第10節 宿命の宙域

 彼我の距離は近い。


 狙うは先手必勝。俺は〈エレクトラ〉の左腕を動かし、背部に差し込まれたレーザーソードの柄を抜く。



 レーザーの刃を展開しつつブースターに点火し、一直線に〈サンダーフェザー〉へと向けて加速する。


 未熟なパイロットならばともかく、ノージェほどの熟練者になれば、目視できる距離から向かってくる敵をレーザーライフルで迎撃するような真似はしない。



 〈エレクトラ〉のレーザーソードが頭部を斬り裂く寸前、奴は機体側面のブースターを使用して機体を大きく傾け、そのまま落下するようにしてその場を離脱した。


 これはスプリットフォールと呼ばれるメテオムーバー独特のマニューバで、その扱いも隻腕せきわんのパイロットとしては卓越していた。



『いきなり斬撃とは、君もなかなか荒っぽいな。しかし……』


 体勢を立て直しつつ、ノージェは呟く。



 レーザーライフルを構えると、今度は背部ブースターを発動させる。


 機体を跳躍させるように後方へと飛び下がりつつ、〈サンダーフェザー〉はレーザーライフルを乱射する。


 多彩にして必要最低限のマニューバで回避しつつ、俺は〈エレクトラ〉を射撃戦体勢へと移した。



『その刺激的な戦い方が、私を楽しませてくれる!』


 全身のブースターを発動させて次々と位置を変える〈エレクトラ〉を狙い、ノージェはレーザーを撃ち続ける。


 すぐに体勢を移していなければ、今頃は蜂の巣にされていた所だった。



「その程度か、ノージェ! 早く俺を殺してみろ!」


 高速で回避運動を続ける〈エレクトラ〉に対し、放たれたレーザーは虚空を貫き続ける。


 ライフルのエナジー残量を考慮したのか、ノージェは10発ほど撃った時点で連射を止め、もう一つのレーザーライフルに持ち替えた。



 レールガンは装填された弾丸の数しか発射できないが、レーザーライフルは機体からエナジーを供給することで、理論上は無限に撃ち続けることができる。


 その分だけ機体のエナジー消費が激しくなり、一斉射の弾数ではレールガンに劣るという欠点も存在していた。



 〈サンダーフェザー〉の一連の動作で出来た隙に、俺は〈エレクトラ〉の胸部側面にあるハッチを開き、格納された小型爆雷を全て取り出した。


 レーザーライフルの下部に設けられた発射口に装填し、〈サンダーフェザー〉の周囲へと向けて一斉に撃ち出す。



 ワグネル軍のメテオムーバーが使用する時限式爆雷と比べて威力は落ちるものの、ライフルで撃ち出すことによって自機から離れた空間にも散布できるのがこの小型爆雷の強みだった。




「花火はこれで全部だ。派手に散れっ!」


 〈サンダーフェザー〉の周囲に爆雷が散布されたことを確認し、俺は一発のレーザーを放った。


 瞬時に大爆発が起こり、〈サンダーフェザー〉の姿が見えなくなる。



 爆雷を全弾使っただけに見かけは派手だが、奴がこの程度で終わるとは思えない。





 案の定、ノージェは生きていた。


 様子を見るに、爆発の瞬間にライフルを投げ捨て、その反作用にブースターの推力を加えて急激に加速し、機体を回転させつつ後方に飛び退いたらしい。



 追撃を加えるべく、俺は〈サンダーフェザー〉に向けてレーザーを連射する。


 追い撃ちとなる関係上命中率は低く、ノージェ独特のマニューバも相まって命中しない。


 間もなくノージェは再び体勢を立て直し、エナジーを充填したレーザーライフルを抜いていた。



『随分とやってくれるではないか。爆雷を一気に全弾使うとは』

生憎あいにく、爆雷戦はあまり好きでなくてな。全弾使い切ったが、お前も一騎討ちで時限式を使うほど愚かではあるまい。ライフルはお互い一つ。これで対等な勝負になるだろう」

『……なるほど。なれば、私も容赦はしない! アティグス!』



 右手にライフルを持ったまま、ノージェは〈サンダーフェザー〉の脚部側面を展開した。


 左手でレーザーソードの柄を引き抜き、刃を生じさせる。



 そのまま中距離戦の構えを見せ、ライフルを的確に発射してきた。


 猛攻を好む普段のノージェからは考えられないほどに、それは慎重かつ正確な動きだった。



「貴様も慎重になったと見える」

『この状況ではやむを得まい。では、華麗なガンファイトと行こうか!』


 迫り来るレーザーは姿勢制御機動を活かして回避し、こちらもライフルで応戦する。


 お互いに旋回しつつ撃ち合う、メテオムーバーの基本的な戦闘様式が繰り広げられる。



 先の爆発でフル充填のライフルを放棄してしまったせいか、あまりエナジー残量に余裕が無かったらしい。


 〈サンダーフェザー〉はすぐに弾切れを起こし、やむなくライフルを腰にマウントし直す。



 絶好のチャンスと捉え、俺は〈サンダーフェザー〉の手足を狙ってレーザーを連射したが、今度は背部のブースターを急速点火し、上空へと飛び上がるようにして避けられる。


 これはインメルマンライジングと言って、先程のスプリットフォールと同様、重力圏内における戦闘機のマニューバをメテオムーバーで模式的に再現したものだった。



(狙えるか……?)


 これらのマニューバは緊急回避には適しているものの、その間は敵に攻撃を加えられない。


 敵の側にある程度の技量があれば、逆に攻撃チャンスともなり得るため、回避中も決して気を抜くことはできない。



 それを踏まえてさらなる攻撃を加えようとしたが、こちらもライフルを一丁しか持っていないため、エナジー残量にもそろそろ限界が近付いてきた。


 追撃は諦め、ライフルを腰部にマウントすると、俺は〈エレクトラ〉の右手を動かしてレーザーソードの柄を握った。



『弾切れはお互い様のようだな。次は格闘戦だ!』


 そう言ったノージェは既にレーザーソードを抜いていた。


 ブースターでジグザク機動を繰り返しつつ、〈サンダーフェザー〉を〈エレクトラ〉に向けて接近させる。



 ある程度以上に距離が離れている場合、真正面から斬りかかるという行為は、相手に労せずして回避のチャンスを与えることと同義となる。


 その戦術的常識を踏まえ、特異なマニューバで接近したノージェに対し、遠距離からの迎撃手段を持たない俺ができることは一つ。



 相手の接近を待ち、臨機応変の対応を取ることだ。



「下から来るか!」


 〈サンダーフェザー〉の動きが見えた。



 ノージェはジグザグ機動を続けておいて、〈エレクトラ〉の目前まで迫ると、機体を急降下させるように動いて死角から斬りかかろうとしている。


 俺は機体を急旋回させ、展開したレーザーの刃で相手の斬撃を受け止めた。



『流石はアティグス、この程度のマニューバには騙されんか。だが……』


 鍔迫つばぜり合ったまま、ノージェは脚部装甲を展開し、もう一本のレーザーソードを手に取ろうとする。


 相手が止まっている隙に突き刺すつもりだろう。



 その行動を受け、俺は背部ブースターの片方だけに密かに点火した。


 相手はまだ気づいていない。



『これで、どうだっ!』


 ノージェは左手で取り出したレーザーソードの切っ先を〈エレクトラ〉の胸部に向けた。


 その瞬間、俺は背部のブースターの片方を急速発動させ、瞬時に加速する。



「甘いぞ、ノージェ! 思惑おもわくを見透かされるようでは!」


 上方に向けた背部ブースターは、機体を偶力的に動かす。



 急激な回転が加えられ、その場で後ろに転がるように動き出した〈エレクトラ〉の大足は、〈サンダーフェザー〉の頭部へと的確に突き刺さった。



『ぐわあああああっ!』



 頭部に及ぶバリアは限定的なものにしかならず、そもそもメテオフィールドバリアは直接の物理的攻撃には威力を発揮しない。


 〈エレクトラ〉の爪先が直撃すると、その頭部は無残にも砕かれ、その機能を喪失した。




「この程度の攻撃を想定できなかったとは言わせん。つまり、貴様は!」


 メインモニターが死に、コクピットに衝撃を受けてうめくノージェに、俺はさらなる追撃を加える。


 先ほどの衝撃で距離が離れた。ブースターに点火し、真正面から斬り付ける。



「俺に、負けたのだ!」


 胸部を斬り裂く寸前、ノージェは正気を取り戻して側面のブースターを動かし、機体を横滑りさせた。



 しかし、間に合わない。


 振り下ろされた〈エレクトラ〉のレーザーソードの刃は、〈サンダーフェザー〉の頑強な左腕を斬り裂き、本体から完全に切り離した。



『何っ!』


 驚愕しつつもノージェは体勢を立て直し、右手のレーザーソードを再び脚部に収納した。


 腰部にマウントしていたレーザーライフルを手に取り、相対する。




「どうだ。今の貴様では、俺には勝てん」

『……ははは。皮肉なものだ。かつて自らの左腕を失くした私が、愛機の左手さえも奪われるとはな。しかし、ここからが……』


 ライフルを俺に向けるかと思われたノージェは、すぐに機体を前傾させた。


 背部のブースターに点火し、〈エレクトラ〉を目がけて一直線に突撃してくる。



 メインモニターは潰れたはずだ。サブモニターの機能には限りがある。


 奴には正面の距離感しか掴めないだろう。


 それを踏まえ、俺は空いている左手でレーザーライフルを取り出し、迎え撃つ。




『ここからが、私の戦いだ!』


 奴の気迫は尋常ではなかった。


 巧みな姿勢制御機動の前に、〈エレクトラ〉のライフルから放たれた光線はそのことごとくが回避されるか、胸部のバリアに弾かれた。



「何をするつもりだ!?」


 突撃する〈サンダーフェザー〉の胸部から、大型の爆雷が射出されるのが見えた。


 慣性を与えられた爆雷は〈エレクトラ〉に来襲し、奴が起爆させていれば、約8秒後に爆発するはずだ。



 まともな行動ではない。


 確かに目の前の敵に爆風を当てることはできるが、敵に回避を許さずぶつけるためには、自分もその爆風に巻き込まれなければならない。



 奴は、死ぬ気なのか。




「くっ、上だ、上しかない!」


 爆雷は一直線に飛んでくるが、あえて向かっていって追い抜けるほどの余裕はない。


 飛来方向に対して垂直に飛ぶしかない。そうすれば、ダメージは最小限で済む。




 ブースターに点火し、機体を急速に上方へと加速させる。


 〈エレクトラ〉が最高速度に達するのと、爆雷が炸裂するのは、ほぼ同時だった。




「ぐうううっ!」



 ワグネル軍の時限式爆雷の威力は、先ほど俺が使った小型爆雷のそれとは比べ物にならない。


 巡洋艦を小破させる威力の爆雷が、おそらくは機体に積まれていた最大数で爆発する。




 凄まじい衝撃が、全身を襲った。

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