階段のない学園

村上玄太郎

短編

 Nが通っている学園には階段がない。

 学園の校舎は、4階てである。運の悪いことに、Nの教室は4階のところにあった。階段がないわけだから、Nがそこまで登るのも大変である。

 毎朝、登山靴をはいて、学園まで歩くと、Nは教室の窓かられ下がった壁のロープをつかんで登った。

 Nが汗だくになりながら窓から教室に入ると、すでに授業は始まっていた。彼のために、始業時刻を遅らせようと考える教師はひとりもいない。


 階段がないなら、まだいい。この学園は玄関もないのだ。

 どうやって、客をもてなすのかと不思議に思う人もいるだろう。ところが、玄関はないくせに、りっぱな応接室はあった。客が来ては、にこにこ顔の理事長がもてなした。

 Nとこの理事長は顔見知りであった。顔見知り以上の仲だった。

 廊下ろうかですれちがうときは、お互い、よそよそしくするが、実は親子なのである。


 ある日、Nは母親である理事長に頼んだ。

「お母さん、お願いがあるのです。この学園には階段も玄関もありません。どうか、それをつけていただけませんか?」

「バカなことを言わないで。階段も玄関をつける学校が、この世界のどこにあるの?それに、改修費用も用意できないのよ」

「そうですか。それは仕方がありませんね」

 予算がなければ、どうしようもない。Nは階段をあきらめるしかなかった。

 もちろん、他の方法を考えないわけではなかった。


 まず、候補に挙がったのがエレベーターである。

 わざわざ建物の中へ付ける必要もない。外の壁に、上り下りできるエレベーターの箱をとりつければいいのだ。

 そこで、Nは理事長にこれを提案したが、やはり、予算がないという理由で断られた。


 次にNが考えたのは、ヘリコプターで通学することだった。

 Nは、理事長に土下座どげざしてヘリコプターをねだった。

「お母さん、お願いがあるのです。ヘリコプターを僕にください」

「なんです、ヤブから棒に。ヘリコプターを何に使うの?」

 彼が目的を告げると、理事長は驚いた。だが、とうとう息子に折れてしまい、こう言った。

「かわいい息子の頼みなので、なんとかしましょう。さっそく、業者にかけあって、ヘリポートを建設します」

 こうして、ヘリコプターが離着陸できるヘリポートが校舎の屋上に作られた。


 しかし、世の中は甘くない。

 ヘリコプターを買う段階になって、マスコミとネットが騒ぎ始めたのだ。

 物珍しさから、新聞各社はいっせいに報道した。週刊誌が「理事長の息子が優雅ゆうがなヘリ通学」と面白おかしく記事を書いて、読者をあおった。

 それにつられて、ネットでもNを非難する書き込みが増えた。中には、甘やかしすぎではないか、親バカではないかと批判する者もあらわれた。

 こうなると、学園の運営にも響いてくる。

 結局、ヘリコプターの話は立ち消えになってしまった。


 夕方の教室で、放課後に遊んでいた生徒たちは帰り始めていた。

 ヘリコプター通学ができず、しょんぼりとしていたNも帰る時間だった。

 次々と生徒たちは教室の窓から飛びおりた。

 飛びおりることができないNは窓から垂れたロープをつかまりながら、こうつぶやく。

「昔の人間はみんな超能力がなかったそうだけど、僕のように苦労したのかな……」

 たくさんの人間が群をなして、彼の頭上はるか先、空を飛ぶ。

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階段のない学園 村上玄太郎 @dhrname

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