前略 私の愛した世界へ
はるもち
第1話
遺品整理をしていた俺の目に飛び込んできたのは紅い彼岸花の封筒。なにか入っているのかと丁寧に封を開ける。そこに入っていたのは予想通りと言って差し支えのないような封筒と同じ柄の便箋。かさり、と音を立てて3つ折りのそれを開く。手が震え始めるのを感じた。……そこには最近喪ってしまった俺の最愛の人…叶笑の字で手紙が綴ってあった。
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前略 私の愛した世界へ
この手紙が読まれている頃、私は死んでいると思います。
何故いきなり手紙を書いたのかと言うとなんとなくです。なんとなく、もう死んでしまうのだと確信してしまったから、だから、優に何かを残したいなと思って筆を執った次第です。
ねぇ、優。私は貴方に出会えて、貴方と共に歩めて幸せだったよ。持病があっていつ死ぬかも分からない私に好きだって何回も言ってくれて、私の傍で笑ってくれて、本当に嬉しかった。だから私、ずっと優には笑っていて欲しいの。私は優の笑った顔が大好きだったから。私がいない世界でも笑っていてね。
でもね、正直な気持ちを言うとまだ貴方の笑顔を傍で見ていたかった。優の傍で、最期の日まで一緒に笑ったり、泣いたり、怒ったりしたかった。別に死ぬのが怖い訳じゃないんだよ。死ぬ事って誰にでも平等に訪れることだしね。だから怖くなんてない。ちょっと先に天国満喫するだけ!
でも、そう思ってもやっぱり辛いの。貴方の傍に居られないことが。貴方に忘れられてしまうことが。貴方の、
…これ以上書くと止まらないから一旦ここで切るね。
優。私は貴方のことがこの世界の何よりも大切なの。死んでもそれはきっと変わらない。いや、死ぬからこそ変わらないのかな。だから、こんなことは言いたくないんだけど、私のことは思い出そうとしないでね。お願いよ。私に明日なんてないから、貴方の中の私だけは思い出そうとしないでね。
最期に、愛してる。
草々 高橋叶笑
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その手紙の内容に呆然とする。こんな想いを抱えていたなんて。何も、最期の時でさえ言ってくれなかったのに。それに思い出すな。なんて、なんて酷なことを言うんだ。愛している人を思い出すななんて、そう思うと力が入りくしゃりと紙が音を立てる。いけないと力を緩めるが皺が少しだけよってしまった。できるだけ丁寧に延ばしまた元の3つ折りにして封筒に戻そうとする。その時少しの違和感に気づく。奥に何か入っているのか手紙が入りにくくなっている。仕方無しと封筒を逆さにし上下に何回か振ってみる。すると四つ折りにされた紙が出てきた。なんだ?と思い開いてみる。
ただそこには手紙と同じような丁寧な字で
『また逢う日まで』
と一文だけ。その一文をみて思い出す。叶笑の死ぬ直前のこと、彼女は「さようなら」と一言だけ発した。自分の目を確かに見て、さようならと言ったのだ。あの時は死ぬからもう会えないね。という意味だと俺は捉えたのだが違っていたらしい。
「また逢う日までさようなら……か、」
死んだらまた、とかないんだぜ。そう喉から出てくるはずの声は音にさえならなかった。丁寧な叶笑の文字が霞んでいく。視界がぼやけて頬を温かいものが伝っていく。……泣けなかったのに、ずっと。葬式の時も、四十九日を過ぎてさえも泣けなかったのに。なんで、今更。溢れ出た想いはとめようとしてもとまらず、ただ流れていく。喉が引き攣って声にならない声が零れる。ほんの少し前まで自分の手の中にあったものが落ちて、消える。やっとその事に理解がいったのだろう。
沈んでいく太陽さえも呑み込む暗闇が、外で飛びまわる蝶たちが、溢れ出てくる感情が、「もう、いない」のだと言っている気がした。
叶笑の手紙を見つけ数日が経った。あの時色々と感情の整理がついたのだろうか、心が幾ばくか軽い。だけど、『思い出そうとしないで』という言葉が重石のように心にのしかかって消えようとしない。何日も悩んだが結論なんてものは出ない。だからだろうか、食事の席でぽろりと零してしまった。しまったと思った時には手遅れだった。
「誰かに言われたの?それ?」
「いや、えっと、なんか…お、俺の昔の友達が、言ってたなぁって思い出したんだよ!」
素直に言えばいいものの口からは言い訳ばかり出てくる。
「……お前って嘘つく時さ、目合わせないよな。」
「えっ!?」
「それに手になにか持ち始めるし。」
そう言われ目線を手の方に遣るとスプーンを持ってる自分がいた。食べ終わって手持ち無沙汰だとしても色々と自分、バレバレではないか…?
驚きに目を見開き固まっていると、
「まぁ、お前が言いたくないなら尊重するけどさ。で、なんだっけ?」
「あっ……だから、『思い出そうとしないで』ってどういう意味だと思う?って」
「あー。なるほど。思い出そうとしないで…か。」
「それってやっぱり忘れろって事だよな。」
自分で言っておいて気分が下がっていく。忘れたくないって想いは俺だけだったのか。ずっと忘れないって思ってたのは、
ここにはいない誰かに聞いても返事なんて返ってこない。だってもう、この世界に彼女は…
「そうとも取れるけど、俺はそうじゃない気がするな。」
「は?」
「だってさ、忘れて欲しいなら忘れろって言えばいい話だろ?でもそうじゃなくて思い出そうとしないで、だ。わざわざ思い出さないででもなく出そうとしないで。」
「…どういう事だ?」
こいつはいつも何言ってるのか分からない。抽象的過ぎるんだ。そう思い睨んでしまう。しかしその睨みに怯むことなく笑顔で言葉を紡ぎ続ける。
「俺の憶測だけど、忘れないでって意味じゃないかな。思い出そうとするにはそいつを一旦忘れておく必要があるだろ?忘れて欲しくないからこそ思い出そうとしないで欲しいんだよ。まぁ、それこそ素直に言えって話だけどさ。それでも、そう思いたいだろ?お前は。」
言われた言葉を噛み締める。そっか、そうなんだろう。きっと。と思いお礼を言って席をあとにする。「叶笑ちゃんは99%忘れないでの意味だと思うよ。」後ろからかけられた言葉にこいつには死んでも敵わない。と笑みがこぼれた。
思い出そうとするには忘れないと。その言葉に救われた気がした。
あの後、家に帰る途中にあった雑貨屋でマーガレットの花のレターセットを買った。手紙を書こうと思ったのは思いつき。俺と彼女はきっと似たもの同士だ。
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前略 私の愛している人へ
手紙、拝見させて頂きました。叶笑の抱えていたものが垣間見えた気がします。
叶笑。貴女は最後まで、ずっと笑顔でいましたね。でも抱えているぐらいなら少しぐらい俺にも渡して欲しかった。分け合って欲しかった。こんなワガママ、今更言っても遅いけれど、これが今の俺の気持ち。
そして、叶笑。俺は絶対に貴女を思い出そうとしない。だから、俺が叶笑のもとに行った時、笑顔で迎えてくれ。俺は叶笑の笑った顔が大好きだから。貴女が俺の笑顔が好きだと言ってくれたみたいに、俺も貴女の笑顔が大好きだから。お願いだ。
短く拙い文でしたがどうしても貴女に伝えたかったので筆を執ることとしました。
どうかこの手紙が貴女の元へと届くように、祈ってます。
最後に、百万通のラブレターを君へ。
草々 黒野優
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描き終える頃には日がとっぷりと暮れていた。丁寧に書いた手紙を折りたたみ同じ柄の封筒に入れ、封をする。きっとこの手紙が彼女に読まれることはないだろうけど、でも、なんでか届くような気がした。
彼の陽はもう昇ることはないだろう。だけど、月明かりがきっと優しく春を迎えてくれる。そう信じて彼は手紙を書き続ける。彼の明日がなくなるその日まで。
前略 私の愛した世界へ はるもち @hrk0303
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