第61話 デート……だねぇ

「もしかしてタクミ君ってさあ、羽深さんと付き合ってたりするのかなぁ?」


 ガラガラの車両。僕の隣でそう言う曜ちゃんは、こちらを見ることなくまっすぐ前を向いたままだ。


「なんか、一緒にバンドをやるようになって時々そんなことを言われるんだけど、僕と羽深さんは別に付き合ってなんかいないよ。あ、曜ちゃんは学校が違うし知らないだろうけど、僕は学校じゃモブキャラでさ。羽深さんは正反対の学園一のクイーン的な存在なんだ。自分で言ってて情けないけど、僕と羽深さんじゃ月とスッポン。二人が付き合うとかあり得ないくらいに住む世界が違うんだ」


「ホントにぃ?」


「ホントに」


 疑い深いな。少し考えたら分かりそうなもんだけど。


「ホントにホント?」


「ホントにホント」


「うぅ〜ん……イマイチ信じられないなぁ……タクミ君がモブキャラって……」


 え、信じられないってそこ? どう見てもモブ意外の何でもないでしょうが。曜ちゃんの人を見る目はおかしいぞ。

 ていうかあれか。そう言えばなんか変な生き物が好きみたいな話になってたな、前。


「いや、マジでモブだからね、僕。何ならモブの中のモブっていうくらい。何しろ学校で羽深さんと目が合っただけで羽深さんの取り巻き連中から苦情が殺到するわ、絡まれるわ、そりゃもう大変なことになるんだから」


 そんなこと、曜ちゃんは知らないでしょうが。だから信じられないんだろうけど、学校じゃそうなんだよ。


「え、でも羽深さん、毎日一緒にお昼ごはん食べてるって言ってたし」


 うぐ……そうだった。ま、色々あってのお昼なんだけど……曜ちゃんは経緯いきさつを知らないからなぁ。


「あぁ……それには深〜い事情があってだねぇ……」


「どんな?」


 どう説明したらいいか、しばし遠い目をして考えをまとめる時間を頂戴する。うむ。


「羽深さんは、取り巻き連中にいつも囲まれている自分の状況をあまり好ましくは思っていないんだ。それで昼休みはそのグループを抜け出すことに決めたんだけど、僕はその協力者ってわけなんだよ」


 実は昼だけじゃなく朝の登校も一緒なんだけど、ここは余計なことはなるべく言わないでおきたい。


「なんか嘘っぽいんだよなぁ……」


「いやいや、これほんとだから。マジで嘘じゃないから。本当なんだよ?」


 意外と疑い深いなぁ、曜ちゃん。僕なんかが羽深さんと付き合えるわけないじゃない。

 って、よく考えてみると曜ちゃんと僕も全然釣り合いが取れないか……。もちろん僕がスッポンで曜ちゃんが月。


「うぅん……」


「ま、そこは信じてもらっていいから。本当だからね。バンドのことだって、僕は最後まで反対したんだよ? 羽深さんと一緒にバンドなんてしたら、僕の立場的にかなり厳しい状況に立たされるのは間違い無いからさ。残りの学園生活終わったようなもんだよ」


 と自分で言っときながら悲しくなるわ。何が悲しくて自分がいかに価値が低いかを力説せにゃならんのだ、まったく。

 そうこうしているうちに、目指すプラネタリウムの上映施設に到着。チケットを購入すると、カップル用に用意されたカウチで仲良く寄り添って眺めるようになっている。ま、ウェブページで見たので知ってはいたが、正直これはかなり恥ずかしいぞ。


 ソファに隣り合わせに座り……というよりはむしろ横たわる感じなんだが、この状態はかなりヤバい気がする。

 向き合うと思いの外近くにお互いの顔があって、体も結構近い状態で、しかも横たわっている状態なので、これは正直大人のカップル向けかなと思う。何というかこう、いわゆる大人の関係じゃないとこの距離は恥ずかしくて激しく動悸がする。羽深さんに鍛えられた僕の心臓とは言え、これはかなり辛い。だって羽深さんとだって同じカウチで隣り合って横たわることなんてないんだから。


「これはさすがに照れちゃうね。えへへ」


 と曜ちゃんは恥ずかしげに微笑んだ。

 正直僕は照れるなんてもんじゃない。早く照明を落として星を見せてくれ。一刻も早く天体に集中しないと、すぐ隣にいる曜ちゃんに意識を持ってかれちゃって、もう体中を駆け巡る血という血が沸騰してしまいそうだ。

 ところが上映が始まっても事態は収束を見なかった。というかむしろ更にドキドキするはめになった。


 天井を見上げようと仰向けになると肩と肩が触れ合う。暗闇だと余計に想像力が掻き立てられてしまい、余計に生々しさが増すのだ。

 そんなわけで、季節の星座についてのストーリーやらうんちくやら、聞こえてくる音声はほぼ耳を素通りしていって、ただ曜ちゃんの体温や息遣いだけが僕に侵食してくるように感じられた。


そんな、ただ耐えるだけの時間がようやく終了し照明が灯ると、お互いの距離が非常に近いことを改めて視覚的に認識し、どちらともなく慌てて立ち上がるのだった。


「あっ……」


 不意に声を上げた曜ちゃんに目を向けると、出口の方を見て固まっている。

 つられてその視線の先に目をやると、あろうことか羽深さんが羅門の奴と仲良く並んで出口に向かっているではないか。

 何事だっ! と思ったがどう考えてもデートだ。結局羽深さんは羅門からのデートの誘いに乗ったということだ。


「タクミ君……あれって、羽深さんだよね?」


「あ、うん。羽深さんだね……」


「デート……かなぁ?」


「デート……だねぇ……」


 僕は深くため息を吐いた。何だって羽深さん、僕の忠告を聞かずにあいつとデートなんか……。

 しかし同時に今朝かなでちゃんから言われた言葉が頭の中にこだまする。僕は羽深さんの親でも彼氏でもない。そっか、資格って、羽深さんの正当な彼氏になって物を言えって意味かぁ……。そんなの一生無理じゃん……。


「ふぅん……そっかぁ。羽深さんとタクミ君って、本当に付き合ってなかったんだね……そっかぁ、ふぅん」


 曜ちゃんの言葉に、僕の心は深く抉られるような気分になった。

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