第2話 拷問部屋
朝9時になると、アグとヌゥが行くところは、教室だ。20歳になるまでは、ここで授業を受けるのだ。しかし、先生の使う黒板や教壇のスペースと、アグたちが使う机と椅子の間には、防弾製のガラス板が仕切りとしておかれている。これは、犯罪を犯したことのある生徒が、先生に危害を加えることを阻止するためだ。
「ねぇカンちゃん。この髪さ、見てよ。どう思う?」
ヌゥは教壇に立つ男に向かって話しかける。
ガラス板は特殊な素材なようで、声はしっかりと通るのだ。
「ん? ボサボサ」
「うん、他には?」
「不潔、臭い、長い」
「いや、カンちゃんのとこに臭いはいかないでしょ」
アグも一言いれたが、ヌゥの試みは別のところなのでスルーされた。うん、知ってるよ、髪切りたいってさっき言ってたからな。てか遠回しに話をするのもほんと面倒くさいんだよ。はっきり言えよ。
「カンちゃん、1つ正解があったよ」
「いや、正解は全部だろ」
「そう、長いの。だからさ、カンちゃんお願いだよ、髪を切るものがほしいよ」
カンちゃんも面倒くさがっているな。こいつ毎日この調子で話しかけてくるんだぞ。俺の気持ち、わかってもらえるかね。
「無理。刃物を囚人に渡すのはルール違反」
「…だよね。でもさ、何年切ってないと思う? 14年さ! この前髪もさ、長すぎて黒板が読めないよ。授業きちんと受けたいしさ、頼むよカンちゃん。カンちゃんが切ってくれたらいいじゃない」
「無理。その時お前、俺を殺して脱獄するだろ」
ヌゥは大きなため息をついた。
「嘘だろカンちゃん。何年俺の先生やってるの? 俺が大好きなカンちゃんにそんなことするわけないじゃん」
いや、大好きなかあちゃんなら殺しただろ。大好きかどうかはしらねえけど。お前ほどの狂人の言うことなんて誰も信じねえよ。
でもまあ確かに、俺も10年この髪を切ってないからな。諦めていたけど、さすがに邪魔だしできることならなんとかしたい。俺たちが要望を言えるのも叶えることができるのもカンちゃんだけ、か。どうしたもんか。
「カンちゃん、頼むよ。俺はこの髪を短くしたいだけなんだよ。脱獄なんて考えたこともないよ」
カンちゃんはもう無視して授業を始めた。黒板に数学の問題を黙って書いていく。
「じゃあカンちゃん、拷問機に乗るのはどう? そこに乗って縛られたらさ、見動きできないでしょ。そしたらカンちゃんがスパッとはさみで髪を切るだけ」
アグは言った。独房とは別に備え付けられている拷問部屋。その中にある拷問機。そこに、自ら座ればいい。名案だ。
カンちゃんはチョークを動かしていた右手を止めた。二人の方を振り返るといつもの無表情のまま答えた。
「いいよ」
ヌゥも目を輝かせた。
「ええ! 本当?!」
「うん、でも操作盤に他の看守を見張りに置くけどいい?」
「もちろんかまわないよ!」
おい。駄目だろそれは! 他の看守なんて信用できるか。絶対操作盤を押してこいつに拷問させるぞ。
「ヌゥ、わかってるのか? 理由もなしに拷問されるかもしれねえぞ?」
「かまわないよ! 髪を切ってもらえるならね!」
またこのイカれやろうが…。その条件なら俺はごめんだ。髪は伸ばす。
「じゃ、午後の総合の時間にそれやるか」
カンちゃんもひでえな。ヌゥが拷問されるのみたいのか? まあ所詮俺らと看守の関係なんてそんなものか。看守にとっては俺らは奴隷みたいなもんだ。特に働かず授業受けるだけの俺らなんて、相当つまらない囚人のはずだからな。ヌゥのやつ、ひどい目にあうのは目に見えてるぞ。
そのまま淡々と授業は進んで、あっという間に総合の時間がやってきた。
約束通り、ヌゥは拷問部屋に入れられた。部屋には椅子が一つ、座れば腕と足が錠によってロックされ、身動きが取れない。
部屋は教室のようにガラス板で仕切られている。
仕切りのこちら側には、操作盤のある部屋だ。カンちゃんが連れてきたいかにも性格の悪そうなガタイの良い男が操作席に座る。カンちゃんも一緒だ。この男がボタンを一つ押せば、数々の拷問器具がヌゥを襲うことになる。
アグはその部屋の更に外、監視部屋にて待機させられた。
両腕に手錠をかけられた上に、部屋に鍵もかけられ、逃げることなど到底できない。ただ一人静かにヌゥの動向を見守ることだけだ。
まあ、ヌゥがどうなろうと構いやしないよ。あいつはただの、まあ簡単に言えば同居人さ。
ヌゥは呑気に、俺に手なんか降っている。遊園地の乗り物をこれから出発する子供みたいに嬉しそうだ。俺はそんなところ、行ったことなんてないけど。
ヌゥは約束通り、1人で例の椅子に座った。
「これ、1回でいいから座ってみたかったんだよ」
ヌゥが座ると、自動で腕と足に手錠がかかり、あっという間に拘束された。
「おお! これはすごいや」
ちなみにアグのところまではヌゥの声は聞こえない。口が動いているのがなんとなく見えるくらいだ。
「あいつ、本当に座りやしたぜ、カルトさん」
「ああ、イカれてるからな」
「本当に、やっちゃっていいんですかい?」
「いいよ。上にも許可はとってある。あいつが意識を失ったら約束通り髪を切ってくるさ」
「いや〜相手は囚人のガキなんで、気分も最高ってやつですよ」
「じゃ、ある程度すんだら教えてくれ」
「わっかりやした」
看守の男はどのボタンを押そうか、まるではじめてのおもちゃをもらった子供みたいにわくわくしていた。
「へへ、それじゃあ始めるぜ」
「お願いします。ズバッといっちゃってくださいね」
ヌゥはいつものようにヘラヘラしながら男を見ていた。
「よし、じゃあまず手始めにっと」
男はボタンを押した。
ヌゥの膝の上に、たくさんのトゲのついた板がガシャンと降りてきた。もちろんそのトゲはヌゥの膝に突き刺さり、グシャっと足から血が吹き飛んだ。
「あら、ズバッと足からいっちゃった」
ヌゥは叫ぶどころか、面白そうに、血が吹き出す自分の膝を見ていた
あいつ…やっぱり拷問器具で遊ばれてんじゃんかよ…。しかしなんで笑ってんだ? あんなの悶絶のレベルで痛いはずだろ…?
アグはヌゥの様子を見ていた。その後、ちらりと操作盤の男を見る。
不服そうな表情だ。
そりゃあそうだろ。叫んだり痛がったり、そういう様子を見たくてやってるんだ。つまらないだろうな。
(なんでこのガキ、痛がらねえんだ…? よし、だったらこいつはどうだ)
男は次のボタンを押した。
両脇からチェーンソーが近づいてくる。
「切り落とす前に止めろよ」
とカンちゃんは言った。
「わかってますよカルトさん。ちょーっと当てるだけですって」
ヌゥはチェーンソーが真横までたどり着いても全く動じない。そのあとチェーンソーが腕に当たって、皮が切られ、ビッと血が吹き飛んでも、全く無反応だ。
「止めろ」
カンちゃんの声で男がボタンを押すと、チェーンソーは動きを止め、元の位置へと戻っていった。
「まだ骨まで行ってなかったのにな」
ヌゥは切れた腕を見ながらそう呟いた。そしてそのまま操作盤の男をじっと見つめた。
男は気味が悪くなって、逆に恐怖していた。
(な、なんなんだ、こいつ…なんで怯えない? どうして痛がらない? 絶対怖いだろ? 痛いだろ? なんでだ…なんでこいつ…笑ってんだ…)
「こ、これならどうだ」
男はボタンを押す。
全身に電圧を加えるボタンだ。
ヌゥの身体に電気が走った。
「わぁ、これは痺れるな」
一定時間が経つと電流は自然に止まった。
全身が焦げついた色になり、皮膚はめくれているところも多かった。
見ているだけで痛々しいし、アグも気分が悪くなった。
「な、なんなんだよこいつ!」
男は立ち上がり、叫んだ。
「イカれてるって言っただろ」
「に、人間じゃねえのか?! 俺はもうおりる!」
男は部屋を飛び出した。
カンちゃんは頭をかいて、はぁと深いため息をした。
「じゃ、切るか?」
「あ、もう切ってくれるの? カンちゃんは優しいなあ。いつも俺のお願い聞いてくれるね」
「いいから。じっとしてろよ」
カンちゃんはヌゥの部屋に入ると、ヌゥの後ろに回った。
ハサミを取り出し、ざくっざくっとヌゥの髪を切った。
電流のせいで髪の毛はかなりちぢれていた。
「はい、終わり」
椅子の周りには縮れ毛がたくさん落ちていた。
「ありがとうカンちゃん! じゃあ約束通り、お願いね」
「わかってるよ」
カンちゃんはハサミを持って、アグのいる部屋に入った。
その間、ヌゥは椅子に縛られたままだった。
「な、何?カンちゃん」
「あのイカれと約束したんだよ。拷問器具で遊ばせてやるからアグの髪も切ってやれってな」
「お、俺はあの椅子には座らねえぞ」
「わかってるよ。俺が力で敵わねえのはあのイカれだけだ。お前に抵抗されたって何の問題もないからな。だからって下手な動きするなよ。髪型が気持ち悪くなるからな」
そう言うと、カンちゃんはアグの髪を切った。
カンちゃんはプロみたいにさくさく切って、10年分の俺の髪が周りに落ちた。
「ずいぶん好かれてんだな、あのイカれに」
カンちゃんは切りながらぼそっと言った。
「俺は好きじゃないですよ。あのイカれ」
アグはボロボロになったヌゥを見ながら答えた。
Shadow of Prisoners〜終身刑の君と世界を救う〜 @rink758
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