灼けつくアイと紅煉の刃

まぁち

序幕 キリングフィールド


 予感はしていた。


 しかし実際に、確固たる現実としていきなり突きつけられれば、呆然としてしまうものである。


 ぬめり、と足下に赤黒い何かが伝った。

 それを辿れば見るに堪えない陰惨な世界が広がっている事は分かっていたから、少年はあえて、に目を向けた。


「ねぇ、酷いと思わない?」


 頬を膨らませ、年相応の無邪気さをもって、彼女は語る。


「私は今まで凄く頑張ってきたと思うの。健やかなる時も病める時も、ずぅーっと『魅虚』のために生きてきたの。わかるでしょう?」


 謳うように腕を広げ、芝居がかった調子でステップを踏む。

 その度にぴちゃぴちゃと音を立てる地面。

 悪趣味な舞踏。

 深夜の闇に呑まれた屋敷の中で動いているのは、恐らく少年と、この少女だけ。


「なのにね、なのにだよ。私から色んなものを奪って、与えて、中身を入れ替えておいて、それでこの仕打ちなの。だったら、ね。私が怒るのも納得が行くよね?」


 屋敷の大広間。少年達の稽古場であり、『神器』と接続する儀式の間であり…


 今夜は、この少女による殺戮場だった。


 雲に隠れていた月が姿を見せ、上方の窓から光を差し込み、幻想的に地面を照らした。


 照らし出されたのは、おびただしい数の、


 死。


 死。


 死。


 赤と黒の世界。


 地面に広がるのはかつて人間だったもの。

 その多くが、原型を保っていない。

 辛うじて人間の姿を保っているのは、幸か不幸か、少年の知り合いばかりだ。


 昨日まで憎まれ口を叩いていた者。

 少年の事が嫌いだと忌憚無く宣言した者。


 鬱陶しいと思っていたそれらが、こうもあっさりと終わりを迎える。

 その事実に湧き上がったのは――静かな激情。


「これ、お前がやったのか」


 分かりきった問いだ。


「そうだよ?大人たちも、『瑠璃るり』も『みどり』も、邪魔するから。仕方なかったの」


 だからそう。これは最終通告。


「ああ、なるほど。お前らしい」


 勝算は低い。稽古ではいつも負かされていたし、殺戮という点において実力差は歴然だ。


 だけど不可能では無い。


 そもそも、こうなったやつを止めるのが鬼札ババの役目なのだから――やる事は一つ。



「じゃあ俺も、仕方ないから殺してやる」



 膨れ上がる感情を込め、左手に持ったソレに右手をかけた。

 感情をくべて燃やし、神の御業を顕現させる。


 かくして殺戮の舞踏は第二幕へ。

 観客は物言わぬ骸のみ。


 だからこの結末は、誰も知らない。






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