第64話 そういうとこ

 昨日のあれ、何だったんだろう。

 曜ちゃんの突然の告白のことだ。

 それまでは正直お互い気まずい空気になっていたのに、唐突過ぎる告白だった。しかも返事するなと言われた。告白しといて返事するなって、一体どういうことだ?


 その晩、日課となっていた曜ちゃんとのThreadでのやり取りはなかった。翌朝もない。

 理解の及ばない出来事に、僕はまた頭を抱える。

 告白されたら、普通その思いに対して何らかの答えを示さなければならないのが普通だ。でなければ相手は先に進めない。

 相手の望む答えを与えられるかどうかはともかく、少なくとも相手が前を向けるように、きちんと伝えることが、自分に好意を寄せてくれた相手への礼節だと思ってた。と言っても今までそんな機会はなかったんだけど。

 初めて告白されたのに、当の曜ちゃんは返事を寄越すなと言う。


 うーん……。

 あ、待って待って。返事はいらないってことは、前に進む気もないってこと? いやいや、何つう放置プレイだよ。そういうプレイ的な何かか!?


 などと詮方ないことを考えていると、これまた気まずい雰囲気で会話のない状態の羽深さんが、朝の二人きりの教室で口を開いた。


「拓実君……昨日……ゴメンね……」


 ぬぉっ!? 羽深さんに謝らせてしまった。びっくりして羽深さんに目を向けると、とても悲しげに目を伏せて、そのか細い人差し指を机の板上に突き立ててこね回している。


「え……何で羽深さんが謝るの?」


「だってぇ……」


 羽深さんの人差し指のコネコネは止まらない。


「ん?」


「だってぇ……昨日、林君と一緒にいたから……」


「え、あぁー。それは、まぁ、そのぉ……」


 デートどうだった? とか訊いちゃダメだよね〜。

 相手があの羅門だから非常に気になるところではあるが、まあでもあの後はきっとデートって雰囲気じゃなくったんじゃないかなぁ。僕らもそうだったし。


「まぁ、羽深さんは謝る必要なんてないよ。言われた通り、僕がとやかく言うようなことじゃないもんね。僕にはそんな資格ないもんな。はは……」


 僕は力なく笑った。


「……そうじゃないんだけどな……」


「え?」


「何でもない」


 羽深さんは今、そうじゃないって言ったけど、それは何に対してだったんだろう。謝る必要ないって僕が言ったことかなぁ……。

 結局この日、羽深さんとのこの微妙な距離を詰めることもできないままだった。


 こんな調子で迎えた放課後、しばらく帰宅のために立ち上がる気力も湧かずぼんやりしていたら、珍しくメグに一緒に帰ろうと誘われた。


「今日さぁ、お前ん家行っていい?」


「あ? 別にいいけど」


「一緒に曲作らね? スタイル・ノットの曲増やす話してたじゃん」


「あー、そう言えば。うん、いいよ」


 なんていうやり取りがあって、途中コンビニでお菓子や飲み物を買って帰った。

 のんびりと、お菓子をつまんだり飲み物を飲んだりしつつ、曲のアイディアを出し合う。

 メグが部屋にあるGibsonのアコギを鳴らしながらメロディーの断片を口遊む。

 僕はエレピで応じつつ、そのメロディーの断片からさらに展開させたり、あるいは役割が逆になったりしながら作っていく。


「ま、こんな感じかな」


 概ねヘッドアレンジも決まったところで、お互いひと息つく。


「なぁ。そろそろバンドの宣伝もしとかね?」


「んー。そうだな」


 宣伝か。つってもどこ向けに宣伝するんだろうか。

 文化祭でステージに立つためだけのバンドだ。羽深さんがメインボーカルってだけで絶対校内では話題沸騰だろう。

 て言うか考えてみたら文化祭で演るためだけにそんなに持ち曲いらなくね? と気づいてしまったが、ここまでやったら今更か。


「おぉーい、なんだか気のない返事だなぁ」


「んー、そっかぁ」


「……」


 ぼやっと考えことをしていて話題に集中できていない僕に、メグは呆れた様子でこちらを窺っている。


「そうだな、まぁその件は任せるよ」


「……なぁ、ひょっとして何かあった?」


 ん……さすがに付き合い長いだけあってメグにはバレるみたいだ。


「んー。あのさぁ、昨日、曜ちゃんから告白された」


「っ! まじかよ!? って、えぇっ? マジかよぉ……」


「うん、マジ」


 大変光栄なことなので本来なら舞い上がりそうなものだけど、残念ながら今の状況をとても喜べない僕がいる。そのせいで、メグの様子とは対照的に僕のそれは淡々としたものだ。


「……で? どうすんの、お前?」


「うーん……逆にどうしたらいいの?」


「はぁっ? 俺が知るかよ。お前がどうしたいのかって話だろうがよ」


「うん、まあそうなんだけどさ。それがなぁ……」


 ホント、どうしたらいいのか。


「言ってろよ。このモテ男めが」


 ふっ。告白されたのなんて初めてだっての。メグにだけは言われたくないわ。逆にこのモテ男めが。


「だってさぁ。返事はしないでくれって、言われちゃったんだよなぁ……」


「ほぉ」


「なぁ、どうしたらいいの? 教えて、逆にモテ男くん。返事すんなってどういう意味よ?」


「知るか。お前がしたいようにするしかないだろ。そんなもん」


「だからそれが分かんないから相談してんだろ。曜ちゃんが求めてることが分かんないから、どうしたらいいか分かんないんだよ」


「……はぁ……あのなぁ。じんさんが求めてることなんて分かりきってるだろが。マジで分かんないとか言ってんの、お前?」


「分かってたら悩まないだろ? 意地の悪いこと言うなよ」


「はぁ……」


 大きくため息を吐くと、メグは心底呆れたといった蔑んだ目でこちらを窺い、言葉を継いだ。


「あのなぁ。神さんが望むことなんて一つしかないだろ。お前に告白したんだから、お前にも好きって言ってもらいたいに決まってんだろが。そんな当たり前のことが分からないとか馬鹿か、お前」


「いやだってさ。答えはいらないとか言うんだもん。意味分かんなくね?」


「そんなのお前からいい返事もらう自信がないからだろ? 何で分かんねえの、お前は? イラッとくるわ、そういうとこ」


「……なんかごめん……」


 しゅんとなりながら、曜ちゃんから言われた「そういうとこだよ」という言葉が不意に甦り、その言葉の意味を改めて噛み締めた。

 口の中に苦味がじわりと広がる気がした。


「女の子なんてな、基本的には安心させてもらいたいもんなんだよ。まぁ、安心なだけじゃそれはそれで飽きられるけど、今はそれは関係ない。ここぞってところで安心させて欲しいもんなの。お前不安にしかさせてないんだろ。ハッキリしないんだろ。違うか?」


「……」


 言葉がなかった。

 昨日曜ちゃんの機嫌が悪くなった場面を思い返すと心あたりがめっちゃある。

 メグがモテる理由がなんとなく分かった気がする。そして決定的に僕がダメなことも。


「だからお前はどうしたいのかって言ってんの。お前が腹括ってなきゃどうにもなんないんだよ。ハッキリさせろや。神さんも羽深さんも傷つけてるんだよ、お前のその優柔不断で鈍感なところがさ」


 メグの率直な物言いに、僕は何も返せなかった。

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