水のささやき

@mmm_P

第1話

玄関まであと一歩、そんな時にタイミングを見計らったかのようにポツポツと雨が降り出した。ギリギリセーフだ。濡れない位置で鍵を出し、早々に家に入る。


「ただいま。」


まだ誰も帰ってきていない静かな家に、無意識に声をかける。まだ5時前だからか、母も父も帰ってきていない。肩には重い教科書が入ってるリュックを2階の自室に降ろす。だがお弁当をつけるために再びリビングに戻った。


ポツポツポツポツ、トットッと


雨戸が空いていたようで、外の様子の音が聞こえやすい。バケツか何かにあたった音も不定期に聞こえる。ソファーに座ったまま聞こえる声に耳を澄ませる。カーテンを隔てた向こう側では絶え間なく水音が聞こえてくる。コンクリートの地面に跳ねる音は私を眠りに誘ったのだ。ああ、きっと昔の人もこんな雨が好きだったのだろう。目を閉じれば、なんでも出来る。


「ねえ、ねえ聞こえてる?」


「……?」


「あなたよ、お昼寝中のあなた。」


お昼寝中のあなたとは、さっき寝てしまった私のことであろう。ってことは夢の中か。私に話しかけた主の声はどこか落ち着いて胸にすっと入ってくるのだ。


「夢のなかだよね?」


「そう、あなたは幸運よ。この夢を見れるなんて。ここは楽園なのだから。」


声の主は見えず、私は薄暗い場所にいる。夢と言われれば夢だと思う。けど楽園かと言われればそうは感じない。まあ薄暗さは心地よい。どこが主の言う幸運なのか、私には分からない。


「あなた信じてないわね?」


主は心も読むのかもしれない。など考えて、主の正体はなんなのかも気になった。どこか妖精じみているので違っていても妖精と呼ぶことにしよう。


「ここはあなたが知りたいことを知れる場所を1つだけ知れるのよ。夢から目覚める前に一つだけね!いつ目覚めるかは分からないから運試しだと思えばいいわ。」


「知りたいことを、なんでも?」


「ええ、幸福なことでしょう?」


とても幸福だろう。おそらく、多分。でもいきなり言われても正直困るのだ。なんなら妖精の主と話していたほうが面白いかもしれない。声だけがここは頼りなのだから。


「あなただったら何が知りたい?」


「私に聞くなんて野暮よ、お嬢さん。私はなんでも知っているのだから!」


「じゃあ、何のためにこの空間があるの?」


「暇つぶしよ。」


なんでも知っているというのは、気になるがそれと同時につまらない要素もあるんだろう。よく漫画やラノベにそういうキャラがいる。


その後、妖精の声は聞こえなかった。自分で考えろということだろう。私が知りたいことはなんだろうか。世界や宇宙について?なんだか違う。好きな漫画の最終回?自分の進路?なんだかしっくりこない。じゃあ好きな人についてとか?


すべて今知ってもつまらないことにしか感じない。あっ、私の人生ってそんなものなんだ。悲しくなってきた、けど早く考えなきゃ。あっ、そういえばあれって…


「時間よ!」


まだ、待ってて!そんな声も虚しく、どんどん遠のいた。私はなんと願っていたかしら。


「○○○○○○○。」


最後に聞こえたのは、妖精の笑った声だった。えっ、なんの答えよ!?

夢から覚めると、玄関から母の声が響き、リビングに顔を出した。


「あら帰ってたの。お土産があるのよ。なんだと思う?」


「バームクーヘンでしょ。」


妖精が、笑ったのはこういうことだ。なんで今日のおやつについてなんて考えたのだろう。私はもう2度とあの空間にはいけない。だってこんなに間抜けなのかしら!

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