲んだまま〈ヘカトンケイル〉の手持ち武装である出力強化型メテオレーザーキャノンを連射した。
この攻撃は奴の装甲にほとんどダメージを与えなかったが、これはある程度予想の範囲内で、6機の〈ヘカトンケイル〉は隙を見つけて最大限接近し、新兵器を叩き込む戦法に移った。
しかし、アンノウンの機動性の前に好機は一向に訪れず、ノージェ小隊が用意していた急造兵器ソードオフ・レーザーが一片の効果も無く弾かれるに至って、作戦の雲行きは怪しくなっていった。
こちらの猛攻が止むと、アンノウンは積極的な攻撃に出始めたのだ。
囮役を買って出ていたノージェ小隊の面々は、波状光の前に次々と撃墜されていった。
対アンノウンの専用機である〈ヘカトンケイル〉やカスタム機である〈サンダーフェザー〉と異なり、彼らの機体はただの量産機と大差あるものではない。ある意味では当然の結果だった。
ジャストはノージェ小隊を助けようとして、一瞬止まったところをアンノウンの巨腕に握り潰されて死んだ。
生真面目さの塊のような男は、最後もその信条に殺された。
カティーニは親友の死に
奴は優秀な兵士だったが、感情のセーブが利かない所があった。
カザコは最期までいい働きをしてくれた。
奴の注意を逸らすべく死角からレーザーキャノンを撃ち込み続け、巨大な拳で殴り飛ばされそうになった時、カザコは
自己犠牲の精神とは無縁のような男だったが、最期の瞬間に意外な面を見せてくれた。
『まだ生きてましたか。お互い、しぶといもんですねえ』
レーザーキャノンはもはや放棄し、徒手でアンノウンの攻撃を回避しつつ、ゼネックの〈ケライノ・セカンド〉が接近してきた。
「ゼネックか、丁度いい。今すぐセルディも呼ぶ。しばらく回避に専念していてくれ」
『何をするつもりだね? 密集は避けるのではなかったのか?』
ノージェの質問はひとまず無視し、セルディを無線で呼び戻す。
それほど距離は離れておらず、通信は無事に届いた。
推進剤に余裕があったのか、宙闘機形態に変形した後、〈タイゲテ・セカンド〉は高速で俺のもとへと駆け付けてきた。
『撤退なさるのですか、隊長』
「それも考えたが、奴を討ち取らないことには俺たちに未来はない。正面突破で決着を付けるには頭数が減りすぎた。作戦を変更するから、付いて来てくれるか」
『今更命なんざ惜しくありません。何だってやってやりますよ』
回避行動を続けつつ、ゼネックが
『ここに至った以上、私もお付き合いしよう。何なりと命じたまえ』
無重力空間に銀翼を舞わせ、ノージェが高慢に言う。
『僕は隊長を信じます。あの時から、ずっとそうでした』
変形を解きつつ、セルディもそう言った。
「了解した。総員、これより新たな作戦内容を伝える……」
俺はアンノウンの強さを見くびっていた。
「余分な時間はないが、状況を確認する。残っている〈ヘカトンケイル〉は3機。例の兵器を叩き込むのは誰でもいいと言いたい所だが、ここは相性を考慮して、俺とセルディにやらせてもらう」
〈ヘカトンケイル〉の変形による高速性を活かしたところで、高々6機では、犠牲なくして奴にダメージを与えることなど不可能だったのだ。
数機の犠牲を覚悟して一斉に突撃し、無理やりにでも一撃を叩き込むべきだった。
「ゼネックは残りの推進剤を一気に使って、奴に突撃しろ。そのまま撃てるようならいいが、おそらくそうはいかないだろう。最大限接近して奴の注意を引いたら、そのまま離脱してくれ」
前の隊長が死んで以来、俺は大きな失態もなく小隊を指揮してきたつもりだった。
ここに来て、俺は人生で最も重要な局面でミスを犯したのだ。
「セルディはいつも通りにやればいい。ゼネックの離脱に合わせ、俺と共にフォーメーション・ガンマで交叉突撃。これで奴の波状光は避けられる。目標部位は位置関係に応じて調整するが、接近したらすぐさま分散。俺と同時に奴の死角に回り込み、奴に一撃を叩き込め。それだけだ」
今更取り返せるミスではないが、死んでいった3人の部下のためにも、目の前にいる2人の部下のためにも、ここでアンノウンを倒す。
俺にできるのはそれだけだ。
「最後にノージェ。エース機だか何だか知らんが、〈ライトニング〉型の性能では付いて来られても無駄死にするだけだ。勝手にしてくれと言いたいが、貴様にもやって貰うことはある。マグネティックボムを二つ渡すから、作戦が成功すればA弾を、作戦が失敗すればB弾を爆発させてくれ。それが終わったら後は好きにしろ」
そう言い終わると、俺は操縦席下部の小さなレバーを引いた。
〈エレクトラ・セカンド〉の巨大な三角錐の側面にあるハッチが開き、灰色の球体が発射される。
前線のメテオムーバーが後方の母艦と連絡を取る際に使用する、特殊磁場発生用の爆弾だ。
ウォークルの通信員とあらかじめ決めてあった前線暗号の一つだが、例の兵器を上手く撃ち込めたとして、俺が機体ごと無事であるとは限らないので、ノージェに託すことにした。
『了解だよ、アティグス大尉。私は後ろで見ているとしよう』
両手で球体を掴み取ると、ノージェはブースターに点火し、後方へと下がっていった。
アンノウンの攻撃は続いている。
こちらが回避に専念していることもあり、
「2人とも、準備はいいな。部下を3人も死なせた人間の台詞ではないが、俺はこれを小隊最後の任務にするつもりはない。生きて還れ」
奇しくもその言葉は、俺がナヴィから伝えられたものと全く同じだった。
『……分かりました』
『当然でしょうよ。それじゃ、一足先に失礼!』
威勢よくそう叫ぶと、ゼネックは再び〈ケライノ・セカンド〉を変形させ、アンノウンのもとへと突撃していく。
先ほどまでの静止しつつの回避が嘘のような加速度で、〈ケライノ・セカンド〉はスピードを上げていく。
状況の変化を察知してか、アンノウンも狙いを定めて波状光を放つが、ゼネックは巧みな操縦で回避しつつ、アンノウンに迫っていく。
「見物している時間はないな。俺たちも行くぞ、セルディ!」
『はいっ!』
レバーを引く。
重厚かつシンプルな構造の手足を折り畳み、数秒のタイムラグの後に2機の〈ヘカトンケイル〉は宙闘機形態へと変化した。
大型ブースターの猛烈な加速には今でも慣れないが、それもこの攻撃が最後だろう。
2機は並行して加速しつつ、敵の攻撃を回避するため、時折その位置を逆転させる。
〈ナベリウス〉型に乗っていた頃から何度も使ってきた戦法、フォーメーション・ガンマだ。
ゼネックに向けて放たれていた波状光が、今度はこちらに向かってくる。
機体を横滑りさせて回避。セルディも同様のマニューバで被弾から逃れている。
彼我の距離は縮まっているが、ランドマークの少ない宇宙では、いくら戦闘に慣れていても距離感を掴むのは難しい。
それでも、ゼネックが間もなくアンノウンの目前に迫るということはレーダーモニターの表示で分かっていた。
衝突するかのような勢いで急速に接近する〈ケライノ・セカンド〉に、アンノウンは目を奪われる。
その隙に、俺とセルディはフォーメーションを解いて分散し、死角に回り込んだ。
それを確認してか、ゼネックは宙闘機形態から両腕だけを展開し、姿勢制御機動で急旋回。アンノウンの脇をくぐり抜け、そのまま離脱しようとした。
その時だった。
逃げるゼネックを狙うと思われたアンノウンは、何かの拍子に気配を察知したのか、突如として目線を左後ろ、すなわちセルディの〈タイゲテ・セカンド〉へと移した。
距離は近いが、巨腕を振り回すのは不都合と判断したのだろう。
冷静に左手を向けると、奴は気付かず旋回態勢に入っている〈タイゲテ・セカンド〉へと波状光を撃ち込もうとした。
「セルディ、狙われているぞ! 加速しろ!」
『何ですって!?』
警告を発するが、今からでは回避が間に合わない。
諦めるしかないと判断し、アンノウンへの攻撃に移ろうとした瞬間、ゼネックの声が響いた。
『……ったく、最後まで世話を焼かせる坊ちゃんだよ、てめえは!』
見ると、既に戦場を離脱したはずの〈ケライノ・セカンド〉がアンノウンの正面に回り込み、空間に静止していた。
正面に現れた敵に警戒してか、アンノウンの動きが一瞬鈍る。
「ゼネック!? 何をやっている、離脱しろと言ったはずだ!」
『仲間を放っておけるかよ、畜生!』
『ゼネックさん、逃げてください! 僕なんかのために……』
〈ケライノ・セカンド〉の胸部が展開していく。
例の兵器を使うつもりだろうが、それにしては距離が離れ過ぎている。
この距離では正面からの攻撃でも、決定打を与えることはできない。
「やめろゼネック! その位置では効果はない!」
『いいんです、隊長。撃てる
「しかし……」
アンノウンはしばらく躊躇していたが、間もなく自らに謎の攻撃を放とうとしている〈ケライノ・セカンド〉に狙いを移し、背部から光を放ちつつ一気に距離を詰めた。
「今すぐそちらに向かう! だから、どうにか……」
『もう間に合いませんよ。それより、引っかかってくれたようです』
〈ケライノ・セカンド〉は静止している。アンノウンはすぐさま巨腕を振り上げた。
握り潰すつもりだ。
それと時を同じくして、展開された〈ケライノ・セカンド〉の巨大な胸部が、莫大な熱を発し、赤く染まり始めた。
中心から巨大な砲身がせり出し、内部からは光と熱のエネルギーが溢れている。
「ゼネック!」
『ゼネックさん、脱出を!』
『隊長、それとセルディ中尉殿。あんたらと過ごした時間、意外と悪くなかったぜ。じゃあな……』
アンノウンの巨大な拳が、〈ケライノ・セカンド〉を握り潰す。
奴の右手が内側から裂け、衝撃と共に爆発したのは、その直後だった。
最期の瞬間、ゼネックは〈ヘカトンケイル〉の最終兵器を発動させたのだ。
カザコが自爆で与えたダメージもあってか、奴の右手は既に原型を留めていなかった。もはや波状光も撃てはしないだろう。
ゼネックが生命を散らして作ったチャンスだ。これを活かさない手はない。
「今しかない、セルディ。右側から奴に接近し、もう一度あれを叩き込むんだ」
『いや、駄目です。見てください』
アンノウンは一時動揺していたが、破損した右手を
すると、何の原理が働いているのか、奴の右手は物理法則を無視した勢いで再生していった。
「何だと……」
これでは奴の死角は元通りだ。
たった2機になってしまった今の俺たちに、奴を倒す術はない。
「作戦は中止だ。奴にこのような能力があることは、まだ誰もが知らない情報だろう。それを確認できただけでも、この作戦に価値はあった」
『……そんなことが、できると思っているんですか?』
「どういうことだ?」
セルディの重々しい言葉を聞き、アンノウンの次なる行動に警戒しつつ、その意味を尋ねた。
『いかなる状況であれ、エースを4人も死なせた隊長。いかなる理由があれ、祖国を裏切った兵士。そんな人間だけが生き残って、今更還れる訳がないでしょう』
セルディの言い分はもっともだと思った。
だからといって、犬死にをしては自己満足にしかならない。何か具体的な策はあるのか。
「ならば、どうする?」
『僕に考えがあります。一度しか言いませんから、よく聞いてください』
アンノウンは両腕を振り上げると、再び波状光を放ち始めた。
最低限の推進剤を使い、姿勢制御機動を駆使して攻撃を回避する。
『これは奴のデータと、今回の戦闘を見ていて考えたことです。アンノウンは無敵に近かったとはいえ、これまでも無傷ではなかったのでしょう。小さなダメージを受ける度に回復していたのでしょうが、一か所だけ回復することができず、回復の必要もない場所がありました。それは……』
セルディはそのまま一気に続けた。
『胸部です。あまりにも巨大なので分かりづらいですが、奴の身体の重心は、比較的胸部に寄っています。そう、このメテオムーバーのように』
「……それは、推測に過ぎんぞ」
『分かっていますが、それに賭けるしかありません。カティーニ少尉が胸部に接近した時、奴は異様に警戒していました。二大国間の戦争は長く続いていますが、奴が現れ始めたのはメテオムーバーの実用化後です。僕の推測が正しければ、奴はメテオ機関を搭載しています』
アンノウンはメテオムーバーの
少しでも可能性があるのならば、今はそれに期待するしかない。
「言いたいことは分かった。しかし、どうやって奴に一撃を与える?」
『最後の手段に出るしかありません。隊長、付いて来てください』
そう言うと、セルディは再度〈タイゲテ・セカンド〉を変形させ、アンノウンに向かって急加速する。
俺もそれに合わせ、簡易フォーメーションを組みつつ突撃する。
『僕が奴の目を潰しますから、それが最後のチャンスです。この一撃を逃したら、後はありません。隊長、頼みましたよ』
「セルディ、何をするつもりだ!?」
〈タイゲテ・セカンド〉は止まらない。
高速でアンノウンの波状光を回避し、巨腕を避け、奴の真正面へと近付いていく。
『先ほどは生意気なことを言ってすみませんでした。今回は上手くいきませんでしたが、隊長は僕らにとって最高の指揮官でした。御恩は忘れません』
眼前にまで迫った〈タイゲテ・セカンド〉に、アンノウンも対応を決めかねている。
変形を解くかと思われたセルディは、宙闘機形態を保ったまま、さらに加速していく。
常軌を逸した高速を見るに、ハイパーブースターを発動させているのだろう。
『前にも言いましたが、隊長はこの国にとって必要な方です。どうか、御無事に……』
「セルディ! お前は!」
加速が最大にまで達した瞬間、セルディの〈タイゲテ・セカンド〉はアンノウンの頭部に突撃し、そのまま全身で奴の頭に激突した。
大型メテオムーバーが爆散した後には、頭部に大打撃を受けた巨人が残される。
こうして、セルディも散っていった。
何と呆気ないことか。
幾多の戦いをくぐり抜け、時には不死身の小隊とまで称された俺の部隊は、たった一度の戦いで全滅しようとしている。
この戦いに勝てば、地獄の日々にも終止符が打てるかも知れない。小隊の誰もがそう思っていたはずだ。
決死の作戦に身を投じた俺の部下たちは、もはや一人として残っていない。
「ならば……」
俺だけでも、生き残ってみせる。
それが、死者たちへの手向けになる。
「座標軸固定。ポイントAPZ、距離23。機内アクセプト」
頭部を潰されたアンノウンは苦しんでいた。
弱点だったのか否かは分からないが、こちらを視認できていないことは確かだ。再生にも時間がかかるらしい。
チャンスはこれが最後だ。
「メテオバスター、起動」
コンソール右下に据えられたスイッチを押すと、〈エレクトラ・セカンド〉の胸部が展開される。
モニターは発射管制画面に移行し、10秒程度の操作の後、胸部より巨大な砲身が現れる。
隕石破砕用レーザーを転用した高出力圧縮レーザー砲、通称「メテオバスター」。
〈ヘカトンケイル〉に備え付けられた、もう一つの新兵器だ。
奴がメテオムーバーの眷属だというのならば、胸部はバリアの発生源であると同時に、接近を許せば最大の弱点となる部位のはずだ。
再生能力の根幹をも叩けるかも知れない。
砲身が熱を帯び始める。既に機体の位置は固定された。これ以上はもう何もできない。
トリガーを引いた後は、黙って結果を待つだけだ。
セルディ。カザコ。ゼネック。ジャスト。カティーニ。
そして、ナドック隊長。
死んでいった者たちへの追悼を、一撃に込めるつもりで。
トリガーを引く。
〈エレクトラ・セカンド〉の胸部が、熱く輝き始める。
メテオバスターの砲身から光弾が発射され、間近にあるアンノウンの胸部へと吸い込まれていく。
激しい反作用が全身を襲い、機体が後方へと吹き飛ばされる。
強い衝撃に打たれ、俺はそのまま気を失った。
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