ただの勘違い
錦月
第1話 ただの勘違い
「お前に弟ができたぞ。」
そういって私の部屋にやってきた父の隣にいたのは、私よりも少し身長の高い男の子だった。
西暦20XX年。
文明は発達し、人間は人工知能とともに共存する未来を選んだ。
発明家は次々と新たなロボットを作り出し、現在の日本はロボットと人間がともに生活をしている。私の父はそういう発明家の一人だった。
また、研究室にこもっていると思っていたらこんなものを作っていたとは。我が父ながら呆れたものだ。
父が作った私の弟は私に似ず、頭もよくて容姿端麗。
特に、やわらかく笑った表情はどんな女性でもイチコロだろう。
後から作り出された人間というのはどうとでもなる点がとてもうらやましい。
人間は生まれた時から基本的な性格や見た目は変わらない。よっぽど変わろうとしない限り。(あるいは、整形をしなければ)
ロボットなら好き勝手作り直すことが出来てきっと生きやすいだろうなぁと弟のことを見ながら思った。
次の日から私たち兄弟は一緒に学校に行くようになった。隣をあるく弟はその見た目からか周りの人からちらちらと視線を向けられている。
(残念。こいつはロボットですよ~)
そんな皮肉を心の中で言いながら、私は弟の綺麗な横顔をちらとみてすぐに目をそらした。
学校に着くと弟と別れ、自分の教室へと向かう。
私が教室に入ると、全員が私の方を向く。チッと小さく舌打ちが聞こえた。私はいつものことだとそれを無視して、枯れきった百合の置かれた自分の机へと向かう。ジクッと痛む胸を気のせいだと言い聞かせながら机の横に荷物を置き、私は枯れた百合の片づけをするため花瓶を持って手洗い場へと向かった。
(どうしてこんな目に合わないといけないんだろう)
私はこうやっていつもいつも思うことがある。私はなぜいじめられているのか、だ。私に対するいじめは1年の3学期から始まった。最初は些細なことからだった。今まで仲良くしていた友達が目を合わせてくれなくなった。おかしいなと思いつつも、こんなことはよくあることだろうと思い特に気にしていなかった。だが、その数日後私の机の上は典型的ないじめを受けている人の机へと変貌を遂げた。
それからというものいじめはエスカレートし続けている。
まぁ、これが私のいじめられるまでの経緯なのだけれど、自分自身でもなんでいじめられているのかは本当にわからない。心当たりがないのだ。
今の学生は誰かに殺されるというようなどこか非現実的なことよりももっと日常的にあり得るいじめの方が怖かった。そっちの方が私たちにとっては身近だった。みんなから嫌われることの方が怖かったのだ。
無難に生きて、みんなに地味な子だと笑われてもいいからとにかく嫌われたくなかった。
それほどにの私の世界は狭かった。でも、その世界が私にとってのすべてだった。
それなのに。一生懸命無難に生きてきたのに。いつからこうなってしまったのだろうか。
私は…。ただ、怖かった。人の目線が。ただ、つらかった。孤独だけが。
私はだんだんとこんな世界に存在している価値を感じることができなくなってきていた。
そういえば、とどこかで聞いたことを思い出す。
「地球は50億年後には滅亡する。」
どうやら太陽は50億年後には死ぬため、地球も死ぬ、ということらしい。
宇宙からしたら私たち人間が生きている一年なんて100円ケーキのフィルムについた生クリームくらい大したことないことでそんな私たちが感じている感情は(宇宙的に言えば)きっともっとちっぽけな物なんだろう。
ならば、私はなぜこんなにも悩んでこんなふうに無駄に生きているのだろう。
…。
きっとこうやって考えている時間が一番無駄なんだろう。
だんだんと落ちていく思考を振り切るために私はいつもの場所へを歩みを進めた。
いつもの場所、というのはうちの学校の屋上だ。普通の学校では屋上は生徒が入れないように施錠してあるがうちの学校の屋上は年がら年中開けっぱなしだった。まぁ、これ好都合と昼ご飯を食べるために使っているのは私自身の意思なのだけれど。
夏はじりじりとした太陽の光が当たり、気が滅入るが私にとってこの場所は生と死の狭間のような場所でありとても居心地がよかった。だって、この場所は死のうと思えばいつでも死ねるんだから。
私はいつもやっているようにフェンスを軽く飛び越え、熱くなったコンクリートの上に腰を下ろした。
「もう、いっか。」
ローファーを脱いで私の隣に綺麗にそろえる。
コンクリートの上に立てば、靴下の上からじんわりと熱が伝わってくる。
ゆっくりと傾くカラダ。今まで感じていた熱が私のカラダを離れた。
一瞬の、浮遊感。次の瞬間、落下感。
落ちている瞬間はどこかの小説で読んだようになんだか時間がスローモーションに進んでいく感じだ。体が地面に当たる感覚。ゆっくりと顔からつぶれていく。
全身が地面に打ち付けられ、衝撃が走る。
いたい、いたい、
いた…くない…?
い、痛くない。なんで、
かすんだ瞳であたりを見回す。目だけを動かす。
あ、あれ…?
体がコワレテル…?
私のカラダは言葉の通り壊れていた。
カラダは動かない、カラダからは機械の残骸が見えた。私のカラダは…
ロボットだった。
「あーあ。」
私の頭上からは少し低いかすれた声が降ってきた。
「やっぱり、古い型のロボットはだめだなぁ。自分を人間だって思い込むなんて(笑)」
「ほんと…バカだよ、製造番号2020」
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姉の残骸を見た後、俺は自分の家へと向かう。父にこのことを報告しなければならない。
簡単に姉の話をすると、ロボットにも流行というものがあり、俺の一世代前、つまり姉の世代は赤ちゃんから育てて感情を持たせるタイプのロボットが流行ったそうだ。といっても、ロボットなだけあってどこか感情の欠落があるのは周りから見れば一目瞭然なのだけれど。それでも、赤ちゃんから育てられているため大抵このタイプのロボットは自分を人間だと思い込んでいるのである。
それが、俺の姉だったやつだ。
「あんな風にはなりたくないなー」
俺は漠然とそんなことを思いながら、家の扉を開ける。
そして、みんなに褒められる口角を軽く上げて目を細める表情をして父に向ってこう言った。
「ねー、父さん!お姉ちゃん壊れちゃったから新しいお姉ちゃん作ってよー。
次のお姉ちゃんはもっと明るくて、面白い人がいいな」
ただの勘違い 錦月 @hiseniki
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