第204話 あの頃の二人、これからの二人
晴れて結ばれたということで、二人らしいデートを楽しんだ春輝と貫奈。
今は、イタリアン店にて酒宴……もとい、ディナー中である。
「そうそう、キスといえば」
先の話題に関連してなのか、貫奈がふとした調子で切り出した。
「先輩も知らない、私と先輩の秘密エピソードがあるんですよ」
「そんなものが存在し得るのか……!?」
貫奈の言い回しに、春輝はツッコミを入れる。
「ほら、先輩の卒業も間近に迫ってきてた冬の時期。私、挙動不審気味だった日があったりしませんでした?」
「あの頃のお前は割と挙動不審がデフォみたいなとこあったから、どの日か特定出来ねーよ……」
「あはは。先輩が卒業する前に、ワンチャン告白……とか考えてましたからね」
「あ、おぅ……」
今にして明かされるいじらしいエピソードに、何と言って良いやらわからない春輝である。
「先輩が、図書室で寝ちゃってた日のことですよ」
「……あー、あの時か」
そう言われて、記憶が蘇ってくる。
それは、ある意味で春輝の中でも強く印象に残っているエピソードだった。
◆ ◆ ◆
「こ、こんにちは、先輩っ」
とある昼休み、図書室のいつもの場所に顔を出した貫奈はやや緊張の面持ちだった。
春輝の卒業まで、もう幾ばくもない。
告白……とまではいかずとも、何かしらの爪痕的なものくらいは残したいと考えている貫奈である。
「……あれ?」
しかし、件の空間の様子を見てちょっと拍子抜けしたような表情となった。
「寝ちゃってる……」
春輝が、椅子に背を預けて心地よさそうに眠っていたためである。
「せんぱーい、私の席に足のっけないでくださーい」
春輝の定位置の向かい、いつもなら貫奈が座る椅子を今は春輝が足置きとしている形であった。
「せんぱーい?」
相手が寝ているのならと気後れもなく、貫奈は春輝の肩を軽く揺する。
「ぐぅ……」
しかしよほど深く眠っているのか、春輝が起きる気配はなかった。
「やれやれ……」
どうしようかと、貫奈は逡巡する。
それから、ふと何かを閃いた表情となった。
「起きない相手に、することと言えばー?」
春輝の耳元で、そっと囁く。
「目覚めのキス、とか?」
それから、ニンマリと笑った。
「キスしちゃいますよー?」
言いながら、ゆっくりと顔を近づけていく。
無論、ただの冗談だった……少なくとも、最初は。
けれど。
(あれ、これもしかしてワンチャン……寝てるなら、ホントにしちゃってもバレない説が……?)
そんな考えが、頭を擡げてくる。
本日の図書室は、利用マナーも良好。
静寂の中で、己の心音が妙に大きく聞こえる気がした。
その音で春輝が起きてしまいはしないだろうか、なんて。
そんなことを考えたりすると、ますます鼓動のペースは速くなっていく。
誰にも止められないまま、両者の距離は徐々に縮まっていき──
「……んぅ」
「!?」
残りの距離も数センチというところふと春輝が唇を開き、吐息のような僅かな音が漏れて。
その瞬間、貫奈の心臓はそれまでの更に数倍に達するかという勢いで大きく跳ねた。
「っ……!」
ハッと我に返り、貫奈は全速力で春輝から顔を離す。
「先ぱっ、起きっ!? や、これは違くて……!!」
わたわたと無秩序に手を動かしながら、貫奈が言い訳なのか何かのかよくわからない言葉を口走る一方で。
「……すぅ」
春輝の口から再び漏れたのは、寝息と思しき音だった。
どうやら、未だ起きる気配はないようだ。
「………………はぁ~っ」
それを確認し、貫奈は大きく安堵の息を吐き出す。
「……何やってんだか」
思わず苦笑が漏れた。
自らの顔が真っ赤に茹だっていることが自覚出来る。
貫奈にとって幸運だったのは、その後も春輝が昼休み終了間近まで睡眠を継続してくれたことであろう。
おかげで、寝起きの春輝に対して「おはようございます、お寝坊な先輩?」とちょっとイタズラっぽい笑みを向けることが出来たのだった。
その頃には、頬の熱も流石に引いていた……と、信じたいところであった。
◆ ◆ ◆
「ということがありまして。まぁ、今だからこそ言えるエピソード的なやつですね」
と、貫奈はどこか得意げにも見える表情で語るが。
春輝は、如何なる表情を浮かべるべきか判断に迷っていた。
「……実はそれ、知ってた」
「……へ?」
ポツリと漏らすと、貫奈は目を瞬かせる。
「ホントは、身体を揺すられたとこで起きてたんだよな……そこからは、寝たふりしてただけで……」
「へぁ……? え、いや、なぜそんなことを……?」
「お前が妙なことを言い出すから、やれるものならやってご覧なさい? という気持ちで……したら、なんかホントに気配が近づいてきたから……思わず、ちょっと反応してしまった的な……」
「………………へぅ」
あの日のように、貫奈の顔が真っ赤に染まる。
己の企みが当時からバレていたことが今更ながらに判明し、羞恥心に火が付いた形であった。
「ていうか先輩、そこまで認識してて私の気持ちに気付いてなかったって正気ですか……!?」
「いや、普通に冗談だと思うだろ……」
「そんな冗談……くっ、確かにあの頃の私の私は先輩へのアプローチで外した手応えだと見るや『冗談ですよ』って誤魔化してましたが……」
ぐむむとうめく貫奈に、春輝は微苦笑を浮かべている。
「……でも、万一にもあそこでキスしてなくて良かったよ」
それを、ただの微笑に変化させた。
「ちょっとー、JKのファーストキスに価値がないっていうんですかー?」
そんな春輝に、貫奈はジト目を向ける
「そうは言わないけど……」
そこで言葉を切り、春輝はどこか躊躇するような気配を見せた。
視線を右に一度、左に一度ズラした後に、再び正面に向け直し。
「恋人になってからするファーストキスの方が、もっと価値があると思うから」
「………………先輩、マジで最近火力上がり過ぎじゃないです? 何かしらの禁術的なものに手を出したりしました?」
はにかみながらの春輝の台詞に、ますます真っ赤になる貫奈であった。
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またも更新間隔が大きく空いてしまいまして、誠に申し訳ございません。
更新を再開して参りますので、引き続きどうぞよろしくお願い致します。
世話好きで可愛いJK3姉妹だったら、おうちで甘えてもいいですか? はむばね @hamubane
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