10

 扉についた小窓から中を覗く。体中が心臓になったかのように息が苦しい。

 スーツ姿の青年は机に向かっていた。

 以前に比べたくましくなった体つきに、変わらない口もと。くしゃりとした髪。

 花帆かほは控えめに扉をノックする。


宮本みやもとさん……!?」


 青年は、持っていたペンを取り落とした。

 花帆が日向ひなたに会えなかったのは、わずか半月ほど。

 けれど待ち望んでいた瞬間の訪れに、何から話そうか、思いがあふれて言葉が出ない。

 事情が事情とはいえ、教育実習生に女子生徒がぴったりとくっついて歩くのは問題かもしれない。少しの距離を保ち、花帆と日向は旧図書館へ向かった。

 再会を祝うならそこがいちばんだと思ったのだ。

 けれど、


「……あれ?」


 日向が引いた扉は固く閉ざされ動かない。花帆も続いたけれど、結果は同じだった。

 先ほど体験した奇跡は別れの挨拶がわりだったのだと、花帆は理解する。


「先輩、もう寂しくないんですね?」


「それ、うんって言うと、あのときは寂しかったって認めることになるよね?」


「いいんじゃないですか、認めても」


「うん」


「どっちの問いに対する答えですか」


 慰めと出会いをくれた建物を見上げながら、横に並んで言葉を交わす。

 花帆にとってはひと月弱の間の出来事だけれど、日向には五年の歳月が流れている。

 変わったこともあるだろう。

 そもそも、大人になった姿に、まともに目を合わせることもできていない。

 けれど花帆には、旧図書館と本たちが結んでくれたえにしを離す気はなかった。


「――わたしは今からでも、先輩のお友達になれますか?」


 日向の返事を聞く直前。

 旧図書館の奥から、喜びをうたいあげるような笑い声が聞こえた気がした。

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旧図書館と迷える放課後 つばきの。 @uminomono09mt

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