GATE5MINUTES

低迷アクション

第1話ゲート5ミニッツ


それは、何の変哲もないドアだった。中東の銃弾飛び交う戦場の瓦礫の中に、そこだけ残ったと言う感じでなければ、酒屋や食道の入口に使われる、ありふれたデザインだ。


追跡していた武装勢力の姿は無い。IED(仕掛け爆弾)で乗っていた車輌は自分を残して全ての戦友を空に飛ばした。まぁ、それも仕方ない。最下級のPMC(民間軍事傭兵会社)は常に危険な最前線の出番と決まっている。もう慣れた事だ。“シャバム・ガイ―ド”は


錆びついた(それでも動くから凄い)AK突撃銃を肩に掛け、休憩とばかりに、そのドアの前に腰かける。座りながら、旧式のブローニング自動拳銃を膝元に置くのも忘れない。どんな時でも気を抜かない。少年の頃から戦ってきた彼の習性だ。


だが、今回は状況がいささか違っていた。背中にあるべき固い感触がゆっくりと動き、ドアが開いている感覚がある。身構える暇もなかった。そのまま地面に頭をしたたかぶつける筈が、待っていたのは柔らかい感触?動物の毛のような感覚と人肌が混じった不思議な感じが伝わってくる。


「@*RT#!?」


意味不明の言葉と共にシャバムの視界に、彼を受け止めた主の顔が被さった。小麦色の大きな目をした少女だ。違うのは、本来、耳があるべき所に耳が無く、頭の上に猫のような耳が付いているという事だ。


「@HTR?P!*」


“お前、誰だ?てか何だ?”と言う前に理解不能の言葉が先方から発せられる。とりあえず、少女のお尻から生えた尻尾から体を起こし、そこで初めて気づく。


「ここ何処だ?」


シャバム自身がいたのは中東の戦場、砂漠の景色だ。しかし、ここは違う。若干、朽ちてはいるものの、緑豊かな屋敷の庭と言った風情だ。あのドアが開き、そのまま向こう側に頭をぶつける筈だった。だが、違った。戦場でいくつもの信じられない体験をしてきた自身なら


理解できる。だが、理解できるとは言っても、状況の整理が追いつかない。つまり俺は…


「UY=*@!!」


目の前で、こちらに声をかけてくれている獣耳の少女の髪を、急に野太い手が掴み、

そのまま引き上げる。悲鳴を上げる彼女に、剣を持った中世の兵士風の男が、コイツは自分と同じで、少し安心したが、下卑た顔は好きになれない。少女の首に剣を突き付ける。


どうやら、今日は混乱に次ぐ、混乱らしい。加えて、思考中断どころか、

生命の危険まであるときた。正直訳がわからない。これは夢だと言う解釈もありだ。


しかし、どうやら違う世界でも差別と圧政は同じらしい。目の前の光景は姿、形は違えど、

シャバムが何度も目にし、何も出来なかった光景だ。夢、天国、幻の胡蝶蘭どうでもいい。


とりあえず、あの柔らかい尻尾のおかげで、頭蓋骨陥没は免れた…気がする。

例は返さねば。手元に握ったブローニングを男に頭に向け、引き金を弾く。


乾いた音と共に頭部が弾けた男が地面に転がる。驚きに目を開ける少女の頭を掴み、そのまま9ミリ銃弾を連射し、後方に立つ、似たような兵士2名を射殺し、馬に似た生物が引く、

荷台付き馬車風の御者風の男をあの世に送った。


静寂が訪れる。目の前の少女は自分を見つめた後、すぐに気が付いたという感じで、幌のついた荷台に飛びつき、中から同じような姿形の少女達を引っ張り出す。だが、彼女達は、皆、一様に鉄の首輪と手枷をつけらており、思うようにいかない感じだ。


「ああー、もうしゃーねぇなぁっ!」


困り顔で歯を立て、鎖を引き千切ろうとする少女をどかし、死体から奪った鍵で荷台に積まれた少女達を解放していく。自由になった数十人の視線がこちらに不安気に向くのを全て、無視し、やれやれと言うように顔を擦った手が透けている。


「一体、これは?」


と思う間もなく、全身が消えて、意識が遠のいていく。一番最初に救った少女がこちらに

駆け寄り、頭を下げ、何かを言った。


「アリガトウ」


と言っている気がした…



 「どうやら、5分間だけ“異世界”に行けるようだわ。」


砂漠の町に設けられた駐留軍専用の酒保で、シャバムは東洋人のジャーナリスト“シバ”と

向かい合っていた。かつて所属していたPMCはとうに辞めていた。

あの後、現世に戻った彼は自身の時計を確認し、異世界の滞在時間が、“5分”とわかった。おまけに腕に入った13個の時計のような入れ墨にも気づく。


「すっごいじゃないすか、シャバム氏!それは絶対、今流行りの異世界転生ですよ~!

しかもケモ耳ぃぃっ!?現世行き来もOK!?最高じゃないっすかぁ!!是非、自分も

同行したいっすよー!」


興奮し、お盆の飲み物をひっくり返すシバは世界でも通じる、

日本のマニア連中“ОTAKU”の1人だ。戦場ジャーナリストの癖に、“〇〇萌え~!とかばっかり言ってるので、兵士達からは不評だが、何故か、シャバムとは気が合い、よく

話をしていた。シャバムがあの世界に言った時、何の問題なく順応できたのも、彼の影響が

少なからずあるのかもしれない。


「それは無理だ。何回か向こう行った際に同僚を連れてきてみたが、誰もドアに気が付かなかった。どうも、あれだな。そのドアは俺だけに見えるらしい。しかも、向こうに行ける回数も決まってるときた。」


心底残念がるシバに自身の片手を翳す。時計のような入れ墨が13から8に減っていた。

何度かの往復を繰り返す度に入れ墨が減っている事に気づいた。どうやら、神様か、誰かが

くれた悪戯?奇跡の手の内のようだ。


「まぁ、おかげでこっちはリッチになれたがな。」


仕立ての良い服を見せびらかし、今まで飲んだ事のない高級酒をくゆらす。最初に行った

屋敷の中を探索した結果、見た事も無い食器や陶器が見つかった。それをこちらに持ち帰り、


シバや自身のツテを駆使した所、自身が一生遊んで暮らせるだけの財産を築く事が出来た。

自身の故郷にも送金ができ、傭兵をやる目的も無くなった彼は戦場から身を引く。


あの世界に行けたおかげで自身の目的と安定した将来を手に入れる事が出来た。何故、自分が選ばれたかはとんとわからないが、感謝している。正直な気持ちだ。


「で、そのケモ耳ちゃん達は?どうしたんですか?」


「ああ、屋敷を探索してる時に、時々、姿を見せるようになってな。最初はわからなかったが、段々、言葉もわかるようになってきた。ほとんど無視してるけどな。」


「何故です?マジ萌え最高じゃ…」


「(シバの言葉を途中で遮り)屋敷に残っていた日記風の書物でわかった。

文字は理解できないが、簡単な絵で大体はわかった。どうも、あの世界はお前等が好きそうなドラゴンとか、耳の付いた亜人がいて、共生していたらしい。そして屋敷は、彼等、彼女達に理解のあった領主でな。


しかし、彼が死んだ後、国の流れが変わってきた様子でな。まぁ、どの世界にもお前みたいのは多いらしくてな。あの子達をあらゆる欲望の対象とするための搾取が始まってるらしい。」


「心外な物言いはまぁ、いいとして、いいんすか?シャバム氏!つまり彼女達にはこれから残酷な運命が待っているとの事です。助けなくては!」


テーブルを勢いよく叩き、憤慨するシバは手元の鞄から何冊かの本や薄い冊子を出す。


「これらの書物も語ってますよ。シャバム氏!異世界に選ばれた者の使命ですよ。貴方しか

見えないドア、意味があっての事です。貴方なら彼女達を救える。そうでしょ?」


「くだらねぇな…」


喋り、立ち去るシャバムの背中に罵声を浴びせるシバは、この数分後に自身が出した“資料”のいくつかが紛失している事に気づいた。



 「シャシャ、コレ弾デル?」


「シャシャじゃなくて、シャバム!いい加減覚えろ!“ポポン”それと銃口はこっちに向けるな。弾出たらどーすんだ?」


「ウン、シャシャ!」


銃の練習より、こちらとの会話を楽しんでないか?との疑問を抱くほどに良い笑顔のポポンにシャバムは頭を抱える。


最初に出会った少女の本名はわからないが、聞けば“ポポン、ポポン”と飛び跳ねるので、

ポポンと呼ぶ事にした。本人も呼ぶと大きな尻尾を振って喜ぶので、それが定着した。


シバから頂いた冊子は“エルフは胸がデカい”とか“異世界行ったら最強?”の

事ばっかりで全然役に立たなかった。現在11回目の異世界では、旧屋敷跡の庭に様々な銃器や火器が並べられている。ドアを抜けられるモノ、詳細な整備を必要としてない武器を集めてきた。


その中を縫うように走り回るのは、半獣の人間達、5分間だけの軍事訓練では事足りないのは仕方ないが、この世界で使えば、天下すら取れるだけの武器と弾薬を用意した。


彼女達の生活圏を守る事くらいは出来るだろう。数回に渡る聞き取りで、人間側の勢力は

シャバム達の歴史と同様の軍事技術しかない。魔法や異能の力は亜人や魔物勢力の専売特許と言う事だ。


だが、その有効活用が出来ていない印象だ。徒党を組む事もなく、異種族同士での交流も無いと言う。結果として、一番力のない半獣の者達が人間に搾取されるのだ。


だから、そこに自分の武器と知識を与える。シャバムに出来る精一杯の恩返しだ。


「シャシャ、デキた。出来た。タマ入った」


「そうそう、よく出来たな。偉いぞ!

後はAKのセレクトレバー…いや、安全をする時は、ここの部分に三角を上げる。

一回ずつはここ。いっぱいはここだ。わかったか?」


「ウン、ウン!ポポ覚えた。」


隣に座り、はしゃぐ少女の頭をそっと撫でる。これがポポンの一番好きな事だそうだ。

以前の領主にも同じ事をしてもらったらしい。しかし、それも後2回の事だ。


後2回でお終い…延長も追加もない。シバの本にも、そう言った特別事例はなかった。

彼の思考を遮るように腕に付けた時計が鳴る。残り30秒、10秒のカウント

ごとにこれが鳴る。今は二回目、お別れの時間だ。


「シャシャ、またね!」


少し寂しそうに微笑むポポンに手を振るシャバムは自分も同じ顔をしている事に気づいた…



 「シャバム氏の言った通り、そう言った特別ケースは王道系の話でしか

見た事ないっすね~最近はリアルが流行りでして。」


「今、俺はリアルに体験している。」


「そうでしたね。でも、余程の思い入れですね。シャバム氏~!何か理由でも…」


「いや…ただ、世話になったからな。金には困らないし…」


「兵器ブローカーに聞きましたよ~?貯めた金全部使って、一国の軍隊にも匹敵しそうな武器と弾薬を買い占めたって話じゃないですか~?戦争でもする気ですか?異世界で~?」


楽しそうに話すシバをテーブルごしに睨みつけるが、迫力に欠ける。全て事実だ。そして

残された異世界渡航は後一回、12回目の訪問の際は、いよいよ人間の軍勢がポポン達の居住区に軍を向けた所で戻ってきてしまった。あれから丸1日経つ。こちらとあちらの時間は同じ。早く駆け付けなければいけない。だが、自分の滞在時間は5分…


知恵を授けてもらう意味でシバと酒保で待ち合わせた。結果は徒労に終わる。いや、初めから答えは決まっていたのかもしれない。最初にポポンと出会った時、彼女の目を見た時から…


「世話になったな…シバ、これ返すわ。」


「ああ~、やっぱりあなたが持ってましたか?どうです?参考になりました?」


「全然…」


「あらぁ~っ、それは残念…」


「でもな、そこに出てくる転生者はみんな同じだな?」


「?」


「皆、選んだ道を迷わない…」


そのまま背を向けるシャバムの後ろでシバが嬉しそうに笑った気がした…



 「シャシャ、弾がデナい!デナイ!」


ドアを向けた先は数日前に自分がいた戦場だった。森のあちこちで火の手が上がり、覚束ない様子で銃を持った半獣達が逃げ回っている。突撃銃を振り回し、混乱中のポポンを抱き上げ、眼前に迫った兵士達に片手に携えた短機関銃を撃ち込む。


素早く辺りを見回し、備え付けた50口径の重機関銃を操作し、人間の勢力に向けて弾丸をばら撒く。見た事も、聞いた事もない轟音と大口径銃弾による破壊に驚いた兵士達が怯み、

退却していく。


その隙を見逃すシャバムではない。散らばった半獣の者達に号令をかけ、教えた通りに

隊列を組ませ、銃火の壁を作る。銃器のほとんどを統一したため、撃ち方のわからない者にはポポンの持った銃を手に説明を行う。


もうちょっとだ。後、もうちょっとで、平和を確立できる。と言ったところで1回目の

電子音、残り30秒、時間がない。


用意した迫撃砲と重砲が火を噴く。敵の馬車や馬状の生物達が吹き飛んでいく。

2回目の電子音も最後通告のように鳴る。


「シャシャ?」


時計の音も、この世界の回数も全て理解しているポポンの目が自分を見つめる。この目はあの時の自分だ。家族を殺され、全てを失った自分…誰も手を差し述べてはくれなかった。今のポポンは同じだ。あの時の自分を救いたい。それがシャバムの、この世界に留まった理由だった。


(元の世界と異世界…比べるまでもねぇな…)


不安そうな彼女に目を向け、笑ってみせる。そのまま腕から外し、天に向かって叫ぶ。

シバの資料がようやく役に立ちそうだ。


「俺はここに残るぞ!この世界の創造主、いや介入、仲介者!?何でもいい!

コイツ等と生きるぞ!!」


5分経った…でも、自分はまだここにいる。驚くポポンも腕の中だ。


「シャシャ…?」


「シャシャ、帰らねぇ、行くぞ!」


ポポンの柔らかい頭に手を乗せ、撫でる。自身の頭をくすぐる彼女の尻尾に

心地よさを感じながら、シャバムは砲声と銃火によって始まる新しい世界に

勢いよく駆け出した…(終)


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