後悔先に立たず

夜の凪

第1話

 5年前、私は結婚した。

 職場で知り合った同僚と付き合い始め、2年間の交際の結果彼と結婚することとなった。

 結婚するにあたって私は仕事を辞め、主婦として家事に専念することにした。

 初めの頃は中々充実していた結婚生活を送っていたが、3年目も終わり、4年目までもう少しというところで、色々将来について言い争いになり、私と彼の仲は少しずつ悪くなっていき、食事も一緒しない、会話もしない、挨拶もしない、もちろん夜の営みのしない、そんな生活を続けていた。

 そんな生活を1ヶ月ほど続け、4年目に入ってすぐの日、彼から離婚を切り出された。

 私としても別に何か彼に思い残すこともなく、彼も同じ思いのはずなので、躊躇いもなく離婚を承諾した。

 離婚してから私は実家に帰り、親の知り合いの会社で働かせてもらっていた。

 特に他の人を好きになることもなく、彼と連絡を取ることもなく、何事も起きずに離婚してから1年が経とうとしていた。

 そんなある日、彼が交通事故にあって亡くなったという連絡が来た。

 享年34歳という若さだった。

 それを聞いて衝撃は受けたが、別に悲しいと思うことはなかった。

 言っても元嫁なので、葬式には行くことになった。

 新幹線に乗り、彼の実家がある富山県に向かう。

 私が住んでいる八戸からは結構な距離があるし、一度大宮に向かい乗り換えをしないといけないので結構移動が大変だった。

 納棺、通夜に参加せず、葬儀から参加することにしていた。

 その為前日はホテルに泊まった。

 葬儀当日、朝起き、ご飯を食べて、色々な出発の準備を終えて、会場に向かった。

 10時30分ぐらいに会場には着き、受付を済ませる。

 彼の親を見つけるが、挨拶するか躊躇ってしまう。

 離婚した手前、彼の親とはあまり干渉したくはないのだが、礼儀というものがあるので仕方なく挨拶に向かう。

 何事もないのを装って挨拶をすると、彼の親もこちらと同じ思いなのか、普通に挨拶をしてくれる。

 正直、怒られて、殴られるところまでイメージできていたので驚いた。

 元夫の葬儀の為、周りを見ると知っている人が多い。

 しかし、なんとも居心地が悪い。

 度々周りがこちらを見て話しているのが分かる。

 もう少し分かりにくくして欲しいものだ。

 陰口を叩くのは人の勝手だが、本人に見られない配慮をもう少しして欲しい。

 明らかにクラスで一人だけ浮いている学生のような感じである。

 まぁしかし、それも仕方はない。

 私と離婚してから1年ほどで亡くなってしまったのだから、私との離婚が原因だったのかと疑いたくなる気持ちもよく分かる。

 しかし、交通事故で亡くなったのだから私との離婚は原因ではないと思う。

 それに、お互いの愛は2時間置いたコーヒーのように冷めきっていたわけだから、彼は私に未練はないだろう。

 もちろん私もない。

 というか未練があったなら1年以内に連絡をしてくるはずなのに、それが全くないのならそういうことなんだろう。

 本当に居心地が悪いな。

 トイレに逃げ込みたい気分だが、20分前には着席しておくべきだろうから我慢しよう。

 周りの視線に耐えながら、スマホいじって時間を潰していると、開式の20分前になったので席に座った。

 座って待っているとご僧侶が入場してきて、司会者の案内で葬儀が開式された。

 ご僧侶による読経が始まり、10分経たずにそれが終わり、弔辞が紹介された。

 勿論、私がそれを読むことはない。

 その後に焼香を終え、司会者が閉式を宣言する。

 出棺がされ、私も火葬場に向かう。

 彼の母方の妹の車に乗せてもらった。

 車内では、会話は一切なく、重苦しい雰囲気だった。

 火葬場に着き、お納めの式を行った。

 火葬される前に彼の顔を最後にみんな見ることになった。

 最後くらいは私も顔を見たいので、それに参加することにした。

 順番に見ていき、何か一言別れの言葉を彼に向かって話していく。

 私は最後に彼に何を伝えればいいのか分からず、全く思いつかないまま私の番を迎えた。

 久しぶりに見た彼の顔は痩せ細っていて、肌も白く、私別れた頃よりも何だが老けたような気がする。

 1年でこんなに人は変わるものなのか、はたまた亡くなってしまったからなのか、それは分からないが、恐らく後者だからなんだろう。

 結婚生活でよく見た寝顔に良く似ている、何も悩みが無さそうな感じの顔。

 このまま時間が経てば起きるんじゃないかと思うようなくらい呑気に寝ているように見てる。

 さぁ、何て最後に伝えようか。

 他の人も待っていることだし、手短にすませよう。

「ありがとう、さようなら」

 心のこもっていない感謝と別れの言葉を彼に伝えて私の番は終わった。

 これが最後の言葉で良かったかと聞かれたら、これで満足してはいないが、結局他に何も思いつかなかったからどうしようもない。

 後どれくらい時間があれば、満足する答えが出せたんだろうか。

 3年前の私ならもっといい言葉を彼に伝えれたんだろう。

 仮にも元夫だ、愛は無くても、受けた恩はあるのだからもっとまともな事が伝えれたかった。

 今更後悔しても仕方ないか。

 そう思っていると彼の火葬が始まった。

 火葬は1時間ほどかかる。

 待っている時間は特にやることもないので、スマホをいじって立ち止まっているとトントンッと肩を叩かれた。

 スマホから目を離し、肩を叩かれた方を向くと、彼の母がいた。

 当然のことに驚いてしまうが、平然を保ち、彼の母と目を合わせる。

「ありがとう」

 彼の母から予想もしない言葉が飛び出した。

「息子と結婚してくれてありがとう」

 なぜ、私は彼の親から感謝をされているのか分からない。

 子供を授かる事もなかったし、4年という短い時間で離婚してしまっているのだから。

 彼の母からしてみれば、私を怒りたい気持ちだと思うのだが、何故感謝の言葉を。

「どうして私に感謝しているのですか。

 私は彼と子供を授かる事もなかったし、4年という短い時間で離婚してしまっているのに」

「確かに子供は授からなかったし、離婚もしてしまっていたけど、それ以上にあんな息子を好きになってくれる女性がいたというだけで充分なんだよ」

 なぜ?分からない……私には彼の母の気持ちが全く分からない。

 普通に考えて、自分の息子と仲が悪くなって、離婚したような女をよく思っているはずがないし、感謝の気持ちなんてあるはずがない。

「息子は頭も良くなかったし、運動も出来なかったし、特別顔もいいわけじゃないし、いつも自分のことばかり考えて他の人に迷惑かけるし」

 違う…………

「喧嘩したら、ずっと意地はって怒ってるし」

 違う……

「何より人に優しくない」

「違う!!」

 私はホールに響くほど大きな声で叫んだ。

 周りの人は話をやめ、こちらを驚いた様子で向いている。

 そんなことを気にせず、私は言葉を続ける。

「あなたの息子さんは本当にいい人です。会社の人に優しく接し、明るい性格で周りを笑顔にし、仕事も出来て、上司からの信頼も厚い。それに私の事を第一に考えて行動してくれましたし、喧嘩した時はずっと意地はって怒ってる私をなだめてくれます。私が彼に受けた恩は返すことは出来ませんでしたし、何なら仇で返してしまったと言っても過言でもない。人間として最悪なこんな私を愛してくれた彼の方に私は………………あっ…………」

 やってしまった。

 抑えようと思ったが、何故か抑えきれなかった。

 こんな大声で言ってしまって、彼の母にも申し訳ないし、他の人にも申し訳ない。

 離婚した身のくせに偉そうに言ってしまって。

「ありがとう。息子がこんなに愛されてるなんて……。それが分かっただけで私は嬉しかった。ありがとう」

 何故こんなにも大きな声で言ってしまったのかも分からないし、何故彼の母の言葉否定したのか分からない。

 私はもう彼のことを何とも思っていないはずなのに。

 だから離婚したはずなのに、だから火葬される前も悲しい気持ちにならず、涙を一つも流さなかったくせに。

 そんな時、火葬が終わったという連絡全員にされる。

 そして、骨上げが終わり、還骨法要が終わり、精進落としが始まる。

 さっき大声で言ってしまった恥ずかしさと、離婚してしまったという気持ちもあり、誰とも話すことなく、一人でご飯を楽しんだ。

 精進落としが終わり、これで葬儀当日の儀式が終わった。

 終わった瞬間、逃げるようにして私は外に出て、ロッカーにしまった荷物を取りに行き、そのまま新幹線に乗って一度大宮に向かった。

 大宮に着き、八戸に向かう新幹線に乗っている間にお腹も空くだろうから、駅弁を買う事にした。

 そういえば、ここではないが、彼と旅行した時にもこうやって駅弁を選んでたっけなということを思い出す。

 二人とも何にするか悩んじゃって新幹線に乗り遅れそうになっちゃったんだっけ。

 そんなことはさておき、私も早めに決めないと新幹線に乗り遅れてしまう。

 王道のチキン弁当とお茶を買って急いでホームに向かい、新幹線に乗る。

 彼と新幹線に乗ってた時ってどんな感じだったっけ。

 窓から見える外の景色の違いを指で差したりしながら二人で盛り上がり、楽しんでたんだっけ。

 そこまで遠い思い出じゃないはずなのに何故か遠く思えてしまうのは何故なのだろう。

 恐らく彼が亡くなってしまったからだろう。

 彼とどんなことがしたのか振り返っていると、八戸に着いた。

 タクシーに乗り、私の家まで向かう。

 彼と飲んだ帰りによくタクシーに乗ったなぁ。

 付き合う前はお互いの家に帰ってたけど、付き合ってからはもう二人で彼の部屋に帰ってたなぁ。

 見覚えのある景色と共に、彼との思い出をずっと振り返っていると家に着いた。

 空を見上げれば、満天の星空だった。

 夜のデートで公園のベンチに座りながら、満天の星空見ながら色々な星座を探したりして、楽しんでたなぁ。

 そんなことを思いながら、家に帰り、部屋に入って荷物を置き、風呂に入り、髪を乾かし、歯磨きをし、部屋に戻って布団に入った。

 私は有給を全然取らない為、結構余っているので、明日も休みだ。

 明日は何をしようか。

 そんなことを思いながら私は眠りについた。

 朝起きると、10時だった。

 仕事がある日、こんな時間に起きることはできないので、改めて休みっていいものだなと実感する。

 親が作り置きしていった朝食を温め、食べて、歯磨きをした。

 今日は何をしようか。

 特に何もすることがないから、このままゴロゴロするか。

 というのも何だし、洗濯でもしておこう。

 洗面台に向かい、使用された服を入れられている籠の中から取り出し、洗濯機に入れる。

 洗剤を入れ、柔軟剤を入れて、洗濯機を回す。

 この回している時間は暇なので、テレビを見ながらゴロゴロする。

 洗濯し終わった為、洗濯機から服を取り出し、籠に入れ、外にある物干し竿に干す。

 初めて彼の家で洗濯物を干した時に、彼のお気に入りのTシャツを飛ばしてしまって、本気で謝ったなぁ。

 あの時が人生で一番謝ったんじゃないかなと思う。

 彼は別にいいよって許してくれたし、本当に優しかったなぁ。

 こんな感じで彼との思い出を振り返っていると、全て干し終わってしまった。

 さぁ、次はどうしようか。

 掃除でもしてしまおうか。

 居間、自分の部屋、母の部屋、父の部屋と掃除機をかけていく。

 掃除機をかけながら、初めて彼の家に行った時、部屋が汚くて二人で掃除したっけな。

 大変だったけど、二人で笑って楽しかったなぁなんて思う。

 こんな感じで彼との思い出振り返っていると、全ての部屋に掃除機をかけ終わった。

 次は廊下だ。

 廊下は絞った水雑巾で走って拭いていく。

 廊下が終わり、次はキッチン。

 キッチンは掃除機ではなく箒で掃き、ちりとりで集める。

 掃除をしてみると、そんなに汚くないと思っていても意外と汚かったりするものだ。

 キッチンも終わり、次はトイレ。

 トイレの床も箒で掃きちりとりで集める。

 便器の掃除も終わり、最後は部屋のタンスなどを掃除していく。

 そんなこんなしているうちに掃除は終わった。

 正直、メンドくさかったし、大変だったが、達成感はあった。

 こんなに達成感を感じるのも久しぶりな気がする。

 離婚してから、ほとんど家事はやらなくなっていたし。

 色々家事をしていたら、夕方になっていた。

 洗濯干す時だけ、外に出るっていうのも何だし、それにせっかくの休みだし、外に出るか。

 別に遠くに行くつもりもないので、化粧もせずに外に出る。

 綺麗な夕焼けだ。

 海岸に映る陽の光と空に広く咲いたブーゲンビリアの花のように赤く染まった部分と広く咲いたハマナスの花のように薄紫色に染まった部分との対比が言葉で表せないほど神秘的で美しい。

 そういえば彼と私の父に結婚を承諾してもらえなかった時に、ここで二人で話して一緒に泣いて慰め合ったっけ。

 あの時は本当に彼のことが好きで、彼と結婚したかったから、どうしようかと悩んでいたなぁ。

 結局諦めないで何度もお願いして、私の母が父を説得してくれたおかげで、結婚できたっけな。

 そのお礼まだ言ってないな。

 今更言うのも遅いかな。

 でも、このお礼は伝えたいから後で言おう。

 そんなことを思っていると涙が頬を伝う。

 あれ、何で私泣いているんだろう。

 自然と涙が溢れ出てくる。

 どうして…………どうしてこんな気持ちなんだろう。

 それに、私は何で彼との思い出を今更振り返っていたのだろう。

 何であの時大声で彼の母の言葉否定したのだろう。

 彼の母と話した時から私は彼のことを考えている。

 新幹線に乗った時も、タクシーに乗った時も、彼との思い出を振り返っていた。

 掃除をしている時も、洗濯をしている時も彼との思い出振り返っていた。

 満天の星空を見た時も、海岸の夕暮れの景色を見た時も、彼との思い出を振り返っていた。

 私にも私が分からない。

 何故こんなことをしているのか、何故こんな気持ちになっているのか、何故泣いているのか。

 どうしてなのか、全然分からない。

 …………いや、分かっているはずだ。

 だけど、それを肯定したくなくて、逃げているだけだ。

 結局私は彼の事がまだ好きなんだ。

 彼の事が好きだから、彼を悪く言っていた彼の母の言葉を大声で否定した。

 彼の事が好きだから、どんな場所でも、どんな事をしてても、どんな景色を見てても、彼との思い出を振り返る。

 彼に会いたいから、今更になって彼との思い出を振り返る。

 離婚したという事実があるため、彼の事を何とも思っていないように自分の気持ちを装っていても、結局自分の気持ちを根本から変えることはできない。

 離婚しなかったら、彼は生きていたのだろうか。

 私が言い争いになった時に折れていたら、離婚しないで済んだのだろうか。

 仲が悪くなった時に、私が避けていなければ離婚しないで済んだのだろうか。

 私が話していれば、離婚しないで済んだのだろうか。

 私が気持ちを装っていなければ、よりを戻す事ができたのだろうか。

 本当に馬鹿だなぁ。

 今更たらればの事思ったって、意味がないのに。

 こんなに彼の事を思っていても、もう彼はこの世にいないのに。

 どれだけ彼の事を考えたところで、彼は生き返ることはないのに。

 死んでしまった人間はもう生き返ることはない、それが人間なのだから。

 嗚呼、彼に会いたい。

 今の気持ちはそれだけだ。

 死んだら彼に会えるのだろうか。

 いや死んで会っても彼は喜ばないだろう。

 まず、彼は私と会って喜ぶのだろうか。

 彼は私のことをどう思っているのだろうか。

 どうせ私の事は好きでも何でもないだろうな。

 彼の事を考えるのが馬鹿な事だと知っているのに、彼の事を考えるのがやめられない。

 ダメだなぁ。

 自分は昔からそうだ。

 それが馬鹿な事だと分かっていても、自分がやりたいと思ったらそれを止める事ができない。

 それをやって、よく彼に注意をされてたなぁ。

 嗚呼、また彼の事を考えた。

 こんな私が馬鹿すぎて見てられないかのようにして、陽が沈んだ。

 陽も沈んだし、もう家に戻ろう。

 そして料理でもすれば気持ち的に楽になるんじゃないかと思う。

 家に戻ろうとして振り返ると、男性が目の前を横切った。

 顔は見えなかったが、姿が彼に似ている。

 私は彼なのかもしれないという淡い期待を持ち、走って追いかける。

 足音に気づいた前にいる男性が振り返る。

 違った。

 彼ではなかった。

 その男性は、私を変な人を見るかのような冷たい目で見る。

 気まずい空気が流れる。

 そんな空気で少し時間が経ち、その男性はそのまま元の方向へ歩いて行った。

 本当に何やってんだろう。

 違うに決まっているのに。

 分かっているはずだろう。

 葬儀で彼の顔を見たじゃないか。

 葬儀で彼が亡くなったのを確認したじゃないか。

 なのになんで……なのになんで期待をしてしまっている。

 だめだ、家に戻ろう。

 そうして私は家に戻った。

 洗面台で手を洗い、料理をする為にキッチンに向かう。

 米を研いで、炊飯器のスイッチ押す。

 味噌汁を作るために、ねぎを切っていく。

 料理をしていると、また結婚生活が思い出される。

 そしてまた、涙が流れる。

 料理もダメだ。

 何をしていても彼との思い出が浮かび上がってきて、どうしようもできない。

 いや、この涙はねぎを切っていたから、そういうことにしよう。

 そういう事にしないと私の気持ちがもたない。

 水を入れて沸騰させ、涙を拭き、豆腐を切って入れ、カットわかめを入れて、涙を拭き、ねぎを入れ、味噌を溶かす。

 さて、次は何を作ろうか。

 青椒肉絲でも作るか。

 ピーマンを切っていると、ガラガラっという音が聞こえる。

 私は

「おかえりー。」

 と玄関に向かうが、そこには誰もいなかった。

 扉も空いていない。

 もう重症だなぁ。

 彼の事を考えすぎて、幻聴でも聞こえたのか。

 今日はもうご飯を食べて、早めに寝よう。

 青椒肉絲を作り終わり、両親の分をラップして、温めて食べてくださいと書いた紙を乗せる。

 自分の分を取り、ご飯を盛り、味噌汁を取り、食べる。

 明日は仕事だから、明日には切り替えないとな。

 テレビを見ながら、一人で食べるご飯。

 離婚してから実家に戻ってきた時もほとんどそうだし、彼と仲が悪かった時もこんな感じだったっけ。

 別にいつも通りだなぁ。

 ご飯を食べ終わり、風呂に入り、髪を乾かし、歯磨きをし、部屋に戻って布団に入った。

 もう寝ようかという時に、LINEがきた。

 彼の母からだった。

 写真が送られてきている。

 紙を写している写真。

 これは何だろうか。

 そんな事を考えていると、彼の母からLINEがきた。

「あなたにこれを読んでもらいたくて送りました。

 これは離婚してから息子があなたに書いた手紙です」

 それを見た瞬間、私はその写真を見る。

 文字が小さいため拡大をして読んでいく。

「自分から離婚を切り出しておいて、こんな事を言うのは馬鹿だという事はわかっているけど、言わせてもらいたいです。

 私はあなたと復縁したい。

 あなたと離婚をして、あなたの大切さを知った。

 どこを行っても、何をしてても、何を見てても、あなたの事を考えてしまう。

 あなたがここにいたら、どういう風になっていたのか。

 あなたがここにいたら、どのくらい楽しかったのか。

 辛い時があっても、あなたが入れば、乗り越えることができていたのに、今はそれができません。

 ずっとあなたの事を考えてしまい、あなたとの思い出を振り返るだけで涙が出ます。

 あなたと似ている人を追いかけてしまうこともあります。

 家に帰ると、あなたがおかえりーと言っている幻聴すらも聞こえてきます。

 だから、私はあなたと復縁したい。

 それが駄目でも、もう一度あなたに会わせて下さい」

 最後に彼の名前が書かれてあり、スイレン咲いている手紙は終わっていた。

 途中から涙が溢れ出てきて、画面が全然見れなかったが、彼の手紙なので何とか読むことができた。

 彼も今の私と同じだったのだろう。

 二人でいた時の思い出を振り返り、相手のことを考えてしまう。

 そうして相手の大切さを知る。

 その果てには幻聴が聞こえてしまうほど、相手のことを思ってしまう。

 彼の母からLINEがきた。

「息子はこの手紙をあなたに送ろうか迷っていました。

 あなたは自分のことをどう思っているのだろうというのが分からないかったから。

 もしも嫌われていて、無視されて傷つくのが怖かったのです」

 もしも、この手紙を送ってもらえたら今の私は喜んで行く。

 しかし、あの時の私はどう対応していただろう。

 それでも結局彼の事は好きだから、この手紙を読んで、彼との思い出を振り返って、彼と会いたくなるだろう。

 ただ伝えるならLINEや電話で良いが、彼は言葉で伝えにくいから電話にせず、そして気軽に言えるものではないからLINEやメールは避け、手紙という形をとったのだろう。

 彼の事だし、きっとこういう理由だ。

 また、彼の母からLINEがきた。

「最後にあなたに伝えたいことがあるの。

 息子が死ぬ前にあなたにありがとうと言っていました」

 感謝を言いたいのはこっちの方だ。

 離婚をしてからもこんな私のことを思ってくれてありがとう。

 こんな私と結婚してくれてありがとう。

 こんな私と沢山の思い出を作ってくれてありがとう。

 こんな私のことをずっと愛してくれてありがとう。

 私もあなたの事をこれからも愛していきます。

 他の人と結婚する事は絶対にない。

 私はそう断言できる。

 なぜなら、彼より私が好きになる人が現れるはずがないから。

 私は彼のためにも未来に向かって、しっかりと生きる。

 いつかまた会えたら良いね。

 初七日法要に有給をとって行こう。

 そして、この感情は今だけにして、明日の起きるまでには捨ててしまおう。

 明日は枕を洗わないとな。

 そう思い、私は目を閉じた。













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