第65話 かき氷に舌鼓を打ちながら 【挿話 ミカの相談室】

「またやってしまったぁ〜。今度こそもうダメかもぉ〜」


 最近ついに恋に落ちた超奥手の美女ららが、また何やら世界の終わりでも来たかのような絶望ぶりで泣きついてきた。お気に入りの抹茶エスプーマ善哉を出す甘味処うさぎ屋に呼び出して話を聞くことにしたのだが、会うなりこの調子だ。

 泣き言言うだけ言っても、どうせ最後は自分で立ち直る。この子はそういう子なのだ。


「あ、すみませ〜ん。抹茶エスプーマ善哉かき氷を二つお願いします」


 わたしは構わずひとまずは店員さんに声をかけて注文を済ます。そろそろ蒸し暑い季節。今日は夏限定のかき氷メニューも楽しみでこの店をチョイスしたのだ。

 そういえば前の時もこのお店だったけど、せっかく幼馴染みのららと会うのだし、どうせならお気に入りのお店で会いたい。


「もぉ、本当に嫌われたかもぉ〜。あぁ〜、ダメだもぉ……終わった。わたし終わった……」


 店員さんが出してくれた温かい緑茶が、冷房の効いた店内でいささか冷えた体を内側から温める。それがなんとも心地よくてホッとする。


「どうしよぉ〜。拓実君に嫌われたかもぉ〜。本当に嫌われてたらどうしよぉ〜。あぁ〜、ダメだ。もぉダメだぁ〜。終わった。わたし終わったぁ……」


「お待たせしましたぁ。抹茶エスプーマ善哉かき氷をお二つですねぇ」


「あ、はい。どーもー」


 そうそう、これこれ。これが楽しみだったのよねぇ。抹茶味のかき氷に上品な餡子とタピオカ。さらにそれを覆うようにトロリとかかっている抹茶エスプーマとコンデンスミルク。


 山が崩れないように、竹製のさじでそっとすくって口に運ぶと……ほわぁ。口内に広がる清冽な感覚と仄かな苦味。続けて鼻腔を抜けるお抹茶の爽快な香り。そしてなし崩しにコンデンスミルクの甘味が抹茶のほろ苦さを優しく包み込んで……っ!? これは……ただのコンデンスミルクではない……だとっ? 抹茶の香りの後に鼻腔に立ち昇るこの香りは……どこか南の島を想起させるようなこれは……ココナッツミルクだっ。微かに香るココナッツミルクとコンデンスミルクの甘い香りが抹茶の香りと苦味の上に覆い被さるように拡がっていく。

 消えてしまった氷の後には時間差で溶けていく上品な餡子のマイルドな食感とタピオカのプルッとした食感。それはまるでシルクみたいな流麗なストリングスとリズミカルに鳴り響くパーカッションの異色のセッションのようにわたしの心をうち震わす!

 あぁ、次のひと口を……早く次のひと口をと求めてしまう。甘くなった舌にまたあの清冽な抹茶を頂戴っ!


「あぁ〜、あれだ。ジンピカちゃんのせいだ。あの子絡みだとついつい熱くなっちゃうんだぁ〜。それでやらかしちゃうんだよぉ。ペース乱されるんだよぉ〜」


「そりゃ恋敵だからららがそうなっちゃうのも仕方ないことだよ。でも他人のせいにするのはらららしくないな。てか溶けちゃうから早く食べなよ」


「うぅ……だってぇ……」


「だってじゃない。ほれ、食べなされ」


 うーん。やっぱり止まらないわ、この抹茶エスプーマ善哉かき氷。まるで見始めたら止まらず徹夜してしまう海外ドラマのようだわ。


「うぅ……そもそも拓実君がジンピカちゃんとデートなんかするからいけないんだよぉ……」


「それもらららしくない。他人のせいにしないの。ほら、食べれ」


「うぅ……だってぇ……」


「だってじゃない。はぁ〜ん。美味しい〜。幸せ」


「もぉっ。ちょっと酷くない!? わたしがどんな気持ちでいると思ってるのっ?」


「もうダメだぁって言いながら諦めもせずにウジウジクヨクヨしてる。どうせまた暴走して自爆でもしたんでしょ? もういい加減パターンが見えてきた。ほら溶けちゃうよってさっきから言ってるのにぃっ」


「……酷いよぉ、ミカ……」


「もぉ〜、しょうがないなぁ。どうしたってのよぉ」


 かき氷に舌鼓を打ちながらららの話を聞いてみると、どうやら意中の拓実君を揺さぶろうと他の男のデートの誘いに乗ったところ、間が悪いことに他の女とデート中の拓実君とバッタリ顔を合わせてしまったらしい。

 翌日学校でその拓実君に頑張って謝ったら、別に自分には関係ないしみたいな反応が返ってきたもんだから、作戦失敗どころか知りたくなかった拓実君の自分への気持ちを知ってしまい悲観していると。まあざっくり言えばそんな感じらしい。

 思った通り、暴走した挙句の自爆だった。


 いやぁ、それにしてもこの愛らしいららに心動かされないなんて、拓実君とやらは一体何者なのか。わたしはむしろそのことに興味津々だ。

 うちのかわいいららがまさかどこの馬の骨ともしれない女に負けるとは思っていないが、こればっかりは相性ってものもある。だけどそれを差し引いてもららに靡かないとは考え難いんだけどなぁ。


 どれどれ。その拓実君とかいう朴念仁に一度会ってみるとしようか。わたしが見極めてやろうではないの。


「ねえ、らら。文化祭のライブっていつなの? わたし観に行くよ」


 ららはそれからもしばらくぐちぐち言っていたが、結局最終的にはいつもどおり再び闘志を漲らせて帰って行ったのだった。

 頑張りなよ、らら。


「あ、店員さんすみませーん。あったかいお茶をもう一杯いただけますか〜」


 あぁー、て言うかなんだかわたしも恋したくなっちゃったなぁ。

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