アルマベルゼ ─死神は魂を喰らう─

@pain1225

第1話









『…………きて…………。起きて…………』


 声が聞こえる。その声を聞いてそこに倒れていた少女は目を覚ました。

 ひゅっと息を吸い込んでせる。長い間眠っていたのかやけに喉が乾いていた。

 頭が正常に作動しない。少女は耳障りで何も聞こえないぐらい大きな「キーンッ」という耳鳴りをぼーっと聞きながら周りを見回していた。

 外だった。空は黄昏たそがれている。朽ちたアスファルトの地面がただただ広がっていて、高い建物の多くが崩れて廃墟と化していた。所々に炎の手が回っているのか石油が焦げた臭いと肉が焼けたような、噎せ返るような臭いが鼻をつく。

 導かれるように少女は一点に視線を固定していた。少女が倒れている路地から離れた場所。日が建物の隙間から覗き逆光で黄金色に照らしているその場所にひとつの人影があった。

 その人影は宙に浮いており、若く長い白髪の女性の姿をしているが透けている。幽霊のようにも思えたが光り輝いていてむしろ神々しい。

 それは少女を導くかのように手招きをしている。


『おいで……』


 少女はその人影に導かれるかのように立ち上がると腕を押さえ、足を引きずりながらそちらに向かう。

 体は重く、意識は朦朧としていて、喉は乾く。

 それなのに少女は人影へと向かった。それは少女の意思なのか、はたまた他者の意思なのか……それはわからない。

 少女が人影についていけばひとつの広場に辿り着く。元々は公園だったのだろう、噴水のある石畳の広場だ。

 その噴水に寄り掛かるようにして倒れている一人の子供の姿があった。胸が上下していることから辛うじて生きていることがわかる。だが既に虫の息だ。

 人影はその子供の傍に立つと少女を見据えた。


『さあ、いただきなさい……』


 子供を指し示しながら人影は言う。少女は足を引きずりながら子供の元に辿り着くと、瞳を真っ赤に染めながら子供に掴みかかった。

 子供は悲鳴をあげ、暴れて逃げようとしたが弱っていてそれもままならない。少女は子供の喉に咬み付くとそれを引き千切り、子供の血肉をすすった。人影はただその様子を静かに見下ろしていた。

 獣が血肉を貪る音が広場に響く。だがやがてそれは聞こえなくなり、少女が静かに立ち上がってボロボロの衣服の裾で血塗れた口元を拭った。


『あなたの名前は……?』

「……ネクス」


 ポツリと呟いた少女の名前はネクスと言う。ネクスは肩ほどまで伸びた黒い髪と右目が青、左目が赤のオッドアイを持つニンゲンであった。黒いボロボロの外套を羽織っていてその姿はさながら死神である。

 いや、彼女は正しくは「人間」ではない。ネクスは人から進化した「吸血鬼ヴァンパイア」であった。

 自分の名前を思い出した瞬間、彼女の頭の中に記憶が駆け巡る。それは彼女に頭痛を齎した。


「……」


 ネクスは顔を上げさっきまでいたはずの人影の姿を探す。人影はまた離れた場所に移動していた。


『こっち……』


 ネクスは人影に招かれるままそちらに歩いていく。

 遠くでは多くの流星が地上に向かって落下している光景が広がっている。しかしながらネクスの記憶が正しければあれは流星ではなく、人が生み出した兵器である。「神の怒り」と呼ばれる人が造った衛星軌道兵器オービタルウェポンであり、それは地上に多大な被害を齎す。無論そんなもの、正常な世の中であれば不要な産物であろう。

 ネクスが人影に導かれるままやってきたのは黒い袋が並べられた広場であった。その数は百は下らないであろう。

 黒い袋は人間が死体を収めるために作り出したもの。即ち、その袋の中身は言わなくてもわかる。

 人影の方を見れば、人影はその死体袋の傍に乱暴に置かれている鉄くずの山の側に立っていた。近寄ってみればそれはただの鉄くずではなく、均等な形を保った鉄くずであった。


『……』


 人影の方を見ても人影は憂いを浮かべた表情のまま喋らない。ネクスは人影の横を通って、その鉄くずの山からひとつの鉄くずを引っ張り出した。

 剣である。反り返った片刃の刀身、峰の根元は鋸状になっていて殴る為に作られたのだろうトゲの付いたハンドガードがある黒い剣であった。

 ネクスの記憶が正しければ、これは人間が対吸血鬼用に作った武器のひとつだ。「対鬼滅刀タイオニメツトウ」。そんな名前であった記憶がある。

 これを作った人間はさぞ相手を殺したかったのだろう。だがというのは皮肉なことだ。


『血の力を使いなさい……』


 人影はネクスが剣を取るなりそう話した。ネクスは言われるがまま「血の力」を使った。するとネクスが持っていた剣が自身の手のひらに血液となって吸い込まれたのである。そしてネクスが「剣を出したい」と思えばまた手のひらに血の流れと共に現れる。

 ネクス自身どんな仕組みか理解していない。だが人間にはない吸血鬼ヴァンパイアの力の一端であることには違いない。

 通称、「血流錬成ブラッド・アルケミー」と呼ばれる吸血鬼ヴァンパイアの力。手に触れた無機物を自身の血液と同化させるというもの。生き物等は無論出来ないし、あまりに大き過ぎるものも同化させることは不可能だ。ただ武器程度であれば同化させることが出来るのでネクスの同胞達もこの力を愛用している。


「おい、貴様! そこで何をしている!」


 顔を上げればいつの間にか人影の姿は消えており、ネクスのことを包囲する人影が増えていた。実体があるので本物だろう。

 それらは10人程度。ネクスのことを包囲するように立ちこちらに武器を向けている。ネクスの記憶が正しければあれは「銃」であろう。ただの銃ではなく対吸血鬼用に開発された銃だ。恐らく込められている銃弾も吸血鬼に通用すると言われている「銀」があしらわれていると推測できる。

 そんな武器を持っている人間達はアーマーが所々に装着されたスーツを着ており、ガスマスク機能の付いたフルフェイスのヘルメットを装着している。そのスーツは恐らく強化外骨格パワードスーツである。身体能力で劣る人間達が吸血鬼に対抗するために作り上げた戦闘用の衣服だ。

 ネクスはそれらを確認して、自分がそれらに勝てるかどうかを脳内で瞬時に演算する。ネクスはすぐに勝てると断定すると剣の柄を握る手に力を込めた。


「何をしていると訊いている!」


「こいつ吸血鬼ですよ! 撃っちまいましょうよ!」


 人間達は自分を殺そうとしていた。吸血鬼ヴァンパイアと人間を区別する術はない。あるとすれば長い犬歯があるかどうか、ぐらいだ。だから人間達は人間達に紛れる吸血鬼ヴァンパイアを恐れる。


「こいつが人間か吸血鬼かなんかわかるか! 識別機持ってきてねえからな! だがここは前線からかけ離れてる! 人間かもしれねえ!」


「じゃあなんで死体置き場で、武器を持って突っ立ってるんすか!!」


「だから何してるか訊いてるんだろ!!」


 隊長らしき男がネクスから目を離して怒鳴った瞬間、ネクスは動いていた。身体を赤い霧に霧散させると一気に隊長らしき男との距離を詰めて、再び実体化してからその隊長らしき男の首を剣で刎ね飛ばした。

 血が噴水の如く天に舞い上がる。それを見て惚けていた人間達であったが叫び声を上げながらネクスに向かって銃を乱射した。

 だが銃を撃つまでの間に、ネクスは3人の人間を仕留めていた。切り取った人間の首をボールのように投げてまた1人の人間の頭に命中させ血の花を咲かせる。

 ほんの数秒の間に半分をネクスによって殺された人間達は既に逃げ腰でパニックに陥っていた。逃げ出した人間を「敵前逃亡だ!」と言って殺す惨めな同士討ちが起きて、撃った人間は狂ったように笑いながら果敢に戦っていた人間も撃ち殺した。

 ネクスは怪しく光る赤い目でその狂った人間を見ていた。その狂った人間は残った人間を殺し切ると武器を捨ててネクスの前にやってくる。その目は既にどこも見ておらず口だけが煩わしい笑い声を上げていた。


「あひっ、ひっひひひひっひっ」


 ネクスはそんな人間を哀れに思いながらも右手を尖らせてその人間の胸を貫き、蹴り倒す。ネクスの手にはその人間の心臓が握られていた。ネクスはその心臓を握り潰す。血が破裂した水風船のように飛び散ったが、それは空中で静止し、物理の法則を無視して動き出すとネクスの右手に吸い込まれた。


『それが貴方の力……』


 人間達が全滅し、そこに立つものがネクスだけになった時、再び光り輝く人影が姿を現した。

 ネクスは人影をにらみ付ける。


「貴方は·····誰ですか?」


『……』


 人影はネクスの問いに答えることはなかった。ただ人影は悲しげな顔を浮かべている。それはまるでこの世の在り方に憂いを浮かべる聖女のようだ。ネクスは神など信じていないが。


『その力は貴方を王に導く……。その力の名前は……「魂核暴喰アルマベルゼ」……。向かいなさい……。運命に導かれるままに……』


 人影はそう言い残すとネクスの前から姿を消した。ネクスは目を細め「無視ですか」と呟きながらも自分の右手に目を落とした。

 先程の人間の心臓を握り潰した力は吸血鬼ヴァンパイアのものではない。ネクスが人間の心臓を握り潰した時、確かに自分の中に力が流れ込んでくるのを感じていた。

 吸血鬼ヴァンパイアの能力は身体を血液に変化させたり血液の霧に変化させたりするものの他に、精神状態が不安定になった生き物を操る能力もある。先程の狂った人間を操っていたのはネクスである。

 ただ全ての吸血鬼ヴァンパイアがそれらの力を使える訳ではない。人間に個性があるように、吸血鬼ヴァンパイアにも個性がある。ネクスにも使える能力と使えない能力があるのだ。

 だが先程の人影が言っていた魂核暴喰アルマベルゼはネクスの記憶に間違いがなければ初めて目にする力である。

 それを知っている雰囲気を出している人影も謎だ。ネクスの記憶にはあんな知り合いも、名のある吸血鬼も知らない。そもそも実体があるのかどうかも危うい。

 あれはなんなのか、そもそもこの「力」はなんなのか。


「……とにかく、いただこう。」


 ネクスは自分に言い聞かせるように呟いた。ネクスは自分が殺した死体のひとつに手を突き刺す。ネクスの腕を伝う血管が浮き出る。吸血鬼ヴァンパイアはこうして血液を吸うことも出来る。ネクスより強い上位の吸血鬼ヴァンパイアであれば直接吸う必要などない。また口で血液を啜る行いは吸血鬼ヴァンパイアからすると獣同然の行為に見える。要は下品なのだ。

 死体から血液を吸い取り、腹を満たしたネクスは人間達が持っていた対吸血鬼用の銃を手に取った。弾倉を外して薬室に残っている対吸血鬼用銀弾シルバーバレットを取り除くとそれを手に持ったまま適当な場所に銃口を向けた。


「────血よ」


 ネクスが呟けばネクスの手から血液が銃に吸い込まれる。そしてネクスがその状態の銃の引き金を引けば赤い弾丸が飛び出しコンクリートの壁に穴を穿った。

 吸血鬼ヴァンパイアの力、血流錬成ブラッド・アルケミーの応用である。自分の想像した物理法則が現実で実現可能であればそれを血液で再現することが出来る。今回の場合はネクスが「銃から弾丸が火薬の爆発力で飛び出す」という物理法則を思い描いてそれを実現させたのだ。

 ただこの力は自身の血液を使う。威力は人間が作った銃よりも遥かに強力だが使い所は見極めないといけない。なのでネクスは人間達が持っていた対吸血鬼用銀弾シルバーバレットも回収しておくことにした。その辺にいる人間達を殺せば無限に手に入るのでこれほど安上がりな武器はないであろう。


「休める場所を探さねば……」


 ネクスは呟きながら歩き出す。今は休める場所を探さないといけない。

 吸血鬼ヴァンパイアの身体的な傷は血液を摂取した際に行われる自己再生によって修復される。ネクスは先程の人間の子供と人間の兵士達から摂取した血液のお陰で体に出来ていた傷は全て修復されている。

 足取りも軽い。わざわざ来てくれた人間達に感謝をしつつネクスは歩いた。

 日は既に地平線に沈み、辺りは暗い。別に吸血鬼ヴァンパイアは朝だろうが夜だろうが関係なく行動出来る。朝日を浴びて灰になる、というのは死んだ吸血鬼ヴァンパイアの話だ。吸血鬼ヴァンパイアは死ねば灰になるのである。太陽の光は別に弱点ではない。

 だが吸血鬼ヴァンパイアは夜を好む。というのも、自分が優位に立てるからだ。人間と違って吸血鬼ヴァンパイアは暗闇を恐れない。五感が冴えるし、相手からは見えない。だから吸血鬼ヴァンパイアは夜に動くというのはあながち間違いではないのだ。


「……」


 ネクスは顔を傾げ、鼻についた匂いが漂う方に視線を向ける。建物の中から血の匂いが漂ってきていた。その建物は教会だったのだろう、荘厳そうごんな佇まいでそこに鎮座している。だが既に廃墟であり、門の上に飾られている女神像の頭は半分に割れている。

 ネクスはそのボロボロで今にも倒れそうな門の間を通り教会の内部に侵入する。教会の内部も雨が凌げない程には廃墟化していた。風が凌げるだけマシであろう、という程度である。だが祭壇の下に地下に通ずる道があるようでネクスが察知した血の匂いもこの下から漂っていた。

 ネクスは非常食があればラッキー程度に地下へ続く階段を降りていく。螺旋状になった光ひとつない階段を降りていけばやがて牢屋のような場所に辿り着いた。

 牢屋のような、ではなく牢屋であろう。同じような牢屋がいくつも連なっている。教会の下にこんな冒涜的なものがあって良いのかとネクスは考えながら血の匂いを辿った。

 ネクスが血の匂いを辿っていけば、徐々に音が聞こえ始める。それは話し声であったり叫び声であったり、水々しいなにかが飛び散る音であったりした。ネクスは別段なんの感情も持たずに血の匂いがする場所に辿り着く。

 そこではネクスでさえおぞましいと感じる行為が行われていた。男が人間の少女に跨りなぶっていたのだ。少女は既に呼吸を止める寸前だが、無理矢理意識を繋ぎとめられ嬲られるを繰り返されていた。それを2名の男達がせせら笑いながら眺めている。だが2名の男達の内、1人の男がネクスの存在に気づき声を上げた。


「何者だ!?」


 ネクスは別に答える必要はないと感じて、視線を牢屋の中に巡らせていた。牢屋の隅には人間の少女の死体が転がっており、片方の隅には鎖で繋がれた人間の少女達の姿がある。恐らく鎖で繋がれている方は「順番待ち」であろう。悲鳴もあげず、ただ光のない目で虚空を眺めている。


「おい、お前吸血鬼ヴァンパイアだな? なんでこんな所にいる? どこの所属だ」


 男はネクスが吸血鬼ヴァンパイアであることに気づくと荒らげていた声を収める。どうやらこの男達は吸血鬼ヴァンパイアのようだ。行いは家畜以下のそれだが、吸血鬼ヴァンパイアも珍しくはない。


「俺は男爵だぜ? 隊長クラスだ。先週女王軍で部隊を持つ事を許されたんだ。お前の評価ぐらいどうにでもできる。このことは言うなよ? それとも交ざりたいのか?」


 吸血鬼の男が下卑た笑いをあげながらネクスに言葉をかけた。男が話した「男爵」とは吸血鬼ヴァンパイアの強さを表す階級のようなもの。それらは貴族の階段によって表されている。

 弱い方から順に「兵士」「騎士」「男爵」「子爵」「伯爵」「侯爵」「公爵」「大公爵」「王」とランク付けされている。最も多いのが「兵士」であり、最も少ない、たった1人の存在が「王」である。

 男は「男爵」であり、下から3番目だ。別に強いとは言えない。これが隊長クラスなら他の2名は「騎士」か「兵士」であろう。ネクスはそう分析した。


「おい! なんとか言えよ! さっかから黙って突っ立ってやがっ……」


 男が感情的にまくし立てて来たのを期にネクスは男の胸に手を突き刺した。男は一瞬反応したが遅れてネクスに心臓を引き抜かれる。

 吸血鬼ヴァンパイアの心臓は人間のような肉では出来ていない。宝石のような美しい赤色の脈動する水晶で出来ている。ネクスは躊躇ためらいなくそれを握り潰した。


「かひゅっ……」


「男爵」等とほざいていた吸血鬼の男は無残に倒れ、牢屋に静寂が落ちた。無我夢中で腰を振っている男の吸血鬼だけが音を発しているが、ネクスはその胴体を剣で両断する。


「貴様っ!」


 残っていた男がようやく我に返り、血流錬成ブラッド・アルケミーで自身の武器を取り出して斬りかかってくるがネクスはその男に片手に出現させておいた銃を向けてその胸を撃ち抜いた。


「がひゃっ!?」


 ただの対吸血鬼用銀弾シルバーバレット如きでは吸血鬼ヴァンパイアは一発で仕留めることは出来ない。生命力は人間より遥かに高いのだ。


「お、お前、女王軍に刃向かってタダで済むと思ってるのか!?」


 男が喚き出す。ネクスは殺そうと思っていたが「女王軍」というワードでその手を止めた。


「女王軍ってなんですか?」


「は? し、知らないのか?」


 男はネクスの言葉に間の抜けた顔を浮かべた。だがネクスが銃口を向ければ即座に説明を開始する。


「じょ、女王軍は10年前に吸血鬼をひとつに纏めあげたアルシェリア・ヴァーミリオン様が率いる軍隊の事だろう! 今は女王の庭クイーンガーデンと呼ばれる地下都市を築き上げ、人間共が築いた都市を既に数箇所攻略しているではないか! お前が野良吸血鬼とは言えそんな事も知らないのか!?」


 ネクスは男の言葉を吟味しそれが真実であることに気づくと思考を回転させる。

 自分の記憶が正しければ、自分がこの世界で活動していた時「女王軍」なんてものはなかった。それも10年前と来た。一体どれだけ眠っていたのかネクス自身にもわからない。

 人間が唯一吸血鬼ヴァンパイアから勝っていた点は統率力である。人間はその統率力によってなんとか吸血鬼ヴァンパイアと拮抗していたのだ。吸血鬼ヴァンパイアは自由に抗争し、人間を乱獲し、同士討ちすることもあったのだ。それが当たり前でもあったのである。その為人間は「都市」に引きこもり、前線を構築して吸血鬼ヴァンパイアの脅威から身を守っていた。

 だが、そんな吸血鬼ヴァンパイアが統率力を得たら? 人間の「都市」が数箇所攻略されるのも納得である。人間の「都市」は巨大な壁に覆われていて強力な兵器がその外周を守っている。しかし個の吸血鬼ヴァンパイアでは攻略出来なくとも、軍の吸血鬼ヴァンパイアが攻めてきたら落とせなくはない。


「なるほど……「王」が生まれた。それがアルシェリア・ヴァーミリオンですか」


 たった1人の「王」が生まれたのだ。ネクスは納得する。少なくとも自分が活動していた時は「王」がいなかった。そして暴れ回っていた吸血鬼ヴァンパイア達を纏めあげたのだ。


「ありがとうございます。良い情報でした。さようなら」


 ネクスはそう言うと、男がなにかを話す前にその胸に腕を突き刺し、心臓を抜き取って握り潰した。自分の中に力が流れてくるのを感じてニヤリと笑う。


「素晴らしい力だ。徐々に強くなるのを実感出来ますね」


 ネクスはそう呟きながら鎖で繋がれている人間の少女達に目を向けた。生憎、ネクスは腹がいっぱいで喰う気にもならない。非常食として1匹連れて行こうかと吟味していると1人の人間の少女と目が合った。

 その少女は周りの少女達が死んだ目を浮かべている中で唯一、爛々とした強い意志を宿した目を浮かべている少女であった。ネクスはその少女の目を見て興味が引かれる。


「何故、今殺戮さつりくショーを繰り広げた私の事をそんな目で見られるんですか? 人間さん」


 ネクスはその少女の前に立ち見下ろしながら呟いた。それは人間が家畜に気まぐれで話しかけるような感覚に似ている。ネクスにとって人間など食物以外の何物でもない。

 しかし少女はそんなネクスに怯えることなく口を開いた。


「·····私を連れて行けば荷物持ちと殺しができる血液袋ぐらいには役に立てますよ」


「荷物持ちですか。餌代は誰が出すんですか?」


「それは必要経費になります。でも、血に困ることがなくなるなら素晴らしいことなんじゃないでしょうか?」


 別にネクスは血に困ることはない。その辺の人間を殺して血を吸えばいいと考えているからだ。だが「女王軍」なるものが生まれた今だと人間の血も好き勝手吸える訳ではない。


「それに貴方様はあまり今の世間について知らない様子。私はそれなりに知識を持っています」


 そう。少女の言う通り、ネクスはこの世に疎い。10年前から台頭していた女王軍についても知らない程に。ネクスは何年眠っていたのか自分でもわかっていない。ネクスが眠っていた間に変貌したこの世界についての知識はゼロに等しい。

 ネクスは少女の見極める力と胆力に舌を巻いていた。この少女はネクスが少女のことを気まぐれで殺すかもしれないこの状況下でネクスに自身がいればどれだけ好都合かをプレゼンしてみせたのだ。その事をネクスは気に入っていた。


「いいでしょう。貴方を連れていきます。ただし逃げようとした場合は問答無用で殺します。弱音を吐いても同様。いいですね?」


「ええ、わかりました。ご主人様マイマスター


 少女はひざまずく。ネクスは堅苦しいのは嫌いだが、自身の指の皮を噛み千切るとそれを少女の胸に押し当てた。ネクスの血液が少女の左鎖骨下あたりに付着するとその血液はまるで意志を持ったかのように形を変え動き回り、いばらが絡み合ったようなマークを少女の首に付けた。


「今の言葉は誓約。それを破ればお前は首が取れて死ぬ。その呪いをかけました。覚悟しておくように」


「仰せのままに」


 少女は跪いたまま返事をする。ネクスは少女のことを繋いでいた鎖を剣で切断しながら少女の名前がないと不便なことを思い出す。


「あー、貴方の名前は何にしましょうか」


「……私の名前は」


「非常食でいいですかね」


「え……仰せのままに」


 ネクスは少女、非常食と共に教会の外に出ることにした。まずは休める場所を探さないといけない。それにネクスは今後どうするかも考えていなかった。それについても考えないといけないであろう。

 そうしてネクスは非常食を連れて夜の廃墟街へと姿を消すのであった。










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