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 呼びかけると、自分の席に着いていた園村そのむら先生は何かを悟ったように立ちあがった。

 ゆっくりゆっくり歩いてくる。


「先生、ずっとその髪型なんですね」


 花帆かほの言葉に目を大きくすると、


「いやだ、見たの?」


 園村先生はくすくすと笑った。


「やっぱり、わたしのこと知ってて掃除を、っておっしゃったんですね」


「ここでは何ですから、学食にでも行きましょうか」


 花帆たちは学食の隅、周りに誰もいないテーブルに落ちついた。


「五年前、ご家庭の事情で転校せざるを得なくなった坊城ぼうじょうくんに、相談されたのですよ。宮本みやもと花帆さん。一年生の女の子を知りませんか、って。旧図書館が気まぐれな、少し変わった場所であることは知っていました。けれど、そのときのわたしは坊城くんの力になることができなかった」


 当たり前だ。未来に現れる生徒のことなど、当時の園村先生には知りようもない。


「それを、ずっと憶えてたんですか?」


「いえ。でも、ひさしぶりに坊城くんの名前を見て、思いだしました。そうしたら同姓同名の女の子が入学してきているじゃありませんか。ああ、すべては繋がっていたのかもしれない。そう思って、わたしはあなたに声をかけたの。まあ、旧図書館にさえ行ってもらえれば、理由は何でもよかったのですけれど」


 時代を追っていくならば、まず日向が花帆と出会い、花帆を探していることを園村先生に告げ、園村先生が花帆を旧図書館へと導くことで花帆は日向と出会ったことになる。

 けれどもし花帆が旧図書館に行かなければ、日向が花帆と会うことはなく、園村先生が花帆をいざなうこともなかったのではないだろうか。

 どこが始まりかはわからない。けれどたしかに繋がっている。


「わたし、好きです。旧図書館。ちょっと変だけど」


 花帆が言うと、


「何でもあるのが本よ、って言ったでしょう?」


 園村先生はいたずらっぽく笑った。


「それで先生」


 日向ひなたのその後を知っているのかをこうと思っていた。けれど、


「坊城先輩の名前を見た、ってどこでですか? 先輩は、お元気なんでしょうか?」


 花帆の問いに、園村先生は目を丸くすると、


「まあまあ、そう、そういうことになってしまうのね。ちょっと意地悪だわ、あの本たち。それともこの先は自分たちでどうにかするように、っていうことなのかしら」


 ひとり、わかったように手を合わせた。


「先生?」


 らされているようで、花帆は思わず身を乗りだす。


「坊城くんはご両親が離婚されたあと、お母様についていったのだけど。そのお母様の名字が堀倉ほりくらというの」


 坊城に比べればめずらしい響きではない。しかも花帆にはつい最近、それを聞いた憶えがある。


「教育実習生!」


 がたん、と椅子を鳴らして立ちあがる。


「実習が終わってしまう前に気づけてよかったわ。今ごろきっと、国語科準備室でレポートを書いているはずよ」


「ありがとうございます」


 園村先生にお礼を言って、花帆はまっすぐ走りだす。

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