EARTH
ときはるあき
1.行く川の流れは絶えずして しかももとの水にあらず(地球古典散文より 方丈記)
雪が降っている。
白夜の地。
白夜の地に雪が降る。
別段めずらしいことでもなんでもない。
古代よりそれは、必ずいち定期間この地にやってきて去っていく、当たり前のものである。この地、いや、この町には他の町にくらべて少々長い時間、それは留まっているだけのことで、冬が来て雪が降りつもることは、今も昔も変わらない。
絶えまなく降り注ぐ雪は、この辺り一面を無垢なるものに変え、生命(せい)あるものの息吹を拒んでいる。
森は、自然の手の内で静かに眠る。
自然の摂理の内にあるものすべては、雪に誘われ自然に眠る。獣たちとて例外ではない。自然はありとあらゆるものに平等である。
冬が伴う雪は総てを無に帰す。
ここに異端の獣がいる。
地表に降りつもった雪を巻上げ、その振動が木の枝につもった雪を落とす。
森の静謐を打ち破った彼ら、彼らの駆るモノ。
彼らは、巧みにその乗りモノを駆り、木々の間を物凄いスピードで駆け抜けて行く。
彼らは、白い、身体にフィットしたウエア、頭と顔を覆うウェアに繋がるマスク、唯一露出していただあろう両目の辺りも白いゴーグルで隠されている。身体のフィットしたウェアから覗える彼らの肉体は皆強靭で、卓越した能力を誇る者がもつ誰にも曲げられぬ意思が身体を取り巻いていた。
ゴーグルに内蔵された赤外線暗視スコープが彼ら一団に停止する事を指示する。
シューゥという音とともに、雪の上を駆けていた彼らの乗物が地上に降りた。
彼の目の前には、先代の遺物である、木造のみすぼらしい小屋が建っていた。もし誰かが住んでいるなら、この小屋の屋根の上に突出ている煙突から煙が出ているはずだが、そんな様子は全くないし、第一この小屋自体に生活のニオイなど全く感じられない。
しかし、彼らは用心深くその乗物から降りると、姿勢を低くし、雪の中に溶け込み、その小屋の様子を覗う。昔の人間なら感覚で、と言うところだが、今に生きる彼らには実際に見えるのである、小屋の中で数人の人間がたむろしているのが。
彼らは暫く小屋の様子を覗っていたが、その中のリーダーと思われる男が片手を上げると、それを確認した1人がバズーカを構え小屋に標準を合わせる。
消音とともに発射されたそれは煙突へむかい、煙突から小屋の中へ落とされた。そして、数秒おいてから、雪に足を取られることもなく彼らは小屋へかけよると、玄関へ集まりリーダーが木戸を乱暴に蹴破った。不思議なことに彼らのなかの誰一人として、小屋の周りを取り囲もうとも、小屋の裏側に回ろうとした者はいなかった。
木戸を蹴破ると同時に、彼らのリーダーが大声を上げる。
それは、先代といわれる内乱時代から、捕える者が捕らえようとする者に発する名文句である。捕らえられようとする者からしてみれば陳腐な言葉であるが、驚いたことに小屋に居た数名の男女はその言葉に従った。いや、正しく言い換えれば、従わされたのである。
「なかなか・・・」
その様子を見たリーダーはそうつぶやく。
小屋にいた男女総勢11名は凍りついたように立っていた。
誰一人として身じろぎしない、動かない。
その表情たるもの、狼狽と恐怖に彩られ、顔は引きつり皆いち様に汗をかいていた。身体と感情が一致していない。焦りが眼球をギョロギョロと動かしていた。
その中の1人の男が、口が動くのに気付き、大声で喚き散らしだした。
その異様な光景。
直立不動の男が、血走った眼で唾を飛ばしながら薄汚い罵りの言葉を吐き出している。恐怖の極み、彼にしてみれば思いもよらない自分自身の姿なのだ。
戸口から小屋の中へゆうゆうと入って来た捕捉者たち。
リーダーは、マスクの下でニヤリと笑った。そして、
「・・死ね」
小屋にいた11名の男女は、この世のもので無い、たとえようも無い表情を作り断末魔の悲鳴を上げて全員言切れた。
「作業を始めろ!」
リーダーは背後にいる者たちに指示を促す。
彼はその場に腰をおろすと、床のホコリを指でふき取り暫く眺めていたが、指から叩くと立ち上がった。そして、あたりに転がる凄まじい表情をした死体に目をやり静視する。しかし、何の感情も彼の面に表れることはなかった。彼、いや彼の引きつれてきた者たちには、その種の感情は削除されているのだろう。
すべての作業を終え、白づくめの者たちは小屋から去って行った。
小屋は何事も無かったかのように、11体の遺体をその内部に包み込んで、今まで以上にひっそりとして建っている。
雪はまだ降っている。
森に静寂が戻った。
低く垂れこめる雲は吹雪の到来を告げていた。
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