E. どすこーい!!おりゃおりゃどすこいどーすこーい!!
僕が彼女に出会ったのは、僕がくたびれて公園のベンチに座り込んでいたときだった。
なんだかいろいろなことが一度に押し寄せて、気持ちがとても重く、疲れていた。
僕は重い頭を持ち上げるのが億劫で、何とは無しに、自分の足下に群がる蟻を眺めていた。
彼女は、そんな僕の前に、突然現れた。
「おやおや、随分お疲れのようだねえ」
わざとらしい胡散臭げな口調になんだと思って顔を上げると、そこには、僕と同じくらいの歳に見える女性が、口をへの字に曲げて仁王立ちをしていた。
オレンジ色みたいな茶色みたいな、大きなストールを肩から羽織っている。
栗色に染められたふわふわした長い髪が、太陽に当たって光輝いていて、僕はそれを何故だか魔女みたいだと思った。
突然のことに僕が驚いていると、彼女は急に僕に近づいてきて、いきなり僕の顎を指で掴んでぐいっと上に持ち上げた。
「ぐえっ」
そうして、あまりのことに言葉が見つからない僕の顔をまじまじと見つめながら、
「ふんふん」
とまた、胡散臭げな声を出して、僕を見ながら偉そうににやりと笑ってみせた。
「あなたは随分大変なのね」
「なんなんですかあんた」
彼女は自分をペテン師だと名乗った。
僕は、彼女に対して「頭のおかしな女だ」と思った。
それが出会いだった。
彼女はとにかくおかしなことばかりを言った。
僕の顎を引っ付かんだまま彼女が言うには、彼女は僕を助けることができるらしい。
ペテン師らしいじゃないか、一体何をしたいんだ。
僕のことなんて何も知らないだろう。
それでも彼女は嘘八百で人を救うのだと言う。
僕は完全に頭のおかしな人に絡まれた、と絶望した。
彼女は意味のよく分からないことをひとりで喋って、僕の顎からぞんざいに手を離した。
それから
「じゃあまたね」
そう告げてさっさとどこかへ行ってしまう。
また、だって?
冗談じゃない。
とにかく僕は、なにが起きたのか分からず、なんだかさっきよりも一段と疲れてしまって、彼女がいなくなったのをしっかり確認してから、もう一度項垂れるようにして大きくため息をついた。
見ると足下に群がっていた蟻は、いつの間にかどこかへいなくなっていた。
しかしそれからの彼女との遭遇率は目を見張るものがあった。
公園だけじゃない、コンビニでも、道端でも、ありとあらゆる場所で彼女に会う。
ストーカーのように後をつけられているわけではない。
なぜか僕が彼女のいるところに吸い寄せられているみたいに、僕が行く先々にすでに彼女がいるのだ。
これではまるで僕のほうがストーカーみたいじゃないか。
僕はいよいよ彼女を魔女かなにかと疑うようになった。
「あれあれまた会ったね」
と彼女はいつもどこか笑っているようで、もしかしたら元がそんな顔なのかもしれない。
そうして、いつも僕になにかを差し出してくる。
見るたびにいつも羽織っている大きなストールはいつも違う色で、今日は空みたいな水色だった。
こうも頻繁に会うようになると、僕はそろそろそれが魔女のマントに見えて仕方がなくなってきていた。
そこからいつも隠し持つようにしている手提げ鞄を出してきて、中身をごそごそと漁り始める。
中から出てくるものはいろいろだ。
コンビニのサンドイッチとか、自販機で買ったらしい缶コーヒーとか、なんに使うのかよく分からない何かの部品とか。
僕はなぜか分からないけど、いつもそれらを大人しく受け取ってしまう。
きっと彼女がいつも笑っているからだ。
仏頂面で渡されていたら、きっと受け取らない。
僕は自分でもよく分からないから、そう思うことにしていた。
彼女はいつも、僕がそれらを受け取るときに「魔法」をかける。
受け取ったそれらを持った僕の手を、彼女が両手で包んで、
「大丈夫よ」
と言う。それだけ。
彼女曰く、自分はペテン師だから、こんなのは嘘八百だ、と。
自分で言うのか、と思いつつ、僕はいつしかそれを、当たり前の日常のように感じてきていた。
彼女はいつも僕に「魔法」をかけ終えると、何でもないことを少し話して去っていく。
「雨が降るらしい」と言われて雨が降ったことはないし、「今日はあと1時間したら良いことがある」と言われた日は階段を踏み外した。
これでは本当にペテン師だ。
ろくでもない人だなあと思う反面、いつからか僕は、彼女に会うのを楽しみにしている自分にも気がついていた。
僕は彼女のことが気になって仕方がなくなってきていた。
一体何者なんだ。
いつもひとりでふらふらしている。
初めて会ったときは、僕と同じくらいの歳に見えたけど、何度も会っていると年下にも見えてくる。
仕事はしていないのだろうか、それとも実は学生?
僕は彼女に自分のことを一切話さずにいるけれど、思えば彼女のことも何も知らない。
どうして今までで聞かなかったのだろう。
次に会ったときに、聞いてみようか。
そう思って、その、次に会ったとき。
僕は心の底から驚いた。
橋の真ん中辺りから下の川を眺めていた彼女は、確かに彼女だったけど、彼女じゃなかった。
髪型が全然違うのだ。
栗色のふわふわした長い髪だったのに、すっかり暗い色になっていて、肩にもつかない程短くなってしまっている。
まるで別人だ。
それでも僕が彼女と認識できたのは、その大きなストールを羽織っているからに他ならない。
今日は紫色だ。
「どうしたのその髪」
と僕が驚きをそのままに彼女に問いかけると、彼女は
「いいでしょ、昨日切ったの。似合う?」
と、にっこり笑った。
その姿はとてもじゃないけど魔女には見えなくて、なんだか僕は知らない人と話しているような、不思議な気持ちになった。
「似合うよ」
と僕が言うと、
「今日はお別れよ」
と彼女が言った。
なんのことか分からずにいると、彼女は
「だってきみ、もう大丈夫そうだからね」
と、僕に、最後らしい差し出しものをした。
それは彼女の右手だった。
さよならの握手だ、僕は直感的にそう思った。
大丈夫、なにが大丈夫って、僕には彼女の言わんとしていることが、何となく分かった。
今の僕はもう辛い気持ちじゃない。
疲れて項垂れたりはしていない。
僕は、彼女の手を握る前に、
「あのっ、」
と無意識に声を出していた。
「お別れなら、最後にきみのことを聞きたいんだ。きみは何者なの」
僕が訊ねると、彼女は呆れたように
「最初にちゃんと言ったじゃないの」
と眉をひそめた。
「ペテン師よ」
「全然分からないんだけど」
「分からなくってもいいの」
彼女は教えてくれるつもりはないみたいだった。
それでも僕は食い下がった。
僕は、いつの間にか本当に彼女に救ってもらっていたみたいだ。
どうして僕のためにそんなことをしてくれたのか、それをどうしても聞いてみたかった。
彼女は、うーん、と少し、いつも通りわざとらしく考える素振りをしてから、
「半分はね、自分のためなの。私は柳だから」
と言った。
それだけ言って、彼女は橋の欄干に凭れた。
下の川を覗き込んで、僕に根負けしたのか、それから昔話を教えてくれた。
「柳?」
「そう。昔ね、お母さんが言ったの。『あなたは柳の木だからね』、って」
彼女は懐かしそうに微笑んで、顔を上げて遠くの秋空を眺めた。
昨日切ったばかりらしい、すっかり短くなった暗い色の毛先が、彼女の頬を後ろから撫でる。
風に乗って時々雲の隙間から照らす太陽が、生え際の辺りに輪を作らせた。
大きなストールに身体を包んだ彼女の強い瞳は、見えない何かを射止めるかのように輝いていた。
「中学生の時だったかな。学校とか、人間関係とかで、辛い事があるでしょう。私、悔しいからずっと泣かなかったの。そしたらね、そんな私に、お母さんが言ったの」
「柳の木、って?」
「ふふ、そうよ。あなたは柳の木。派手な花を咲かせる事はないし、目立たないし、主役にはなれない。でもね、知ってる? って。柳の木はね、折れないのよ、って。どんなに雨風が強くても、どんなに重い雪がその葉の上に降り積もっても、柳は折れない。いつもその枝を柔らかくしならせて、全てのものを受け流す。強い太陽の下では人の木陰になってあげる事の出来る、あなたは強くて大きな、柳の木。って」
「そうか。良い話だね。素敵なお母さんだ」
「そうでしょう」
彼女はこちらを向いて、嬉しそうに笑った。
そして僕にこう言った。
「だからね、私はそれを実現したいの。自分のためにね。そうしたら自分で自分を認めてあげられる気がして。何があっても大丈夫、って自分に言い聞かせるの。だからあなたも、大丈夫よ」
彼女のその綺麗な顔を見て、ああなるほど、本当だな、と思う。
彼女は柳の木だ。
だから僕は、彼女の手を握って、こう言った。
「出会えて良かった。君は素敵だ」
ねーえー、これもう描写の練習じゃないよね。
つーかーれーたー。
意味不明なものに意味を持たせようとする行為は二度としたくないです。
次からは大人しくボツにしようそうしよう。
そして、応援コメントでわたしに足りないところを教えてくださった優しい方々! 本当に本当にありがとうございました!
自分で書いたものを自分で直すのって、最初に想像していたよりもずーっと大変でした。
だからこそ他の方が親切に指摘してくださったことで、自分では絶対気づけないような、目玉ポーン! な気持ちになったりとか、やっぱ書くの楽しいなあ、とか、いろいろ素敵な刺激をいただけました。
他に言葉が浮かばないので何度でも繰り返します、本当にありがとう。
これもねぇ、しっかり書いたことで逆にまたアラが出てる自覚はあるんだけど、もうわたしは疲れた!!
誰かひとりくらいが「おもろいな」って思ってくださったらもうそれでいいんだい!!
お疲れちゃんわたし!!
ちょっと練習 夏緒 @yamada8833
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