1-Result:ゲーム・コンティニュー

 受け止められたと気づくのに、少しの時間がかかった。

 私が踏んづけられそうな岩めがけて跳びかかった後のこと。踏もうとした張本人である『わたし』がそれを見るなり急にかがんで、両腕で抱きかかえて地面へぶつかるのを防いでくれた。守ろうとした岩は砂利に埋もれたままになっている。


「え、えっと……ありが」

『はー、やっぱり人が良すぎるよミサキは。仮にも自分を襲った相手にお礼だなんて』

 あからさまにそっぽを向いたまま、ため息まじりに言葉をかぶせられる。

 私も自分に抱かれていることの違和感が強すぎて、ついあさって明後日の方向を向いてしまう。いくら自分が相手とはいえ無礼だとは思ったけれど、『わたし』もかたくなに態度を変えないようだから、結局何も言い出せなかった。


 ──私がそうだというのなら、『わたし』も何だかんだで人が良いのかな。最初に「助けに来た」とも言っていたから。


『まあ、それはいいとして。なんでいきなり身を投げ出したか聞かせてよ。あろうことかプレイヤーを蹴とばすところだったじゃん』

「え? ……えっと」

 それとなく困った様子で『わたし』が尋ねてくる。

 心が読めるはずなのに、なんでわざわざ言わせるのだろう。そう強く思うくらいに、私は質問に答えるのをためらっている。

「そ、れは…………」

 一度言葉に詰まると、余計に答えづらくなる。

『それは、どうしたの』

「……嫌、だったから」

いや、って? どう嫌だったの』

「えっと、私……だったから。私が……その、悪くないってばかり、言って……だからその……」

『怒る時くらいはっきりしなよ、弱虫だなあ』

「あ、う…………」


 無茶を言わないでという心の声も、きっと聞こえているのだろう。分かってはいるけれど、はっきり言うなんてできなかった。

 自分は悪くないとわめき散らす『わたし』。それが嫌だったなんて言い切ったら、今の『私』はそうじゃない・・・・・・みたいに聞こえると思ったから。

 それに何より、いやなことを嫌なこととして言葉にするのが気持ち悪かった。できるならもう、これっきりにしたい。そもそもこれは私の自業自得から来た話だから、こうして嫌がること自体がおこがましいわけで──

『あーはいはい分かった! 分かったよもう全部聞こえてるから!』

 隣からぱんぱんぱんと、拍手と呆れ声とともに『わたし』が割りこんでくる。私は体を震わせるほどにびっくりした。慌ててそちらへ振り向くと、細めた両目の冷たい視線が突きささる。


 私は微妙な気持ちで見つめ返した。

 『わたし』には私の心が分かるのに、私には『わたし』がまったく分からない。


『はいはい。じゃあ悪いけれど細かいことはいったん忘れてさ、あなたに一つ伝えたいことがあるから早く立って?』

「……伝えたいこと?」

 何だろうと思いながら、私は抱きとめられていた体を起こす。説教をされるとか何かを吹きこまれるとか、とにかく良くないことを想像していたけれど。

 すると突然『わたし』は目を丸くして口元をゆるめて、にっこり笑うとまた芝居がかった明るい声をあげた。



『プレイヤー『ミサキ』、VRノベルゲーム第一章チャプター・ワン、クリア! ──お疲れ様。生存おめでとう!』



 渾身こんしんの身振りをつけて叫ばれたアナウンスに、私はぽかんと口を開けるだけだった。


「第一章……クリア?」

『あー、勘違いしないでね。これでトゥルーエンドじゃなくて一区切りついたってだけだから』

 あっけ呆気にとられたまま訊くとまたそっ気ない態度に戻って、さらに拍子抜けした。自分の気を紛らすためだけに「何章まであるの」と尋ねたら、『それはあなた次第』とお茶をにごされて終わった。

「あと……なんで急に?」

『うーん、章クリアの条件なんて詳しく決めてないけれど──今回はわたしという中ボス・・・を倒したから、でいいんじゃない?』

「な、何それ……?」

 それに倒したって言っても、ピンピンしているけれど。

『何も傷つけるだけが倒すじゃないでしょ。相手の戦う意味を失わせちゃえば、それも立派な勝利だと思わない?』

「で、でも」

『倒したという実感が湧かないって? じゃあ疑問だけれど、美咲わたしってそんなに強いの? そうでもないって、自分が一番よく知ってるでしょ?』

「う……」

 返す言葉もなかった。もっともだと心の底から思ったけれど、『わたし』に言われるとなぜだか悔しいと感じてしまう。

『なーんてね。別に強いか弱いかなんてどっちだっていいよ。殴りあいをするワケじゃあるまいし』


 冗談まじりな調子でごまかされたけれど、やっぱり釈然としない。

 何せさっきまでヤケ気味に甘やかしてきた『わたし』のことだ。それにいきなりクリアなんて言われて祝われても、素直に聞き入れる気にはなれなかった。

 それに、忘れられているのかわざと触れてないのか知らないけれど──こんななぐさめを受けたって、死んでしまったノアンが報われることはないから。


『ねえ、ミサキ』

 耳をかたむけるべきか、しばらく悩んでいた。まとまりきらない考えを少しでも乱されたくなかったから。

『どうせだから案内役として一つ追加で教えておくけれど──ミサキが自分で選んだことで嘆いたり後悔したり、そういうのは好きにやってくれればいいよ。けれど』

 横から『わたし』が話し続ける。気持ちが伝わりきっていないのか、はたまた口で言わないと聞き入れてくれないのかもしれない。

 どちらにしても、今までと比べて低い声で真剣に語るものだから、いまさら「やめて」なんて言えるはずがなかった。

『けれどその是非は関係なしに、ゲームはただ決められた手順プログラムに沿って進んでいくだけなの。それだけは理解して』


 プログラム、という機械じみた物言いに息が詰まる。

 どこまでが冗談で、どこからが本気で言っているか分からない電子音声。ただ、それを聞いてほんの一欠片ひとかけらだけ、記憶の断片がよみがえった気がした。


 私が生きているということは、先へ進めるということ。それは嬉しくもある反面、残酷なことでもある。

 誰かがうしなわれたあとの結末が、正しいと思えなくても。それでも世界ゲームは続いていく。

 立ち止まったままでいれば、世界は私たちをおいて行く。時間を止められたものたちはいずれ、時間の流れにさらわれて離れていく。そのたびに私は何度も、進めるのに進んでいないという現実に押しつぶされる。

 そのたびに何度も逃げたくなって、自分を許せなくなっていく。


『さ。色々思うことはあるだろうけれど、次からの行動は冷静に決めてね。何せこれはミサキあなたがプレイするゲームだから。ね?』

 おそろいの服についた土埃を払いながら、『わたし』が私を覗きこんでくる。

 謎に思うことはまだいくらでもある。なんで私がこの危険なゲームを作ったのか。なんで私が作ったゲームを自分でプレイしているのか。なんで私のコピーをわざわざ生み出して、それに案内をさせているのか。

 なんで記憶をなくした後の私が、こんなどうしようもなく駄目な性格をしているのか。けれど、それらを『わたし』に訊いたところで、きっと適当にはぐらかされるだけなのだろう。


 そもそも彼女が本当に自分わたし自身だとしても、味方だと思っていいかはまだ迷っている。もしかしたらこの世界がゲームだなんて話も、全部嘘なのかもしれないと今も思うから。

 私はもう一度ノアンを思い出す。最後に悲鳴をあげられたことを、はっきりと覚えている。いくらゲームのキャラクターだなんて言われても、あれは本気で助けを乞う叫びにしか聞こえなかった。


 プログラム内の存在がどういう仕組みで動くか、詳しいことはよく分からない。

 だから、不安なんだ。本当はゲームとか関係なしに、ノアンはノアンで命を持っていたんじゃないかって。痛みを感じたんじゃないかって。

 だったらノアンを助けられる道も、本当はあったんじゃないかって。だからノアンみたいに、危険を冒してでもそれを探すべきだったんじゃないかって。


 もうどうにもならない後悔ばかりが、あとからあとから頭に浮かぶ。

 きっとこのゲームでは、一度通り過ぎた分岐に戻ることはできないのだろう。

 ──いや、戻れたとしてもきっと戻らない。そんな単純なただのゲームだと、私が思いたくないだけかもしれないけれど。


 時間が音もなく過ぎていく。

 許されているのは進むことと、ここで終わることだけ。

 私はきっと選択を誤った。その取り返しがもうつかないのなら、私は────



【次の章へ進みますか?】


 ▷ 進む

   やめる








「進むよ。私は死にたくなんかないから」



 私は『わたし』をまっすぐ見据えて言った。迷わないようにお腹から、はっきりと通る声で。


 私は、私のせいでノアンを殺した。失敗ばかり恐れて協力することすら惜しんで、一方的にノアンを諦めた。死にたいくらい情けなかった。私なんかよりノアンが生きた方が絶対に良かった。

 けれど、ノアンはどうだったかな。

 私がノアンを見捨てる以前に、ノアンが私を見捨てていたらどうなっていたかな。きっと私との関わりはすぐに断ち切れて、安全に隠れて過ごすことができたはずなんだ。


 だから死にたくないと思った。

 ここで私が死んだら、きっとノアンの選択を否定することになるから。


 この世界がゲームかどうかも、ノアンたちが作られたキャラクターかどうかも。

 どっちだっていい・・・・・・・・少なくとも今は・・・・・・・

 私を助けてくれた事実は変わらない。それがたとえ私自身がしかけた命令プログラムだったとしても、ノアン自身が助けた事実は揺らがない。


 きっと私は、怖いだけかもしれない。自分が間違ったままでいることを。ノアンをもう一度殺すことを恐れているだけかもしれない。

 私の選択が強さか弱さか、決めてくれる人は誰もいない。全部、自分で決めるしかない。それでも私は前を向きたい。


 私はノアンの分まで生きたい。進める時だけでいいから、前へ進みたい。

 ノアンを死なせてしまったことを、仕方なかったで終わらせたくない。



『気持ちは固まったと、思っていいのかな?』

「……うん」

『じゃあ差し出がましいようだけれど、トゥルーエンドに在りつく為に何を目指すべきか。ミサキには分かってる?』

「…………うん」

『流石。ノアンのしたことを無駄にしないって、言うだけのことはあるみたいだね』


 ノアンと話し合った時を思い出す。

 本人たちがいないところでも、ノアンは仲間たちのことを自慢げに語っていた。その勢いは自分自身のことを忘れてしまうほどで、ピンチの時もひたすらに仲間を頼っていた。

 だからこそノアンは、彼らを傷つける魔女を憎んでいた。いつも優しい彼女が怒りに震えるのを見て、私も突き動かされたことを覚えている。

 思えば、魔女は最初に私の命を狙った存在でもある。それにあらがって、同時にたくさんの暴挙を止めさせることができれば、ノアンたちの仇を取ることにつながるかもしれない。


 この森を襲う魔女を倒すこと。

 それが、今のミサキが思う正解の結末トゥルーエンドだ。


『なるほど、そうと決まればさっそく行こうか。わたしも必要な時だけはサポートするから』

 最初に会った時と同じような、調子が狂うような口調で『わたし』が背中を押す。


 そうして洞穴の外へ出ると、うっそうとした森を昇ったばかりの朝日が照らしていた。





  NEXT ▷ CHAPTER 2


  ……TO BE CONTINUED.

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