第4話
「二、三匹仕留め損ねましたね」
小銃を片手に持ちながらネクスはポツリと呟いた。遠くでは建物が轟音を轟かせながら崩れている様子が見て取れる。非常食こと少女は何が起きているのかさっぱり把握出来ていない。
「なにをしたんですか? ご主人様」
「ん? 恐慌状態に陥った人間の精神を操って自爆させただけですよ」
「うわぁ」
非常食こと少女は他人事のようにそんな声を口から漏らした。
ネクスのやり方は非常に合理的であった。攻撃を受けない位置から狙撃して、狙撃に防御魔法が効かないことを思い知らせて建物の中に誘き寄せ、その狙撃で精神が折れた人間の心を掌握し、その人間に持っている爆弾で自爆させて壊滅状態に追いやる。
別々の建物の中に散開してしまったら各個撃破するしかなかったが今回は一箇所に集まってくれたので一網打尽にすることが出来た。けれど二、三匹、打ち漏らしてしまったので当初の予定通り非常食こと少女に殺し合いをさせようとネクスは目論んでいた。
「さて、1匹、ちょっと凶暴なやつがいるのでそれを処理してから貴方に2匹あげましょう」
「え、2人相手ですか?」
「手負いで銃も構えられなさそうですし、平気ですよ。」
ネクスは非常食こと少女を親猫が子猫を運ぶ時のように掴むと廃墟ビルの上から飛び降りる。非常食こと少女は既にこれをやられていたので軽く絶叫するだけで済んだ。
ネクスと非常食が現場に辿り着けば中々に
非常食こと少女は別にそれはの死体を見てもなんとも思わなかった。こういう光景は慣れていたし、ネクスに連れ回されている以上死体を見て嘔吐していたら殺されるかもしれないと思い吐き気など引っ込む。
「機械は無事ですね」
「もしかして無事か考えずにやりました?」
「ええ。ぶっ壊れたらその時はその時ですよ」
なんて当てずっぽうな人だろう、と非常食こと少女は思ったが口にはしない。
ネクスは少女を車の傍に置くと「それ動くか確かめておいてください」と言いながら
「私は獲物を仕留めてきますので」
そう言い残すと非常食こと少女がなにかを言う前に倒壊したビルの向こう側へと跳躍した。高く飛べばすぐに目的の
ネクスは空中で空いている方の手に
人間はどこからともなく巨大な斧を取り出すとネクスへと振り返る。そして何も言わずに地面に着地したネクスに突撃してきた。
「うおおおおおっ!!!」
男、ガゼルはヘヴィアックスを振り上げネクスを叩き潰さんと振り下ろしてくる。ネクスは無表情のままそれを人差し指と親指で摘んだ。大地を粉砕する勢いで振り下ろされたヘヴィアックスはただネクスが摘んだだけでピタリと停止する。
血管が腕に浮き出るほど力を込めてガゼルがヘヴィアックスを押し込もうとするがネクスは涼し気な顔のままガゼルを見据えていた。
「クソッタレ!!!」
悪態をつきつつ、ガゼルはヘヴィアックスから手を離して腰のホルスターから拳銃を抜き取るとそれをネクスに向かって乱射する。ネクスは避けるつもりもないのか微動だにせず、銃弾はネクスの体に全て命中した。
「なっ!?」
ガゼルが驚きの声を上げるのも無理はない。何せ銃弾が命中したネクスの体に穴があいていたのだ。それは銃弾によって出来た穴ではない。最初からその部分に肉体なんて存在していなかったかのように、最初からそこに穴が空いていたかのように、ネクスの体に穴が空いていた。
「終わりですか? 家畜さん。まだ手品はないんですか?」
体に空いた穴を修復しつつネクスはガゼルに問う。ネクスはガゼルがちょっぴり強い人間であることは理解しているので言葉をわざわざかけてあげた。それは人間が犬に芸を仕込み「もっとなにかできないの?」と催促する気分に似ている。
そのネクスの挑発とも取れる発言にガゼルは乗ることはない。ガゼルは既にネクスに勝てるとは思っていなかった。今はどうやれば逃げ切れるか、そればかりを思案している。仲間の仇を取ってやりたかったが、目の前の怪物は自分が
ガゼルは手持ちの
だが2人、生存者がいる。それらを担いで逃げ切ることが出来るか? と聞かれたらガゼルは渋い顔を浮かべるしかない。
「逃げたい顔をしていますね」
「!!」
ネクスはつまらなさそうな顔をしながらガゼルのことを見ていた。ガゼルが何をしてどういう風に逃げようとしているかなんて目の前にいるネクスにはお見通しである。
「少しは相手になってくれると思いましたが残念です」
ネクスはそう呟くと離れた位置にいるガゼルに向かって足を踏み出した。ガゼルはそれを見た瞬間手持ちの
(勝てる訳がない! あんな化け物! 本部に報告しなくては!!)
ガゼルは自身の生存と本部への報告を優先した。生き残った部下2人には申し訳ないが、そうするしかガゼルが生き残る道はなかった。ガゼルは路地を抜けて走る。最新鋭の
ガゼルは通常の吸血鬼相手なら逃げ切る自信があった。ガゼルは対
はずだった。
「がっ、はっ…」
ガゼルは自分の胸から生えた細く白い腕を見て、その手に握られている脈動する肉を見て固まった。ブチブチと耳障りな音を立てながらそれは引き抜かれ、ガゼルは地面に倒れた。
ネクスはガゼルから奪った心臓を握り潰すと満足気に微笑んだ。
「大した量は貰えませんでしたね」
ネクスがそう呟きながらも満足気に笑うのは
「
ネクスはそう呟きながらその場を後にする。そこにはガゼルだった男の死体だけが残されていた。
ネクスが非常食こと少女の場所に戻れば少女は車の中を弄っている最中であった。非常食こと少女はネクスの帰りに気づくとばっと顔を上げて「おかえりなさいませ」と心にも思っていない言葉を口にする。
「向こうに家畜が2匹転がってます。他にはいませんからちゃちゃっと始末してきてください」
「適当ですね…。では、言われた通り私がやってきますけど…」
「ええ。どうぞ」
ネクスは少女にそう告げるとネクスは装甲車の中を漁り始める。非常食こと少女はそれを見てからハンドガンを手にネクスの言葉だよりに残った人間を探しに行く。少女には高い瓦礫を超えながら道を進んでいけば瓦礫の影に人間の足が転がっているのが見えて、そちらへとハンドガンのグリップを握り締めながら進む。
チラリ、と瓦礫から顔を出して覗き込めば本当に死にかけの人間が1人転がっていた。
だがそこでネクスが「2匹」と言っていたのを思い出し、少女は周囲に視線を巡らせる。すぐにもう1人の人間がいることを確認できた。人間は小銃を手に持ちながら壁に寄りかかっている。少女の近くに倒れている人間よりも外傷はない。
少女はすぐに外傷が少なく小銃を手に持っている人間から始末することを決断する。距離は遠くない。だが少女は敢えてハンドガンを隠して近づくことにした。
少女が壁に寄りかかって倒れている人間に近付けば、足音に気づいた人間がすぐ様少女に銃口を向ける。
「誰だ…」
人間は少女のことを見て怪訝な表情を浮かべる。少女の外見は薄汚れていて髪も灰色をしている。来ている衣服もボロ布と違いようがないワンピースであり、一見すればただの薄汚い浮浪者だ。
「なんでガキがこんな所にいる…」
「どうしておじさんはこんな所で倒れてるの」
「俺か…? 俺は変な
少女は首を横に振る。男は「そうか」と呟いた。
「ならさっさと逃げた方がいい…。あれは化け物だ。てめぇみてえなガキなんざ、指先ひとつで殺せる」
「そうなの?」
「ああ……。ここから近くに他の部隊がいるはずだ。見つからないようにそっちへ行け…。俺はもう長くは持たない。そしてその部隊にやばい
男はそう言って少女をまた膝の上に置く。よく見れば男の足は片方なかった。脛の途中から折れてなくなっているのである。骨と肉が見えていて、そこには既にハエが集っていた。
「そうね、まずは貴方を楽にしてあげるわ」
少女はそう言ってから背に隠していたハンドガンの銃口を男に向けると躊躇することなく2回、テンポ良く引き金を引いた。至近距離だった為頭と胸に1発ずつ弾丸が命中する。
男は悲鳴も呻き声も上げぬまま絶命した。その事に対して、少女は驚く程に何の感情も抱くことはなかった。初めての人殺しだったのに、心は酷く穏やかだった。
その調子で重傷の方の人間の頭にも1発の銃弾を撃ち込んで少女はネクスの元に戻ることにした。ネクスの元に戻ればネクスは車の調子を確かめている最中だった。車はエンジンが動いているままだったので問題なく動かせそうだ。
「戻りました」
「よくできました。
面白いですね、と口では言っているがネクスは無表情である。表情筋が硬いのだろう。
ネクスに顎で促され、非常食こと少女は助手席の扉を開いてその席に座る。ネクスと非常食こと少女が手に入れた車両は人間の都市で一般的に使われている軍用車のひとつだ。特徴として全面が軽複合装甲で覆われており銃火器を搭載した銃座が載せられている。
搭載されている火器が記載されている書類が助手席のダッシュボードに入っていたので非常食こと少女はそれに目を通す。
「えっと……、ACK20mmガトリング機関銃に、PAC-AVミサイル…。迫撃砲まで積まれてるみたいですね…。一輸送車両にこれだけの兵器を載せるって戦争でもするつもりですか」
「それだけ私達が怖いんですよ。というか今は戦争中じゃないですか」
「そうでしたね…」
人間と
非常食こと少女は車が勝手に動いていることに驚愕しつつ、ネクスの方をもう一度見る。ネクスはそんな挙動不審な非常食こと少女を見て「なんですか?」と訊いた。
「なんでこれ勝手に動いてるんですか? AIでも搭載されているのでしょうか?」
「ああ。それは私がこの機械を同化したので私の考えてることを勝手に理解して動いてるだけです。簡単な事ですよ」
「……」
非常食こと少女は改めてネクスに逆らわなくてもよかったと考えるのであった。
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