第3話









 突拍子とっぴょうしもない発言に非常食こと少女は目を丸くしたがそんな少女を意に返さずネクスは進み始める。少女は慌ててその後をついていく。


「こ、ここから近場の都市まで100キロくらいありますよ?」


「ええ」


「しゅ、襲撃するんですか?」


「いえ。私は人間の食事が好きなのでそれを食べたいだけです」


 ネクスはそう言って微笑む。ネクスは他の吸血鬼ヴァンパイアとは違い、別に人間が都市を築き上げていようがなにをしてようがどうでもいいと考えている。ただそんな人間の行いの中で唯一好んでいるのが人間の生み出す「料理」であった。

 吸血鬼ヴァンパイアの中にはこう言った人間の嗜好を楽しむ者もいる。人間の少女で致していたあの名も知らない吸血鬼ヴァンパイアもそう言った者の1人であるのだろう。

 ネクスの場合は人間の生み出す料理を好んで食べている。無論、こう言った嗜好を持つのは吸血鬼ヴァンパイアの中では「変わり者」の類だ。

 ネクスは料理が好きだが料理を作る知恵はない。なので人間の都市に侵入して料理を食す。その為都市の中の事をある程度理解している。その侵入の難易度の高さも。


「りょ、料理ですか?」


「ええ」


「そんなものの為に態々危険を冒してまで都市に侵入するんですか…?」


「勿論です。私にとっては命に変えても重要なことなのですよ。非常食さん」


 非常食こと少女は料理如きに命を賭けるなんて、と思ったがそれは口にすることはない。ましてや料理の為に100キロも歩くつもりでいるなんてネクスはとんだ変人の部類であると非常食こと少女は考えていた。

 車両の類があるならまだしも、徒歩で100キロ以上歩くとなると途方もない。5キロ程度であっても面倒に感じる。


「ここはオードポートの廃墟都市遺跡シティルインズ。人間の軍隊が彷徨いてますし、そいつらから車でも奪えばいいでしょう」


 絶句している非常食こと少女を見てネクスはそう話した。

 オードポートは人間が名付けた地名である。ここはかつてオードポートという国があったからそう言った地名がついている。

 ネクスと非常食こと少女がいるこの場所はエノールシア大陸と呼ばれる大陸の内陸部にあたる。エノールシア大陸はこの惑星において最大の面積を誇る大陸だ。様々な人間の勢力が集まっている。人間がこの大陸に吸血鬼ヴァンパイアという脅威があって尚、食い下がろうとしないのは膨大な資源がこの大陸に眠っているからだ。みすみす手放したくないのだろう。

 オードポートは内陸部にある巨大な湖に面した土地だ。かつては栄えていたそうだが今は見る影もない。このオードポートは人間と吸血鬼ヴァンパイアの戦線から離れている方だが、時折戦闘が起きるので油断ならない場所となっている。

 ネクスと非常食こと少女がいる場所はそんなオードポートの廃墟都市遺跡シティルインズと呼ばれる場所。かつて人間が住んでいた都市であり、その跡地。この巨大な湖の対岸に人間が築いた都市がある。湖の岸を伝っていって100キロ近い地点に存在している。

 この都市に人間が部隊を配置しているのは都市の防衛における重要拠点となるからだ。無論、度々吸血鬼ヴァンパイアとの戦闘も発生しているので警戒にあたる必要もある。

 都市とこの廃墟都市遺跡シティルインズの間、湖の上には人間が築いた前線基地も存在している。この廃墟都市遺跡シティルインズが重要視されるのもわからなくはない。


「そんな都合よくいるものですかね…?」


「いますよ。ここから北東に1.24キロの地点に30匹ぐらいいますね。お目当ての車両もありますよ」


「……へ? なんでわかるんですか?」


「勘です」


 そんな訳あるかと非常食こと少女はツッコミたくなったが抑えた。

 ネクスは広範囲の「臭い」を探知することが出来る。2キロ以内であれば正確に人数や人間の扱う機械の種類もわかる。


「いい機会です。人殺しもしてみましょう」


「…それはテストですか?」


「ええ。貴方自身がプレゼンで殺しができると言っていたじゃないですか」


 確かに言った、と非常食こと少女は自分の発言を思い返す。だが少女は銃も握ったことはないし殺しをした事もない。さっき殺した喰人鬼グールだって初めてだ。しかし非常食こと少女は人殺しをしてみよう、と言われても動揺することはなかった。

 寧ろその目は先程よりもギラギラとしていて鋭さを帯びている。


「やります」


 ただ一言。そう言葉にした。

 ネクスはそれを見ても相変わらず無表情だが、少しばかり愉快そうな顔をしていた。


「元より拒否権などありませんよ。とは言っても数が多い。貴方では苦でしょう。1匹まで減らすので話はそれからです」


 ネクスはそう言いながら歩を進める。非常食こと少女はハンドガンを握り締めてその後に続いた。


「あとそれ空なので補充しておいてくださいね」


「あっ」


 真面目な顔をしていた非常食こと少女は顔を真っ赤にした。













 ◇◇◇














 ガゼルは人間の中では強い部類にあたる人間である。筋骨隆々な肉体。日に焼けた褐色の肌。スキンヘッド。誰もが一目で「凶悪そう」と思う見た目をしている。見た目は凶悪そうだが、彼自身は子供好きな性格をしていると言える。

 魔法の腕も高いが、ガゼルは強化外骨格パワードスーツを着用してヘヴィアックスと呼ばれる巨大な斧で相手を叩き潰すという近接主体の戦闘スタイルを持っている。距離を置くなら魔法を放ち相手を追撃する。

 ガゼルが何故強い部類にあたる人間なのかと言えば、「伯爵」クラスの吸血鬼ヴァンパイアを討伐した功績があるからだろう。その功績から小隊規模の自身の部隊を持つことも許されている。

 今日もそんな自身の部隊を率いてオードポートの廃墟都市遺跡シティルインズで哨戒任務を行っていた。部隊には旧式の装甲車と車両が幾つかある。ガゼルは装甲車の上に座りながら携帯端末で地図を確認していた。


「今日も平和なもんだなー? ガゼルよぉー」


「この平和が続けばいいがな」


「コラ、不吉なこと言うなよ」


 そんな真面目に仕事をしているガゼルに装甲車の中から声をかけてきたのは同僚のピークである。陽気な性格をしている男でこの装甲車の持ち主でもある。

 この装甲車はピーク一人で動かしている。思念波式操縦法と呼ばれる操縦法を用いられている。人間の頭脳が発する思念波を捉えて機械をまるで自身の手足のように動かす操縦法だ。武装なども一人で動かせるし、操縦もお手の物。その為この装甲車にはピーク以外に乗組員は必要ない。


「なに、最近この辺で確認されている吸血鬼は「男爵」クラス程度だ。都市の損害は孤児が何人か攫われた程度。あっちもこの戦力じゃ仕掛けてこないだろうよ」


「お前ぐらいだぜ? 「男爵」クラスの吸血鬼ヴァンパイアを「男爵」クラスなんて言えるの」


「なに、最新鋭の強化外骨格パワードスーツと技量があれば余裕で戦力差は補えるものさ」


 ガゼルがそう言えば「かーっ、これだから筋肉馬鹿は」と言ってピークが悪態を着いた。ガゼルとピークは軍隊入隊前からの仲であり、腐れ縁とも言える関係である。筋骨隆々なガゼルに対してピークはひ弱そうな印象を受ける。だがそれはお互いの得意分野が別々だからこそであろう。


「ピーク。お前は早い所いい兵器を買えよ」


「高いんだよ。軍の補助金注ぎ込んでも足りねーっつうの」


「あー……何買うんだったか?」


「戦車だ戦車。多脚可変式の」


「あー…」


「筋肉馬鹿にはわからねーよ」


 ガゼルが首を捻って思い出そうとしたがピークはその努力を笑う。

 人間の軍隊、兵士は自分の金で好きな装備を揃える権利がある。基本的な装備は兵科毎に支給されるが基本。物足りなくなった兵士達は強力な兵器や武器を買う為に金を稼ぎ、戦場でその強力な兵器や武器を扱うのだ。軍隊であれば維持費なんかは軍が保証する。なので弾代を気にすることなく武器を扱えることを理由に軍隊に入るような人間もいる。


「俺が出してやるつってるのに」


「おいおい筋肉馬鹿。俺は自分の金でなんの罪悪感もないまま買った戦車を使いてーんだよ。お前の力なんざ必要ねーさ」


「そうは言うが……お前、家族がいるだろ?」


「そこを上手くやりくりして買うんだろ? わかっちゃいねーな」


「そういうものなのか」


「そういうもんさ。この敵が出ねえ哨戒任務をダラダラ続けてるだけで金は手に入る。燃料代も気にする必要はねえ。気長にやればいいんだよ」


 ピークはそう話した。ガゼルは相変わらず独特な価値観を持っていると思っていた。


「おいガゼル、お前は軍を抜けたら何するんだ? 生憎こんなクソみてえな世の中だがな」


 ピークは唐突にそんな質問を投げた。ガゼルもピークもあと20年も経てば引退の身である。その後のことも考えておかないといけない。


「俺はスレイヤーにでもなるぞ。妻も子もない。適当に使ってもいい命だからな」


「かー、これだから筋肉馬鹿は。最後の最後まで戦うってか?」


「おうとも」


 スレイヤーとは人間の都市にある組織のことだ。主に魔物と呼ばれる人間に敵対的な生物や吸血鬼ヴァンパイア喰人鬼グールの討伐を主にした仕事を請け負っている。簡単に言えば「武装したなんでも屋」だ。

 軍がスレイヤーに依頼して援軍を頼むこともあるし関わりがない組織とは言えない。ただ軍同様スレイヤーには階級のようなものがあり、上位に行けば行くほど都市からの待遇も良くなる。

 ガゼルならばスレイヤーになれば即座に上位に組み込めるだろう。ピークはそう思い、それも悪くないのかと考える。


「ピークはどうするんだ?」


「俺か? 俺はだな…」


 ピークがそう言いかけた、その瞬間であった。

 唐突な銃声が響き渡り装甲車の前方が爆ぜた。突然のことに装甲車が急停車し、周りを歩いていた兵士達が即座に近くの瓦礫などに姿を隠し臨戦態勢を取った。

 ガゼルは敵襲であることをすぐに理解し、命令を下そうと声を張り上げた。


「敵だ! 正確な位置を割り出せ! 迂闊に頭を出すな!」


 そう言いながらガゼルも装甲車の側面に隠れてピークに声をかける。


「おい! ピーク! 索敵レーダーを使え!」


 ガゼルが装甲車内に声をかけるがピークの返事はない。ガゼルが痺れを切らして装甲車の上によじ登り銃座から内部に顔を突っ込む。


「おい! ピーク!! ……嘘だろ」


 ピークは死んでいた。顎から上が吹き飛んでおり、その肉片が車内にこびり付いている。見れば装甲車の前面から続く穴が空いておりそれがピークの致命傷になったことが伺える。

 ガゼルは「クソッタレ!」と悪態を着きつつ兵士達に命令を下す。


「敵は「男爵」所じゃない! 「子爵」以上だと思え! 装甲車の援護はない! 各自端末で敵の位置を割り出せ!」


 そう命令を繰り出してからガゼルは殺気を感じ取り咄嗟に魔法を発動させる。それは「防御魔法」と呼ばれる魔法であり、自身の正面に魔素マナで構築された壁を生み出すものだ。それは見事に飛んできた「何か」を弾いて防いだ。

「何か」が飛来してきた方を見て、ガゼルは驚愕することになる。

 廃墟となったビルの屋上。黒い影がこちらを見下ろしているのがガゼルの目には見えた。だがその距離がとんでもなかった。恐らく、1キロ以上は離れている場所にその黒い影は立っていたのだ。


「敵の位置特定しました! 南西、距離1.8キロの場所に反応! それ以外は生物の反応はありません!!」


 若い兵士が絶叫気味に叫んだ。だがそれに被せるようにガゼルが叫ぶ。発砲炎マズルフラッシュが見えたからだ。


「2発目来るぞおおおおっ!!」


 その声に兵士達が即座に防御魔法を展開する。が、そのうちの1人が防御魔法を展開したのにも関わらず胸を貫かれて死んでいた。防御魔法は確かに発動したが、飛んできた何かが防御魔法の耐久を超える威力でそれを貫いたのである。

 防御魔法は確かに使いやすいものだ。だがそれは発動者の魔素マナを扱う技量によるのである。魔法を発動する際に人間は大気中の魔素マナに干渉して魔法を発動させる。この干渉に生じる力を「干渉力」と言うのだが、その干渉力が大きければ大きいほど魔法の威力も大きくなる。

 訓練をすれば干渉力も鍛えられる。無論、ここにいる兵士達は訓練をして干渉力を鍛えている。一般人よりも遥かに強いと言える。

 だが、それを持ってしても死んだ彼の防御魔法は意味を成さなかった。


「建物の中に隠れろ! 防御魔法は無意味だ! 奴に近付いて…」


 ガゼルがそう言っている間にもまた1人撃ち抜かれた。部隊に緊張と混乱が走り始める。だが流石に訓練されているだけありガゼルの言う通り即座に近場の建物の中に全員で避難した。

 ガゼルもその中に走り込み、姿も分からない狙撃手からの狙撃を免れる。


「全員いるな!?」


「隊長ぉ! ジャクソンがぁ!」


「今は捨て置け! それより奴をどうにかしないと…!」


 ガゼルの言う奴、はかなり離れた位置にいる。だが強化外骨格パワードスーツを全開で稼働させればすぐに詰められる距離だ。兵士をここに待機させて自分一人で行くかガゼルは考える。だが他の吸血鬼ヴァンパイアがいたら元も子もない。


「おい! 大丈夫か!?」


 ガゼルが作戦を考えていると、建物の中で待機する兵士の中からそんな声が上がる。そちらに視線を移せば兵士のひとりが地面に蹲っていた。様子がおかしいが、戦場で仲間が死に嘔吐する程度なら新兵にはよくあること。ガゼルは適当に処置をしようとしたのだが、兵士の1人がその兵士の肩を揺すったその時である。


「ひっ、ひひ、みんな死ねば楽になれる…」


 その兵士は焦点のあっていない目を浮かべ、その手に強烈な爆発で周辺を焼き尽くすサーモバリック手榴弾を握っていたのだった。それも安全ピンが抜けた状態の。


「おい、そいつは──────!!!」


 ガゼルがなにか言葉を投げる前にガゼルの視界が真っ白に染った。








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