第50話 以後お見知りおきを

 気まずい……。非常に気まずい……。

 羽深さんと曜ちゃんは反目しあったまま僕の両隣を陣取っている。堪りかねてドリンクバーへと立つと、「あ、わたしも」と羽深さんが立ち上がり、負けじとばかりに「わたしだって」と曜ちゃんが立ち上がる。

 一体全体二人ともどういうつもりなんだよ。何の勝負なんだ?


「拓実君、何飲む? いであげるよ」


「タクミ君はレモンティーの炭酸割りだよねー」


 羽深さんが何か言えば、対抗するように曜ちゃんが被せる。やはりか……。やはり美女同士がエンカウントすると張り合ってしまうものなのか。

 曜ちゃんに関してはそんなキャラじゃないと勝手に想像していたんだけどなぁ。美女の生態分からんっ。


「あ、あぁ、大丈夫。自分で注ぐよ。ありがとね」


「ねぇ、拓実君、そんなおかしな飲み物本当に飲むの?」


 羽深さんが怪訝そうな顔でレモンティーの炭酸割りをディスってくる。バカにすんなよ、意外に美味しいんだから。


「え、まあ、飲むかな……意外に美味しいよ」


「飲むっ! そんな美味しそうな飲み物飲まなきゃ損だわっ! ね、拓実君、どうやるの?」


 あれ……急に掌返すし。まったくわがままだなぁ、

羽深さんはぁ。


「どれ、貸して。やったげるよ」


「ホントッ!? はいこれ。やってやってっ!」


 羽深さんが尻尾をブンブン振る犬のようなはしゃぎようだ。確か「そんなおかしな飲み物」って言ってた気がするんだけど、あの発言はどこ行った?


「むぅっ。タクミ君、わたしもっ! わたしの分も作ってもらえるかなぁ」


「え? あぁ、別にいいけど」


 やっぱ曜ちゃん対抗してくるかぁ。そんなことで対抗心燃やす必要あるぅ? ほんっと分かんねぇな、美女のプライド。


 ていうかまるでモテモテ気分じゃね、これ? なぁんて素人目線からしたら思われそうだけど、プロの見解はちょっと違う。むしろストレスしか感じない。だってモテるわけないんだから。

 これはあくまで美人同士のプライド合戦に巻き込まれたモブという構図でしかあり得ないのだ。


 そんな調子で困惑する僕をにやけ顔で眺めながら、メグの奴が「だから調子に乗るなって言ったろ」と声に出さずに口パクで言ってくる。

 うるさいわ。声に出してないけどうるさいわ。


「なぁなぁ光旗君よぉ。楠木君ってば何者なんだ? ジンピカってこの見た目だから昔からすんごくモテるんだけど、全然誰にもなびいたことないんだよ。俺小学校から一緒だったけど、誰かと付き合ったことなんて一切なかったはず」


「そうなのか? そこの羽深さんも見ての通り学校じゃ高嶺の花だけど、告白は全部断ってるっぽいんだよなぁ。楠木とは付き合い長いけど、こいつはボケーっとしてるくせに、時々とんでもないところがあるからなぁ〜。何か底知れぬ雰囲気はあるんだよなぁ、昔から」


「あー、楠木君見てるとそれなんとなく分かる気がする。でも本人の自覚が全然ないところが、ある意味天然って言うか?」


「そうそう、そうなんだよなぁ。まぁ、言っちゃえば変な奴なんだけど」


 って、ちょっとちょっと。鈴木君とメグの奴が随分と言いたい放題言ってくれちゃってるようですけど!? 僕は平々凡々を絵に書いたような男ですよ!


「変な奴と言えば、ジンピカも変な奴なんだけどねぇ」


「ちょっとぉ、鈴木君。聞こえてますからね」


 あぁ、僕のこと変な奴って言ってたのも聞こえてますからね、光旗君よ。


「あはは、わりぃわりぃ。だけどこいつってさぁ、なんだっけか、なんかの魚の睾丸が顎の下にあるんだとかってたまに熱く語ってたりすることあってさぁ」


 魚の睾丸? 熱く語る? う、うん……それは、変かもな、うん……。


「とうごろうめだか」


 はい? 羽深さんがいきなりイミフワードを呟いてますけど、この混沌の行方は一体どうなるの?


「とうごろうめだか」


 もう一回言いましたよ?


「あなた、まさか知ってるの? とうごろうめだかの悲哀を!?」


 今度は曜ちゃん? とうごろうめだかって? 悲哀って?


「ふふ。あなたわたしのことを誰だと思ってるのかしら? とうごろうめだかの睾丸が顎の下にあるなんて悲哀のうちに入るもんですか! 何しろ英語じゃ顎のことチンっていうくらいなんだから、その下に睾丸があるからってむしろ普通のことと言って差し支えないくらいだわっ! 本当の悲哀っていうのは、電気鰻のことを言うのよっ!」


 羽深さん!? どうしたんだこの状況!? 電気鰻の悲哀? さっぱりわけ分かんね。


「くっ、それは……」


「ふふふ。言い返せないでしょうね。なぜなら電気という能力と引き換えに、顎の下に肛門という咎を背負ってしまった電気鰻こそが本物の悲哀と呼ぶにふさわしい存在だからよっ!」


 ビシィっと音が鳴りそうに曜ちゃんを指差し、なぜか勝ち誇ったようなドヤ顔で仁王立ちする羽深さん。

 その様子も意味がわからないが、顎の下に肛門だと? さっきからとんでもない下ネタが飛び交ってる気がするが、何のこっちゃさっぱり分からんぞ?


「羽深さんは、何の話をしてるんだ? こんな羽深さん、見たことないんだけど……?」


 いや、メグよ。羽深さんのポンコツっぷりはちょくちょく目にしてるが、僕もこの羽深さんは見たことないわ。


「ははぁん。こりゃあれだ。二人とも同類って奴だなぁ、どうも」


 この状況で冷静な分析をしているっぽいことを言ってる鈴木君だが、プロの僕からしたら何を今さらだ。

 二人とも美人。つまり同類だ。


「あぁ〜、そういうことだなぁ」


 おいおい、お前も今さらか。

 まったくもぉ。イケメン供が揃いも揃って鈍いんだからなぁ。僕はプロだから最初っから気付いてましたけど。


「と、とりあえず落ち着こうか。ね、ららちゃんも座って、はい」


 どうどうと落ち着かせようとするが、羽深さんの鼻息は荒い。


「まさか電気鰻を出してこられるなんて……」


 事情はよく分からないが曜ちゃんは愕然としたご様子。


「改めて、初めましてジンピカちゃん。わたし、この度光旗君と拓実君と一緒にバンド組むことになった羽深ららと申します。以後お見知りおきを」


「えぇーーっ!」


 羽深さんの突然の宣言に、THE TIMEの面々が一斉に驚きの声を上げる。

 僕もそっち側で一緒になって驚きの声を上げた中の一人なわけだが、その後は曜ちゃん以外のTHE TIMEの人たちで無責任な盛り上がりを見せ、どんなバンドになるのかと勝手にあれこれ意見を言い合ったりなんかして楽しそうにしている。

 もちろん僕は付いていけるわけもなく、どこか遠い彼方に飛んでしまった自我が、しばらく道に迷って帰って来られなくなっていた。


 結局お開きの時間になるまでなんだかんだとカオス状態でその場は盛り上がり、曜ちゃん、僕、羽深さんの並びを眺めながら各自がああでもないこうでもないと好き放題無責任に言い合うという、針の筵に座って耐える修行僧の視点で捉えるしかポジティブな見方ができない状況に晒され続けたのだった。


 ようやくお開きの段となって、はて、曜ちゃんはこの状況下で例のお話というやつについてはどうするつもりなのかと気がかりになる。

 曜ちゃんは独りでぶつくさ呟いていたかと思うと、僕の手を引いて隅へ行き、一言、予定していたお話はひとまず保留だと告げた。

 まぁ、そうなるわなぁ。羽深さんの乱入で、なんか色々ぐちゃぐちゃになっちゃったなぁ。


 バンド、本当にやるんだろうか……。

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