第2話 キスと桜とスカートの中

「おはよう拓也なんだか久しぶりだね!」


彼はこの物語の主人公であり、これから学園内で起こる騒動の中心人物となってくる者。佐藤 海斗は屈託のない笑みでそう告げる。


「ああそうだなあ。クラス会以来か?」


俺は片腕を上げてそれに答える。


「そうだねなんだかんだ言ってこの春休み全然合わなかったもんねえ〜」


家は向かい側同士だが、俺は基本食料の買い出し以外の外出はしていなかったしばったり合う機会すらなかったからな・・・。


「そうだな。俺が知らん間にお二人さんの距離はどうやら近づいた様だがなあ?」


前で歩く俺は海斗とまるで自分の位置がここだ!と行った様子でピタリと横に寄り添っている梨花の姿を見た俺は思わず笑みを浮かべてしまう。


「このバカ!」


茶化す俺を罵倒する梨花と海斗は互いを見つめると、何だか顔を赤くさせて互いに俯く。


何だかんだ言って彼らはお似合いのカップルなのかもしれない。


栗色ボブショートの綺麗な髪に、可憐な容姿を持つ大和撫子、活発的な行動と物怖じしない性格で、見るものを全てを元気にする。それが彼女 春川 梨花であり、アニメ《ソード・ナイト・デート》の三大ヒロインの一角を担う少女なのだから当たり前なのだろうが・・・。



こんな2人といると何だかこちらまで毒が回りそうだ。



俺はそんな2人を横目に何故だか俺の横でカチコチと歩く1人の少女を見る。


「久しぶりだな佐藤妹」

「お、お久しぶりです!一ノ崎しゃん!」


壮大に舌を噛んだ彼女はあまりの痛さなのか下を向いて悶絶していた。


彼女の名前は 佐藤 桜。あの海斗の実の兄弟であり今年で中学3年の15歳となる少女だ。


海斗と同じく彼女の髪は美しい銀色をしていて、まるでお伽話から出てきた妖精の様な容姿、10人中10人が彼女を可愛いと言うほどの美少女である。


昔から海斗にベッタリだった彼女だが、ここ数年何だか海斗に冷たい態度をとり始めてはいるが、それは兄への照れ隠しなのを俺は知っている。


「今年もなにかとお世話になるだろうがよろしくな」

「は、はい!よろしくです!」


と元気な彼女に満足した俺はそのまま歩を進める。

その横を何故だか俺と同じペースで何故だか恥ずかしいそうに並んで歩く桜。


恥ずかしそうにしている理由は分からないが・・・。本当は兄の横へ並んで歩きたいのだが、梨花がいるためにそれが出来ず俺の側にいるのだろうと俺は推測した。


「なあ佐藤妹よ。こうして横に並んで歩くと周りは俺たちをどう見るのだろうな?」

「へ・・・?」



一瞬呆ける桜。

するとみるみる内に顔は赤くなって行きボンと音を立てるまでになった。

一体どうしたと言うのだろうか?


「そ、そそそそれはつまり!わ、私が、あ、あのこうぃびとに見えるっていう事でしょうか?」


後半舌が回らず何を言っているかさっぱり分からない。


「そうだな。前々から思っていたんだ・・・」

「は、はひい!そ、そんな昔から想ってたなんて・・・!」


と言う彼女は何やら違う脳内変換でもしたのか、顔を真っ赤にさせ俺を熱のこもった目で見つけてくる。


何故そんな顔を真っ赤にさせるのか分からないがコクリと俺は頷いた。



「ああお前もそう思っていたのか・・・。そうだよな俺たちって周りから兄妹に見られても不思議じゃないよな・・・」


その俺の言葉を聞いた瞬間。

ビキリッと桜の顔が固まったのを俺は見た。


「ど、どうしたんだ桜・・・。だ、大丈夫か?」



と俺が聞くと桜は何故だか涙を流し始める。


「あはははーそうですねー確かに兄妹に見えるかもですねー。でも恋人同士とかにも見えるんじゃないですかー」


その言葉を言った瞬間後ろからビキッという音が再び聞こえる。

驚いて後ろを見るが、そこには仲睦まじく喋る海斗と梨花しか居らず俺の勘違いかと前を見た。


「うーん?それはないな」


桜はまるでこの世の終わりだと言った様な絶望な表情を浮かべて、俺はその七変化見たいな表情に思わず笑みを浮かべる。


「何笑ってるんですか!!」


怒っている桜はこちらに詰め寄ってくる。美少女と言うのは不思議なものだ、怒っている顔もまた可愛いのだから。



「ああすまん。コロコロ変わる表情が可愛かったもんでな。こんな可愛らしい女の子の彼氏が俺みたいな冴えない男なんて皆んな思う訳ないだろ?」


俺の言葉にまたも呆ける桜。

そして見る見るうちに顔をタコのように赤くさせるとボシュ!とまた蒸気を吹き出してしまう。


この子は蒸気機関車か?


俺がそんなことを思っていると、


「さいってい!」


後ろからそう大声が聞こえ振り返る。

するとすでに目の前には鞄が飛んで来ていて俺の顔面を直撃した!


あまりの衝撃にカハッ!と言いながら俺はそのまま地面へと倒れる。


「こんな可愛い中学生をたぶらかすなんて最低!海斗、桜ちゃん!行こ!」

「え・・・。で、でも」

「でもじゃない!」

「は、はいいい!」


あまりの梨花の圧力に2人は逆らえず、桜は心配した様な、海斗はどこか哀れむ様な目を俺に向けて先へと進んで行く。


「なあんにおごっでんだ?」


鼻を抑え先へ行った梨花達を見ながら俺はフゴフゴ言うと、



「ていっ!」



と可愛らしい声とともに後頭部にチョップが突き刺さった。


少し高めの声。それが誰だかなんて直ぐにわかる。


顔だけ向けると案の定、そこには少し茶髪気味な長い髪をハーフアップにし、吸い込まれそうな赤い瞳で俺を見つめる1人の少女が悪戯が成功したような顔をしている。


彼女名前は橘 理穂。俺のかつての想い人であり、ある意味この世界の現実を俺に教えてくれた少女である。


彼女はアニメでも梨花の恋を応援する友人ポジションで描かれてはいるが、キャラ投票ではメインヒロインを抜いて、一位にもなったこともありファンには人気の高いキャラだった。俺の中でも推しキャラだった事もあり中2の三学期最後に、憧れの彼女に意を決して告白したのだ。



放課後の屋上と言うベタなシュチュエーション。

精神年齢は30越えでさえ、ある意味年甲斐もなく緊張し『俺と付き合ってくれ!』っと大声を出し気持ちを伝えたのだが、彼女の答えはこうだった。



『私、好きな人がいるんだ・・・。ごめんなさい・・・。』



彼女のその言葉。そして顔をほんのり赤くしグラウンドの方を見る彼女の視線の先には、あの海斗が居たことで俺は全てを察知し、同時に忘れていたことを思い出し、同時に理解したのだ。



ラブコメ系の主人公の友人キャラが大体が不幸で、海斗目当ての女子が俺に話す事で俺にもチャンスがあるんじゃないかと言う淡い期待を持ってしまったと言うことに・・・。


そのときからだろう俺の心が冷めてしまったのは。


こうやって橘が俺の方へ体を寄せてくるが俺には何も感じないし、どうせ海斗の情報でも欲しいのだろうと考えてしまう。


精神年齢がいい歳したオッさんなのになんとも卑屈な考え方なのか・・・。


だが世界は実際にそうして動いているのだから仕方がない。


「そういえば学校には何だか他の国から来た人もいるみたいだよ!」

「はー。すごいなー」



と適当に受け答えをしているとムッとした橘は俺の頬を引っ張った。


「なぬをすうんだ」

「だって一ノ崎くん全然話聞いてないみたいなんだもん!」

「いや聞いてるし・・・。あれだろ昼間はハンバーガー食べたいんだろ?」

「ほら!やっぱり聞いてないじゃん!」



と橘はプリプリと怒った。

これが俺以外の男子だったら一発で好きになりそうな笑みである。


「ヤッホー!おはよう理穂ちゃん!」


がバーッと梨花は満面の笑みで理穂に抱きつく。


「や、やめてよ梨花!恥ずかしいよ〜」

「まあまあ良いでわないかあ!」


梨花はまるでどこかの悪代官の様なセリフを吐く。


・・・なぜだろうか。女子同士のイチャイチャは何だかちょっとエロいのは俺の気のせいか?


梨花が橘の服の中に手を突っ込み、何だかモミモミしていらっしゃる。


俺は静かに視線を外すとそんな戯れる2人を置いてその場を立ち去ろうとしたが、首根っこを掴まれ阻止されてしまう。


「どこ行くの一ノ崎くん・・・!」


なんだかゼエゼエっと笑い疲れた様な表情の橘さん。


「いやお二人のお時間を邪魔しちゃ悪いと思ってな・・・」

「私を助けてよ・・・」


俺は少しうーんと考えるがあの元気の塊の様な梨花を止めるのは結構疲れる。


今の俺にはそんな体力もないのだ。


「朝からこいつの相手をできるのは精々海斗ぐらいだぞ?」

「それってどう言う意味さ!」


と梨花は理穂から手を離し俺の制服を掴んで食ってかかる。


「いやそのままの意味だぞ?俺は朝が弱いからな・・・。海斗であればある程度止めてくれるだろう。それに海斗のことが好きなお前ならあいつの言うことならなんでも聞くだろう?」



俺は淡々とそう述べる。

この世界などあいつが中心に回っている様なものだ。

あいつさえいればある程度の問題も解決できるほどに・・・。


俺のその言葉に何故だか悲しそうな顔を浮かべた梨花は、そっと俺の制服から手を離した。


「私は海斗のことなんて好きじゃないもん・・・!」

「うん?なんか言ったか?」


ゴニョゴニョと小さく喋った梨花の言葉は、残念ながら俺の耳には届いてはいない。


どこか険悪な雰囲気の場。理穂も何だかあたふたしている。


しかしそんな雰囲気を壊すのは決まって主人公だったりするのだ。


「あれ!理穂おはよう!」

「あ!か、海斗くんおはよう!いいところに来たね!」


満面の笑みでこちらに戻ってきた主人公海斗。名前を呼ばれた橘は何だか頬を染め上げている。


やっぱり友人キャラは損な役どころだな・・・。

俺は改めて再認識すると、乱れた服を直すと溜息を吐き出す。


「さっさと行こうぜ・・・。学校に遅れちまうし」

「そうだね!行こうか」


俺は皆を待たずに先を歩く。

ガヤガヤと後ろが騒がしいぐらいの声が出てきた。


先程の重い空気は何処へやら俺が居なくともやはり海斗は上手くやってしまうらしい。


俺は静かにポケットから青いハンカチを取り出す。


「星座占いを信じた俺がアホだったな・・・」


自分の哀れさに思わず鼻で笑ってしまった俺は、ハンカチを握りしめると突如として突風が吹き荒れた。


「つっ!」


飛んできた太い木の枝が俺の手にクリーンヒットし思わずハンカチを離してしまう。


風に飛ばされハンカチが舞い上がり腕を伸ばすが届かない。



「拓也!だ、大丈夫!?」



と梨花が心配そうに俺の手を見るが、俺はプラプラと大丈夫だとアピールする。


「梨花達は先に行っててくれ・・・。俺はハンカチを探してから行くわ」

「わ、私も手伝うよ!」

「いやいいよ・・・。学校初日遅刻とか間抜けな事は俺だけで十分だ」

「でも・・・」



梨花が何か言いたげなのは分かっていたが、もう何だかどうでもよくなってしまった。


俺はフルフルと手を振るとそのままハンカチを探しにその場を後にするのだった。



ーーーー


これはまずった・・・。


俺は歩きながら手の中にあるスマホで時間を確認すると肩を落とす。


スマホにはちょうど9時の時刻が示されており、俺が学校初日から遅刻が決定した瞬間となってしまったのである。


今から急いでも怒られるのは避けられないな・・・。


ならばいっそのことハンカチを探してから行こうと俺は決め、ハンカチが飛んで行ったと思われる方向をブラブラと歩いて行く。


1人と言うのは何とも気軽でいいのだろうか、誰にも邪魔されず何も言われず自分の好きなようにできる。

これ以上の至福がこの世にあっただろうか?


今までは海斗と言う主人公が居たせいで、碌に夜も眠れないなんていう日や少女達の暴走を止めるため裏で色々動く何て事も度々、と言うか殆ど毎日のようにあったので今の時間というのがどれほど贅沢なものか俺には痛いほど分かってしまう。


ウロウロぶらぶらとしている事約10分。

桜の木が並ぶ公園を見つけた俺はその美しさに思わず足を止めてしまう。

ジッと公園の方を見つめた俺は、ちょっと休憩するかと自販機で缶コーヒーを買って、中央に設置されているベンチへとどっかり腰を下ろした。


カチャッと蓋を開け、俺はチョピリと一口コーヒーを飲み込む。


ブラックは前世の頃からあんまし飲まなかったのだが、最近はブラックを飲んでしまう。

まあ圧倒的にカフェオレやらそっち系の方が多いけれど。


心地よい春風が頬を撫でて、小鳥の囀りが妙に心地よい・・・。

いつの間にか残り3分の1程度しか残っていないコーヒーを一気に空にさせようと俺は満開の桜、どこまでも広がる青い空、そしてピンク色の可愛いパンツ?を見上げながら缶の中身を空にしようとして突如思考を停止させた。


そして巻き起こる混乱に思わず飲んで居たコーヒーを吐き出してしまう。



カハゴホ!とコーヒーを吐き出す俺はその光景に思わず「はあああ!」と大声を出してしまった。


「へえ?」


と当の本人である少女は枝の上でどこか呆けた表情を浮かべたが、自分の置かれた状況を理解してか顔を真っ赤にさせて片腕でスカートを押さえつける。


しかしそんな急に体を動かしたせいか枝の上でバランスを保てなくなり、そのままフワッと枝から落ちてしまった。


俺はマジか!と急いで木の下に潜ると両腕を出して、落ちる少女を受け止める。


ズシンと両腕に重さが伝わるが、日頃から馬鹿みたいに鍛えているおかげかなんとか少女を落とさないことには成功。腕の中の少女は未だ目を瞑り少し涙目な、その姿が実に可愛らしくそこらへんの男なら一発で好きになること間違いないほど彼女は可憐だった。


しかし俺の心の中ではそんな感情は皆無であり、只々何故こいつがここにいるんだ!と困惑と驚愕の2つの感情が渦巻く。


困惑は俺の前世の記憶からで、この少女・・・否この作品のメインヒロインである彼女が何故こんなところにいるのか・・・。


そして驚愕は俺が今世一ノ崎 拓也としての感情であり、この町にはいないはずの幼馴染がここにいるという驚きを隠せないためだ。


流れるストレートな金髪。一部分を三つ編みにした彼女の髪はまるで絹のようで太陽に反射しなんだかキラキラと輝いていた。


175センチ程度の俺の身長よりも低いが女子の中からしたら大きめな彼女は引き締まった体をしているが、でるとこは出ているモデル体型で、その吸い込まれそうな翠色の大きは瞳を俺に向ける。


交差する視線、どのくらいの時間が経ったかわからぬまま見つめあった俺達。


不意に少女が目元に涙を貯めると俺の頭を両手で挟み込んだ。



「タクヤ本当に久しぶりね・・・!とっても会いたかった・・・!」


そうして彼女は体を動かし俺の額に唇を置いた。一体何が起こったのか俺には分からず只々混乱している中、息がかかりそうな程顔を近づけてくる少女・・・。

当時よりだいぶ大人っぽく、それでいてとても美しくなった少女 ソフィア・エル・カルトリアス はまるで花畑が咲き乱れるような笑顔を浮かべて唖然とする俺の顔を只々見つめ続けるのだった。

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主人公概念な世界に終止符を! キュータロー @kyuhisa

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