第2話
炎の光が無機質なコンクリートの壁を照らす。この世界には「
簡潔に言えば「魔法」や「魔術」と呼ばれるもの。ネクスは当然のようにそれが扱えるので朽ちた廃材を非常食こと少女に運ばせて火をつけたのである。
魔法は人間達が科学文明を発展させた要とも言えるものでもある。現実を改変させ超常現象を引き起こすそれらは人間に
人間は魔法によって発達した。魔法で火を生み出し鉄を錬鉄し、魔法で雷を生み出してそれをエネルギーとして機械を動かし、核融合を引き起こして更に
そうして得た魔法科学と呼ばれるものは人間達が勘違いする程の力を与えた。過ぎた力を持った人間達が次にすることと言えば「戦争」であった。人と人が争う下らない闘争。その下らなき闘争の果てに人間達は
そんな疲弊した人間達に脅威として現れたのが
「非常食。お前の言う歴史に違いはないんですね?」
ネクスは外套を脱ぎ、キャミソールとミニパンツというラフな格好でコンクリートの床に座っていた。その目の前にはボロボロの紙切れが広がっている。それはネクスが持っていたかつての世界地図である。ネクスはそれに幾つかピンを立てて非常食こと少女のことを見据えていた。
「はい。今から50年前に
非常食こと少女は簡潔にそう説明した。
その言葉にネクスは「ふむ」と声を漏らした。ネクスはここ数十年なんらかの原因で眠りについていた。その間の記憶はないし、かつての記憶も
ネクスはひとつ疑問に思ったことがある。何故女王軍は10年前に表舞台に姿を現したのに、3年前に侵攻を始めたのか、ということである。
7年。7年もあれば人間の都市に侵攻して今の倍の都市を落とせたことだろう。何故それをしなかったのかネクスは疑問に思った。
だがネクスはそこでふと、先程遭遇した
「…非常食。最近の
「最近の、ですか?」
非常食はネクスの質問の真意を理解できないように返事を返したが、一瞬の
「例えばですけど…、組織だって行動してますね。単独だったものが人間と同じみたいに、小隊を組んで行動しています」
ネクスは非常食こと少女のその言葉に確信を得たのか無機質なままの顔を上げた。相変わらず無表情であり何を考えているのか非常食こと少女にはわからない。
「そうですね。あの
「教育期間?」
「ええ。愚かで闘争好きな
非常食はネクスの話したことを脳内で纏めて、青ざめた。それは人間に勝ち目が見えなくなったことと等しいのである。
女王、アルシェリア・ヴァーミリオンという
それは人が行う戦争における「戦術」のようなもの。「女王軍」という「組織」を作り、その「組織」に様々な「役職」を作り、「司令官」から「隊長」へ、「隊長」から「兵士」へという情報系統を作り上げたのだ。
これの何が恐ろしいのか? それは人間と
だが、その強力な「個」が「集団」になり「軍」となった。それは今まで「組織的」に優位に立っていた人間がその優位性を失ったと言うこと。
そしてアルシェリア・ヴァーミリオンはそれを可能としてしまったのだ。
「
青ざめた非常食こと少女のことを見てネクスはそう話した。ネクスは少女が他の人間よりは頭がいいことを見抜いている。別にだからと言って何をするつもりもない。ネクスにとって少女はただの非常食である。
「質問、よろしいでしょうか?」
「いいですよ」
「ご主人様は女王軍につくんですか?」
「いいえ」
「即答!?」
少女はネクスが多少なりとも
ネクスはやれやれと言った
「私は
「じょ、女王軍は叛逆する
「私はそこんじょそこらの雑魚
ネクスは非常食に与えたハンドガンを指差しながら話した。非常食の腕力ではネクスが人間の兵士からかっぱらった小銃は持てるが長時間持つことが出来ないので子供でも持てるそれを与えている。
非常食こと少女はネクスを撃つつもりなど毛頭なかった。「男爵」クラスの
「それより寝なくていいんですか。人間は睡眠が必要なんでしょう」
「…はい」
「では寝るといい。私は考え事をしていますので」
「わかりました。…おやすみなさい」
ネクスの言葉に非常食こと少女はコンクリートの床に横になって眠ることにした。朝、目が覚めることを祈りながら。
◇◇◇
非常食こと少女が目を覚ませば丁度崩れた壁から朝日が昇ってくるのが見えた。廃墟の建物の間から見えるその朝日は美しく眩しい。これで自分が自由の身であったらどれだけ素晴らしことか、そんなことを考えながら身を起こせばすぐに黒ずくめの物体が目に映る。
「お目覚めですか。非常食さん」
この悪夢はいつ終わるのか、いや転換期は迎えているのかもしれない。非常食こと少女はそんなことを考えながら「おはようございます。ご主人様」とネクスに言うのであった。
ネクスと非常食こと少女は休んでいた建物を後にする。非常食こと少女はネクスが簡易食の栄養クッキーを持っていたのでそれを食べて済ませていた。
「さてこの辺には奴らがいると思うんですがね」
「奴ら?」
「
「…何故そんなものを」
探しているんですか、と聞く前に遠くから悍ましい叫び声が聞こえてくる。見れば不快なものがその視界に映る。
車や瓦礫、鉄骨などが散乱した路地によたよたと歩く人型の何かが姿を現す。それは人と形容するにはあまりにも悍ましい。唇がないのか歯茎をむき出しにしていて獣の如く鋭い目を持った顔を持ち、頭髪はない。薄く紫がかった皮膚を持ち、左腕は歪に膨らみ肥大化していて人の腕くらいはある鋭いを生やしている。もう片方の手にはかつて知恵があったことを彷彿させるように錆び付いた剣を握っていた。
人間が見たらアクション映画やパニック映画に出てくるゾンビを思い浮かべるであろうそれ。
それは
「
「壁の中に住むただの人間は目にかかる機会もありませんよ。どうですか?」
「……醜い」
「ええ、とても醜い生き物です」
非常食こと少女の感想にネクスは満足気に頷いた。
細胞が暴走した際に肉体が改造されあのような怪物へと成り果てる。中には巨大化したり、獣になったりする者もいる。それは
「テストです。あれを殺してください」
「……本気ですか?」
「ええ。使えない非常食は早々に処分するに限ります。私は足を引っ張る荷物を連れて歩くのはごめんなんですよ」
本気だ、と非常食こと少女は思った。恐らくここで非常食こと少女が死んでもネクスにとって見れば非常食がなくなってしまっただけ、くらいの損害である。
ここで自分の有能さをアピールしないとネクスは問答無用で自分のことを切り捨てるであろうと非常食こと少女は思った。
だが非常食こと少女は銃など使ったことは無い。知識にはあるものの実際に使うとなると話が違ってくる。
「おぁ……キィイイ……」
まだ
「ふぅー……ふぅー……」
自分の心臓の音がやけに大きく聞こえる。少女は
少女は汗ばんだ手でハンドガンを握り締め、震える手で照準する。震えてたった数メートルの照準が全く定まらないことに焦りを感じながらもゆっくりと、しかし落ち着いて狙いを定めた。
そして、少女が引き金を引く。
乾いた銃声と共に飛び出した
「キシェアアアアアッ!!」
銃声に気づいた
「ひ、ひあああああっ!!」
少女は驚いてハンドガンの引き金を誤って引いてしまう。暴発によって撃ち出された銃弾が
「うあああああああああああああああっ!!!」
少女はそんな転倒した
やがて
「まあいいでしょう。妥協点です。弾も有限じゃないので節約して欲しいですけどね」
ネクスはそう言いながら非常食こと少女のハンドガンに手を添える。それでようやく少女は我に返った。そのまま地面にへたり込み、目の前の死体を呆然と眺めていた。
「初めてにしては上出来です。雑魚
「も、目的のことって?」
恐る恐る少女がネクスに尋ねればネクスは無表情のまま口を開いた。
「人の都市に行きましょうか」
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