始まりの章 第2話 鐘とともに崩れる世界

 ゴーン、ゴーン、……古臭い時計が淡い部屋の扉の二つ奥から聞こえてくる。そうしてふと我に帰る。震える目の前の女を見下ろして俺は……密かにため息を吐いた。その女は表情を平静に戻すと俺に暖かな毛布をかけた。暖炉をかけなければ凍えてしまうような季節なのに、今はこの毛布だけで充分だ。

「カトレヤ、……もう寝ようか」

「はい……おやすみなさいませ」

 そう言うとフラフラな足で立ち、しっかりした足取りで自らの寝室に戻って行った。

「ふう……何したんだか、」

 政府の汚れ役を背負ってきたこの俺があいつに穢れを背負わせるなんて、非道い話じゃないか。天井も壁も、ベッドも何も見えない。鐘の声が聞こえることを除けば感じられるのはあの女の香りだけだ。


 ……あの感じ、これまで何度もああ言うことをしてきたのだろう。美しくて儚げなあの体は火照りはするものの、震えることはない。強く芯の通った一輪華、たぶんどんな女を抱いてもこんな気分にはならない。幸せなんて感じないだろう。

 世界の崩壊、再生を聞いてから俺は穏やかに暮らすようにした。一つ一つ注ぐ紅茶にもこだわり、香り、色、ティーカップにまで細かく決めるようにした。家具や、壁や床の輝きまでとことん求め続けた。なんとなく、終わりへの足掻きのような気がしたけど、後悔はしていない。……ただ、退屈な日常が変わると知って胸が昂ぶってるのは事実だ。


 毎日毎日、同じ服、同じ仕事、同じ思いを抱えているのは本当に飽きていた。それが変わるのだ。嬉しくて体が疼くのは無理がないのかもしれない。

 世界の崩壊の始まりを示す鐘はもう鳴っている。俺でも鐘の音が空でなっていたかと、思っていたのに今では耳元で聞こえるのだ。これに気づいている人間は俺ぐらいだと女は言った。


 低く、重く、ズシリとした風を乗せて音は俺に伝わる。もうすぐだ。もうすぐ、終わりなのだ。世界たいくつの、終わりなのだ。そんなことを考えていると世界の空には重く響く角笛の音が叩かれて、波を伝って知らされる。

「神の……主の……ご来賓よ」

 そう、呟いた。どこからとなく現れて、勝手に思いを口にし、その様子を眺めていた。その女は昂りを顔に出し、歪み、火照り、目が逆さまになった狂情かおを表した。


「人間どもよ!」

 光り輝く白き翼の持ち主、神の使いにして世界を創る力を持つ【創造の民】は高らかに見下す。

「お前たちの愚かな行いにより御方は怒りをお覚えになった!これより罰を執り行う。……世界はもう、お前たちのものではない!」

 すると今度は黄金の楽器の鳴らす高い音の連続とともにその天使より光り輝き、大きな像、……神が現れた。空の大半を埋め尽くすその巨体を存分に見せた神は不敵に微笑んだ。

「……やっと、この時が来たわね♡」

 すると、それを臨んでいた女は窓から飛び出し、何かつぶやき始めた。街全体を覆う巨大な円、その中からけたたましい叫び声が耳を貫いてくる。苦しむ人間の声だ。嗚咽、絶叫、泣き声、様々な合唱が聞こえてくる。それはその光景を見ずともわかる情景の証。

 なんだ……!?何が起こっている……!?

 

 世界はあっという間に血の海になった。茶色い土も鮮やかな花々も全て人の醜い赤黒い液体で溢れていた。その苦しみから逃れる為人間はあらゆる手を尽くした。持てる武器、戦力、お金全てを使って破壊者の手を止めようとした。中には戦車を持ち出して戦う者もいた。弱者を蹴落とし、平気で家族を見捨てる人間の醜さはこの惨状よりも酷い者だった。


 その人間の努力も全て捻り潰してしまうあの地獄の使者は今どこにいるのだろうか。

 ……しばらくの静寂、その後空間に声が響いた。

「よくぞやりきった!地獄の使者よ。あなた方のおかげで世界の人間のうち半分以上は消し去ることができた!……感謝する!」

 その声は先ほどの輝かしい天使だった。俺はただ生温い唾液を飲み込んでいるしかなかった。

「今より、人間界の再生を執り行う。その主導者、……人間界に鎮座する我々の園の長を神により直々に指名する……地獄の女王カトレヤ・イル・エリザベヘル!」


「はっ!?」


「はあああああああああ!?」


 ☆


 全く、なんで私が指名されるのよ……!私は儀式を完遂させ、急いで神の御元に向かった。漆黒と朱色の混じった禍々しい翼を広げ其方に飛び立つ。しばらく飛んでその輝きが目に刺さる頃、私は口を開いた。

「どう言うことですか?主様、私を主導者にするとは」

「そのままだよ、君はこの新たなる世界の皇帝となるのだ」

「……なぜですか?私がそんなものにふさわしいとはとても……」

「いいや、僕がふさわしいと思ったから君は皇帝にふさわしいんだよ」

「っ……」

 ずるい。この神様はこう言うことをよく言う。私が逆らえないないことを逆手になんでも正しいようにしてしまう。その横暴さが私は苦手だった。

「さあ、宣言したまえ、君の指揮ならどんな存在だって立ち上がるよ」

「はあ……」


 私は空高くに黒い魔法陣を作った。それを血に濡れた大地に置いて、術を唱える。

「我、地獄の主、ここの理を破壊し、新たなる地を創造するもの。汝我の言葉を聞き届けたまえ。数多なる血を代償とし、ここに都を築け、我の思うまま」

 すると黒い魔法陣は禍々しい黒い渦を出しながら次々と建物を建てて行く。白い壁に高い屋根の宮殿、均一のある家々は赤く火照る。輝かしい黄金と宝石を盛り込んだ宮殿は皇帝の住まう楽園だ。驚く人間は腰を抜かして見ているしかなかった。しばらくして宮殿が完成すると私はその地に降り立った。


「人間どもよ!今、この世界は我々地獄の者が統括することになった。いかなる人間でも容赦はしない。どんな罪も許さない。我は人間に罰を与える地獄の王、カトレヤ・イル・エリザベヘル。我を恐れよ!我に従え!さすればお前たちに栄光という幸せが訪れるだろう!さあ、跪け!お前らを支配する皇帝の戴冠だぞ!」

 すると人間たちは至極当然のように滑らかに膝をついた。

 天使はここに降り立つとこういう。

「すごいですね。……言葉選びというかなんというか」

「そう?……で、これからは私が動かしていいのよね?」

「ええ、主様もそれを望んでいます」

「彼の人はどこに?」

「もう天上にもどられました」

「はあ……全部丸投げか。……苦労するな、お前はどうするの?」

「私はあなたのお手伝いをしますよ。まずは戴冠式です。厳かに行きましょう」


 カトレヤ・イル・エリザベヘルは地獄の王。……なぜ彼女が人間界に訪れていたのか。それは人間界の終末を見届けるためだ。実は彼女以外にも何人もの地獄の使者がこの人間界に訪れていたのだ。その理由も同じで。

 しかし、気が早かった使者たちは退屈した。同じ日々、優れすぎる彼らは何をしても満足しない。……そこで変わった趣向が好まれるようになった。それは自らがとなることだ。優秀な彼らは敢えて人間の奴隷となり、終末までの退屈な時間を潰そうとした。

 わざと首輪を身につけ、人々の欲を満たし、堕落させる。これが非常に楽しいと地獄の間で流行り、終末期にはもう地獄の使者で人間界が溢れていた。奴隷戦争の強国は概ねこの地獄の使者たちがいたから強かったと言える。……そして終末の百年前、カトレヤ・イル・エリザベヘルはここに現れたのだ。

 彼女が君臨してからこの人間界は変わった。まず、人間と地獄と天国の使者がともに共存するようになった。

 

 これは互いを監視する、という名目で、人間たちに圧力をかけるためだ。圧倒的な強さを見せつけた地獄の使者は人間が簡単に反抗しないように軍備を増強しそれぞれに監視をさせている。しかし、そんなことをしなくともこの数年暴動など起きていない。その理由は彼女の統治のうまさだ。

 

 まず彼女は人間の身分制度を生まれや地位ではなく、能力で定められるよう、全員に能力テストを行なった。そしてそのデータから身分を組み直し、現在のシステムになった。

 

 人間たちは互いの気持ちを尊重するように育てられ、溜まったストレスを吐き出すために人間たちには運動をさせるよう、ざまざまな大会を開き、精神を向上させた。法律も整備し直して奴隷法も全て廃止した。基本的に天使や地獄の使者に従うことを条件に法を作っている。

 

 ここまでいろいろなことをして彼女はまだ様々な問題に取り組もうとしていた。


 「はあ……、疲れた……」

 なぜこんなに疲れているのだろうか。その答えは簡単だ。これまでの多忙故だ。私は神にも天使にも面倒な役回りを任されることが多い。それほど私はしっかりしてると思われているし、信頼されてもいるから不満ではない。

 

 ……だが、何でもかんでも任せようとする彼らの姿勢に腹が立たないわけでもない。これから人間界の代表と面会し彼らの要望を聞き、それを委員会に提出、議会を開き、どうするのかを決める。そのあとは法案を掲示し、施行する。


 さらに魔法学校の普及も急がなければ地獄の使者の養成もここで行う。地獄ではこの間の儀式で死んだ人間の処刑で忙しいから新人の研修ができていない。こんな役回りをされるんだ。こういうのを作ってもいいだろう。はあ……誰か協力的な助っ人はいないものかな。

 そんなことを思い、玉座に座っていると突然目の前の扉が勢いよく開かれた。その扉は二つの板との距離を離すと中から人を表した。

「天使め……何しにきたの?」

「カトレヤ皇帝陛下、貴女、何かお忘れではありませんか」

 忘れていること?

「なんだ、法も整備したし、議会も作った。土地も耕し、国民に仕事を与え、学校も作った。舞踏会やスポーツの大会など様々な催し物などを実行した。他に何が足りない?」

「貴女の結婚ですよ」

「は?……結婚?」

「そうです!主様は貴女が殿方と結婚するのを待ち望んでおられます。なのに十年経っても貴女は結婚しようとしない。……主様は少しお怒りです」

「なぜそこまで結婚する必要があるの」

「それはもちろん人間とのつながりを強くするためです。現在我々は人間どもの古き制度を捨てて新しい制度を立てました。


 そして少しずつ地獄と天国の使者と仲を深めてもらう。そうすることで神への信仰心を育てるという計画を元にこれまでのことをしてきました。しかし貴女は人間との最大のつながりである結婚ということを皇帝であるにも関わらずなさっていないのです」

「そんなにか?……たしかに関係を深めるには大切だとは思うが、……そもそも私は子供を宿せない。知っているだろう?結婚とは子孫繁栄のためにする行為、生殖機能のなくなった私たちに結婚なんてする意味があるのか?」

「……」


「生殖機能なら僕がなんとかしてあげるよ」


 突然割り込んできたのは輝かしい御方、神だった。

「僕が君の生殖機能を生かしてあげるよ、これならどう?」

「どうって……」

「君のその美しさなら男なんて選り取り見取りだろう?どうしてそんなに弱腰なのかい?」

「……あなた方が押しつけた山積みの仕事のせいですよ。……まあ、でも結婚をしてほしい理由はわかりましたし、とやかく言うのはやめます。しかし、私は忙しいです。それにしなければならないことが山ほどありますし」

「……じゃあこの結婚をするかどうかについて、ここは一つ、勝負にしないか」

『勝負?』

 地獄と天国の使者の声は重なった。

「そう、勝負なら君も好きだろう?僕たちが君にふさわしい人間を選ぶから、君が結婚したい気になった、もしくは僕が選んだ人間に惚れたら僕たちの勝ち」

「……私が結婚しなければ?」

「神位継承権をあげるよ」

 神位継承権……!それは、私が喉から手が出るほど待ち望んだ権利。その継承権を持つ者は神となれる資格を持つ。たとえ地獄に住む者でも、人間に生まれ変わるチャンスができる……!

「いいでしょう。その勝負のります」

「おっ、じゃあ飛び切りを用意しなきゃね、天使くん、人間をかき集めるんだ」

「はっ!」

「あ、待ってください!……この宮殿には入れないでください!」



 私はこの愚かな決定に対し、のち後悔する。

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カトレヤは逆ハーレムを使って世界を変えてしまう!? 赤月なつき(あかつきなつき) @akatsuki_4869

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