エピローグ


「あのさぁぁぁぁぁッほんとに頼むよ!! キミもう一週間でしょ!? いい加減仕事覚えてもらわないと困るんだってぇ!!」


「はぁ……」


「はぁじゃなくてさぁああああ!! あーもう、なに? 不満でもあんの? おかしくない!? 悪いのオレじゃなよね!?」


「いや、でも、なんつーか」


「なんだ。言ってみなよッ! オレのなにが問題だっつーのぉおおおお!?」


「なんか、言い方が」


「言い方ぁ!!?? いや、いやいやいや、おかしいでしょ!? お互いここに仕事しにきてるわけで」


「つーかもう休憩時間なんで、行っていいっすか? つかおかしいっすよ、おんなじバイトのくせにそんな気合入れて」


「あのねぇぇええええ!! んバイトだって立派なーーーーあ、」


 新人バイトを怒鳴りつけていた中年店員ーー綾梨は店内から自分たちがいるバックヤードを覗き込んでいる少年を見止めた。


 少年は笑顔で手をあげた。


 彼は、少し見ない間に随分と大人びているように見えた。


「悪いね。昼休みなのに」


「ああ。構わねーよ。あいつ高校生のバイトなんだけどさ、なんつーかね。いやいつものことだけど」


 中年の手には未だにハルにへし折られた指を固定するギブスがはめられている。


 あれからまだ一月余りだ。お互い、すべての傷が癒えるにはまだ時間がかかる。


「まだバイトやってんだな。億万長者なのに」

 

「なんか、気が引けてさ。オレからすると気がついたら全部終わってましたって感じだし。役に立てたって気もしねぇ。それでたんまり金だけもらうってのもよ。なんかちがうかなってさ」


「そっか」


「そっちはどうなんだ? ーー色々と大変だったんだろ? 賞金も報酬も蹴っちまって」


「いいんだ。親父の遺産が入るし。まぁ、会社もなにも欲しがるやつに全部くれてやったから、たいして残らないだろうけど。それでいい。なんていうか、俺は自由になりたい」


 父を殺したのがルイカだと思うものはいなかった。そもそも殺せるはずのないやり方でやったのだ。どんな名探偵でもルイカを犯人だとは確定出来なかったことだろう。


 結局やったのは誘拐犯で、その犯人がルイカ浚い、痛めつけた挙げ句屋敷にまで詰めかけ、親父も殺したのだということに成った。ルイカが沈黙を守ったことでそれ以上騒ぎ立てるやつはいなかった。


「今なら、なれると思うんだ」


「……お前の彼女とか、マツリカやおふくろさんは」


「母さんやマツリカは大丈夫だと思う。ハルのことは俺が見張っとくよ」


 母の蘇生はゲームの終了後に予定通りに行われた。蘇生は無事に完了し、母子はマツリカの報酬を受け取って、新しい場所で生活を始めるという。


「見張る……か」


 ルイカはもう殺人者だ。他の誰が知り得なくとも母とマツリカはそれを知っている。そんなやつが、二人の生活に割り込むわけには行かないだろう。


 そしてハルについては、彼女自身が親父の遺産ということで誰かに譲渡されそうになっていたのを、ルイカが引き受けるということで納得させた。やったのは青神だ。これも青神へ出した条件だ。残ったプレイヤーとゲームマスターに十全な事後処理を行うこと。


 ハルにはそのまま今の生活を続けられるようにとり計らった。子供についてもどうするかは自分で決めるように言ったが、ハルはなにも言わなかった。


 今後、ルイカは離れて様子をみるつもりでいる。ハルの中にいるのは父の子で、ルイカの弟か妹に当たるのだから。


 ハルが今後どうするつもりなのかはわからない。もしかしたら、また他人に害を成すのかもしれない。だが、それはルイカがなんとしても止める。


 それが、父を殺したルイカ自身の責任だと思ったから。


「おっさんは、よければたまに母さんやマツリカのところに、顔出してやってくれよ。知らない土地で、知り合いもいないだろうから」


「おう。まー、こんなおっさんでいいならな。……あと、あいつのことは……」


 あいつ、とはきっと彼女のことだろう。


「俺はわからない。ただ――」


 ルイカは思い出す。最後にそれを問うた彼に、青神が見せた妖艶な微笑みを。


『言っただろう? ボクには「ゲームマスターが必要なんだ」って』











 ーーゲーム終了直前ーー



「やぁ、ご機嫌いかがかな?」


 もはや薬物の力を借りてさえしゃべること、息をすることさえままならくなっていた彼女の耳に、スピーカー越しではない、間近から聞こえる肉声が届いた。


 神秘的に輝く青い肌の女。神。それはゲームメイカーだった。人が立てるはずもない崩落した瓦礫の隙間に、しかし当然のごとくしゃなりとしなを作って立っている。まるで邪魔な障害物を空間ごと除けているかのように。


「ーーーーハッ」

 

 笑いがこぼれた。最後の最後に何だというのだろう? 止めでも刺しにきたのか? 慈悲の心で? まったくいらない。そんなもの必要ない。


「なんの用?」


 やるだけやって、もう、満足ーーというよりもどうでも良かった。走りたいだけ走って、もう、それで良かった。本当は走り出した時点で、結果なんてどうでも良かったんだ。ーーその点でだけはあんたに感謝してるよ。


 彼女は、そう思った。


「スカウトしたい」


 だから、その申し出は、なんと言うか、ものすごく邪魔くさかった。


「……なにいってんの?」


「ゲーム終了前だし、多少ルール違反だけど、もういいと思ってね。これからもボクの元でゲームマスターをしてほしい。君をスカウトしたい。ゲームマスターを続けてほしいんだ。前にも言ったけど、ボクには公平なゲームマスターが必要なのさ。そう、、ね」


「いやだ。面倒だし。もう死ぬし」


「いや死なないけど?」


 周囲がいきなり明るくなったような気がして目を瞬くと、そこは知らない、きれいな伽藍堂だった。


「治したってこと?」


 そして彼女の身体を押しつぶしていた瓦礫は無くなり、身体の負傷は完全に取り除かれていた。彼女の人生を変えた火傷痕まで、全てが治され、彼女は完全な状態に戻されていた。いや、むしろ完璧以上に。


 身体には塵の一つも残っておらず、身に纏うのは青神のそれによく似た神秘的な貫頭衣だった。


 もっとも、彼女のか細い身体では、青神のような豊満なボディラインまでは再現できないようだったが。


「……僕が着るとで、きそこないのてるてる坊主みたいじゃない、これ?」


「てるてる坊主。あれだ、吊るすやつ。面白い」


 いつの間にか対面していた青神は微笑んだ。妖艶にではなく、子供のようなホクホク顔で。何がそんなに楽しいというのか。


「何でも知ってるし、何でもできるってか」


「まー、神様の端くれだからねぇ」


 そして両者は向かい合うように座った。 

 

「では、これから面接を始めます。よろしく」


「やらない。やるって言ってない」


「冗談だってば。でもスカウトは本気だよ。ぜひ協力してほしい」


「聞いてもいい? そんなに全知全能だって言うなら、なんで僕の協力が要るのさ」


 すると、青神はうーむ、とわざとらしく悩む真似をしてみせた。


「だって、それじゃあつまらないじゃないか。ボクはね、面白いゲームを創りたいんだ。コレは衝動に近い。本能なんだよ」


 そして青神はスラリと立ち上がり、くるくると、踊るように彼女の周りを回り始めた。宙を舞い、さざめいて。まるで心を抑え込んでおけないのだとでも言うように。


「それにね、誰かと一緒にゲームを創るというのは楽しかったんだ。――とても楽しかった! それでいいじゃないか! 楽しいからやりたい。それでいい! どうだい? もっと創ろうじゃないか! 二人で。もっと、もぉっと! 血みどろの、怨嗟に満ち溢れた、人の業が踊り狂うような! そんなゲームを!!」


 そして彼女の眼前に舞い降りた青神は跪き、何かを乞うように、恭しく手を差し伸べる。


「どうか、僕と来てほしい。何も確約はできないけれど、退屈だけはさせないつもりさ」


  しばらくして、その手を取りながら少女はつぶやいた。


「ハハ……絶対、ヤダね」


 その顔は、しかし確かに、笑っていた。





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結論:このデスゲームにおいて死亡するゲームマスターは1人だけである どっこちゃん @dokko-tyan

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