決戦! 砂漠の地下闘技場! 3
『おおっとォ!? ここで綺麗なカウンターが決まるッ! さすが土佐犬の血を引く獅子ッ、
観客も獣のそれとは思えぬ
『だがさすが元連勝王
『これはすごい! 間一髪で失明は避けている! 切られたのは瞼だ! しかしこれでも血で目が開けられないはず!
顔の半分以上が血で濡れるような大出血。だが
この二体の猛獣の戦いに、闘技場は今日一番の盛り上がりを見せていた。試合もまだ三試合目だと言うのに、決勝戦かと見紛うほどの熱狂ぶりだ。
それも当然、突如としてトーナメントに現れた
『崩落』によって独自の進化を遂げ、そこからさらに異種間交配で強大な力を手にした猛獣同士の戦いだ。その圧倒的な力のぶつかり合いは、否応にも心が揺さぶられる。男子なら誰もが一度は妄想した、怪獣大決戦。それが目の前で繰り広げられている。
異形と異形。巨大と巨大。筋骨隆々の腕から繰り出される鋭い一撃が、互いの肉体を削り合う攻防戦。血と歓声と狂乱のるつぼ。欲望が渦巻く闘争の中心。
それを目の当たりにして、
「はいじゃあまずはここに飛び入りで参加しよう!」
「ふざけんな無理だ帰らせろ」
……その凄まじい光景の一端は、入場口からちょっと覗いただけでも十分わかった。わかったから少年たちは帰りたかった。
「正気かテメエは! あれにどうやって挑めってんだ! 殺す気か!」
「あれ人間の出る幕じゃなくない!? この前の猪よりヤバいふいんき感じるんですけどーっ!?」
「確かにこれを前にすれば、人間なんてただのエサだろうねぇ……トレーナー君の気持ちがちょっとわかった気がするよ」
「一生わかるなそんなモン! いいかトレーナー、ありゃどうあがいたって無理だ! 助けてくれたのには感謝してるが他を当たって……」
「無理なんて言うな!」
引き返そうとした
「絶対だとか、無理だとか、そんなものこの世にはないんだ! だから諦めちゃ駄目だ! 諦めちゃったら、絶対とか無理とかが本当になっちゃう!」
「ぶ……ぶご……てめえ……」
「諦めない限り道はある!
目から涙さえ流しつつ、トレーナーは熱弁した。それを聞かせたい相手は現在壁にちょっとめりこんでいるわけだが、都合よくその部分は見えていないらしい。
「相変わらず、言ってることだけは立派だぜ。シチュエーションがおかしいけど」
「センドも大概人のこと言えないと思うけど……」
「君たちもだ!」
突然矛先が傍観者気取りの二人に向いた。ガンギマった目で涙が溢れていると、それだけで威圧感がすごい。涙は眼球を潤すためのものなのに、逆に乾きそうなくらい開いている。
「仲間がこんなことになっているのに、なぜ助けようともしないんだ! 自分が怖いからって立ち向かうのを諦めちゃ駄目だ! その背中に誰かを背負っているのならなおさらだ! 戦うことは失うことじゃない! 何かを得るための戦いだってあるんだよ!」
「トーカをそうしたのお前じゃん……」
「ここで君と言い争っても時間を無駄にするだけだと思うぜ」
「わかってくれたようだね! ぼくは嬉しいよ!」
そういうぼやきは自動的にカットされるらしい。便利な耳だ。それにさっきまで号泣していたのにケロッと刀香を起こすあたり、情緒の不安定さについていけない。この狂人の思考ルーチンについていこうとすること自体がおかしいと言われれば、それまでなのだが。
「もうやだこいつ怖い……」
「
「自然より獣より何より怖いのは人間ってハナシ……? シャレにならないよぅ……」
「なにを無駄話しているんだい! 行くよ! 鮮烈なデビューを飾るんだ!」
さっき無駄なんてねえって言ってたばかりじゃねえか。そんな全員のツッコミは全員が飲み込んだ。そんなことはつゆ知らず、また言われたとしてもつゆ知らなかっただろうトレーナーが、スイッチを引いて入場口の重いゲートを開く。
「
観客は突如入ってきた謎の男の馬鹿デカい声にどよめく。その視線は謎の男と、実況席の間で揺れ動いている。
『おっと、これは……? 毒島さん、
実況者も試合を追うのをやめ、後ろの男に伺いを立てる。黒いスーツに身を包んだ、存在感のある大男だ。
毒島
『
「まさか! ぼくじゃなくて新しいパートナーだよ! 今回は一回戦負けじゃ終わらないから! 飛び入り参加を許してよ!」
『二回目だろうが、その言い訳ぇ。じゃあそのパートナーとやらを見せろ、強そうなら考えてやるよぉ』
「うん! ほら、ご指名だよ! デビューだよ! 頑張ろう!」
『?』
なにやら手こずっているようだ。毒島もトレーナー、益原の『怪力』の能力は知っているので、手綱を握れていないだけか、あるいは……。
(その『怪力』をぉ、凌駕するほどの獣を見つけてきたってかぁ……?)
であれば、と毒島は興奮を覚える。彼が求めるのは純粋な強さだ。その激突が生み出す熱に、彼はすっかり囚われている。彼も結局、観客席に座る人間と本質は変わらない。
より強い獣を。より強い闘争本能を。命が輝くさまを見たい。だからもし本当に益原が強そうな獣を出してきたなら、出場を認めようと思っていたのだが……。
「もう、わがままだなあ! えいっ!」
「投げんじゃねえ! 痛っ!」
『あんん?』
ぽいっと投げられて、闘技場の真ん中に躍り出たのは……どう見ても人間だった。喋ったし。
『…………』
「…………」
「…………」
毒島も観客も、ついでになぜかトレーナーも黙る。その場の全員が益原の正気を疑った。
「どう!? 強そうだろう!? これなら認めてくれるよね!」
『…………貴様、ついに狂ったかぁ?』
「失礼な! ぼくは正気だよ!」
『じゃあもっとタチが悪りぃ……始末に負えんぞぉ……』
さすがの毒島もこれには引く。一体どういう思考をしたらこんな考えに至るのだ。戦闘を中断させられて気が立っている
『人間は獣じゃねぇ、おととい来やがれぇ』
「獣だよ! 君もぼくも、ここにいるみんなも! そこのワンちゃんとキメラちゃんと何も変わらない!」
『
「だって生きてるんだもの! 生きてるなら戦うし、だったら強さを求めるでしょ! それのどこが獣と変わらないんだい!」
どうやら本気で言っているらしい益原に、毒島の方が折れてしまった。どの道武器もないガキ三匹、
『あー、もういい。わかったわかったぁ。じゃあもしそいつらが、
「ああ! いいとも! ありがとう毒島さん!」
『2秒保ったら褒めてやんよぉ』
ああ馬鹿らしい。雑にマイクを返して、毒島は特等席に戻った。獣同士のトーナメントではあるが、興奮した猛獣に飼い主が食われるのも珍しくはない。そういう意味では会場で人間が死ぬことはままあることなので、毒島も気にしなかった。
(観客の方にゃバリア張ってあるし、何があったってなんともねえ)
もしあのガキどもが『豚汁』団長みたいなイカれた能力でも持ってない限りは……とまで考えて、はたと止まる。
能力。
人知を超えた奇跡の力。
場合によっては、自分の体格を遥かに上回る獣ですら、一瞬で葬り去るほどの破壊力を発揮する、科学では説明のつかない超自然現象。
が、そこまで考えたところで、毒島は「ふん」と鼻息を漏らす。
(あの様子見るに、たまたま砂漠で出会って、『怪力』に逆らえず連れてこられた哀れなガキだろぉ……もしそんなとんでもねえ能力持ってたとしたら、益原なんざとっくにぶっ飛ばされてらぁ)
だが、もし。
もしあのガキどもがそうではなかったら、と毒島は半ば妄想するように思う。あの裸のガキが、
(……そりゃあ、最高の見世物じゃあねえの……?)
力と力のぶつかり合い。一撃一撃が地を裂いて天を衝くような、神話の一場面。そんな光景が見たくて、毒島は闘技場の運営をしているのだ。
(ああ、『バトルオブ関ヶ原
まあ、過ぎた話だ。せめて今、その光景の欠片でも見せてくれ! そう願うだけなら誰にだって権利はある。少年のような祈りを密かにこめて、試合が再開する。
『さあ邪魔は入りましたがいよいよ第二ラウンドだーッ! 少し劣勢の
実況者さえも存在を無視していた少年の一人が、駆けた。その姿はもはや裸ではない。黒い
マフラー、鎧、甲冑、刀身まで真っ黒の刀。闇に溶け込む服装はしかし闘技場ではぽつりと浮き、奇妙な存在感を放っている。
『こ、これは……?
ただ出で立ちが珍妙なだけではない。それを鋭敏に感じ取った
『し、
実況の手が止まる。誰も予想していなかった展開が目前で巻き起こる。皆が目を剥く。
一閃、
次の瞬間、
『あ……え……』
実況者はかろうじてマイクを取り落としてはいなかったが、すでに口を動かすのを忘れていた。この光景に見入っていた。
人を食らう猛獣を、刀一本で切り伏せる。まるで英雄譚の一節のような、一瞬のやりとり。
「こいつぁ……!」
毒島も子供のように目を輝かした。圧倒的な強さを、理不尽な強さで屈服させる。
(俺が見たかったのは、こいつかもしれん……!)
舞台の誰もが驚き、口や額に手を当て、目を見開いた。そんな中でたった三人、当の少年たちだけが何食わぬ顔でいた。
「あーあ、血とかモツとかでぐちゃぐちゃだよ……裸でよかったかもね、これ」
「そのぶん感染症のリスクは増えたわけだがね」
「悪かったな、汚して。でもそうしねえと食われただろ」
「別に責めちゃいないさ。ありがとね、助かったぜ」
その会話が聞こえたのは誰一人としていなかったが、少年たちがのんきにハイタッチしているのを観客は見た。それだけでこの予想外の結末が、彼らにとってはそうではないということがわかってしまう。
自然な笑顔、自然な会話。だからこそ際立つ異常に、目を奪われている。
(すごい……!)
入場口で、トレーナーは満面の笑みでいた。砂漠で行き倒れていた人間を拾ったら、思わぬ掘り出し物だった。その幸運に彼は感謝した。
(これなら、ぼくの夢もついに叶えられるかも……! いいや、叶えるんだ! 彼らと一緒に!)
彼の瞳は
「――――――…………」
あれだけ騒がしかった会場は、すっかり静まり返ってしまった。だがその静寂をよしとしない者がいた。
『――っと、ら、
闘技場全体を揺るがすような獣の咆哮に、実況者も調子を取り戻したらしい。言葉を矢継ぎ早に紡ぎ、自分の役割を取り戻した。
しかしまだ混乱が収まっていないのか、その実況には誤りがあった。それを看破したのはたったの三人。
(馬鹿がぁ、ありゃ怒りじゃあねえよ)
(怒ってなんかないよ、キメラちゃんは! あれはむしろ――)
「すまねえな」
巨大な獣を前にして、刀香は謝罪を口にする。黒い刀を静かに構え、まっすぐ立ち向かう。
「ビビらせちまった。怖かったろ。でも悪い、こうしねえと俺たちがお前に殺されちまう」
刀香も突進に合わせて走り出す。その小さな体を踏み潰そうと
「許せ、なんて言わねえよ。あの世で会おうぜ」
その隙を、狩る。刀が固い皮膚に触れ、通るはずのない刃が通る。
後に起こるのは、先ほどと同じ。
『…………』
ついに実況者はマイクをその手から落とした。ごつ、という音を最後に、場内のスピーカーはうんともすんとも言わなくなった。
闘技場トーナメント、大型ルーキーの鮮烈なデビュー戦はそうして終わった。
ルブナイキ −The New Generations− 藤原(の)コウト @hujiwaranokouto
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