2-2:暗示のキャンドル

「有料……アイテム?」

 ここがゲームの中であることは百も承知だから、空に孔があくくらいのことでは驚かない。ただ、「有料」という言葉はどうも聞きざわりが悪い。外のことは考えるなと言われたばかりなのに、急に現実にひき戻された心地がしたから。


 ヘルプは手に持った例のろうそくをぴんと立てて説明する。

『この暗示のキャンドルを選択肢が出てきた時に使うと、バッドに直結する選択を可視化してくれる。例えばここでキノコを食べたら死ぬ場合は、それを前もって知ることができる』

 言いながら、ろうそくを持った右手を一振り。するとライターを使わずして、その先端にひとりでに火がともされた。

 私は差しだされるがままにそれを受け取って、促されるがままにともしびをキノコへかざしてみる。



【行動を選択してください】


 ▷ キノコを食べる [Danger!]

   食べない



 すると、火の色がたちまち薬品をまぜたような赤色に染まった。

 同時にびっくりしたように強く燃えあがりはじめる。六センチにも満たないそれを持つ手はとても熱くて、五分以上も我慢できそうにない。


『選択肢は基本的に色で分けられるの。一番は赤。二番は青。三番は黄。緑……。紫……。以降はゲームを進めてれば分かるんじゃないかな? で、暗示のキャンドルが示してくれるのは死ぬ方の選択ルートのみ。今回の択では赤が「キノコを食べる」で青が「食べない」だから──』

 ヘルプは軽い足どりで回れ右をする。

『それは食べたら死ぬ毒キノコだよってこと。ほらほらミサキ、はやく次行こう?』


 そのまま森の奥へ踏み入って、振りかえって招くように手を曲げている。

 矢継ぎ早な説明を受けてまごついていたけれど、私は大事なことを思い出して、かけ足でヘルプに追いついた。


「ちょっと待って。それ、さっき有料アイテムだって」


 慌てて要点だけを言うと、ヘルプは『うん?』と一瞬間の抜けた顔をしてから、納得したように声をあげた。

『あっ、お買い上げありがとうございまーす! いやー嬉しいよね、自作のゲームに課金してもらえるなんてさ!』

「え、ちょっ、でも……」

 いそいで首をぶんぶん振った。どうやらさっきまでのヘルプは態度が押し売りみたいとは言わず、本物の押し売りだったらしい。油断もスキもない。


 けれどそれはそれとして、私はそもそも払うお金がないことを伝えたかったのだけれど。言う前に『大丈夫大丈夫、知ってるから』と、心を読まれてさえぎられた。

『なーんてね。流石に今のは初回サービスってことでいいよ』

 指をさされた右手に視線を落とす。するとそこに握られていたはずのろうそくがいつの間に溶けたのか、すっかりなくなっていることに気づく。

『ただし暗示のキャンドルは使いきりアイテムですから、次以降は一回ごとに一個分のお代を頂きますね?』

 不敵な笑みを浮かべてまた顔を近づけられる。もう一度押し売りモードへ切り替わったヘルプに、私は戸惑う顔しか返せない。


『ちなみに複数個まとめて買うと安くなるよ。どう? 買い溜めしない? 便利だったでしょ?』

「それ、って……いくら? そのお金はどこから払われるの?」

『さあ? じゃあクリア後にツケ払いってことで?』

「……いらない」


 どうも胡散くさい。結局いくらかかるかは適当にはぐらかされてしまったし。帰って突然にお高い請求をかけられたらたまったものじゃない。

『えーなんでそんなに渋るのかな? 従来のノベルゲームなら回数制限なしでも数百円がいいところでしょ?』

 普通のゲームならそうかもしれない。けれど今みたいに命に関わるなら、常識外れな金額がかけられていてもおかしくない。

『ちぇー、ミサキったら無駄に勘がいいよね』

 私は逃げるように森の奥へ歩いていった。



                     | 森↗︎ |

            | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  |

            | | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

            | |

    | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄   | 

    |  | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

   | ̄ ̄ |  

   |  | ̄ ̄

   |  |   

   |  |    ★=現在地

   |  |   

   |★ |  

   |   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|

    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|  |

                     洞穴↙︎


 いまだに食べ物にありつけない。

 いや、本当は何度かその前を通り過ぎてはいるけれど。どれもこれも毒々しい気配を出すものばかりで、うかつに手を出すなんてできなかった。



【行動を選択してください】


 ▷ キノコを食べる

   食べない



 絵の をかぶったような白いキノコ。



【行動を選択してください】


 ▷ キノコを食べる

   食べない



 竹みたいなを持つ丸いキノコ。



【行動を選択してください】


 ▷ キノコを食べる

   食べない



 炎の をした赤いキノコ。



 どれも食べずに通り過ぎた。

『えー食べないの?』

『ここはキャンドルで鑑定しなきゃ。ね?』

『ねえ死ぬよ? これ続けてたら』

 何度か甘いささやきをかけられても聞かなかった。逆にここまで言われ続けると怪しさが増して、余計に考え直したくなくなってくる。

 

 実のところ、私は森の中で食べ物を探すことを諦めていた。はっきり言って、無理だと思うから。

『へー、その心は?』

 だって、これはそういうゲーム・・・・・・・のはずだから。


 思えば最初の場所森の広場で目をさましてから今に至るまで、キノコを区別するヒントなんてどこにも見あたらなかった。ここが普通の森ならまだしも、魔法使いまでいる仮想世界の森だというのなら、なおさら尚更それではすじが通らない・・・・・・・

 そこにいくら有料のお助けアイテムがあるにしたって、あくまで追加コンテンツであって。それを使う前提でしか攻略できないゲームなんて、あり得ない。


『……ふーん。まあ後は好きに決めてよ』

 だから一番良さそうなのは、このまま森を突っきって出口を目指すこと。その方が無謀にキノコを見分けようとするよりはかしこいと思える。

 さいわいにも道中は一方通行で済んでいるから、道なりに行けば迷う心配も今のところはない。森の中に解決の糸口が見つからないなら、かわりに森の外にそれが用意がされているはずだ。


 そう、信じていただけなのに。

 せせら笑うように時間が過ぎていく。



                     | 森↗︎ |

            | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  |

            | | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

            |★|

    | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄   | 

    |  | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

   | ̄ ̄ |  

   |  | ̄ ̄

   |  |   

   |  |    ★=現在地

   |  |   

   |  |  

   |   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|

    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|  |

                     洞穴↙︎



 空が赤く染まって。

 また暗くなりだして。

 あっけなく、二度目の朝が来てしまった。


『おーい、まだ歩いてるつもり? さっきから寝てすらいないけれど?』

 平気そうに話すヘルプの相手をする余裕はなかった。

 呆然としながら、足だけを前へ動かしている。一日以上もこうしているつもりはなかったのに。他にどうしていいか分からないまま、今の今まできてしまった。


 いつの間にかついてきた気だるさをずるずる引きずりながら、機械のように歩行ばかりを繰り返している。

 このままじゃまずいとふるい立ったのは、また別のキノコを見かけた時だった。

「ヘルプ。……暗示の、キャンドル」

『うん?』

「……いくらなのか教えて」

『あー、はいはいはい。えーっとね』


 ヘルプがその値段を耳打ちしてくる。

 目をみはるような内容だったけれど、私は仕方なしとうなずいた。


「私にそれを売って。お願い」

『あれ、いいの? ツケ払いだけれど』

「だってこのままじゃ死んじゃうでしょ?』


 思わず声を荒らげて、ぽかんとした顔を返される。けれどそんなことを気にしている場合じゃない。

 抑揚のない『まいどありー』とともに渡されたキャンドル。それをひったくるように受け取って、すぐに梅干し形のカサを持つキノコにかざした。


 けれど。

 分かりきった答えが、ただ示されるだけだった。



【行動を選択してください】


 ▷ キノコを食べる [Danger!]

   食べない



 食べない。



【行動を選択してください】


 ▷ キノコを食べる [Danger!]

   食べない



 食べない。



【行動を選択してください】


 ▷ キノコを食べる [Danger!]

   食べない



 食べない。



【行動を選択してください】


 ▷ 食べない

   キノコを食べる [Danger!]



 ……食べない。



 進んだ先のキノコに試しても、その次のキノコに試しても同じ。ただアテにならないことを確認するだけで終わる。


 空はすっかり青くなった。

 ──気力がぬける。糸が切れたように力が出なくなって、体じゅうを草木にうずめてしまう。


 寒い。気持ち悪い。

 いやだ。

 こんな死に方したくないよ。

 ヘルプ。ねえヘルプ。


『なーに? 何か用?』

 助けてよ。お願い。

『何を?』

 見捨てないでよ。死にたくないんだって。

『そうなんだ?』

 そうだよ。

『それで?』



 ……それで、って。

『ねえミサキ、何か勘違いしてるみたいだけれど』


 ヘルプは立ったまま私を見下ろしている。

わたしヘルプはただの機能であって登場人物じゃないから、ゲームの状況に直接関与することはできないの。──そもそもさ、助けてもらえるのが当然のことだと思ってない?』

「ち、違う。」当然だなんて思ってない。けれど頼れる相手が他にいないから。

『じゃあ具体的にどう助ければいいの? あなたを助けることでわたしはどんな得をするのかな?』

「それは、」もう一度森を進む前からやり直させてほしい。できるなら、この状況自体をなかったことにしてほしい。「……あの、あなたは心が読めるから分かるでしょ──」

 えんなよ?』


 びっくりするくらい冷たくあしらって、ヘルプはしゃがんで真顔をぐっと寄せてくる。

『たかが非現実ゲームだから、で終わらせたくないと言ったのは誰だったかな? 自分は何もせずに助けばかり乞うなんて、それじゃゲームですらないただの不正チートだよ』

 また恐ろしい剣幕をされて、何も言葉が出なかった。

 なんですぐに助けてくれないの? 死んでしまったらもう何にもならないのに。

 だって、私がプレイするだけの理由がこのゲームにはあるんでしょ? だからプレイヤーが死んだら、ヘルプたちだって困るはずでしょ?


『いや別に? それも一つの結末だと思うよ?』


 雷に打たれたような衝撃。

 すがるように見上げたヘルプの顔からは、すっかり表情が消えていた。


『はー、そんなに死ぬのが嫌なのかな? だったらもっと頭を回せばよかったのに。もっと注意深く周りを見るとか、早くにキャンドルを使っておくとかさ』

 焦点のあわない目で下を見て、つらつらと喋り続けている。

『それかさっき洞穴にいたコウモリ、つかまえて食べてみればよかったのに。駄目なら反対側の道を探してみるとか、他の有料アイテムの存在でも勘繰ってみればよかったのに。そうすればどたんば土壇場に来てから命乞いせずに済んだのに。……あーあ、』

 最初は生気のなかった声が、複雑に揺れはじめる。やがて堪えきれなくなったのか、つられて口元をゆがめてヘルプが笑う。──わらう。


『ああーーあ! ミサキわたしってほんとに馬鹿だよなああああ!!』


 大口をあけて。お腹をかかえて。はり裂けんばかりの大声で。いつまでもいつまでも嗤っている。


 意識が遠のいていくのを感じて、なおも聞こえ続けるわらい声。無様に死にゆく私を見て嗤う『わたし』を見て、馬鹿と言われた私の頭に馬鹿みたいな考えがよぎる。


 私は死ぬためにこのゲームを始めたんじゃないかって。

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