砂時計

容原静

砂時計

涼しい風が吹き、日差しは柔らかい。暑い夏は終わった。

私は友人の家へと赴いた帰り道。昨日の夜、仕事場に鍵を忘れた故に止めさせていただいた。明日は休みだからと気のすむまで酒を飲んでどんちゃん騒ぎ。起きればすっかりお昼。そのまま今日も遊び続けてもよかったが流石に二日間同じ服を着続けるのは気分が悪い。この礼はまた今度とうたた寝の友人に挨拶をし離れた。

友人の家の近くには近場の駅まで運転するバス停があるのだが時刻表を伺うとついさっき出たばかり。このバス停は一時間に一本しか来ない。暑くもないし暇ではあるので待つのもよい。しかし駅までは30分ほどの距離であるから運動にもなる。私は歩き始めた。

一本の広い道路を囲む住宅。大きな山から吹き降りる風。緑の葉の影に涼む子供たち。

気になる店をみつけた。住宅に囲まれた小さな店。木の看板と店全体を覆い繁る緑。『砂丘店』。一体何をやっているのか。建物と一体化した木が道路までだるそうに垂れさがる。店前にはベンチに座る木の人形が明らかにぶっ壊されている。

少しでも害を及ぼすものがあれば排除するご時世に明らかに不精な店構えでありながら存続している。私は店の扉を開く。がたがた揺れて今にも壊れそう。鈴の音が響く。

店の中は薄暗い。古いものの匂いが漂っている。ベンチや机、よくわからないものが規則性なく置かれている。

店主はいないか。店の奥を伺う。照明の当たらない場所にたゆたゆと白い煙が浮かんでいる。目を細めて伺うといた。近くにいくと灰色の髪にシミだらけの顔。背中が曲がり正直生きているのか定かではないおじいさんがいる。

「こんにちは」

おじいさんは返事しない。ただたたずんでいる。

私は店を見回る。なにか私でも買えるものはないか探す。私は貧乏だった。

木の棚の奥に気になるものがある。私は手を伸ばす。砂時計。ガラスは埃と黒のインクに汚れている。

店の名前も由来しているのか気にしてみると案外砂関連のものが多い。甲子園の砂、貝殻、月の石、砂上の楼閣。

私は砂時計をくるくると廻す。重力にひかれて落ちる砂。黒の間から伺う砂を見ていると過去の思い出が頭をかすめる。

私はこの砂時計が欲しい。おじいさんのもとへもっていく。

「これは何円でしょうか」

おじいさんは反応しない。さてどうしたものか。腕を組んで考え込む。

なにか音が聞こえる。私は耳を澄ませる。

「君はいいものにめをつけたね。…その砂時計の中には、いろいろな人の思い出が詰まっている。…この店にはそういうものばかりがくる」

音の主はおじいさんだった。

「普通の砂じゃないんだ。…いやありふれている。人の数ほど砂は生まれるのだから」

おじいさんの話はよくわからない。しかしこの砂時計は本物だと思う。

「おじさん。この砂時計は何円ですか」

「料金などいらない。ここにあるものは全てガラクタなのだから」

それは私の心に悪い。ただほど怖いものはないのだから。

「そんなこと言わずに。どうか私に料金を提示してください」

「あなたは考えること。その砂とどう向き合うかが大切でありそれ以外に必要なものない」

話が通じないので私はそのまま砂時計をもって店をでた。

私はその砂時計を自宅の窓際においた。引っ越しをしても、結婚しても、子供が生まれても、天災にあっても大切に持ち続けた。

生活はただ続いた。私は砂時計を見るたびにおじいさんの言葉を思い出す。ただそれだけである。

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砂時計 容原静 @katachi0

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