第9話 秘策

 さて、翌日のことである。

 部室では、茶道部の5人の生徒を前に、緑子が座っていた。

「それじゃあ、明日の準備をするから、よく聞いて」

 緑子の言葉に、皆んなが小さく頷いた。

「まず、雅は今から着付けをするから準備すること。いい?」

「はい」

 雅が答える。緑子が続ける。

「その間に、詩音はお湯を沸かしておくこと」

「たくさん?」

「そうねえ、大きなヤカンにいっぱいでいいよ」

「わかりました」

 詩音がそそくさと立ち上がる。

「優奈は来客用の1番綺麗な湯呑みを、給湯室から最低12個探してきて」

「はーい」

 優奈も早速部室を飛び出して行った。

「幸と春香は、鏡を5つ探してくること」

「鏡、ですか? 何するんですか?」

と幸がいぶかしげに聞くが、

「顔が映ればいいから。とりあえずすぐに行動!」

と急かされて、二人とも首を傾げながら出て行った。


「雅、あなたは今から私が振り袖を着せてあげるから、先ずは着物を着たままで、挨拶と立ち座り、それにお茶運びができるように、特訓するからね」

「挨拶とかはわかるけど、いきなりお茶運びなの、先生。淹れ方は?」

「そこはまあ、とりあえずいいよ。とにかく着物を着慣れているみたいに見えることが先決ね。立ち上がる時とか、お茶を運ぶ時に裾を踏んで転ばないようになること」

「わかりました。やってみます」

と準備にかかる。

 そして雅の振り袖の着付け終わる頃、他の4人が帰ってきた。

「わあ、可愛い!」

「あたしも着たい!」

 それぞれが雅の振り袖姿に感激してる。

「先生、私たちは着なくていいの? 私も振袖を持ってこようかな」

 自分も振袖を着たい詩音が聞く。

「ああ、ごめん。あなたたちは着ない方がいいの」

 緑子がそう答えると、「えー、雅だけってエコひいき!」「ずるいー」と声が上がる。

「訳はちゃんと話すから、とにかく皆んなそこへ座って」

 そう促されて、しぶしぶ皆んなが座った。


「じゃあ、雅以外は今から言うことを、繰り返し練習すること。いい?」

「はい」

 4人が頷く。

「あなたたちは、鏡を見ながら微笑みの練習です」

「微笑みの? 練習?」

 思わず詩音が聞き直す。

「そう。鏡の中の自分と目が合ったら、可愛く微笑む。その練習」

「お茶とかじゃなくって?」

「そう言ったでしょ?」

「雅みたいに振り袖も着なくて、お茶も淹れなくて、微笑みの練習って」

「言いたいことはわかるけど、明日までにはもう時間がないの。最後の手段なのよ。お願いだから」

 すると横から優奈が聞く。

「じゃあ、あたしたちは明日は何を着るんですか」

「もちろん今と同じ、その制服よ」

と緑子が答えると、

「えーっ、つまんなーい」

と一斉に不満の声が上がる。

「なんで? 先生」

 詩音が改めて聞く。

「うまくいくかどうかはわからないんだけどね。でも、賭けてみるの」

「賭けてみる?」

「そう。結局さ、何も知らない素人がさ、1日だけ練習してうまくやろうとしても、現実無理でしょ? それなら違う方向からやってみるしかないよね?」

 緑子は皆んなの顔を見渡して続ける。

「私、昨日ね理事会のメンバーをもう一度よく確認したんだけど、理事長以外は年齢の高い男の人ばかりでさ」

「それが何か?」

「だから制服なの」

「ちょ、意味わかんない」

「まあ、あなたたちはまだ知らないでしょうけどね。いい? とっておきの秘策よ」

「だから何を!」

 緑子がニヤッと笑いを浮かべた。

「この日本に、セーラー服の可愛い女の子が嫌いなおじさんなど、存在しないっ!」


 ……緑子先生、結構腹黒!


 皆んな同じこと思ったらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おーい、お茶部! 西川笑里 @en-twin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ