第5話
この世界には魔物と呼ばれる存在がいる。
魔物にも種類があってそれらは多種多様。獰猛で危険と言ったが、一部気性が穏やかな魔物も存在する。基本的に言えば野生動物と何ら変わりない。ただちょっぴり危険になって人間を積極的に殺しにくるようになっている野生動物が魔物であると言える。
科学文明が大きく発達し、銃火器が出回るようになった人間社会においても魔物は頭を悩ませる要因のひとつである。寧ろ
「……」
無論、ネクスと非常食こと少女の旅路においても魔物は襲撃してくる。魔物は昼夜問わずに襲撃してくるので旅においては厄介なことこの上ないことであろう。
ただそれはネクスが普通だった場合の話である。
「…あの」
「質問が多いですね。非常食さん」
「申し訳ありません…」
「いえ、私は質問されることが好きですし質問をすることも好きです。構いませんよ。それでなんですか?」
非常食こと少女は窓の外を眺める。窓の外には荒地が広がっており反対側には湖が広がっている。一見すればただの
「今のは…」
「あれは
「いや、そういうことじゃなく…」
聞かなくてもわかる。だが非常食こと少女はこれが現実であるか確認する為に聞いてるのだ。
この車両はネクスが
なのでネクスは車両の制御系統と火器系統だけを
「ああ、私がもっと器用だったらあの装甲車を同化できましたよ」
「この車両が限界…だったんですか?」
「ええ。不満ですか?」
「いえ滅相もございません」
ビシッと非常食こと少女は姿勢を正しながら言葉を返す。少女はネクスの沸点がわかっていない。そもそもネクスはここまでずっと一定の感情を保っている。言葉なんかにも感情のムラはないし、表情にも怒っているのか喜んでいるのかという感情が現れない。非常食こと少女にはとてもやりづらい相手であった。
非常食こと少女はネクスがとんでもなく強い
「都市についたら貴方に仕事をしてもらいますよ。非常食さん」
「仕事…ですか?」
都市を襲撃しない、とネクスは話していたが仕事と言われて非常食こと少女は身構える。
そんな非常食こと少女の様子を見たネクスは「心配はいりませんよ」と口にしてから言葉を続けた。
「単に都市に入る手伝いをしてもらうだけです。都市に入るのは私としても簡単ではないんですよ」
都市には
「貴方にはスレイヤーになってもらいます」
「えぇ!? スレイヤーにですか!?」
「ええ。ですがその前に幾つか準備をしないといけませんが」
スレイヤーと聞いて非常食こと少女は驚いたように声を上げる。少なくとも非力な非常食こと少女がなるものではない。
スレイヤーは言わば「武装したなんでも屋」。魔物の討伐から
非常食こと少女はオードポートにある都市の孤児であり、都市の外にあるスラムに住んでいた。
都市にある「壁」。その周囲には都市に入ることが出来なかった難民達が作り上げた街が広がっている。都市もそれを排除することなく結果的にひとつの街となっている。中心へ近づけば近づくほど治安が良くなっていくという変わった街で、人はそれを「
その
スレイヤーは
しかしなんの運命か、ここに来てスレイヤーになることになってしまうとはと非常食こと少女は溜め息をつきたくなった。
「さっきの家畜共から貰った物資で金銭は手に入るでしょう。それを売り貴方の装備を整えます。まずは人間共が使っている
「…
「そうですか? まあいいじゃないですか。私が貴方を
なんだか不穏な言葉が聞こえた気がする。非常食こと少女は
「装備を整えたら貴方にはスレイヤーになってもらいランクを上げてもらいます。そうすれば都市に入れるようになりますからね」
「ランクを上げたとしても都市には
「問題ありませんよ」
非常食こと少女は問題ないというネクスに首を傾げる。都市の
そんな中でスレイヤーで高ランクになったからと入れる訳ではないだろう、と非常食こと少女は思っていた。
「行けばわかりますよ」
そんな非常食こと少女にネクスはそう言って微笑を浮かべる。それは人間がペットに向ける微笑みに似ていた。
◇◇◇
オードポート企業連合都市。
遠目に見えてきた天高く
湖に面しており水に困ることはないが特にいい思い出がある訳でもない。少女にとってはそんな故郷だ。
少女は物心着いた時からこの
非常食こと少女は子供の中では達観している方で、ただ地道に生きていた。無理をすれば死ぬ。間違ったことをすれば死ぬ。それを理解していたのである。大人しく都市から朝に1回だけ支給される不味い配給を食べて一日を凌ぎ、大人しく住処で引き篭っている。それが彼女の日常であり、当たり前であった。
だがある日
それから自分と同じ年齢ぐらいの少女達が犯されていくのを眺めるだけの日々が続いた。自分は「順番」が後の方だったのでただそれを眺めることを強いられた。別にどうってことはない。スラム街では見慣れた光景のひとつだった。ただ自分の番が来ただけと非常食こと少女は思っていた。
そんな非常食こと少女に転機が訪れたのはただの偶然だろう。現れた、自分達を攫った
非常食こと少女はこれを逃したら次はない、と考えた。この
思えば劇的に自分の人生は変化してきている。非常食こと少女はそう思った。ただそれが良いのか悪いのかは少女にもわからない。
「さて、着きましたね。この辺でいいでしょう」
そもそも軍用車の塗装が施されているので
「では行きましょうか。まずは装備を買い揃えないといけません」
「はい。…あの
「都市の防衛機構は
「本当にただの餌場なんですね…」
「家畜共はそう思ってるみたいですね。私としては檻に入れられてる都市の人間の方が余っ程家畜のように見えますよ」
ネクスはそう話しながら
「ああ、そうだ。貴方のその格好は舐められてしまいますね」
ネクスはそう言うと非常食こと少女の姿を見下ろす。ボロ布同然の衣服に煤汚れた肌と髪をしている。おまけに臭い。とてもじゃないが大金を持っていい人間の姿をしてはいない。
ネクスは指を少女の額につけると
少女の髪は灰色だと思われていたが艶やかになったそれは銀髪をしている。
「…え?」
自分の変化に驚きを隠せてないでいる非常食こと少女だったが、何も言わずにネクスが歩き出したので慌ててその後について行く。
「それで多少マシになったでしょう。あと貴方に足りないのは強者の風格ですね」
「あの、なにをしたんですか? こんな高級そうな…」
「それは私の記憶にある衣服を再現した物です。
ネクスはなんてことない風にそう話す。非常食こと少女は徐々にネクス…
「
「あ、はい」
ちょっとオシャレに憧れていた非常食こと少女だったがその言葉で一気にその夢を霧散させる。
ネクスと非常食こと少女は共に
「ここは…相変わらず、か」
非常食こと少女は呟いた。彼女の生まれ故郷であるスラム街は相変わらず閑散としていて、時折目にする人間は道の片隅で横になっている痩せ細った人間くらいなものである。当然のように死体が路地裏に転がっていて、その肉を犬が集団で
非常食こと少女が
「生憎ここには用はありませんよ」
ネクスはそんな非常食こと少女を見てそう口にした。
「私も別に用がある訳では…」
「そうですか。思い出に浸っているようでしたので」
「ここにいい思い出などありません」
「そうでしょうね」
ネクスは非常食こと少女の言葉を聞いて視線を巡らせる。朽ち果てた廃墟同然の街並みに、申し訳程度に舗装されている道ばかりが広がっている。露店もない、あるのは痩せ細った人間か死体だけというこの場所にいい思い出がある方が不思議だろう。
ネクスと非常食こと少女はそんなスラム街を通り抜けて多少賑わいの見えてきた街へと足を踏み入れる。
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