2.迦蘭(からん)は星なり 星に幸あれ 人に厄あれ (惑星礼祇 神統神紀より)

1.


西暦1998年11月28日未明に始まった、東ヨーロッパ・ウクライナ共和国での民族紛争は一時大きく燃え上がり周辺諸国を震撼させたが、イギリスを主唱者として各国の事態収拾が迅速かつ周到に行われたため、事は大事なく収まったかのように見えた。それは、他国から見ればの事であり、火種はあちらこちらに「市民」という名のもとに燻ぶっていた。一見穏やかに、だが何時爆発するか分からない不穏の種を胸に、地球は新たな年、審判の年を迎えたのである。

 その年、西暦1999年2月10日、民族間の協定を不服とするグループが、その協定の主唱者であったイギリスの外相リチャード・ウィングフィールドをパリで開催されていた国際会議の場で暗殺。燻ぶっていた火種は一気に燃え上がった。イギリスとそのテログループとの争いは、国際輿論から諸外国を巻き込んで戦局は大きく拡大し、イギリスを手始めに各国は軍隊を投入した。歴史に言う「東欧戦争」は、1ヶ国内の民族紛争から国を二分する争いになり、民族間の争いに辟易していたウクライナ首相が協定を不服とするテログループの首謀者たちの行動に非難を浴びせ、国際的に彼らを掃討しようとしたことから始まった。

 ウクライナ首相ビクトル・モロゾフは、もう一方の民族グループと手を結び、イギリス軍や諸外国軍と協力するなか、対する「民族解放軍」と名のりだしたテログループにレオニード・セクワが指導者として登場すると、有利な戦局と高をくくっていたイギリス・諸外国軍は予想だにしなかった苦戦を強いられることとなった。 思わぬ苦汁を舐めさされている間に、ウクライナ首相ビクトル・モロゾフが手を結んでいた民族グループに殺害される。彼は、この戦い乗じて、彼ら民族グループをも葬り去ろうと思惑を巡らせていたのだが、彼らに漏れることとなり殺されたのであった。

 そして、ここに「東欧戦争」なるものは終結し、ウクライナ国内の2つの民族とその民族と種を同じとする他国に住む民族、そしてイギリス、イギリス国際世論派に加わりながら自国の利を狡賢く計算する諸外国が巧みに加わりながら事態は大きく広がり、西暦1999年5月、第三次世界大戦は幕を開けた。この戦争は当初長くても3ヵ月程で終わると各国の人々は考えていたが、レオニード・セクワらの策謀により甘い汁をすすろうとする国々が彼らの陣営に与することになり相次いでイギリス・イギリスに与する諸外国に宣戦布告する。一部の人間の欲望と利害関係が、地球を狂気に満ち溢れさせた。いつ果てるともない戦いは全ヨーロッパを破壊せしめ、都市という都市をを瓦礫の山と変えていった。

 異変が起こったのは、この戦争が始まって8年目の西暦2007年ことであった。

 人々は疲れ切っていた。この戦争がなぜはじまったのか、なぜ続いているのか、もう分からなくなっていた。民族解放の大義名分は風化していた。人殺しの肯定か、プライドの保持か、金への妄執か、戦は続いていた。

その時、ある国で核を敵対国へ打ち込もうとしていたという。「核」という兵器は、西暦1993年この忌まわしい戦争が始まる前にすべて撤廃されていた、はずだった。なぜ、今?この時?

この兵器がどちらかの陣営にあったなら、この戦争は8年の長きにわたらず、ほんの半年で終わっていただろうと後の人は言った。しかし、それが使用されていたなら地球は、この戦争における傷よりも、もっと酷い再生不可能の傷を負っていただろう。

 その時、地球はそれを恐れたのか、それとも飽きもせず同じ過ちを繰り返す人間達に心底怒りを覚えたのか。西暦2007年8月、地球は大規模な地殻変動を起こす。火山という火山は全て目覚め、地震によって大陸は変化を余儀なくされ、津波は容赦なく陸地を飲み込んでいった。この変動で無キズだった大陸など一つもなかった。無数の国家が海の藻屑と消え、或いは分断され、新たに誕生した陸地に圧し潰された。

大・地殻変動は7日に及んだ。

全ての価値観、概念、そして、「神」は霧散した。

 

 地上において火山は活動をやめることなく、地域的に発生する大陸の活動とともに、その後、約50年間鎮まることはなかった。そして、この50年間は地球上の生き残った人々にとって暗黒の時代であった。大昔さながら自活していかなければならなかった。人々は、人間であることを忘却することを戒め、人間であると言う矜持のもと、明日を生きることを余儀なくされた。しかし、悲しいかな、悪という悪が横行し、地上は荒んでいった。

 

この荒んだ暗黒の世に一条の光がさし込み出したのは、西暦2042年、人々の平和の名のもとに一人の少年が、地球国家と言う統一された国家を夢見たときからである。

 少年の名を、カール・ウンドルハン 8歳。

 そして彼の夢が現実として動き出したのは、彼が11歳の時、ある一人の博士との出会いから。

 ラファエル・ライギット博士。

 彼は、カール・ウンドルハンと共に、この時より幾多の苦難を乗り越え、怒りまだ冷めやらぬ大地を駆け抜けた。西暦2045年から2067年は彼らが地球という席捲せしめた歳月であり、統一された国家誕生までの、第一歩そして長い苦渋の道のりへの、終止符が打たれたようとした風雲急の時代であった。

西暦2067年8月25日、地球全土を掌握したカール・ウンドルハンは、数年前から拠点としていたオーストラリア大陸のアリススプリングスに都市を築き始める。そして、言語統一制をしき、それまで公用語として使用されていた「英語」を「地球」の言語として、全ての民族語の使用を禁じ、同年11月11日には言語統一ネットワーク-英語以外の言葉を使用かつ理解不可能とさせる電波をはなつタワー-を南北の極点に完成させた。

ここに、民族主義を掲げる者たちに対して容赦ない弾圧が始まる。

 西暦2068年4月7日、カール・ウンドルハンは「統一国家アース」を宣言し、西暦を「地球暦」と改め、地球史に新たな時代の到来を告げた。



2.

地球暦32年1月、海上都市・首都アリススプリングス


総裁プレジデント公安警察カゲのバウアー・リンジー少佐から通信が入っています。」

「つなぎたまえ。」

男の低い声が、部屋に響いた。

黒い肌、黒い髪、黒い瞳の女性が通信システム画面から消えると同時に、鋭い眼光を放つ40歳代後半と思われる男が画面に現れた。彼は背筋を伸ばし、プレジデントと呼ばれた男に敬礼をする。

「ご苦労だった、バウアー」

その敬礼を受けて、男は労いの言葉をかけた。

画面にあるバウアー・リンジー少佐は、この、彼の上司であるこの男が、口数の少ないのを知っているので、早速報告を始めた。

「スカンジナビア州カールスダートにおけるの実験は成功です。私の声に反応し、木造家屋にいた男女11名全員死亡。痕跡は全く残らず、我々に対する害も全く認められておりません。」

「・・・・・」

「反政府派の活動データーは、行政府コード〈0001〉で《アスラ》に入力済みであります、以上。」

「うむ。のカルテは、科学技術局〈81〉で入力しておいてくれ。」

「ハッ!!」

「事後処理は、警察スコットランドヤードに任せ、諸君らは撤収したまえ。」

「イエス、サー!!」

キリッと表情を引き締め敬礼をしたバウアー。同時に画面より消え、先刻の女性が画面に現れた。

「ガルディア、総統官邸へ行く。官邸へ科学技術局局長を呼んでおいてくれ、14時だ。」

「はい、畏まりました。では、お車の手配を致します。」

男は秘書の事務的な表情を画面上から消すと、煙草に火をつけ椅子から優雅に立ち上がり、短く整えられた、朝焼け色の黄金色の髪を撫でつけた。

「長身痩躯」とは彼のための言葉だろう。品のある姿。その姿から発する厳かな雰囲気。彼ほどこの言葉の似合う男はいない。

姿だけではない。その容姿も驚くほど端正である。

深い、北の海を思わせる深い碧の瞳。その瞳には、何人も恐れるであろう力強い光がやどっている。そして、その屈すること無い意志が、全身を取り巻き彼と言う男を作っていた。歳の頃は30代後半だろうか・・・

机に背を向けて、総ガラスの窓から外を眺めていた彼は、通信システムの発信音に机に向かう。そこに秘書であるガルディアが現れる。

「ご用意が整いました、総裁プレジデント

彼は、煙草の火を消すと、大股で部屋を横切り、部屋をあとにした。


 総統官邸は、昔ヨーロッパと呼ばれた世界に存在していた王族たちの宮殿を模した、壮麗な建物である。庭という庭は芝生に覆われ、そこに植えられている木々は綺麗に刈り揃えられていた。正面玄関につづく道は、手前で少し迂回して、そこから円を描くように正面へ、そして、またそこに戻っている。

 正面玄関に降り立った彼、総裁プレジデントアキツ・ナオエは、足早に中へ入ると真っすぐ総統執務室へ向かった。通常は、官邸の事務官へ来訪の旨を告げるべきなのだが、彼はそれらを一切無視した。

執務室の扉を開けると、主席秘書官であるダリル・アンバーが彼のそうした態度を責めるような眼差しで待ち受けていた。

「ここでは、手順を踏んで頂きますぞ 総裁プレジデント閣下!」

アキツ・ナオエは冷ややかな視線をもって、首席秘書官を見据えた。

一瞬二人は睨み合っていたが、


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EARTH ときはるあき @kishi003tou

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