第52話 ねぇ、拓実君
帰宅すると、僕はすぐに部屋にこもってキーボードに向かい、曲作りを始めた。
ブラックミュージックっぽく、
メロディーとコード進行が決まったらアレンジを考える。楽器編成やリフ、フレーズを考えてどんどん演奏しながら録音していく。僕はギターもベースもある程度は弾けるので、こういう作業は捗る。ドラムは取り敢えず打ち込みで済ませておく。
「よし、できたっと」
伸びをして肩をほぐしてから、2ミックスをファイルに書き出してスマホに取り込む。
この段階では単にデモ音源に過ぎないが、一応メグにメールして音源を送っておいた。
寝る前になって、曜ちゃんからThreadに着信があった。それも珍しく通話の方で。
『あ、タクミ君? 今いいかな』
と、遠慮がちに始まった通話だった。
曜ちゃんは羽深さんとのバンドの件をやけに気にしていた。結局それが気になって電話してきたような感じだ。
羽深さんもやたらと曜ちゃんのことを意識していたもんな。特に曜ちゃんのバンドを手伝ってることとか。その辺のことって、そんなに気になるものなのかなぁ。
最終的にバンドをやることになりそうだと話したら、とても羨ましがられた。
昨日は結構険悪な雰囲気かと思ったんだけど、曜ちゃんも羽深さんとバンドやりたかったわけ? 不思議に思ってそう訊いてみたら、僕とバンドをやることになった羽深さんのことが羨ましいのだと言われた。
そんなことを言われると僕もまんざらじゃない気持ちになるってもんだ。
「THE TIMEで一緒に演れて、すごく楽しかったよ、僕としても」
正直にそう伝えたら泣かれてしまってうろたえた。女子を泣かしたなんて人生で経験のないことだったのだ。
『またTHE TIMEの方も手伝ってね』
「ぜひぜひ」
という話で通話は終わった。
その後、いつもみたいにメッセージの応酬が少しだけあって、僕も寝たのだが、翌朝も今まで通り曜ちゃんからのメッセージが届いたので、ちょっと安心した。何だろうか。せっかく仲良くなったのに、このまま気まずくフェイドアウトしてしまうのは何だかすごく寂しい気がしていたのだ。付き合うとか付き合わないとかいう話とは別にね。
そして登校時、今度は羽深さんと一緒になる。
羽深さんは羽深さんで、曜ちゃんから連絡が来たかどうかをめっちゃ確認してくる。もう僕も特に隠すことなく連絡が来たことを話すのだが、すると今度は羽深さんが悲しそうな顔をする。
僕は彼女たちが考えていることがさっぱり分からないのでどう応じていいのか分からない。これが僕を取り合っているなんていう話なら僕だってどうにかしようと思うところなんだけど、そんなわけないもんなぁ。
「あ、そうだ。バンド用に一曲作ってみたんだよね。まだ歌詞はついてないんだけど、聴いてみる?」
ガラガラの電車の中、またぴったり隣り合わせて座る羽深さんに話を振ってみる。
「えっ、ホント!? 聴く聴くっ」
ま、そうだよね。
僕は音源を用意して羽深さんにAirdropする。またイヤホンをシェアして聞こうなんて言われたら心臓に悪いからな。
羽深さんは音源を熱心に聞き入っている様子だ。最後まで聴いてから、また最初に戻って聴き始めた。
聴き終わると、イヤホンを耳から抜いてくるくるまとめてケースに戻した。
「どうだった?」
待ちきれない僕は質問する。
「うん……気に入っちゃった。えへへ」
と、にっこり微笑んでみせた。
「そっかぁ。よかった。キーはどうかな。歌えそう?」
キーの確認をしないまま作ったので、本格的な録音物にするためには羽深さんのキーに合わせて場合によっては取り直さないといけない。この間のセッションで大体の音域は把握していたから大丈夫だろうとは思うけど。
「うん、実際に歌ってみないと分かんないけど、多分大丈夫そう」
それはよかった。ていうか羽深さんとバンドやるのか、本当に。今更になって実感が湧いてきた。
僕の高校生活、大丈夫かなぁ。羽深さんとバンドをやるなんてみんなに知れたら、一体僕はどうなってしまうんだろうか。
これまで、朝のひととき一緒に教室にいただけでひどい目に遭った。下校時、帰り道が同じだっただけでもこれまたひどい目に遭った。それが今度は一緒にバンドだぞ? 終わったな。正直終わった。僕のハイスクールライフ終わりました。
果たして残りのハイスクールライフを犠牲にしてまでやる意義がこのバンドにはあるのだろうか。それだけの意義があったと思えるものにしたいなぁ。
「ねぇ、拓実君」
「ん?」
「どうもありがとう」
そう言われた後、頬に触れる柔らかな感触と羽深さんの甘い香りが鼻をくすぐった。
え? 今のって何だ? あれ? まさかの?
横を向くと、俯いた羽深さんが耳まで真っ赤にして顔を両手で覆っていた。
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