最終話 大釜の魔術
心臓を貫かれたはずのロークがゆっくりと立ち上がった。
右手には短剣。
エドマンドはそれに驚愕した。
「馬鹿なっ!」
彼は闇剣イスカンデルをふるう。横殴りに斬撃が空を割いてふたたびロークに襲い掛かった。
ロークはそれを跳躍してかわす。
人間とは思えない跳躍だった。
イスカンデルの斬撃はむなしい空振りとなった。
「いったい何が起きてるの?」
サーラとエキドナはさらに下がっていた。
いくら剣身が伸びる剣といっても届かない距離にまで。
エドマンドが動揺している間にロークは彼の前の前に降り立った。
手を触れることさえ可能な距離だ。
ロークが左手をのばし闇剣イスカンデルに触る。
「!」
イスカンデルはどろりと溶けるように崩れていった。ぼたぼたと黒い金属が液体となって地面に広がってゆく。
「貴様! 何をした!」
エドマンドが飛びすさり別の剣を抜く。その剣はごくありふれた鋼の剣のようだった。
ロークは無言で接近する。
エドマンドは剣を縦に古いロークの右肩に刃をめりこませた。
しかしロークは意に介する様子もなくさらに近づき、左手でエドマンドの首の付け根あたりを無造作に捕まえ、右手に持ったままだった短剣をエドマンドの首につきたてた。
彼はぱくぱくと何か口にしたが、急速に血を失い、だらりと力を失い、壊れた人形のようにたおれた。
「これはいったい……」
サーラがつぶやく。
ロークはしばらく立ち尽くしていたが、やがて左手を自らの胸に向ける。
じんわりと回復魔法の術式が広がり、少しづつ傷口を治癒していった。
暖かな光が広がる。
サーラとエキドナは茫然と立ち尽くしていた。
「ゴホっ!!」
ロークが突如せき込み、血を吐き出した。
そして膝をつく。
「おっさん……!」
はっとしたエキドナが駆け寄る。
ロークは血を袖でぬぐい、にやっと笑った。
「いやー久々に死んだ死んだ……」
「おっさん、いったい……?」
サーラもおそるおそる近づく。
「私が一番得意としている魔法は、
「そ、そんな危険な……」サーラが口を押さえた。
「負傷については完全に治れば、死んで数分以内なら、蘇生魔法でなくとも
「何であんなに強かったの?」
「私の禁術なら元の死体を何倍にも強化できる。つまり自分が死体同然になっていれば私自身をかなり強化できる……」
「結局この人は一体……」サーラが倒れたエドマンドのほうを見た。
「あぁ……」
ロークは倒れて完全に死んだエドマンドをながめた。
「私の、古い知り合いだよ」
「……」
「こいつが魔王の遺物を集めて……旅の一座を……」エキドナが唇を噛む。
「あぁ、たぶん君たち姉妹の仇でもあるんだろう。私が倒してしまったが……」
「仇も、とってしまうとあっけないものですね」
サーラが言う。
「そうだな……」
ロークと2人はその後エドマンドを埋葬した後、
エドマンドが倒れて以降、徐々に瘴気が晴れていっていたが、相変わらず禍々しい気配がしていた。
ただし他に生きている人間やモンスターの気配はなかったため、そのまま禍々しい気配の元へと向かう。おそらくは宝物庫だったのだろうか。
5m四方ほどの小部屋の中に、魔王の遺物が積み上げられていた。
その中に、奇妙な紋章の入った姿見があった。一見普通の鏡だが、かなり強烈なオーラを放っている。
「これが深淵の鏡だろう。それにしても……こんなに大きな鏡をエドマンドはあの日持ち出していたかな?」
「あの日?」サーラが言う。
「いや……」
「あっ! あったよ! 団長が大事にしていた煙草入れ」
「ほんとうだ……姉さん……」
無造作に床に落ちていた小さな金属製のタバコの葉を入れる容器。
それが姉妹のいた旅芸人の一座が持っていたものだろう。こちらもかなりの黒い気配を放っている。
「これだけ魔王の遺物が集まれば、これだけの瘴気も出るか……」
「この煙草入れは持って行ってもいい……?」サーラが言う。
「……後で解呪させてくれるならいいよ、ただ今は私が持っておこう」
「わかった」
煙草入れを受け取り、革袋にすべりこませる。
解呪するということは実質的にそのアイテムは形を失い溶けて消えるということだったが、ひとまずこの宝物庫を何とかしたほうがよさそうだった。
「とりあえず結界を張って……まぁ、後始末は後程……まずは脱出しようか」
3人はそのままエドマンドの居城だった要塞を後にした。
ロークとしては気になっていることがいくつかあった。エドマンドはあの状態なのでまるでこの国を治めてはいなかっただろう。ただ単に魔王の遺物の気配を求めてさまよい、奪いとり、集めていただけだったように見える。
シュトルの街など、この国の街などに指示を出し統治していたのは果たして誰なのか。独立している様子もなかった。シュトルの街が傭兵を集めていたのはなぜなのか。
そして先ほどの気配。
魔王城ほどではなかったが、普通では考えられない規模の瘴気と闇のオーラが噴出していた。そしてエドマンド。埋葬する際にこっそり確認したが、エドマンドはここ
「もしかすると……」
馬に荷物を載せ、ここから一番近いと思われる村に一行は向かっていた。その間もロークの思考は続く。
昔ローク達が苦労し、勇者エリスが自ら道連れになりこの世界から消した魔王も、元はこのようなアイテムの収集をしているうちに、人でなくなったのではないだろうか?
そして遺物を持つと自然に遺物を引き寄せるのではないだろうか。
(この私も影響を受けていないだろうな……?)
そう考えた時、背筋に氷塊を押し付けられたかのようにぞっとした。
そしてあの瘴気の中、いつもよりも禁術による自身の死体操作は強力ではなかったか?
――数日後、瘴気など悪い影響のない街で一泊した。
エキドナ、サーラの姉妹は目的を果たしたため、別の道を行くことになった。ロークは中身はすっかり消滅してしまったものの、何とか外観だけは保った煙草入れを彼女たちに渡した。
口にはしなかったが、もともとは煙草入れは、入れた草を麻薬的な習慣性のあるものに変えてしまう力を持っていたようだ。一座がエドマンドに襲われたのもこれを持っていたからだ。
「おっさん、ありがとう」
「助かりました……でももうこの手の遺物には関わらないことにします」彼女たちは「復讐の爪痕」をロークに託した。
「それがいい……」
彼女たちはこれから港町のほうに出て別の国に行くそうだ。
芸術などが盛んな南の国だ。
ロークは復讐の爪痕の代金代わりに彼女たちに当座の路銀を押し付けた。
ロークはぶらりと街の市場で食料を買って街道に出た。
街では数日前に落ちてきた流れ星の話題で持ちきりだった。その流れ星は、あのエドマンドの居城であった要塞に落下し、完全に崩壊させたという噂だった。
ロークの星法術だ。
これも魔王が使っていた術のひとつだった。
「さーて、どうもかつて魔王の城に集まった人間は悪い影響を受けているようだな」
故郷に帰った聖騎士フェビウス。彼もまたもしかすると何らかの影響を受けているかもしれない。
「魔王の遺物の気配を追って、少しづつ破壊していくか。それも世直しかな」
ロークはにやりと笑って、隣の国の国境へと足を向けたのだった。
「おーい! 中年のまじない……いや魔術師どのー!」
街道を歩いていると後ろから声がした。
騎馬に乗った鎧姿の人間が追ってきている。
思わず短剣を抜いて構えたロークだったが、その人物は馬を降りて近づいてきた。
すらっと背の高い女性騎士、シュトルの街の法執行を司るレジーナだった。
「おや、レジーナ殿、私に何か用かね?」
何か手配書でも出回っているのか。思わずロークは術式を準備しながら後ずさりした。
「いや、それが……例の白骨戦士の事件は解決したのだが、どうも領主のエドマンド殿が死んだらしくてな。街は貿易ギルドに乗っ取られた。私はすっかりお尋ね者というわけだ」
「あなたが?」
「そう……そして、あの白骨戦士を倒したのは魔術師どのなのだろう?」
「まぁ……そうですな」
「素晴らしい!」
レジーナは目を輝かせた。
「……ん?」
「前から魔術には正直あこがれていたのだ。私も追い出されたところだ。せっかくだからしばらく同道させてもらえないだろうか?」
「それは……」
「魔術師どのには領主殺しの嫌疑がかかっているぞ」
「なっ……?」
エドマンドを倒したことは事実だ。
しかしそれにしても手回しが良すぎる。
「手配書が回ってきたところだ。とりあえずシュトルの街のものはこっそり破棄しておいたが……私がいれば衛兵の出ない裏街道が分かるぞ」
「わかった……しばらくの間だけですぞ?」
「そう、しばらくの間」
レジーナがにっこりと笑う。
ロークはため息をついたが、なぜか嫌な気持ちはしなかった。
バスバラ伯国の隣国、エルトシ王国の大図書館で魔王の遺物を巡る冒険に2人が巻き込まれることになるのだが、それはまた別のお話――
"禁術の賢者ローク"と魔王の遺物 〜元勇者パーティーの賢者のおっさんはネクロマンシーと魔王の術の使い手でした〜 Edu @Edoo
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