第3話 漂流少女☆メル・アイヴィー!

 ある晴れた日の朝のこと、波の音響く砂浜で。


「何じゃこりゃあぁぁぁっっっ!!!」


優雅な景色とは裏腹に、太く荒い叫び声が響いていた。

その声の主は、酒瓶片手に乱れた寝巻きを纏う桜色の髪を背中まで伸ばした少女。

MerIvyメル・アイヴィーと名乗る彼女は人気ひとけのない辺りの景色を見回すと虚空を見上げ、手にした酒瓶の口を弾き飛ばして中身を煽り。


「……酒瓶抱いて寝たのがまずかったのか?」


中身の消えた瓶放りながらそう呟くと、胡座あぐらの上で頬杖を就き尻を掻きながら汚い息を響かせて。


「あー、養われてー」

「おはようだごん」


覇気のない声に返る無機質な声に、メルは挙動を止めて虚空を見上げて言葉を止める。

一拍置き首を振るメルは表情を戻すと息を吐き、後方へと視線を向けると首傾げ。


「何だてめぇは」

そこにいる二足歩行を始めた狸に平坦な声を響かすが、対する狸は一切合切を無視して問い掛ける。


「早速だけど、お困りじゃないごん?」

「おい、無視か」


そんな狸を半目で見つめるメルは呆れたような声を響かすが、対する狸は何事もなかったかのような表情で後方を指差し微笑んで。


「そんな君のために、向こうの建物をあげるごん!」

「だから、待てって……」

「あ、代金1億ペリカは君が寝ている間に年利は100%遅延損害金も月額100%、毎月1000万円返済の複利ローン組んどいたから心配しないでほしいごん☆」


もちろん遅延損害金は別請求だごん!

メル自身の拇印が押された借用証書を掲げる狸は弾んだ声を響かすが、引き攣った笑みを浮かべるメルは関節鳴らして立ち上がり。

血走った目を見開くと、地を蹴り狸に肉薄して拳を突き出した。


「一回死んどけやごらぁっ!!」

「がふっ……」

「何やってんの!? 本当に何やってくれてんのお前!?」


蹲る狸の腹に蹴りを突き込み体を浮かせて顔面殴り、背に踵を落として踏みつけるメルは驚愕に満ちた声を響かせて。

そんなメルの後方より、踏まれているのと同じ容貌をした狸はメルの足を叩くと微笑み告げた。


「ふふふ……ここにある契約書は複製、いくら僕が殺されようと第二第三の僕が何度でも現れるごん!!!」


響く無邪気な声に動きを止めるメルは後方を見遣ると足離し、首元を掴み上げると眼下の狸と見比べて。

外傷以外一切の違いがない2体に息を吐くと手元の死骸を海へと放り、瞬く間に血の色広まる海を見つめて呟いた。


「……頭痛くなってきた」

「さて、仕事の説明をするだごん!」

「もーいい、もー突っ込まんぞ」


そんなメルに構わず話を続ける狸に額を押さえる彼女は疲れたような息を吐き、感情のない瞳を狸へ向けて虚空を見つめ。


「この無人島に人呼び寄せて、ぼったくるなも!」

「よし、埋めるか」

「ま、待つだも! 話を……!!」


響く声に間髪入れることなく呟くメルは、潮が満ちれば沈む場所へと首だけ出して狸を埋める。


「あのー、そろそろ助けて……」

「あのー、首まで水が……」

「溺れる! 溺れるだも!!」


断末魔の悲鳴を前に水平線を見つめて黄昏るメルは儚げな表情をして息を吐くも、波以外音がしなくなったところで立ち上がり。


「死んだか」

「私は蘇る、何度でも蘇る!!」


そう呟いた瞬間響く太い声に額を抑え、虚空を見上げふと思いついたかのような顔をして。

虚空より金属の棒を取り出し凄惨な笑み浮かべ、残虐な声を響かせた。


「……しょうがない、狸刈りするか」

「「例え僕が死のうとも、借金は不滅だも……」」


そんなメルに呆れたような声響かす無数の狸は憐れむような視線を突き刺すが、対するメルは何を言うこともなく金属棒を振りかぶり。


「ちょっとぉっ!? メルちゃん、何してるの!?」

振り下ろそうとした瞬間響く声に挙動を止めて、不思議そうな表情浮かべて振り返り。


「あれ? 長谷川さん?」


何でここに?

視線だけでそう問い掛けるも、ふと思いついたような表情浮かべて問い掛けた。


「長谷川さんも一緒にやります? 狸狩り」

「狩っちゃ駄目でしょ!?」

「え? 何で?」

「いや……え? え……?」


目を剥き叫ぶ長谷川さんと呼ばれた中年の男にメルは真顔でそう返すも、対する長谷川さんは困惑したような表情浮かべ。

暫し無数の狸とメルとに交互に視線を送り、天啓でも受けたような顔をして弾むような声を響かせた。


「メルちゃん、僕軽機関銃がいいな」

「「動物虐待だごん!?」」

「駄目ですよ長谷川さん、それじゃあ今日の晩ごはん無くなっちゃうじゃないですかー」

「「食べられるごん!?」」


考えることを止めたと後に語ることになる長谷川翼35歳はメルより鉈を受け取り狸へと突貫するが、次の瞬間宙を舞い。


「長谷川さん、雑っ魚ー」

気の抜けたような声が響くと同時に頭から地面に突き刺さる。


「長谷川さん、後は頼んだごん!!」

「あ、待て……」


その瞬間脱兎の如く逃げ出す狸はメルが手を伸ばした瞬間消え去って、残る借用証書の前に佇むメルは息を吐き。


「いつまで寝てんだ、起きろ」

長谷川さんの股間に踵を落として吐き捨てるように言い放ち、飛び出す長谷川さんより目を逸らし。


「どうしてやろうかあのクソ狸……!!」

射殺さんとばかりに鋭い視線を虚空に向けて、親の仇でも誓うが如く怨念に満ちた声を響かせた。



 それから暫し経ってからのこと、長谷川宅で集まるメルと長谷川さんは視線を交わし。


「で?」

「いや……えっと……」


胡座の上で頬杖を就き粗雑な声響かすメルに困惑したかのような表情を浮かべる長谷川だが、響く拳で机を殴る音に肩を震わせ目を逸らし。


「何でこんなことになってるのかって聞いてんだよ、お前の頭は空洞かおい!!」

「ごめんなさい!! 調子乗って本っ当すいませんした!!!」


直後に首筋を撫でる白刃に涙を流しながら懇願するかのような声を響かせて、怯えた視線をメルに向け。


「め、メルちゃん……そんな性格だったっけ……?」

「うるっせぇなぁ。何? 何か文句あんの?」

「すいませんした!!!」


首筋より微かに血が流れたその瞬間、泣き叫ぶような声を響かせ土下座する。


「謝罪なんていらねぇんだよ。あたしは何で目が覚めたら借金まみれになってるのかって聞いてんだ!!」

「そ、そんなの知るわけ……」

「あ"?」

「ごめんなさい本当に知らないんです勘弁してください」


刀を虚空に投げるメルは深く荒い息を吐くと長椅子に座り土下座する長谷川の背に足載せて。

鋭い視線を突き刺すと腕を組み、忌々しげな声を響かせた。


「……しゃあねぇ。あたしは何すりゃ良いんだ?」

「足を退けて……ひっ!?」

「あ、手元が狂った」


短剣を投げ長谷川の髪抉って床に突き刺すメルは凄惨な声を突き刺して、体を震わす長谷川へと視線向け。


「えっとぉ、何だったっけ?」

「は、はい! 島の特産品を集めて週に1回開かれる市場で良いものを出し、話題を掻っ攫い人を集めて売って売って売りまくると……」

「プリンは?」

「は……?」


震えた声響かす長谷川の言葉を遮るようにして声を被せるメルは腕を組み、そんなメルの様子に顔を上げることなく言葉を止める長谷川は首傾げ。

不思議そうな表情浮かべて息を吐いたその瞬間、踵が頭頂へと降り落ち鋭い声が場に響く。


「その間御神体プリンはどうするのかって聞いてんだよ!!」

「あるわけないでしょそんなもの!? しかも何!? メルちゃん今まで御神体食べてたの!?」


その声に挙動を止めるメルは感情の消えた瞳を向けて、何を言うこともなく足を退け。


「仏説摩訶般若波羅……」

「い、市場に! 市場に行けばあるので命ばかりは!!」


虚空より鉈を取り出し振り上げながら響かす冷淡な声に目を剥き叫ぶ長谷川の様子に、メルは再び感情籠もらぬ視線向け。

何を言うこともなくただ長谷川を見つめると、平坦な声を響かせた。


「嘘だったら挽肉にしての餌にするからな」


その声に目を見開く長谷川はただ頷くと立ち上がり、脱兎の如く逃げ出すも。

対するメルは獰猛な笑みを浮かべて手を伸ばし、ふと思いついたような顔をして呟いた。


「……金ってどうすりゃいいの?」


奪うってのも何かな。

そう呟くと家を出て、どうしたものかと虚空を見上げ息を吐き。


「あれ? お姉さん、どうかしましたか?」

側方より紡がれる声に目を向けて、その声の主たる無邪気な笑顔を浮かべる女、緑の髪を頭頂で結んだ長身の女より一歩引いて口開き。


「もしかして、新入りさんですかー?」

引いた分以上に詰め寄り屈託のない笑顔を浮かべる女に息を吐くと、諦めたような声を響かせた。


「そうだけど……」

「なるほどなるほど。そういえばお姉さん、お金のことでお困りですか?」

「う、うん」

「やっぱりそうですよねー! 私も全裸でここに連れてこられた時はどうしようかと思いましたもん!!」

「へ、へー」


あいつ、そんなことやってたのか。

困惑したような表情浮かべ生返事をしていたメルは呆れたように息吐くが、対する女は気にした様子もなく懐探り。

財布を取り出すと小銭を取り出し押し付けた。


「ここでの通貨はペリカといって、価値は円と変わりません」

「……待って、私は知らないうちに月額1000万円返済1億円の借金組まされたの?」

「アッハハハ! そんなもん安い安い、私なんて1000億の月額返済100億ですよっ!」

「……焼き討ちした方が早いんじゃないの、それ」

「えぇ、最初はそう思ったんですが……あ、1万ペリカ!」

「え?」


押し付けられる貨幣を押し付け返すことを続けていた中、突然女は手を離して地に止まった虫を捕まえる。

そんな女に戸惑ったような声挙げるメルは手にした硬貨と嬉々として虫を掴まてる女を交互に見るも、昆虫を鷲掴みにした女は目を輝かせ詰め寄って。


「そうなんです! このどこにでもいそうな虫けらが1万円なんです!!」

「……これで?」


目の前に突き出される昆虫より離れ平坦な声を響かすが、女は引いた以上詰め寄り弾むような声を響かせた。


「はい! 最初はあのクソ狸どうやって料理してやろうかと思ってましたが、お金稼ぎ始めるともうびっくり!! 道端に転がってる虫捕まえるだけでどんどんお金入ってくるんですよ!?」

「へ、へー」

「あ、お姉さんは市場行ったことないですよね?」

「う、うん」

「それなら、最初は代行屋に頼んだ方が良いかもですね。多少手数料引かれますが、相場通りのお金貰えますよ!」


ちなみに、代行屋はあそこね。

圧倒されるメルを他所に叩きつけるように言葉を紡ぐ女は後方を指差すと視線を戻すと腕を組み。


「あ、ありがと……」

「こんな虫けらが一万ペリカって疑ってますね? 論より証拠、実際に買い取ってもらおうではありませんか!!」

「え、ちょ……」


メルの手を引き蹴破るようにして扉を開け、強引に建物の中へと連れ込んで。


「らっしゃい!!」

「買い取りお願いしまーす!」

「あ? 一万ペリカか。ほらよ」


女が手にした虫を見るや即座に一万ペリカ硬貨を取り出す職員に、女は呆然とするメルへと笑顔を向けて弾むような声を響かせた。


「ね? 本当に一万ペリカだったでしょ?」


そんな声に何度も口を開けては閉じるメルは掠れた息を微かに吐くが、対する女は何を言うこともなくただ笑い。

そんな女より視線を外すメルは奥の方へと目を向けて、何事もなかったかのような顔をして虫を奥へと引き下げていく従業員の様子に首傾げ。


「生き物捕まえて金稼ぎ! どこぞの環境団体に聞かれたら大変なことになりそうですけど、狩って狩って狩りまくりましょー!!」


響く声に額を抑えて息を吐き、何を言うこともなく首を振る。

だが、ふと気づいたような表情を浮かべると女の方へと視線を向け。


「そういえばさ、プリンって売ってる?」

「プリンですか? 私は見たことないですけど、外から来る行商人に頼めば持ってきてくれると思いますよ?」

「てことは……」

「はい」

「「金稼ぎじゃあぁっっ!!」」


威勢の良い弾むような声と、太く荒い声が建物内に木霊した。

そんな声が響いてから暫くしてからのこと、代行屋では。


「買い取りお願いしまーす!」

「あいよ……って……」

「「オーナー!?」」


緑髪の女と共に再び代行屋の扉を開けたメルは、人語を喋る狸を査定台に叩き付けていた。


「助けてだごん……」


縋るような視線を従業員へと突き刺す狸は懇願するような声を響かすが、そんな声なぞ気にした様子すら見せぬ従業員は一箇所に集まると座り込み。


「……一体100万ペリカですね」

「いや、150万出しとこ……」

「しょうがない、じゃあ200万で」

「「異議なし」」

「異議しかないごん!!」


話が進むに連れ釣り上がる自身の価格に目を剥き叫ぶ狸だが、従業員の一人はそんな狸へと目を向けて。

檻の中で叫ぶ狸に嘲るような笑み浮かべ、凄惨な声を響かせた。


「うるさいなぁ、狩られたんだから立場弁えてくださいよ」

「あーぁ、こりゃ狸の乱獲始まるぞ……って、あれ?」


そんな声に合わせるようにして別の従業員も弾んだ声を響かすも、ふと気づいたような表情浮かべ見回して。


「「狸狩りじゃあぁぁっっ!!!」」

「「あ……」」


響く太く迫力に満ちた叫び声に、狸の絶滅を予期したそうな。



 そして、太陽が沈みかけようとした頃代行屋では。


「勘弁してくれ! ウチにもう金はねぇよ!!」

「うるっせぇなぁ、しみったれたことほざいてんじゃねぇぞ」

「ね、姉ちゃん刀はしまってくれ!!」


その一画たる狸暴れる檻溢れ返る部屋の中、叫喚と迫力に満ちた声が響いていた。


「ま、まぁまぁお姉さん。力に頼っても良いことないですし、ここはお話しましょうよ!」

「そ、そうだぜ! 緑の変な女の言う通りだ!!」

「お姉さん、あいつの手足2,3本もいでください」

「じ、冗談だって!!」

「で、何の交渉するつもりだい?」


ある程度は応じるが、無茶苦茶なもん無理だぞ。

呆れたような声を響かす年配の男は息を吐き、2人の方へと疲れたような視線を向けてお手柔らかにと首を振り。


「換金予定額で借金を相殺してください」

「分かった分かった、金は2等分でいいかい?」


狸へと目を向け感情のない声を響かすが、飛び跳ねる緑髪の女を他所にメルは静かな声を響かせる。


「いや、こいつの方に多く回せ」

「お姉さん!?」

「……狸はいつでも狩れるけど、お前には世話になったからな」

「お"ね"ぇ"さ"ん"〜!!」


響く叫び声に目を逸らし、呟くように言葉を紡ぐメルに緑髪の女は抱き着いて。


「血と暴力と策謀であの薄汚い狸を陥れたお姉さんと違って私はただ震えて見てることしかできなかったのに何て優し……」

「うん、一回黙ろうか☆」


響く感涙に満ちた声に首傾げるメルは至るところから突き刺さる視線に笑み浮かべ、緑髪の女の顔を鷲掴んで持ち上げ呻き声を挙げることすら許さず地に落とし。


「何見てんだ」

「「すいませんしたぁっ!!」」


そのまま鋭い視線を従業員へと向け蹴散らすが、鼻を鳴らすメルは腕を組んで一人佇む中年の男店長へと視線を送る。


「ちょっと待ってな……」


そんな視線に息を吐くその者は、狸と共に奥の部屋へと引っ込み暫し時が経過して。

貧乏ゆすりをしていたメルが瞳孔を開いて虚空より金属棒を取り出した頃のこと、先程の中年の男が奥より現れ証文渡す。


「ほらよ。緑の嬢ちゃんと物騒な嬢ちゃん、両方残り100万ペリカだ」

「やったぁーっ!! じゃあ、今ここで払えば……」


その借用証書を受け取り飛び跳ねる緑髪の女だが、その足を叩くは悲壮さ漂わす狸で。


「弁済期じゃないから払えないごん」

「弁済期……って、え?」

「金を返す期間じゃないから返せないごん」

「この野郎……!!」


飄々とした声を響かす狸にメルは手にした金属棒を握りしめて詰め寄るが、緑髪の女は荒く太い息吐くメル抑え。


「まぁまぁお姉さん、利子つけられたところでもう返せるんだしいいじゃないですか! 海ですよ常夏ですよ!? 変な心配するよりも、残り数週間を楽しみましょうよ!!」

「……それもそうか。またローン組まれても狸狩りすればいいだけだもんな」


響く声にふと思いついたような顔をして言葉を紡ぐが、メルより距離を取る狸は戦慄した様子で呟いた。


「……僕を狩猟禁止のリストに入れるごん」

「そんなもの作ったら余計高値で取引されますよー」


そんな狸に近くを通りかかった従業員は気楽な声を響かすが、対する狸は震えるだけで。

メルを呼んだ過去の自分を殺したいと後に語ることになる狸だが、そんな狸を他所に2人は店を出て腕伸ばし。


「あ、そうだお姉さんプリン食べたいって言ってましたよね?」

ふと思い出したかのような表情浮かべて緑髪の女が紡ぐその声に、視線を向けるメルは首を傾げて問いかける。


「うん? あるの?」

「今はないですけど、明日の定期市にあるかもしれないなって。まぁ、無くても行商人に頼めばいいんですけどね! お金はかかりますけど、大抵のものなら持ってきてもらえますよ!!」


苦笑混じる笑み浮かべて明るい声響かす緑髪の女の声に、対するメルは視線を外して空見上げ。


「なるほどね。うん、そうしてみる」


ふと思いついたような表情浮かべ、メルはそれ以上何を言うこともなくただ嗤う。

この人、何やらかす気だろう。

そんなメルの顔を見てそう思ったという緑髪の女だが、頬を伝う冷や汗を拭い手を打ち鳴らし。


「あ、そうだ! よかったら案内しましょうか?」

「いいの? お願い」

「了解です! それではまた明日〜!!」


返答を聞くやただそれだけを告げて緑髪の女は手を振ると、背を向け走るようにして自宅へ帰る。

そんな女へと手を振り返すメルは首を傾げて緑髪の女を見つめるも、そう時間を置くことなく自宅へ戻り。


「プリン……プリンはありませんか……」

「ないよそんなもん」

「お願いです、私の命が掛かってるんです……!!」

「いや、あんたね……」

「1個だけ、1個だけでいいから……」

「そんなこと言われても、無い物は無いし作れない物は作れないんですよ……」


大勢の人集まる中土下座し懇願するかのような声を打ち震わせる長谷川を他所に、厚切りの生肉を噛み千切りながら微かな声で呟いた。


「何か忘れてる気がするんだよなー」

だが、そう時間の経過を要することなくメルは眠りへと落ち翌日の朝迎え。


「ほえぇー」

「どうです、広いでしょう!」

「ごめん、色々舐めてた……」


市場では、自慢げな笑み浮かべる緑髪の女の隣で純粋に驚いた顔を浮かべるメルがいた。

目を輝かせて露店を回るメルだが、時間が経つにつれその瞳より光消え。


「プリンが……ない……」

「あ、あはは……行商人探しましょうか」


苦笑する緑髪の女と共に行商人を求め彷徨うが、ふと視線を外した瞬間固まって。


「ん? どうし……」


そんな緑髪の女の様子に首を傾げるメルは、そう問い掛けながら緑髪の女の視線を追いかけて。

そう時間の経過を要することなく行き着く襤褸ボロ雑巾のような服纏い力なく彷徨い歩く存在に凄惨な笑み浮かべ。


「プ……プリンはありませんか……」

「あ、はい。ご依頼ですね。来週お持ち……」


近づき後方より肩を叩いて覗き込むようにして長谷川見据え、歪んだ口元を吊り上げ低く震えた声を響かせる。


「よおぉぉ、長谷川さんじゃねぇかぁ」

「ひぃっ!? 命だけは……」

「うるせぇなぁ」


そんなメルの声に弱々しい声響かす長谷川の腹を蹴り上げ背を勢い良く踏み付けるメルは地面に唾を吐くと足を退け、平らになった背に座り。


「えと……あの……」

「あ? あんた行商人ってことで良かったか?」


虚空より取り出した酒瓶煽って足を組むメルに行商人の青年は困惑したような表情浮かべて声上げるも、返る違ってたら殺すとでも言いたげなメルの気迫に飛び上がり。


「は、はいぃっ! 私めが行商人で申し訳ありません!!」

突き刺さる鋭い視線と共に響く荒い声に涙を浮かべ、赦しでも乞うが如く五体を地に付け涙混じる震えた声を響かせる。


「なら丁度良い、プリン寄こしな」

「は……? あの、お客さん……?」


だが、蔑んだ視線と共に紡がれる低い声に行商人は当惑したような顔をして。

そんな行商人に向け再び鋭い視線を突き刺すと、メルは荒々しい声を響かせた。


「あたしに出すプリン無ぇってか、あ"!?」

「お、お姉さん!? 一回落ち着こ、ね!?」


そんなメルに抱き着き酒瓶振り上げる腕を抑える緑髪の女だが、般若が如く形相を浮かべたメルは深い息を吐くと腕下ろし。


「なぁ、お前プリン舐めてんじゃねぇよなぁ」

「ひっ!? いや、あの……」


行商人が安堵の表情浮かべた瞬間響く握力で瓶が割れる音に、再びその表情を恐怖に染める。

そんな行商人の頭部を掴むメルは瞳が触れ合う距離にまで近づくと、見開かれ震えるその瞳を見据え凄惨な笑みを浮かべながら歪んだ口元を吊り上げて。


「おい、お前にプリンの偉大さが解るか? あの包み込むようでいて主張しすぎない甘さとあと一歩ってところで食べ終わる物足りなさが魅力を高め……あぁプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリン!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「ご、ごめんなさい!! プリンなら来週持ってくるのでどうか命ばかりはお助けを……!!」


歪に響く割れた叫び声に行商人は壊れた叫び声を響かすも、そんな行商人にメルは冷徹な笑み浮かべ。

手を離すと頭を勢い良く踏み付けて、残酷な声を響かせた。


「ソノコトバニウソハナイナ?」

「は、はいっ! あの、品名の方は……」

「コカトリスの牛乳プリンで個数は3週連続100個、請求書はこの愚図長谷川に回せ」


虚空から取り出した鞭で長谷川の尻叩くメルは恐怖に震える行商人に向け幾分柔らかな声を響かすが、対する行商人は無言のままで。


「え"?」

「ぎゃぁっ!?」


一拍置き呆然とした声が響いたその瞬間、鞭が勢い良く長谷川の股間へと当たり地に落ちて。

それと同時に瞳孔から目を見開くメルは、行商人に刀を突き付け問い掛けた。


「あ? 何か文句あんのかこら」

そんなメルに目を見開く行商人だが、深く息を吸うと震えた瞳をメルに向け。


「ぼ、暴力で解決できるだなんて思わないでください! 僕が死んだら入荷できなくなりますよ!!」


まずどこで売ってるんだそんなプリン。

頭の片隅でそう思ったというも、口に出すことなく首傾げるメルを見据えて半狂乱の声を響かせて。


「何を言ってるんだ、殺しゃしねぇよ。ただ、生皮剥げば大人しくなるかなって思ってよぉ」

「ひっ!?」

「あー、でも間違って動脈切ったら面倒くさいなー。細かい作業苦手だし……」

「そ、そうでしょうそうでしょう! や、やっぱり話し合いが1番ですよ!!」


懇願するような視線を緑髪の女に向けるも、最早苦笑を浮かべるだけの女の様子にその顔を絶望に染め涙を流して蹲り。

そんな行商人の髪を掴んで顔を上げさすと、凄惨な笑み浮かべて無邪気な声で言葉を紡ぐ。


「でもなー、1回皮剥いでみたいんだよなー」

「ど、動物の皮なら剥ぎ放題で……」

「狸は散々剥いだけど、人間ってどんな感じか気にならない?」

「気になるわけがないでしょ!!」

「ね、ちょっとだけ……首の辺りをちょっとだけ……」

「殺す気ですか!? 警察呼びますよ訴えますよ!?」

「こんな電波も何もない島で?」

「うっ!!」

「まぁまぁ、失敗しでも燃やして海に捨てるだけだから気楽に……」

「解りました! 解りましたから迷宮入りの行商人失踪殺人事件起こすの止めてください!!」


そんなメルに懇願するような視線向けて狂気に満ちた声響かす行商人は、その瞳より光を消し虚ろな叫び声を響かすが。

満足げな笑み浮かべるメルの様子に崩れ落ちる行商人は嗚咽混じる息を吐き。

暫し静寂が場を支配した後に、ふと気づいたような表情浮かべると疲れたような声を微かに紡ぐ。


「……ていうか、それだったら本土に戻って買った方がいいんじゃ……」

「……ん? 戻れるの?」


だが、何を言っているんだとでも言いたげな視線と声に首傾げ。

緑髪の女の方へと目を向けるも、同じ視線を向ける彼女の様子に不思議そうな表情浮かべながらメルの方へと顔戻し。


「え? ご旅行ですよね?」

「え? 寝ている間に組まされた借金の方に連れて来られたんだけど?」

「ち、ちょっと待ってください。整理が追いつか……」

「みんなそんなもんよ」


至極当然の常識でも語るが如く口調のメルに絶句して、眼前を横切る狸を凝視する。

暫し経ち視線を戻す行商人は冗談味のないメルの顔より視線を逸して緑髪の女を仰ぎ見るが、頷くその様子に息を吐き。


「みんなって……まさか、この島にいる人全員……」

「あぁ、知らない間に借金組まれて働かされてるが?」

「あの、契約書は……」

「……ん? はい、これ写しみたいだし破っていいよ」

「あ、はい……」


忌々しげに舌打ち鳴らし押し付けられる借用証書を震えた手で受け取って、怯え混じる視線を向けるも怪訝な顔をし固まって。

顔を上げると困惑したような表情浮かべ、静かな声を響かせた。


「……あの、こんな無茶苦茶な契約無効に決まってるじゃないですか」

「「あれ?」」

「何ですか年利と遅延損害金100%、月額返済1000万円の複利って。そもそも寝ている間に勝手にローン押し付けたとか、悪徳通り越して違法……っていう前にね、あなた名前は?」

「え?」

「生涯独身さんで合ってます? 色々と考えること放棄してませんか?」


そんな声に挙動を止めるメルは一拍置くと緑髪の女へと目を向けて、メルの視線を受け頷く緑髪の女は行商人へと自身の借用証書を手渡して。

同じく無効の言い渡しを受けると同時に手の関節鳴らし、後方で冷や汗流し静かに逃走図る狸の頭と顔を鷲掴み。


「「あっれー? たーぬっきくーん、どっこ行くのかなー?」」

「ち、ちょっと手洗いに……」

「そんな大きな鞄を持って? 獣は獣らしく垂れ流せよ♪」

「あ、いや、それは……」

「どうしたの? そんな怖がっちゃって☆」

「あ、あはは……ぎゃあぁぁぁぁっっっ!!!」


その日、島では途切れることなく響く断末魔を背に狸料理が振る舞われたそうな。

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魔法少女メル・アイヴィー 氷桜羽蓮夜 @HioubaneRenya

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