第39話 普通そう思うよなぁ

 はぁ……。夢……じゃないよな……。あの……あの学園一のアイドルである羽深ららをデートに誘った……だと? スゴくね?

 何度もほっぺたをつねってみるが、痛い……。つまり夢を見ている訳ではないのだよな……。そう思ったら身体中が熱くなって枕に顔を突っ込んでジタバタせずにいられない。

 そもそも羽深さんの方から結構強引にデートに誘うよう誘導されたよね? 一体全体どうなってるんだこれ?


 そうそう。そういえばあの後、羽深さんに買っていたランチバッグをプレゼントした時の羽深さんもかわいかったんだぁ……。

 帰りの道すがらも終始ニヤニヤしちゃってさ。きっと気に入ってもらえたんだなと思ってこっちも嬉しかった。


 もう羽深さんって僕のことを好きなんじゃないのかという期待と、期待するんじゃないよこの童貞がという用心とがせめぎ合いを延々繰り返している。


 あぁーーーっ。

 またジタバタする。ずうっとこの調子だ。


 あの後で家に帰ってからもちっとも現実世界に戻ってこられなかった。

 曜ちゃんからもデートのことでたくさんThreadに着信があったが、僕は夢現ゆめうつつで上の空な状態で返信していた。

 何かおかしなことを書き込んでいないかと焦って見返してみたが、そこは不思議と大丈夫で自分でちょっと意外だった。


 あれ以来学校で羽深さんは早朝と昼休みはずっと僕と二人でいるのだけど、それ以外は相変わらず取り巻き連中に囲まれて過ごしている。


 それでも四六時中一緒じゃなくなったことで、随分と精神的には楽になったらしい。巧いことバランスを取りながらやっていけてるようだ。


 ただあれから二度ほど僕は例の佐坂の野郎から呼び出しを受けて、その都度絡んでくる奴らの人数が増えるという事態に遭遇したのだが、今のところは問題なく交わすことに成功している。


 さて、いよいよ今日はTHE TIMEのライブ直前練習最終日だ。

 明日の本番はSALTATIOサルタチオというライブハウスで行われる。

 この会場は以前ビルの電気系統の老朽化で火災事故が発生してつい最近まで営業を停止していたのだが、ようやく営業を再開できるようになった。


 高校生バンドにも利用させてくれる貴重なライブハウスなのだ。

 そのかわり高校生バンド出演の時はライブの時間帯が早め。そしてアルコールドリンクの類は出されないので経営的にはおそらく旨味がないと思うのだが、そこはオーナーの志しということなのだろう。


 今日の練習では、本番さながらにライブでの段取りを丸ごと通してやってみることになっている。

 プロのコンサートならゲネプロと言って本番の会場でまったく同じセッティングでやるところだが、我々アマチュアバンドがライブハウスで演奏する場合はそんなわけにもいかない。


 本番前に慌ただしくPAのセッティング用に音出しするだけだ。本番前に一曲通して演奏するなんてチャンスもない。


 だから今日この機会をゲネプロのつもりでしっかりやっておかなくてはならない。

 昨日の練習までで各曲ごとの演奏はしっかり仕上げてある。

 今日の練習は全体を通して恙なくプレイできるように最終的な確認の意味合いが強い。


 そうして迎えた最終練習はとてもいい出来だった。メンバーそれぞれしっかり練習しているのはもちろんだが、それ以上のものを感じられた。

 練習しすぎてつまんない演奏というのも実はありがちなのだが、きっちり練習しているのにそれがないというのがいい。


「お疲れ、楠木。結構いい感じで仕上がったな。これなら明日の本番もいい出来になりそうだわ」


「だね。僕も手応え感じた」


 練習が終わって飲み物を持って部屋に戻る。何故か当然のように僕の部屋で寛いでいるメグも演奏に関して好印象のようだ。


「ところで楠木さぁ。なんかすごいことになってんね」


「何が?」


「いや、学校中で噂になってるよ。あの羽深さんと付き合ってるってさ」


 あぁ……さすがに一緒に歩いてると結構注目されるからなぁ。妙な噂が立つのも早いか。


「別に全然付き合ってないけど?」


 実際僕だって勘違いしそうになるのを必死で抑えてるんだから、あんま煽らないで欲しいんだけどな。


「マジかよ。なんでも昼はお前が作った弁当を羽深さんに食べさせてるって噂だけど?」


 えっ!? なんでそうなってるんだ?

 普通逆だろうが、どう考えても!


「食べさせてるってなんでだよ!? いや確かに昼飯一緒に食べてるけどさぁ。それは羽深さんがなんか僕の分の弁当作ってきてくれるんだよ」


 購買でパンばっか買って食ってた男がなんで弁当作って女子に食べさせるんだよ。アホか。


「はっ!? オマエあの羽深さんの手作り弁当毎日食ってんの? すげぇなぁ。ていうかそれどう見ても付き合ってるじゃん」


「まあなぁ、普通そう思うよなぁ……」


 僕だってそうだったらどんなにいいかと思うんだけども、付き合ってるわけじゃない。

 羽深さん曰く、仲良くなりたいと言うことだ。

 この表現がなんとも微妙な玉虫色の言葉なのだ。幼稚園児の仲良しから大人のイチャコラまで仲良しの幅は広い。

 正直僕と羽深さんの仲良しってどの仲良しだか誰か知ってたら教えてほしい。


「なんだよ。詳しく話せよ、色男」

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