第51話 いいけど?

 昨夜、あの後曜ちゃんから連絡はなかった。

 まあ遅かったしライブで疲れたろうし仕方なかろうと思っていたのだが、今朝も、そしてお昼にも連絡はなかった。

 羽深さんは曜ちゃんから何のメッセージも届いていないことを確認して、何か勝ち誇ったかのようなしたり顔をして終始ご機嫌だ。

 よく世間じゃ、男は一歩外に出れば七人の敵がいるなんて言われちゃいるが、に恐ろしきは女の闘いというものか。くわばらくわばら。


 それはそうと、羽深さんのバンド欲はどうにも本気らしく、今朝の登校時からもう一方的なバンド構想の話に終始した。

 それだけでは飽き足らず、昼休みもずっとその話題。メグの奴、羽深さんに安請け合いしやがって、覚えてろよ。

 そんな状況なので、僕は放課後メグをハンバーガーショップに呼び出してバンドについて話し合うことにした。


「お前ねぇ。どういうつもりだよ、羽深さんとバンドなんて勝手に決めちゃってさぁ。巻き込むなよ」


 恨み節も出るってもんだ。音楽好きな羽深さんとはいえ、演る側としては素人だ。そんな羽深さんの思いつきに対して安請け合いするなんて、無責任すぎるだろう。


「えぇ、いいじゃん。俺は羽深さんのボーカルいいと思うよ。実際何回もカラオケ行ってるけどさ、なかなかいいんだよね、羽深さんの声」


 アイスティーをストローでチューっと一口吸ってから、紙コップをテーブルに置いて、メグはこともなげにそう話す。


「はいはい。リア充ってカラオケ行くよね、みんな仲良くさ。ちなみにカラオケなんか行って、メグは何歌うわけ? ああいう場で歌うような歌あるの?」


 こいつも僕とおんなじ音楽ジャンキーだ。クラスメイトに受けがいいような曲を知ってるのか心配だ。だれも知らないような洋楽歌ってドン引きされるような事態にならないんだろうか。

 いや、まあ何事にもソツのないこいつのことだからそんなことはないのか。


「え、普通にJポップ歌うし。カラオケなんかで音楽性なんか追求しねぇし」


 ふーん。そんなもんなのか。カラオケなんて行かないからよく分かんないわ。


「まぁ、それはいいんだけどさ。問題は羽深さんとのバンドだよ。どうするの、マジで?」


「うーん。別に問題ないと思うけど? 逆に楠木は、何をそんなに問題視してるの?」


「え?」


 何をって、お前ねぇ……何をだろ……?


「うむぅ……」


 押し黙る僕に、メグが畳み掛けるように言葉を継ぐ。


「何も問題なくね? 羽深さんの声、なかなかいいし。俺も楠木も曲作れるんだから持ち寄ればいいし。まぁ、お前は嫌だろうけど、羅門らもんにギター弾かせりゃ何やろうがサウンド的にはシャキッとするだろう?」


「はぁ……やっぱりか。やっぱり羅門誘うのか……最初聞いた時嫌な予感はしたんだけどなぁ」


「まだ気にしてんのかよ……。俺らと演るんだったら羅門くらいしかレベル的に合わないだろ?」


 はやし羅門らもんは中学時代に一緒にバンドをやっていたギタリストだ。

 彼とは色々あって、結局そのバンドは空中分解。僕もメグもそれ以来特定のバンドに所属することなく、トラとして活動する今のスタイルに落ち着いている。


「ま、そうなんだけどさ……」


「それに、そろそろバンドもやりたくなってきたし。楠木もそうなんじゃないの?」


「ま、そうなんだけどさ……」


 とは言っても、よりによって羅門とまたやるってなぁ。中学の時のバンドとほぼ一緒になっちゃうじゃん。しかもボーカル羽深さんだろ? うーん……。


「あと、A組の本郷って知ってる? 結構ギターいけるらしくてさ。弾いてみた動画を結構あげてて、ちょっと見てみたところじゃ、なかなか良かったんだよな。あとはキーボード見つけてくればバッチリだろ」


 こいつ……知らないうちにそこまでリサーチしてるとは……結構マジで乗り気なんだなぁ。


「はぁーっ。それで? メンバーはそれで行くとして、どんな音楽やる?」


「ふふぅん、そうこなくっちゃ! それなんだけどさ、羽深さんの声質からしたら、基本はフレンチポップなのかなー」


「おぉ、まぁ妥当だろうな」


 たしかに羽深さんの声には一番ハマりそうだ。ただそればかりじゃバリエーションに欠けるだろうなぁ。新鮮味もない。


「楠木は? どんなのが合うと思うんだ?」


「うーん……この前、たまたま羽深さんの歌を聴く機会があったんだけど、意外と何でも行けそうな気がするなぁ。それこそTHE TIMEでやったみたいに、モータウン系のソウルを全然黒人っぽくないボーカルでやるのとか、結構有りかもね」


「あぁー、あの感じって意外に良かったよな。アレンジ次第かとは思うけど。でもまあ、お互いあの辺りのモータウン系は得意だしいいかもな」


「うん。ちょっとエレクトロでおしゃれな感じにしたらウケも良さそうじゃん」


 といった具合に、最後にはなんだか僕もその気になってしまっていた。


「いいねいいねぇ。じゃあさ。取り敢えず一曲ずつそのテイストで持ち寄ってデモ音源作ってみない?」


「いいけど?」


「よし、決まりなっ。そうだなぁ、今週中に一曲くらい作ってこられる?」


「いいけど?」


 そんなわけで、流れで一曲作ることになってしまった。まぁ、構想は何となくあるので、一曲くらいは多分すぐできてしまいそうだ。


 なんかうまいこと乗せられた気もしないではないが、帰宅後僕は早速曲作りに取り掛かったのだった。

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