第21話

 翌日、オレはどことなく重い気分で花火大会に赴く。重い気分の理由は昨夜の自称元未来人、宇宙人、超能力者との会合のせいに違いない。……信じるわけじゃないし、信じたくもないが、世界がこの8月で終わっちまうらしい。さらに加えて、ナツホに眠った能力を覚醒させるために、アイツと親交のある人間が狙われるかもしれないんだそうだ。ホントかよ? 何度頭の中で回想しても、現実離れした話だ。だが、昨夜の朝比奈さんの泣きじゃくりや、長門の雰囲気、そして古泉の口調が真実だと肯定してくる。


「たーまやー!」


 一際大きな花火が上がった直後、ナツホが大声を出しやがった。


「ほーら、みくるちゃんも声を出しなさい!」

「え? え? 一体なんなんですかー。なんでたまやなんて言うんですかー?」

「花火があがったら『たまや』っていうものなのよ! いいから私と一緒に言いなさい! ほら、せーの!」

「た、たーまやー……。こ、こうですかー?」

「声がちいさーい! もう一回! たーまやー!」

 

 朝比奈さんがハルヒの悪ノリに付き合わされていた。


 SOS団の女性衆3人は夏祭りと同様に浴衣姿を披露してくれている。長門も谷口曰くAランクマイナー以上の女生徒らしいし、朝比奈さんに至っては俺的AAAランク。ナツホだって黙ってりゃ一美少女だからな。何の懸念もなければ、目の保養として最高だったに違いない。だが今の俺には、眼前の見目麗しい浴衣三人娘の姿を心から楽しむほどの余裕はなかった。我ながら肝が小さい男だと思う。


「おや、小難しそうな顔をされていますが……、どうされましたか?」


 オレの表情の変化を敏感に察知したのか、古泉がニヤケていた。ナツホが花火と朝比奈さんにしか意識を向けていないことを確認して、俺は眉間に皺を寄せた表情を古泉に向けてやる。


「8月で世界が終わるなんてことを、真実味溢れる言い方で告げられたのにヘラヘラできるヤツがいたら、そいつはよっぽどの馬鹿だろうよ。ましてやナツホと仲の良い奴らが命を狙われるかも、なんて言われてるのなら尚更だ」

「なるほど。その表情はご自身の……あるいは僕たちの身を案じてくれてのことですか。ですが、心配はありません。今この雑踏の中にも僕の仲間が皆さんを監視してくれています。妙な動きをする者があれば、迅速に捕捉してくれるはずですよ。ちなみに『真実味溢れる』ではありません。『真実』ですよ。もっとも『高い確率で』という枕言葉は付きますが」


 オレは古泉の言葉を聞き、周囲を見渡す。……監視していそうなヤツなんて見当たらなかった。


「僕らの仲間をお探しでしたか? 失礼ですが、見つけることはできないと思いますよ。彼らもプロですからね。一介の男子高校生が見抜けるような怪しい監視の仕方はしていません。何を隠そう僕自身、どなたが僕の味方なのか一見ではわかりません。それくらいに上手く変装されていますからね」

「……お前のお仲間にはスパイ顔負けの連中もいるってか?」

「そうですね。似たような職業の方はそれなりの数います。おっと、深く詮索はしないでください。彼らの正体を明かすことは、僕には許されていませんので。……さぁ、とりあえず今この場において命の危険はありません。心ゆくまで花火を楽しみましょう。それがナツホさんの心を動かす風になるかもしれないんですから」


 そう言い残した古泉は三人娘の方に歩み寄り、何やら談笑し始めた。オレも後に続く。結果から言えば、その日も古泉たちの望む方向に事態が好転することはなかったらしい。


 ――翌日。朝比奈さんが言うことが正しいのならば世界消滅のちょうど一週間前になった。今日の予定は天体観測だ。場所は長門のマンション。望遠鏡は古泉が用意した。


「これ買ってきたんですか?」と甘い声で古泉に尋ねる朝比奈さん。

「いえ、僕の幼い頃の趣味が望遠鏡(これ)だったんですよ。初めて木星の衛星を捉えたときは結構感動しましたよ。……できました。これで火星が見えるはずです」


「……いるのかしら?」


 古泉が用意し終わった途端に望遠鏡を覗き込んだナツホが妙な事を言い出した。


「何がだよ?」

「火星人」

「……あんまりいて欲しくはないな」


 これ以上、俺に懸案事項を増やさないでくれ。


「……飽きたわね。UFO探しましょ、UFO!」


 望遠鏡に手を伸ばしたナツホはせっかく古泉が調整してくれた望遠鏡の位置を好き勝手に動かしUFOを探し始めやがった。苦労が徒労に変わった古泉は俺に向けて苦笑を浮かべながら肩をすくめる。古泉、お前の代わりに俺が心の中で呟いてやるよ。やれやれ。


 しばし、UFO探しに躍起になっていたナツホだったが、間もなくUFO探しにも飽きたのだろう。朝比奈さんと肩を寄せ合いながら、ベランダの壁に体を預けると寝息を立て始めた。何がしたいんだろうな、コイツはよ。


「それが分かれば解決したも同然なんですがね」と古泉が微苦笑を浮かべる。

「……それにしても大したもんだな、お前らも」

「……なんのことです?」

「お前も、長門も、そして朝比奈さんも大したもんだって言ってるのさ。お前らの話が本当なら、この8月に世界が終わるかもしれないってのに、そんな不安を顔にも出さずにナツホのワガママに……、今日の天体観測に付き合ってやってんだから」

「……それだけ、僕らは少なくない修羅場をくぐり抜けてきたということでしょう。朝比奈さんも長門さんも口には出しませんが、涼宮ハルヒと関わるにあたって辛い体験を何度もしたに違いありません。それなりに不安や恐怖に対する経験値を僕らは持ち合わせているわけです。……もっとも、その経験値とやらは作り物なのでしょうが」

「作り物……?」

「ええ。我々は涼宮ハルヒが元々いた、もう一つの世界の記憶を持っています。ですがご存知の通り、この世界に生きる人間は皆、5月下旬に改めて作られた贋作に過ぎません。ですから当然、我々の経験や記憶も作り物なのです」

「そいつは虚しい考え方だな」

「ええ。でも、我々はまだマシな方です。考えようによっては、涼宮ハルヒがいる世界と分岐しただけなのですから。むしろ、虚しいのはあなたとナツホさんの方です」

「……俺とナツホが虚しい?」

「ええ。だってそうでしょう? 我々はオリジナルのコピー的存在であり、少なくともオリジナルが経験した記憶は間違いなく本物です。しかし、あなたとナツホさんは違う。あなたたちはコピーではなく、オリジナル。しかも、半端にコピーされたオリジナルです。あなたとナツホさんの持っている5月下旬以前の記憶は完全なる贋物なのですから」


 俺たちの記憶が100パーセント偽物だって? ……俺にはそうは思えない。生まれてから此の方、全ての記憶が作り物だとはとてもな。中学の親友との談笑も、谷口たちとのしょうもない雑談も、入学時にナツホがした衝撃的な自己紹介も……全部本当だ。俺の脳がそう言っている。


「やっぱり信じられないな。お前らの言っていることは」


 俺は嘆息しながら古泉に言ってやった。


「でしょうね。これまで我々はあなたに証拠を突きつけてきませんでしたから。信じられないのも無理からぬことです。そこで面白い提案があるのですが」

「面白くなさそうだが話してみろ」

「この天体観測が終わりましたら、延長戦に付き合って頂けませんか? 花はありませんが、僕とあなただけで」

「一体何が目的だ?」

「……どうやらお見せすることが出来そうなんですよ」

「何をだ」

「この世界滅亡が真実である証拠です。それを見れば、僕ら自称超能力者、自称未来人、自称宇宙人が真実を言っているのだと、あなたも心底から信じるに違いありません」

「……」と俺が回答を無言で保留していると、「うぅん……」と声を出しながらナツホが眠りから覚め始めた。

「……つい寝ちゃってたみたいね。ふぅ、なんだか今日は疲れたわね。解散しましょう。ほら、起きなさいみくるちゃん。帰るわよ」

「う、うーん。なんですかー? 朝ですかー?」

「寝ぼけないの。ほら立って」


 寝ぼけ眼の朝比奈さんを抱えながら立ち上がると、ナツホは室内へと向かう。


「ジョン、古泉くん。悪いけど後片付けしといてくれる? 私は先に帰るわ。みくるちゃんを送らなきゃならないし。ありがとね、ユキ。バルコニー貸してくれて」


 そう言い残してナツホは帰っていった。

 ……さて、図らずも天体観測が早々に終了したわけだ。……付き合ってやろうじゃないか、古泉。延長戦とやらにな。


 俺と古泉は望遠鏡を片付け、長門宅のマンションを後にすることにした。

「長門、今日はサンキューな」

「問題ない。……気を付けて」

「ああ、じゃあな」


 長門と別れの挨拶を終え、マンションの外に出ると、玄関先にはすでに古泉が用意していたらしいタクシーが停まっていた。一体何度目だろうなこのパターン。すっかり慣れちまった。俺と古泉を乗せたタクシーは海の方へと走り出す。十数分後、俺たちは街の南に造成された埋立地に辿り着く。一面アスファルトが敷き詰められただけのだだっ広い空き地。一体何に使うんだろうな、こんな土地?


「防災拠点というそうですよ。地震などがあった時に各地の消防車両、警察車両、自衛隊車両がここに集結するんだそうです」


 なるほど。だから何も建てられずに一面真っ平に舗装されているわけか。で、なぜこんなところに俺を連れてきたんだ?


「ここは臨時のヘリポートにもなっていましてね」


 古泉が上空を指さした。闇夜の先に浮かぶのはヘリコプターのライト。ヘリは俺たちの近くに着陸した。ローターから生じる強い風で服装が乱れる。こんなに激しく風が吹くもんなんだとは知らなかった。


「さ、乗ってください」


 いつものスマイルを浮かべた古泉はさらさらの髪を強風に靡かせつつ、俺に搭乗を促す。いいさ。こうなりゃどこまでも付き合ってやる。

 俺と古泉を乗せたヘリは上昇を開始する。


「機関とやらは本当に金持ち集団だな。ヘリコプターをチャーターするなんてよ」

「出血大サービスというやつです。あなた相手でなければ、さすがに我々もここまでのことはしませんよ」と笑う古泉。

「どうだろうな。ナツホのために無人島を用意するくらいだからな、お前らは。……それで、どこに連れていくつもりだ?」

「あなたも良くご存知のところです。すぐに着きますよ」


 古泉の言う通り、ヘリはものの十数分で着陸態勢に入った。到着場所は山に囲まれた盆地地帯らしい。運動公園のような場所に着陸したようだ。……たしかにどこかで見たような景色だ。ここは……。


「失礼ですが、あなたの素性を少し調べさせていただきました。見覚えがある場所のはずですよ。ここはあなたの叔父夫婦が住んでいる地域ですから」


 俺が答えを導き出す前に正解を話し出した古泉。たしかにそうだ。ここは田舎のおじさんたちが住んでいる地域だ。この公園でイトコやらハトコやらとサッカーや野球で遊んだこともある。


「……なんでわざわざヘリまで使ってこんな場所に俺を連れてきた?」

「……できれば、先ほどの天体観測の時点で気付いていただきたかったんですが、どうやらあなたは夜空にあまり興味がないご様子。今日も大して夜空を見上げていませんでしたよね?」


 ……俺たちの街はそこそこに都会だからな。望遠鏡でもなけりゃ、夜空の星なんて大して見えもしない。見上げる必要を感じなかったってのが本音だ。


「ですので、ここまで来たんですよ。あなたが良く知る『夜空』があるこの場所にね」


 なんだそりゃ。一体どういう意味だ?


「百聞は一見にしかず、というやつです。……どうです、夜空を見上げてみては?」


 古泉が天に指をさした。俺は古泉の指さす先に視線を向ける。なんてことはない、ただ夜空が広がってるだけ……。……何だと? 俺は思わず目をこする。そして、もう一度夜空を見上げた。


「……どうされましたか?」と古泉が笑っていやがる。俺は古泉が何を言いたいのか分かった気がした。だが、まだ信じることができない。俺は眉間に皺寄せ指を当てる。……そんなことあるわけないんだ。俺の眼が疲れているだけだ。そうに違いない。俺は深呼吸して再び夜空を視界に入れる。……だが、結果は変わらなかった。


「……ウソだろ? ……星が……、なくなってる……?」


 俺は常識外れの目の前の現象にただただ愕然とするしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鈴宮ナツホの朝凪 向風歩夢 @diskffn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ