第3話

日曜日――

 少し雲が太陽を隠している昼下がりは、初夏に差し掛かっているにも関わらず、吹き抜ける北風が、季節外れの寒さを運んできていて肌寒い。首元にストールでも羽織れば良かったと後悔していたアリスの横には、何やら緊張感漂うリディアが季節外れの真っ黒なトレンチコートを羽織っている。

 最初はそのコートはどうかと思っていたが、リディアはこの天気を予期していたのかと思い始めていた。

「そんなに緊張しなくても……、お兄さんは普通の人ですよ。少し……考えてる事が分からないことがあるくらいで優しい人です」

「そ、そうか? 男の……見ず知らずの男の人と会うなんて事は、今まで経験が少ないからな。どうしたらいいか分からなくてな」

 最近のリディアは落ち着きがない。

 確かに部屋で二人きりの時は乙女な部分を見せたり、感情の起伏を見せたりはしていた。だが最近は教室で呆けていたり、食事の手を休めて会話に没頭したり、今まで見たことのないような行いをしている。目の前のトレンチコート姿もその中に入るだろう。

「大丈夫ですよ。いつもの様にしていればお兄さんも意識しませんから」

「し、しかし……この髪型で良かっただろうか? 浮かれた乙女だと思われないだろうか?」

 いつもの髪型と何が違うのかアリスには分からなかったが、乙女なリディアにはこだわりを持って髪を整えたのだろう。

「そう……ですね。可愛いと思います」

「――か、可愛い」

 顔を真っ赤に染め、両手で顔を覆うリディアに、アリスはため息をつく。

 緊張を和らげることに失敗したアリスは、余計に緊張を増してしまったルームメイトを携え、クレープ屋さんへと向かう。

 お兄さんにしては珍しく屋外で外食、しかもクレープ屋さんで待ち合わせだった。いつもは中央広場で待ち合わせ――小物などのお土産を持って現れるお兄さんは、簡単に近況を聞いて別れる。

 わざわざ待ち合わせをして、ものの2分くらいで終わってしまうのだから、アリスとしては寂しい限りだった。

 ――本当は嫌われているのかな?

 会うまでは嬉しい気持ちが膨らむが、実際会うとそんな気持ちに支配される繰り返し。

 緊張していたのはリディアだけでは無い、アリスも緊張していた。

 学園を出て、緩い下り坂を2人で歩く――

 学園は街の中で最も堅牢な要塞という側面もある。街の中心を王城のように石垣で高くした学園は、地上から10メートルの高台の上に、街を一望するかのように聳える。それ自体が外敵を監視するための監視塔の役目をしていて、街を囲む巨大な壁の上から魔法を一方的にたたき込む攻勢だ。しかもガラキウスの周りは平野になっている為、不意打ちの恐れは無い。

 どうやってこれほどの要塞とも呼べる街を建造できたのかは分からないが、魔導師と呼ばれる者達は強大だと言うことだろう。

 坂が終わるとすぐに大通りの目印であり、待ちのシンボルでもある魔天使の像が堂々とアリス達を見下ろす。学園の方を向いている像は、白い羽と黒い羽を生やした天使と悪魔の姿らしい。詳しくは知らないが、確かにその姿は異質な存在として目を引く――アリスはその姿が不気味で仕方が無かった。


 日曜と言う事もあって広場はごった返していて、行き交う人々も溌剌としている。アリス達の様に男女で会う約束をしている者達もいるようで、若い男女がそれぞれ待ち合わせを楽しんでいるようだ。

「人が多いな、日曜とは言えこんなに浮かれた男女がいていいのか? はしたない……」

「日曜くらい羽目を外してもいいじゃないですか。私達だって……」

「ま、まあ確かに……。しかし。私は別に遊びに来ている訳では……アリスのお兄さんに挨拶をしにだな……」

「はいはい、分かってます、分かってます」

 たわいの無い話をしながらクレープ屋さんに差し掛かる。

「い、いよいよか……」

 緊張が極限に達しているリディアは。体を強張らせていて、トレンチコートがその心模様を察して体を包み、緊張を隠す。

「もう来てるかな……あっ――」

「――な、いるのか?」

「お兄さん! こっちです」

 アリスはあまり大声を出さない。その為、リディアから向けられた視線が少しだけ恥ずかしかった。

「――待ち合わせにクレープ屋はまずかったかな? 結構待ってようやく買えたよ」

 そう言ってお兄さんは、両手に色とりどりに咲く花々のようなクレープを持っていた。

「おはようございます。お待たせしてしまいましたね」

 気にするなと首を横に軽く振ったお兄さんは、その視線を遠慮がちにアリスの隣へと向ける。「この子は?」 そんな問いが聞こえそうな視線をもらったアリスはリディアを一瞥する――リディアは見るからに緊張の面持ちだ。

 口をきつく結び、目は大きく開いているが、その瞳は地面を射貫くように下を向いている。両手を握りしめ、手首は水平に曲がっていた。

 仕方なくアリスが自己紹介をする。

「お兄さん、彼女は私のルームメイトのリディア。少し緊張しているみたいです。リディア、こちらが私のお兄さんの――」

「――リ、リディアです! アリスには、い、いつ……も、お世話しています!」

 緊張のあまり、お世話されてしまったアリスは苦笑いを浮かべ、お兄さんを見る。

 お兄さんは優しく微笑むと、クレープをアリス達に手渡した。

「妹をお世話させてしまって申し訳ない。俺は兄のコールだ。これ、俺は食べたこと無いけど、火の手の店員さんから言わせると絶品らしいから、どうぞ」

 そう言って和やかに微笑むコールに、リディアは思わず赤面してしまっている。

 我が兄ながら、爽やかな人だと思う。本当に優しく気が利く人だ、でも――

「ご、ごめんなさい! お世話になっているのは私の方で……」

「緊張しなくていいよ。お互い初対面なんだし、緊張して当たり前だよ」

「は、はい。あの、クレープ。ありがとう……」

「気にしないで」

 優しく受け答えするコールにアリスは目を配る――

「あのっ! ぶしつけですが、聞いてもいいですか? コールお兄さんは冒険者なんですよね? 悪魔は街の外にいるんですよね?」

 アリスは見逃さなかった――

 リディアの質問の瞬間――コールの瞳が冷淡な輝きを帯びたことを……。

「本当にぶしつけだね。とりあえずどこか休める場所に行こう。ここじゃ落ち着いて話しも出来ない」

「そ、そうですね」

「アリス、どこにしようか?」

 あの時もそうだ――

 記憶の最初にあるのはお兄さんの冷淡な瞳。アリスが目覚めて最初に見た瞳だ。未だにあんなお兄さんの眼差しを浴びたことは無いが、あの時ほど恐怖を覚えたことは無い。ガラキウスにたどり着くまでの道のりでモンスターと対峙したときも、死霊に意識を奪われそうになったときも、あの時の恐怖に比べれば易いと感じる程……。

「――リス……、アリス!」

 気がつくと、リディアがアリスの顔をのぞき込むように見ていた。あまりに近いので、リディアだと気がつくまで少しかかった。

 リディアの大きな瞳を見ていると安心する――と、同時に不安になる。

 もしもリディアがお兄さんのあの瞳に見つめられたら――

「どうしたんだアリス? ボーッとして」

「――いえ、何でもないです。少し寒いなと思ってただけです……」

「そういえばそうだな。リディアちゃんは準備がいいんだね。そんな真っ黒なコート……。年頃の女の子が着こなすにはまだ早そうだけど……」

 途端に、リディアはコートに着せられているかのように見えてしまう。お兄さんが言うとその通りに感じてしまうのも、アリスにとって不安の一つだ。

「こ、これは……ですね。冒険者と言えば黒コートかなと思いまして……」

 何となく歯切れが悪いのは、単に嘘を言っているに他ならない。だが、アリスは何故リディアがそんな見え透いた嘘を語ったのかが分からない。

「そう……なのか? 黒いコートの冒険者なんて一人しか知らないが……」

「――ほ、ほんとですか? 是非教えて下さい!」

「分かったよ。それよりアリスも寒いみたいだし、今日は俺が下宿している場所に案内するよ。勿論部屋じゃ無いよ。一階が食堂になっているんだ。ミリーっていう店員がいるんだけど、いつもよくしてもらっているし、君たちを紹介したいしね」

 ミリーとは火の手の店員さんらしいが、アリスは会ったことがない。特別話題にも上がらない人だから、お兄さんにとっては宿屋の人という認識だと思う。

「じゃあ行こうか」

「は、はい!」

 勢いだけのリディアの返事に気圧され、アリスは苦笑いをお兄さんに向ける――

 お兄さんは優しく微笑み、先ほどの眼差しも全く見せず、二人の前を黙って歩く。

「お兄さんは優しい人だな。物腰も穏やかで、何というか……いい!」

 リディアは何を興奮しているのか知らないが、先ほどの緊張が嘘のようにはしゃいでいる。 自分の兄に友人が好意を抱く事は悪い気はしない、むしろ嬉しいくらいだ。でも――

 アリスは少し胸が痛む。

 お兄さんの後ろ姿はとても大きくて、背中を見て歩くと本当に安心できる。それはこれまでの経験から抱く感情だ、だがこの感情は兄という理由だけなのだろうか? アリスは半年前の記憶がない。つまり兄だった記憶がない。あるのは強く、優しく、アリスを命懸けで守ってくれる唯一の男――それを兄と呼ぶことで、アリスの心は切なく、そして悲しくなる。この気持ちは何か――それは過去の記憶を取り戻すことで答えになるなら、早く取り戻したかった。

 火の手に向かう途中に食べたクレープの味は、恐らく一生後遺症が残ると思う。

「――か、辛っ……」

 リディアの涙目につられて、アリスも舌を出して辛さを和らげた。


「いらっしゃ……お帰り。って、そちらが妹さん? ってどっち?」

 忙しそうに動き回る女性――しどろもどろになっているのは忙しさのせいか、彼女の気性がそうさせているのか微妙な判断だ。アリスは後者だと思う。

 お兄さんの宿泊先――火の手は聞いていたよりも清潔で、女性にも抵抗がないくらい清潔感があり、何より室内が明るかった。ガラキウスのレストランは、少し薄暗いような印象の店が多い。明るい雰囲気の店はカフェの付くレストランくらいだ。自ずと若い女の子はそういう店を好む。だがカフェの付くレストランは、アリスからしても食事の量が質素だ。体型を気にする女の子ばかりではない事を、店も理解して欲しいところだ。

「ただいま、えっと……こっちが妹のアリス、そしてこっちの子がアリス友人のリディアちゃんだ」

「初めまして。兄がお世話になってます」

「ごきげんよう。アリスのルームメイトのリディアです」

 先ほどと違い、優雅に腰を落とすリディアの仕草はまさに淑女のそれだ。ミリーさんは目を丸くする。

「こ、これはご丁寧に……」

「何を畏まっているんだ? 席は空いてるんだろ?」

「え、ええ、こっちよ」

 ミリーさんの案内で、一番奥の角に通される――丸いテーブルを囲むように、椅子を3脚並べると、真っ白なテーブルクロスを広げ、中央に真っ白なお皿を乗せると、その上にピンク色の芍薬を添えた。

「どうぞ」

 そう言ってミリーさんは椅子を引いた。

「ありがとう」

 優雅に腰を下ろすリディアは、やはり身分相応の品位を感じ、アリスは少し劣等感を覚える。

「アリスちゃんもどうぞ。注文が決まったら呼んでね」

「あ、ありがとうございます……」

 同い年なのにこの違いは狡い――とうのリディアは悠々とメニューを眺めている。

「…………」

 アリスはジト目を向けるが、リディアは全く気にならないらしい。

「お兄さんはここに住んでいるんですよね? それまではどこにどこに住んでいたんですか?」

 それはアリスも気になるところだ。記憶が無いため、ガラキウス以外の場所はよく知らない。

 コールは腰を掛けると、さりげなくメニューに手を伸ばす。

「転々としているからね。特定の場所に長く住んだのはこのガラキウスくらいだよ。ここの前は通り過ぎるだけで、住んでいたとは言えないかな」

「それは冒険者だから、ですか?」

 リディアの目の色が変わる――まるで何かを確信させるかのように念を押す。

 その視線に何かを感じたのか、コールはアリスへ目配せする。

 コールの視線を向けられても何を言えばいいのだろう――アリスは目を伏せる。コールの視線は何を話したんだ? っと聞こえそうだ。

「……冒険者と言っても、街から街へと転々としていただけだよ。特別生業としていたわけじゃない。それより、注文するといい。何でも好きなものを選んでいいよ。遠慮はいらない」

 お茶を濁したコールは、ミリーを呼ぶ――呼ばれたミリーはサイドテールを揺らしながら颯爽と現れ、手にはメモ帳を持っている。

 店員さんを呼んだからには注文するしか無い。コールに言われるがまま、リディアは大好物になったオムライスとイチゴ牛乳、そしてマンゴーアイスを注文する。

「オムライス……っと。アリスちゃんは?」

「――あっ、と。私も同じものを」

 すらすらとメモを取ると、ミリーはアリスの耳元で囁いた。

「……コール、お兄さんに一言言ってあげた方がいいと思うよ。とっかえひっかえなんだから」

 何のことだか見当もつかないアリスはキョトンとしてしまったが、構わずミリーは続ける。

「この間は黒髪の可愛らしい女の子で、昨日なんて金髪のお姫様みたいな女性を部屋に待たせていたのよ。モテるのは分かるけど、いつか刺されるって」

「あの……、何の話ですか?」

「こんな可愛らしい純真無垢な妹ちゃんにこんなこと言うのは酷なんだけど、お兄さんは女の子の敵だって事。アリスちゃんのお友達だってもしかしたら……」

 ミリーの視線の先には、今まで見たことのない笑顔を見せるリディアがいた。

「確かに私から見てもいい男だと思うけど、だからといって乙女心を弄んでいいって話じゃないでしょ? アリスちゃんから言えばコールだって聞く耳を持つかも知れないし……」

 コールの私生活を知らないアリスは、ちょっと憂鬱になる。

 確かに女たらしというのは好まれないが、女性にモテる兄と言うのは妹としてどう見たらいいのか分からない。ミリーさんのように窘めるべきなのか、それとなく注意するべきなのか……。リディアの意見を聞いたほうがいいかな?

「……そうですね」

 口元に人差し指を立て、軽くウインクをしたミリーは厨房へと消えていった。

 若輩者のアリスに出来るような仕草ではない。大人の女性を見た気分がした。

「――そうなんですか! そんなに危険な旅を……」

 リディアは相変わらず目をキラキラさせながらコールの話に夢中になっている。っというよりコールに夢中になっているのかもしれない。

 僅かな時間で、頑ななリディアを乙女にさせてしまうコールの実力は、ミリーさんの言うとおり危険かも知れない。

 コールがどんな女性と関わりがあったかは知らないが、リディアは継承権が低いとはいえ皇族――もし弄ぶことがあったならコールもアリスもただでは済まないだろう。いつか本で読んだ凄惨な愛憎劇をなぞる恐れが出てくる。

「――お兄さん!」

 会話を遮る術を知らないアリスは、突拍子もなく声を荒げた――

 普段大声など上げたことのないアリスが急に大声を上げたせいで、二人は口を開けたままアリスを見た。

「――お兄さん、お話があるんです! ちょっといいですか?」

「ど、どうしたんだ? お前らしくもない」

「そうよ、どうしたのアリス?」

「リディア、お兄さんと二人で話がしたいから、少し席を外して下さい!」

 戸惑うリディアはコールを見る。

 コールは落ち着いたもので、リディアに優しく微笑むとアリスの手を取る。

「じゃあ俺の部屋で話そう。リディアちゃん、少し待っていてくれ」

 コールに引かれるまま、階段を上がるとすぐの部屋へと通された。

 部屋の中は簡素というか何もない部屋だった。ミリーの言う女性を待たせる様な洒落た仕掛けもなく、あるのは外の風景を楽しめない日陰の窓と、真っ白なシーツに包まれたシングルベッドが佇むだけだ。

「どうしたんだアリス? 何かあったのか?」

 その部屋の寂れた雰囲気だけで、先ほどまでの激情が嘘のように萎んでしまい、アリスは口ごもってしまう。

「えっと……その」

「それより、リディアちゃんの目的は何だ? 何故わざわざ俺に引き合わせたんだ?」

「それが……その」

 先ほどの自分の態度が恥ずかしくなってしまい、うまく言葉が出てこない。コールの顔も真面に見ることも出来ないアリスは俯いた。

「……リディアちゃんに何かされたのか?」

 少し冷淡に尋ねるコールの声に、アリスは恐怖を覚える。

「――いえ! そうではないんです! ……私の過去を聞いてきたので、答えられず思わずお兄さんの話をしてしまったんです。それで……」

「記憶喪失は他言するなと言っていたからな。それで俺を頼ったわけか」

「お兄さんなら話をまとめてくれるかな、と……」

 ふうっと息を吐いたコールは、アリスの頭に手を乗せた。

 大きくて温かい手――

 この手に頭を撫でられていると、何だか安心する。確か、意識を取り戻した時も撫でられた記憶があるが、あの時も急に安心感に包まれた感覚があった。

「それなら心配するな。もうじきガラキウスを出る事にしたんだ。今日はその事を伝えたくて呼び出したんだ。メリアナにもすでに話してある。来週にも退学の手続きが完了するはずだ」

「――えっ! 来週ですか? 急にどうして……?」

 記憶があまりないアリスにとって、ガラキウスはまさに故郷の様なものだ。ようやく学校にも慣れ、リディアと言う友人も出来た矢先、再びあんな危険な旅をすると言うのだろうか? 

 旅の記憶にいい思い出はない。あるのは日夜、襲撃に追われ、傷だらけになりながらアリスを守るコールのボロボロになった姿しかない。

「この街も危険だと分かったからだ。もしかすると、街道より危険かも知れない」

「そんな事……学園は安全だと言っていたじゃないですか! 私は危険にあっていません!」「今のところは、だ。実際、俺は街で何度も悪魔と対峙している。一度や二度じゃない。それに、どうやら俺の素性もバレたようだし長居は無用だ」

「きゅ、急に言われても心の準備が……」

 この街を離れるなんて考えたくもない。

「アリス、悪魔は人間を利用するんだ。言うまでもなく、悪魔の食事は人間、そして魂だ。魂を喰らい、存在し続ける悪魔にとって一番大事な事は何だと思う?」

 そんな事知っているはずがない――悪魔は人を襲う。その悪魔が何を心配するというのだろうか?

「……住む場所、とか」

「それもあるが、一番は食事の量だ。手当たり次第食事を取っていれば、瞬く間に枯渇する。悪魔もそれを学んでいる。だからこそ、奴らは縄張りを設けているんだ。そして大事な食事を他種族――モンスターや魔族に奪われぬよう、目を光らせている。そして人間がある盟約を結んで、悪魔と共存する道を選んだんだ」

「盟約……?」

「生け贄を捧げる代わり、街を外敵から守る。言うまでもなく、生け贄は生きた人間だ」


 リディアは二人の帰りを待つ間、すっかり冷めたオムライスを食べようか迷っていた。

 コールは思っていたより端正な顔立ちで、兄達とは違い落ち着いていて何よりリディアの目をしっかり見つめてくれていた。

 皇族であるリディアにとって、兄という存在は他人より信用できない相手で、隙があれば何もかも掠め取られてしまいそうで油断できない。その目は本当に恐ろしい。

「コール兄さん……」

 もし自分の兄がコールだったらと想像すると口元が歪んでしまう。

「無理だけどさ。おかしいよね」

 待ちぼうけなど経験のないリディアは、イチゴ牛乳を飲みながらある想像をしてみる。

 コールと日曜日に会う――

 無垢におしゃべりをして、仲良くご飯を食べ、夜には……。

 しかし、それをしてしまえば一度きりの思い出だ。リディアは皇族――一介の冒険者が釣り合うような身分では無い。だが――

「身分を超えて……たまらない!」

 素の乙女の部分が前面に出てしまいがちなのは、あの冒険者のせいだろう。コールと姿が重なるのは偶然ではない。今日会って確信した。

 そもそも冒険者がこの街に来るはずがないのだ。なぜなら、街道の所々に仕掛けられている魔族やモンスターがガラキウス魔道学園への侵入を阻んいるからだ。その逆もしかり――この街を出ることは出来ない。なぜなら――

「――リディア、お待たせしてすいません」

 アリスの声に我に返ったリディアは、妄想を自分の部屋に持ち帰らなければならなくなった。だが――

「リディアちゃん。待たせて済まなかったね」

「いいえ、お話はもういいんですか?」

「ああ。それよりすっかり待たせてしまったね。せっかくのオムライスも冷めてしまったみたいだし、新しいものを……」

「――いえ、このままで大丈夫です。さっ、食べましょうアリス」

「そ、そうですね」

 リディアはスッとコールへ視線を送る――コールは目をつむったまますっかり冷めた紅茶を啜っている。その仕草を見るだけで、リディアの感情が高ぶっていくのが分かる。

 再び口元を歪ませたリディアは、その表情を見られていないか心配だったが、二人とも特別気にした様子もない。

 リディアは味の感覚も麻痺したまま、好物になったばかりのオムライスを口に運んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サーフィスの忌憚 城戸 晟 @masaomiyoshie1010

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る