第6話












 外縁街アウタータウンは大体3つの区画に分けられる。ネクスと非常食こと少女が最初に足を踏み入れたスラム街。そこそこ治安の悪い下街。それなりの治安が保証された上街。この3つだ。

 ネクスと非常食こと少女はその上街にやってきていた。別に区画ごとのさかい目などが明確に分けられている訳ではない。ただ自然とそう呼ばれるようになっただけであり決められて呼ばれるようになった訳でもない。ただ「壁」に近づけば近づくほど外縁街アウタータウンの活気は賑わってくる。それは生命の安心を掴み取りたいがゆえ、人が「壁」に近づくのが要因のひとつなのだろう。


「愚かですね人間は。壁に近づいた所で安全とは言えないでしょうに」


 ネクスは目の前に聳える巨大な壁を見ながら呟いた。ネクスにとってみれば外縁街アウタータウンなどどこも一緒。「壁」の近くにいても襲われる順番が後になるだけだろうと考えていた。


「でも、壁に近い上街の方が兵士の巡回も多いし、スラムよりはマシなんですよ」


 非常食こと少女は上街に来るのが初めてなので人の多さにビクビクしながらはぐれないようにネクスの後をついていく。


「自分の力以外のものを信用できるなんて人間はつくづく変わった生き物ですね」


「ご主人様は元から強いですから…」


 時々この人とは会話が噛み合わないな、と非常食こと少女は思った。根本的に価値観が違うのでそれも仕方がないことだろう。

 ネクスと非常食こと少女はそんな調子で大通りを進んでいき、やがてひとつの建物の前で立ち止まる。見上げてみれば「武器屋」と雑に書かれた看板を掲げる店であることが理解出来る。

 非常食こと少女はネクスが全く人に道を聞かずに真っ直ぐにこの店に来たのを見て「前に来たことがあるのかな?」と思ったが、すぐにその考えを捨てる。というのも、ネクスはこの都市のことを知らなかったからだ。態々自分に都市の場所を訊いてくるぐらいだからこの店のことは当然知らない筈だろう。

 店の自動ドアが開いて2人は店内に足を踏み入れる。そうすると入り口のすぐ横にある長いカウンターの裏で作業していた店員が顔を上げた。


「らっしゃい!」


 店員は金髪の若い女性であった。元気な雰囲気オーラがひしひしと感じられる。ネクスはそのカウンターの前に立つと「店主さん」と声をかける。


「ここは買い取りはしてますか?」


「ものによるけどやってるっすよ。なにを持ってきたんすか?」


「そうですね、これとか」


 ネクスはそう言うと人間の兵士から剥いできた強化外骨格パワードスーツを見せる。店員は目を丸くしてから「へぇー、最新型の強化外骨格パワードスーツじゃん」という感想を漏らした。


「壊滅した正規軍の死体漁りでもしたんすか?」


「ええ、そんな所です。文句ありますか?」


「ないない。ないからそんなに睨まないでお客さん」


 非常食こと少女はビクビクしながらネクスと店員のやり取りを見ていた。いつネクスがキレて目の前の店員を殺すかわからなかったからだ。

 店員はそんな非常食こと少女の心配を他所に「そうだねー」と言いながら電卓を操作していた。


「ざっと、100万リールかな」


 突然の大金に非常食こと少女はぎょっと目を剥いた。

 リールは都市で流通している通貨だ。どこの都市でも通貨が統一して使用できるようにする為に半世紀前に定められている。紙幣で流通しているが、現在においては仮想通貨が一般的な支払い方法になっている。

 非常食こと少女はスラムにいた時このリールにありつく事さえ叶わなかった。持てたとしても数十リール。それらは大体食べ物に消えていく。だがそんなリールが100万。目を疑わずにはいられなかった。


「何ぼったくろうとしてるんですか。800万リールは下らないでしょう」


 ネクスは店員がぼったくる気満々なのを察知しており大凡の相場も把握していた。昔の話だが殺した人間の装備を集めて総額を調べるという遊びをした経験がここで生きた。


「あちゃー、バレちゃいましたか。じゃあ中古品なんで500万でどうでしょう?」


「700」


「いやーキツいっすよ。せめて600で…」


「じゃあそれで。あと10着あるので6000万ですね」


「へ?」


 ネクスは何処からともなく強化外骨格パワードスーツを10着取り出してカウンターの上に置いた。店員はしばらく目を見開いて頬をピクピクさせていたがすぐに調子を取り戻し「ちょっと待ってくださいね!」と言って店の奥に引っ込む。しばらくして戻ってきたがその顔はどこかげっそりしている。


「ええ、お客さんみたいなのがたまに来るんで貯金はしてるんすよ。でも今渡せるのが3000万リールなんすよね。売るとしてもお金渡すの後になっちゃいますけどいいっすかね?」


「じゃあそれで。あとひじょ…この娘の強化外骨格パワードスーツを見繕ってください。一番性能いい奴」


「え、このおチビさんすか?」


 そう言って非常食こと少女は店員と目が合って軽く会釈する。店員から見ても今の非常食こと少女は育ちが良さそうなお嬢さんにしか見えない。


「なにか文句あります?」


「いえいえないっす。じゃ、悪いっすけど奥来て貰えるっすかね?」


「あ、はい」


 ネクスと非常食こと少女は店の奥に案内される。店の奥は倉庫らしく商品と思われる箱が山積みにされ並べられていた。店員は「えーっとどこやったっけなー」と言いながらなにやら色々な道具が散らかっている机の引き出しを漁っていた。


「あったあった! お嬢さん、そこに手を横に広げて立って貰えますかね」


「え? こうですか?」


「そうっすそうっす!」


 店員はなにかカメラのような機械を手に持つと、非常食こと少女に指示を出し「T」の字で少女を立たせた。その後しばらく店員は少女の周りをグルグルとおもむろに回りながら少女のことを撮影する。その撮影の際に少女の体にはレーザーが照射されそれは少女の着ている衣服に関係なく精巧に少女の体の輪郭を照らした。


「はい、できましたっす。あとはちょっぴりお待ちくださいっすねー」


 そう言うと店員はそのカメラらしき機械を倉庫の一角にある巨大な白い機械に接続してなにやら操作をしていた。その巨大な機械は長方形で、内部の様子が確認出来るガラス仕切られた箇所と操作パネルが詰め込まれた箇所で分かれている。


「なんか性能の要望とかあるっすか? どこの会社がいいとか、速さ重視とか腕力重視とか」


「会社は任せます。速さよりのバランス型で。防御力はなくていいです」


「はいっす。………じゃあAWC社のPS-TT9がオススメっすね。値段は1300万リールっす」


「じゃあそれで」


「了解っす。デバイスとかの調整はこっちでやります?」


「私が出来るので大丈夫です」


「はいっす。じゃあ買っちゃうっす」


 ネクスと店員は非常食こと少女が全くついていけない会話を交わした後、店員が巨大な機械のホログラムパネルを操作してから巨大な機械から離れる。

 するとガラスで仕切られた機械が動き出し、ゆっくりとした動作でなにやら正方形のパネルに高速で動きながら何かを作り始める。それは3Dプリンターの動きに似ていた。


「あの、これってなんですか?」


 非常食こと少女は好奇心に耐え切れず店員にそう質問を投げる。店員は「ああ、珍しいっすよね」というと説明してくれた。


「これは強化外骨格専用大型三次元製造機っす。素材を入れておいて、このパネルからアクセスできるネットワークに接続するとそこで通販みたいに色々な企業の強化外骨格パワードスーツを見れるんで、それを見て注文すればそれぞれの会社がこの製造機で強化外骨格パワードスーツを作ってくれるっす。内部は企業秘密の塊なので許可された店舗にしか出されないんすよ! これ買うの苦労したんすよ! 申請出して3年近く調査されたっすからね!」


 むふん、と自慢気に店員は胸を張った。非常食こと少女はこんなすごい機械がと目を輝かせる。非常食こと少女は新たな知識に目がない。新しい発見や興味がそそるものに対しては気になってあれこれ調べてしまう癖がある。その点はネクスと似た者同士なのだが非常食こと少女は気づいていない。


「こんな店に許可を出すとは面白い人間もいるものですね」


「こんなとは失礼な。こう見えて上街じゃトップクラスに儲かってる店っすよ」


「その割には私達以外の客がいないようですが」


「ぎっくり。それは最近出来たスレイヤーのチームが企業をスポンサーにとったせいっす。うちは悪くないっすよ」


 スレイヤーはチームを組むことがある。それは知識に持っていたネクスだが、企業がスポンサーになるというのは初耳であった。なんらかの恩恵があるのだろうがネクスは別に興味がなかったのでそれについて聞くことはない。


「ま、お客さんとは長い付き合いをしていきたいっすね。見た所腕のいいスレイヤーなんでしょう?」


「スレイヤーにはこれからなるところです。この娘が」


「え? そうなんすか? じゃあ旅人さんかなにかなんすかね。このご時世に大変っすね」


 店員は勝手に納得していた。別に都合がいいのでネクスも否定はしない。

 1時間程度待っていれば非常食こと少女の強化外骨格パワードスーツが完成し、店員がそれを製造機の中から取り出す。一見ただのダボダボのツナギ衣服に見える。完成品を見た非常食こと少女は思っていたものと違ったのか目を丸くしていた。

 そんな少女の様子を見て店員は面白げにふふん、と鼻を鳴らした。


「着てみればわかるっすよ」


 店員がそう言うので少女が着ていた衣服を脱いで全裸になると袖を通してそれを着る。背中に取り付けられているチャックを閉めたが相変わらずダボダボだった。だが店員が非常食こと少女のうなじにあるボタンを押すと、そのダボダボだった衣服が一瞬で収縮し少女の体にピッタリと合うスーツになった。


「ひぇ」


 突然の事に思わず変な声が出た少女だったが、体の動かしやすさが段違いになったことと鏡に映る自分の容姿を見て驚く事になる。

 体の輪郭にピッタリと合うタイプの白黒のスーツで、手の甲や腕、肘や膝、脛等には体をぶつけて痛めないためのパッドが仕込まれており、腰にはホルスターなどを取り付けることが出来るベルト、胸部はやたら胸を強調する仕様になっているが少女は胸の大きさが慎ましい方なので強調はされていない。女性として恥ずかしい部分はきちんと厚めのパッドで隠されており、必要最低限の防御力を兼ね備えた強化外骨格パワードスーツと言える。


「こ、これ恥ずかしくないですか?」


「大丈夫です。戦場ではそんなこと気にしてる暇などありませんから」


「お似合いっすよ! もうちょっとおっぱいが大きければ男共も虜っすね!」


「おっぱ…」


 非常食こと少女は暗に胸小さいなお前と言われた事にショックを感じたが、ネクスはそんな少女のことは気にせず会計を始める。


「じゃあ1300万リール差し引いた分をお願いします。」


「まずは1700万リール…電子マネーっすか?」


「現金で」


「え、大丈夫っすか?」


「大丈夫です」


 ネクスは現金で店員から1700万リールを受け取りそれを血流錬成ブラッド・アルケミーでしまう。

 その様子を見た店員が「あーなるほど」と声を出した。


「亜空間収納装置っすか。そりゃスリとか関係ないっすよね」


「そんな所です」


 亜空間収納装置とは人間が開発した装置のひとつだ。魔素マナによって生じた異空間に物を収納するものだ。元々は魔法だったそうだが今は原理が解明されたため機械化されて出回っている。無論高価なもので一般人が手に届く値段はしていない。一部の富豪やスレイヤー、正規軍が所持しているのが大半だ。

 この亜空間収納装置は色々な分野に、主に軍事分野に利用されている。例えば見た目よりもや数倍近い弾薬が搭載できる弾倉などもある。


「武器を見させて貰いますよ」


「はいっす、ごゆっくりー」


 そう言うとネクスは非常食こと少女を連れて店内を見て回る。少女はあまりにも自分の格好に恥ずかしそうにしているので、仕方なくネクスは適当に血流錬成ブラッド・アルケミーで外套を作り出し、それを少女に着せた。


「ありがとうございます…」


「手のかかる非常食ですね。まあそれぐらいはいいでしょう」


 店内にある武器は無論そんな適当に置ける訳もなく網で仕切られた向こう側にある。ネクスはそれらを眺めてからいくつか購入するものを決めると店員に声をかける。店員は「はいはーい」と言いながらやってきた。


「これとこれ買います」


「えーっと、ACK-55とACK-AV28っすね。持てます?」


 ネクスが指し示したのはごく一般的な弾薬を使うアサルトライフルと28mmの徹甲弾を扱う対吸血鬼ヴァンパイア用の単発式セミオート対物ライフルである。それはライフルと言うにはちょっと巨大だ。非常食こと少女が150cm強の身長だがそれよりも1.5倍程度大きい。弾倉は専用の亜空間収納装置がついたものを利用しているようで見かけよりも弾数は多い。折りたたみ式になっているようで運搬も比較的楽になっているが、重量が30キログラム近くある。強化外骨格パワードスーツなしの運搬は厳しいだろう。


「問題ありません。亜空間収納装置ありますから」


「あ、そうでしたね」


「あと換えの弾倉を55の方を5つ、AV28の方を3つください。それで会計をお願いします」


「はいはい。…合計で342万5080リールっす!」


 非常食こと少女は一瞬「安い」と思ってしまった。恐らく多額のやり取りを見ていたので感覚が麻痺しているのだろう。因みにACK-55というアサルトライフルは2万リールくらいの値段だ。弾倉を合わせても3万リールでお釣りが来る。ACK-AV28の値段が恐ろしいことになっているのである。

 そのことになんとなく非常食こと少女は気づいていたがそもそもスラム育ちの自分ではお金に関する知識はほとんどない。これからその手の知識をつけていこうと考えつつ、支払いを終え店を後にするネクスの後について行くのであった。






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アルマベルゼ ─死神は魂を喰らう─ @pain1225

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