故郷と灰とベリーの匂い

「行くのか?」

 馬――瑪瑙に荷物を積み付け、準備が終わった。

 セイミスが少しだけ寂しそうにオレを見た。

「ああ。約束したからね。色々を見てくるって」

「そうかい。しっかりな」

 拳を胸に当ててセイミスは笑った。

 こちらも、ニィと笑って。

「まあ、気が向いたら戻ってきてもいいんだぞ」

「ありがとう。だけど、多分戻らないんじゃないかな」

「そうか。元気でやれ」

「それじゃあ。行きます。親父さん」

「ああ。達者でな。息子よ」

 拳をこつん、と合わせて馬に乗る。


 故郷となったコロニーがすぐに遠のいていく。

 4年と半年。

 オレの生活の全てだったコロニーと別れを告げた。

 転々としながら仕事をしたり、狩りをしたりで生活をしていた。

 山岳を抜けなければならなくなり、世話になっていた瑪瑙を手放す。

 空は高い。山を登っても登っても到底届かないと知る。

 北は海が氷で埋められていて、人が住める場所ではなかったし、南は暑すぎて服が張り付いてきて心地が悪い。

 時折コロニーに立ち寄って、話を聞く。

 暫く滞在して仕事をもらい、シルバーが貯ればまた当てもなく歩き始める。

 そんな生活を続けていた。

 また、次のコロニーを目指す。

 東に向かって進む。この方角に小さなコロニーがあると聞いた。

 だが、見えた頃には煙が上がっていた。

「敵襲か?」

 歩いてたどり着く頃にはもう、そこには何もなかった。

 瓦礫の山と、炎はすべて煙に変わっていた。

「酷いもんだ」

 宙族のものらしき死体、それとこのコロニーの住人の死体なのだろう。

「粗方奪っていったのか……」

 そのままでは可哀想だ。などという自己満足のために墓を作る。

 埋めては、残ったものを頂いて、また旅を続ける。

 

 一人で出来ることが多くなった。

 時には小さな小屋を作って雨を凌いで、すれ違うキャラバンに話を持ちかけて同行したり。

 しかし、一人旅には世界は広すぎる。

 地図を埋めても埋めても、未だ空白がある。

 世界の果ては何処にあるのかと。たまに空を見上げる。

 春が来て、夏が来て、秋が来る。

 秋の景色は好きだ。あの子を思い出す。

 コロニーにたどり着く。

 一つの旅が終わったと思う。

 コロニーで部屋を借りてそこに荷物を下ろす。

 毛布だけの生活とは違う、人としての生活。

 ベッドで眠るだけで思い出す。オレの中ではやはりあの生活が全てだったのだと。

 風の音も、木々の音もない、静か過ぎるベッドで寝て静かな朝に目を覚ます。

 ブーツがヘタってきたから、新しいものを買う。

 膝丈までの長靴。色々歩き回っても問題のなさそうな丈夫なものを選ぶ。

 ボロボロになってきたシャツも新調する。

 何となく、意味もなくても新しい気分になるのは悪くはない。

 新しいものにはワクワクするものだから。


 気がつけば、あのコロニーで過ごしたのと同じ程の時間を、旅していた。

 正直、今年に入ってからはあまり調子は良くなかった。

 たどり着くコロニーが、破壊されている事が多かった。

 良くて半壊、とても取引を出来る状態ではない。

 全壊していたコロニーもある。

 そして、今足にしている場所も、もう誰も居なかった。


 「はあ。はあ。後、5人か」


 7つ目の墓。

 焼け落ちた家屋の横に死体が5つ。

 どれも原型をとどめていない。一部は腐り、一部は食い荒らされている。

 

「根こそぎ持っていってやがる。奴らは災害だな……」


 汗を拭い、一度その場に倒れる。

 手持ちの食料も少ない。野生の動物を狩るにしても、肉食獣が多いようだ。

 下手を打って襲われたら終わりだ。

 疲れた体を鞭打って、立ち上がった。

 日が落ちないうちに終わらせてしまいたい。

 全壊したとは言っても、部屋はある。今日はそこに間借りしよう。

 何とか夕方日が沈み始める前には終わって、部屋を検める。

 広くはないが、寝るだけなのだから十分な広さ。

 慌てて部屋から出ていったのだろう。荷物が乱雑に散らかっていた。

 テーブルの上には地図が置いてあるのが目に入る。

 この周辺の地図なのだろう。それを自分の持つ地図と重ねる。

 大体あっているようだった。すぐ隣にコロニーがもう一つあるらしい。

 次の目的地を決めれば、ゆっくりと眠りについた。

 

 空腹で目を覚まし、もう一度コロニーの中を探す。

 もしかしたら、と考えた。

 12の死体。うち宙族のものだと解るのは6つ。

 部屋の数に比べて人の数が少ないと感じた。

 荷物も、宙族があまり漁らない衣料品が多くなくなっていた。

 もしかしたら、交戦をした後にコロニーを棄てたのかも知れない。

 残念ながら食料は見つからなかったが、その代わりに無事な部屋を一つずつ回っていくと、子供が二人、ベッドの上で眠っていた。

 深く深く、ため息をつく。

 音に気づいたか、オレの気配に気付いたのか、子供たちは起き上がりオレを見た。

 両手を上げて敵意がないことを示す。

「お兄さん、誰?」

「旅人だよ。このコロニーが立ち寄ったら、ひどい有様だったからね」

 できるだけゆっくりと、声色に気を付けながら喋る。

「セシリィ。起きて」

「スヴェータ……?」

 茶色の髪と灰色の髪の娘が二人。まだ子供だ。出会った頃のルニミィアと同じぐらいか?などと考える。

 よくこんな時にこんな風に寝ていたな。と正直肝が座っている子供だと思った。

「残念だが、オレは助けに来たわけじゃないんだ。だが、キミ達のコロニーの人間は先に避難したんだろう?」

 推測ではあるが、可能性はあると。

 茶色の髪の子が頷いた。

「先に行って助けを呼んでくるって」

「おじさん誰?」

「おじ、お兄さんな?」

 灰色の髪の子が瞼を擦りながら言う様子に苦笑して、鞄から食料を取り出す。

「ほら、食べてないだろう? それを食べたら隣のコロニーまで連れて行ってやるよ」

 部屋にあった椅子に腰掛け、欠伸をする。

 大したものではないが、味が悪いわけでもないし。食べれないものではないだろう。

 水筒を一緒に渡して少ししたら戻ると言って部屋を出る。

 太陽光発電が残っていたらしく、部屋に明かりがついていたし、良いだろう。

 外に出て煙草を咥える。

 最後の食料ではあったが、まあ良いかと。

 おそらく他の大人はここを護って死んだんだろう。

 それは伏せて、井戸水を確認して、水筒に満たせば移動の準備を済ませる。

 戻ってみると、二人は既に支度を済ませていた。腰には帯剣を。

 柄を見ると使い込まれているのが解った。

「よし、じゃあ移動するか。準備はいいか?」

 二人が頷くと、出発する。

 順調な旅路だった。子供二人だから時間がかかるだろうかと思ったが、そうでもなかった。体力もあるし、歩き慣れている様子だった。

 道中この辺りのコロニーの話をする。

 時間が余ったら旅の話や昔聞いた童話を語って。

 片方はコロコロ表情を替えて、片方は表情こそ変わらないが、楽しんでいる様子だった。

 夜が来て、焚き火を囲む。

 野営の準備をしていたら、子供二人がイノシシを捕まえて持って帰ってきたのには驚いた。捌く様子も手際が良かった。

 二人分の寝袋は見つけられたから、二人を寝かせて火の番をする。

 空腹は敵だったが、今日はまともに食事を取れた。

 夜通し空を見ていた。空の向こうで流れている星。

 夜明けが来る頃に二人を起こそうとすれば、すぐに起きてきた。

 世の中には自分の価値観で測れないものがまだたくさんあるのだと思った。

 出発してすぐ、武装したキャラバンが見え始めた。

 それ見て二人が駆け出す。どうやら見知った間柄だったのだろう。

 何もしてはいないが、あの二人が無事に家族のもとに帰れたなら良かったなと。

 事情を説明すればそこで別れて、北へと向かう。


「波が来ていたのか……行く所行く所メカノイド、宙族、敵対派閥……」

 歩くのが億劫になってその場に座り込む。

 少しその場で休むことにした。

「幸い、ベリーはそこら中になってる。水場はそこそこあるし、飢えて死ぬことはないが。飽きた……」

 あのイノシシの肉以外、そういやもう一年近くぐらいまともに食事をしてない気がした。野草をかじり、ベリーを食べて、たまに取れた動物の肉を食べて。

 長い旅のおかげとも言える。食べれる野草なんかを見分けられるようになった。

 ただ煮て、灰汁を取ったりするのがあまりにも手間だが。

 野草と木の実でパンのようなものを作ったり、調味料で誤魔化したり。

 正直どれも美味しいと言えるものではなかった。

 それでもぐうぐうと腹の虫が主張してくる。

「あーはいはい。何か探すか……」

 起き上がって、周囲を見渡す。

 あの辺りになっているベリーが食べれそうだ。 

 そうして近づいて手をのばすと、その向かい側に男が二人いた。

 向日葵色の金髪と、黒い短髪の男。


「……」

「……」

「それ俺が先に見つけたから」



 神も知らないような、新しい世界にそこで出会う。

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遥か遠い記憶の空 七篠 昂 @ladida_boys

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