付き合うなら絶対にflv彼氏がオススメ

ちびまるフォイ

mp4人間は非可逆的

「僕と……付き合ってください!」


「……あ、はい」


そのときは彼がmp4だとは知らなかった。

彼氏がいないという点で友達から浮きたくなかったので

名目上の彼氏を作るためになんとなく答えてしまった。


「え、ほんと!? 彼氏できたの!?」

「……まあ」


「写真ある? 見せて見せて!」


「ないよ! もうそんなに冷やかさないでよ」


あるにはあるが、写真を見せることでげんなりされたくなかった。

"よくこんな男と付き合ってるね"とか見下されたくもなかった。


「で、彼氏の拡張子は?」


「そういえば聞いてなかった」


「うっそ。そこ知らないで付き合ったの? 相性って大事だよ?

 mp4って非可逆形式だからめっちゃ頑固だし、軽いからチャラいよきっと。

 ほんと確認したほうがいいって! ぜったい!」


「今度確認するから」


彼氏からはおそらく私がはじめての彼女なのか浮ついた連絡がいくつも来ていた。

会おう会おうとうるさいので根負けして会うことに。


「僕の拡張子? mp4だよ?」


「うわあ……」


ババ抜きでいきなりジョーカーを引いたような気分になった。


「君は?」


「どうして聞くの?」


「君のこと知りたいから」


「キ……ッ」


モの「m」まで出かかったのをぐっとこらえた。

私の拡張子はflv。感情表現が豊かで柔軟。けれど重いとも言われている。


mp4の人間に「ああ、重い女ね」とか言われるかと思うと許せなくなるので黙ってしまった。


「今度話したくなったら話してよ」

「……そうだね。そうする」


「それと、今日はプレゼントがあるんだ」


いやいやいや。こんな序盤から出しますか。

普通もっと終盤に出すやつでしょ。クライマックス案件でしょ。


「はいこれ」


出てきたのはくっそダサいキーホルダー。

おそらく自分だけのセンスで選んだのだろう、可愛らしい系のくま。女児か。


「あ、ああ……ありがとう……」


「君が好きなものわからなくって。欲しい物とかあったら教えてよ」


「うん……今度ね……」


ああ、やっぱりmp4の男とは相性が悪い。

mp4は一度決めてしまったらもうほかのことが見えなくなる傾向にある。

私がなにか言ったが最後、きっとなんでもプレゼントしてくれるだろう。


そのことを友達に話すとあっけらかんと答えた。


「いいじゃない。なんでも貢いでくれそうで」


「嫌だよ。部屋にそのものがずっと残るんだよ。きついって。ずっと意識させられるじゃん」


「それ……好きって言えるの?」

「うぐっ……」


名目上の彼氏の存在のメッキが剥がれ始めたことを恐れて、

別れ話をするために彼氏を呼び出した。

私からの提案ははじめてだったのでウキウキで彼氏はやってきた。


「嬉しいな。君からデートに誘ってくれるなんて」


「そ、そうだね……それで、さ」


「今日はどんな用件だったの? あ、欲しい物が決まったとか?」


「え、えっと……今度どこかふたりで行きたいから予定を聞こうと……」


「そうなんだ!」


言えなかった。忙しいと早めに切り上げて帰ってからは強烈な罪悪感に襲われた。

それからは彼氏からも予定の連絡が何度も来たので見ないようにした。


このままフェードアウトしてくれることをただ願って。


それからしばらくして、私にもまっとうな彼氏ができた。


「俺の拡張子? flvに決まってるじゃん。

 異なる拡張子と付き合うなんてありえなくね?」


「そうだよね。ごめんね変なこと聞いて」


「いいんだよ。同じ拡張子同士だから気持ちはわかるから」


flv彼氏は私と同じように表情豊かで波長が合った。

単純で薄いmp4彼氏とは異なる良さがあった。


ある日、flvの彼とデートしているときだった。


「あっ」


明らかに運命の女神の嫌がらせでmp4彼と出会ってしまった。

私の反応を見て察したのかflv彼はmp4へと詰め寄った。


「あんた誰? 俺、この子の彼氏なんだけど」


「僕は……その子の予定――」


「お前、mp4だろ」

「あ、はい」


「バカか。mp4人間がflvと合わせられるわけねーだろ。

 お前みたいな勘違いがmp4に多いからホント迷惑なんだよ。だよな!?」


「う……うん」


mp4彼氏は気まずそうな笑顔で去っていった。

flv彼氏は悪い虫を追い払ったとにこやかにしていた。


「mp4の男ってああいうのが多いんだよなぁ。

 自分の考えに不可逆だからいつまでも自分中心に考える」


「そうだよね……」


とはいいつつも申し訳なさもあって無視していたmp4彼氏の連絡を見た。

最初は予定を聞いていたが、やがて体を心配するものになり、しだいに謝罪が多くなっていった。


「重いな……」


そして、最新のメッセージでは「mp4が嫌だったらflvになるよ」とあった。

そういう問題ではない。


変に気があるように思わせて長引かせたくもなかったので、

ふたたびフェードアウトを願いながら無視を続けることにした。


「あっ……」


ソレと再び会ってしまったのは運の尽きだった。

私より先にflv彼氏が守るかのように前へ出た。


「お前いいかげんにしろよ! いつまでも未練たらしくつきまとうんじゃねぇ!」


「ぼ、僕は……彼女と話したいんです!」


「これだからmp4は!! 自分の考えを曲げねぇ非可逆方式人間なんだ!」


「もうmp4じゃない! 君がmp4が苦手なのかなと思って変換したんだ。

 僕はもう……君と同じflvだよ」


「バカかてめぇは。mp4からflvに変換したって同じなんだよ。

 拡張子を変換したって、人間情報量は変わらねぇことも知らないのか!?

 flvにしたって感情表現が豊かになるわけねぇんだよ」


「そんな……」


「まがいもののflv人間がしゃしゃり出てくるんじゃねぇよ!」


それきりだった。

彼氏から連絡が来なくなったのも。

flv彼氏とも別れてしまった。


「なんで別れたの? もったいない」


「なんか……波長が合わなくて」


「そんなわけないでしょ。同じflvなんだから」


「そういうことじゃないのよ……」


すぐ怒ったりすることにストレスを感じていた。

こうなるともう女友達から見下されようと別に彼氏なんかいらなくなった。


もう彼氏のことも忘れたころ。


街を歩いていると声をかけられた。


「こんにちはお姉さん。ちょっとお話いいですか?」


「ホストクラブですか? それともキャバクラ? そういうのはお断りです」


「いえうちは変換店です。あなたの拡張子を変換できますよ。いかがですか」


「変換する意味がわかりません、結構です」


「ええそうなんです。誰も変換しないもので経営できなくて困ってるんです。

 人助けと思って拡張子変換してみませんか? ね? ね?」


「なんで私に?」


「お姉さんflvでしょう? 人間情報量が多いからmp4に圧縮したら

 きっとmp4の中でも情報量が多い女の子ってことでモテますよ」


「モテたいとも別に思ってないんで」


「せめて店を見るだけでも!」


これ以上断ってもしつこく長引きそうなのでさっさと店だけ見て帰ることにした。

店は美容室のように椅子が並んでいた。ただし客はいない。


「本当に経営難なんですね」


「ははは……。たまに彼氏に合わせて同じ拡張子にって子は来るんですけど……。

 まあだいたいが勢い任せのとびいりで。安定しないんですよ」


「あの床に落ちてるのは?」


「人間の圧縮くずです。人間を別の拡張子に変換しようとすると

 他人には見えない部分を切り捨てなくちゃいけないので、

 切り捨てた部分が圧縮クズとして残るんですよ」


「へぇ……」


「最近変わった客が来ましてね。拡張子を変換してほしいって。

 それも2度。mp4からflvにして、また戻してほしいって言ってきたんですよ。

 私は止めたんですけどね……どうしても自分の考えを曲げなくって」


「……2度も拡張子を変更したら、どうなるんですか」


「人間の情報量を2度も削ぎ落とすことになるんですよ。

 寿命も短くなるし、人間としてもどんどん薄くなってしまう。

 店としては客の依頼を断れないんで……やるしかなかったですが」


「その人はどうして……」


「自分を好きになってくれた状態で、また会いたいから、と」


私はすぐに店を出た。

頭に浮かぶ嫌な予感が的中しないことをただ祈った。


彼の家に行けば驚いた顔で、でもどこか嬉しそうな顔を見せてくれるはず。


「大丈夫!?」


私はmp4彼氏の家にいくと、彼はちゃんと待っていた。

でもどこか上の空でぼうっと天井を見ていた。


「どうして……どうして二度も圧縮したの!?

 flvのままでよかったじゃない! そもそもflvになる必要も……!」


「あー」


人格もほとんど失われてしまっていた。


床には開きっぱなしの旅行雑誌があり、

ふせんがいくつも挟まっていて「寒いから要注意」とか

「〇〇が美味しい!」「可愛いのは好きかな」とか書いてある。


私が雑誌から顔をあげるとmp4彼はチケットを差し出した。

すでに有効期限が切れているチケットだった。


私は「ごめんね」と謝りたかったが、言葉は出ないまま泣くしかなかった。

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