第4話 ヴァンパイアの王子様!?

「ありがとう、国見さん」くるりと振り返ると、シオンはにこりと微笑んだ。「もういいよ。魔法、解いて」

「え、解いてって……」


 ちらりと視線をずらせば、目を見開き、鋭い牙をむき出しにした男が、まるで熊の剥製のような鬼気迫る存在感を放ってシオンのすぐ目の前に立っている。


「大丈夫なの? 栗栖くんも魔術とかできる……んだよね?」

「もちろん。王子たる僕は魔術を使う必要もない。王が影ながら見守ってるからね」


 さっぱり分からない。「はあ」と亜子は生返事をしながら小首を傾げた。結局、シオンは魔術ができるのか。王が見守ってるから何なのか。何の答えも得られなかった気がしたが、それでも――こちらを見据えるシオンの笑みには絶対的な自信が満ちて、心配することさえ許さないかのような、脅しにも似た緊張感が漂っていた。

 ゴクリと生唾を飲み込み、「じゃあ」と亜子はおずおずと一歩足を踏み出した。すると、世界は息を吹き返したように動き出し、風が吹き抜け、ぶわっと辺りに街の喧騒が溢れ出す。肝心の『反逆者』は、といえば――パチリと瞬きするやいなや、瞠目して「は!?」と素っ頓狂な声をあげた。無理もない。彼の中では、放ったはずの炎は消えていて、いきなり目の前にシオンが現れたことになるのだから。


「なっ……いつのまに!?」

「王族に牙を剥いた者は、王に牙を抜かれる。知ってるよね?」


 ぽつりとシオンがそう告げると、男は何かを察したように血相変えて振り返った。すると、そこには『人影』――とでも言えばいいのだろうか、真っ黒に塗りつぶされた人形ひとがたのようなものがぬっと立っていた。その背丈や体つきは、『反逆者』の男そのもの。まるで、男の影が地面から起き上がってきたような……。


「王子! お待ちくださ――」


 青ざめた顔でシオンに向き直り、何かを言いかけた男だったが、その瞬間、『人影』はぐんと背を伸ばして大蛇のように姿を変え、『反逆者』を頭から飲み込むようにして地面の中へ潜って消えた。

 悲鳴をあげる暇すらなかった。一瞬にして、男は文字どおり影も形もなくなってしまったのだ。

 亜子は呆然としてから、腰を抜かして地面にへたりこんだ。


「なに……今の?」

「影は、いにしえよりヴァンパイアのしもべ。すべての影は、闇の支配者たるヴァンパイアの王につながっている――て言われてる。王の血を引くものに危害を加えようとすれば、影が其の者を闇へと引きずり込み、王のもとへと誘う。昔からの言い伝えなんだけど、彼は信じてなかったのかな」

「あの人……どうなっちゃうの?」

「今頃、王の前に引きずり出されてるだろうね。ヴァンパイアの証である牙を抜かれて、あとは……」

「いいや! もうそこまでで……」


 それ以上は、想像するだけで恐ろしい。とっさに亜子はシオンを止めた。それより……と、胸にズキリと疼くような痛みを覚えて、亜子はうつむいた。

 『反逆者』だという男が現れてから、亜子の脳裏をある少女の姿がちらついていた。自信無げに、亜子に話しかけてきたメガネの少女――峯岸クルミ。


「ヴァンパイアに襲われた、て子がいたの。気が付いたら、首筋に噛まれたあとみたいなのがあったんだって。貧血みたいな症状で、襲われた記憶はないっていうから……私、ただの妄想だろう、って決めつけちゃって……」

「典型的な『反逆者』の手口だね」と、シオンは振り返り、表情を曇らせた。「催眠術みたいなもので、記憶を消したり、意思を操って、血を吸ったことがバレないようにするんだ。それでも、その子みたいに違和感に気づく人はいるから、いつかは『反逆者』の報せが王の耳に入って、こうして王族の誰かが調査に遣わされるんだけどね」

「そっか。本当だったんだ……」と亜子は沈んだ声でぽつりとつぶやいた。「私、全然信じてあげてなかった」


 まるで、幼い頃、魔女だと言う自分を笑ったクラスメイトたちのように……。

 ちゃんと謝って、シオンの誤解も解かなくては。そして、もう大丈夫だよ、て伝えてあげよう。一人で、きっと不安でいるだろうから……。亜子はどこか懐かしむように感慨に耽りながらそう思った。

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