第31話 ふふ。どうだ、勝てまい。
「拓実君、行こっ」
睨まれてる。睨まれてるって。羽深さんの取り巻き連中がめっちゃ睨んでくるんですけど!?
どういう状況かというと、昼休みになって羽深さんから僕の憩いの隠れ家的な芝生の生えるあの場所へと連行されているところだ。それで教室からドナドナされる僕がめっちゃ睨まれているというわけだ。
学校一の美女からがっちり腕を絡められている様子に廊下ですれ違う生徒たちからも注目を浴びる。
「あの羽深さん? 逃げやしないから、その……手を一旦離そうか……」
「下の名前で呼んでくれないと聞こえない」
なんじゃそりゃ。
「ららさん? 手を離そうよ」
「うーん……いまいちよそよそしいからもっと親しみと溢れんばかりの愛情を込めてやり直しっ」
はぁ……出たよ、伝家の宝刀やり直し……。言いながら顔赤くしてモジモジしてるじゃん。それだったらもうららさんで手討ちとしてくれてもいいんじゃないのか?
「はぁ……じゃあ、ららちゃんは? 曜ちゃんと同じだしそれでよくない?」
「っ!?」
ほら、めっちゃ赤くなってるし。ここいらが落としどころでは……?
「も、もぉ……しょうがないなぁ……拓実君がそう呼びたいんだったら……別に、いいけど?」
誰がじゃ。自分で呼ばせておいてそれはないわっ。
まったくもう。かわいいんだから。
奇異なものを見るような目に晒されながらそんなことをしているうちに目的地に到着しお互い腰を下ろす。今日は毎年行ってる野外フェスでもらった一人用の敷物を二枚持参してきた。
敷物を敷いてランチボックスを開ける。今日も頑張ってくれたんだなぁと思うとありがたい。でもいいんだろうか。
「羽深さん」
「聞こえなーい」
「あ、えっと、ららちゃん」
「なになに!?」
「いや、あのさぁ。友達のことほっぽっちゃって、その大丈夫なのかなぁって……」
「どゆこと?」
あれ、分かってないのか。
「教室に残してきた人たちさ……一緒に食べなくていいの?」
お陰でめっちゃ睨まれたんですが。
「えぇー。だってわたしは勇気を出してあのグループから飛び出したんだもん。むしろ褒めてほしいくらいなんだけど?」
いや、そんな上目遣いされても……。
「もう一回言うけど、むしろ褒めてほしいくらいなんだけど?」
うぅむ……。いいのかな? 羽深さんがそれでいいならいいのか?
「もう一回言うけど、むしろ撫でてほしいくらいなんだけど?」
「どさくさ紛れに要望が変わってるんだけど?」
「ちっ。バレたか」
「舌打ち聞こえてるよっ!?」
なんだか羽深さんのキャラが段々と壊れていってる気がするが大丈夫なのか、これ?
「さ、食べよ食べよ」
「うん。いただきまぁす。今日も美味しそうだなぁ」
と、無難に話しつつも、この後のことを考えると憂鬱だ。何がってまず間違いなく今日も曜ちゃんからThreadが来る。そうすると必ず羽深さんは機嫌が悪くなるのがこのところのパターンだからな。
美人同士、何かライバル心的なものが生じるものなのだろうか。美人のことはさっぱり分かんねえな。
と思ってたらほら来た。曜ちゃんからだ。いつものように自作弁当の写真が送られてくる。今日明日もバンド練習があって日曜日はデートだ。自然とその辺りの話題も出てくる。
羽深さんのことも気になりつつ、一応向こうにも怪しまれないよう普通に返信する。
「ジンピカちゃん、なんだって?」
「え? いや別に……今日の練習のこととか」
なんとなく無難そうな話題だけを取り出して告げる。これも平和のためだ。
「それから?」
何その詰問的な感じ? 冷や汗かくからやめてっ。
「それから……うーん、それから……曜ちゃんの弁当の画像とか?」
「へぇ〜、ジンピカちゃんのお弁当かぁ。見てみたーい」
「え? 人の弁当とかそんな、別に見なくても……」
曜ちゃんの弁当は正直言ってなかなかのスキルを感じさせる出来だ。
羽深さんも頑張ってるし十分美味しいし僕は満足だけど、曜ちゃんのを見たら羽深さんが自分のと比べてしまうのじゃないかと思ってあまり気が進まない。
「見たい。拓実君に料理スキルであざとく女子力アピってくるジンピカちゃんの自信満々なお弁当、後学のために見たいなぁ」
うわ、なんか言い方にめっちゃ棘を感じるんですけどっ? やっぱ美人キャラ被り問題に対してメラメラと燃え立つものがあったり……?
「見せて見せて。ジンピカ弁当見せて」
ジンピカ弁当て……。でも本人がそこまで言うのなら、まあいっか。
「はい」
僕は曜ちゃんの弁当画像を表示させて羽深さんにスマホを渡した。
「おぉーぉお。見場も良い、彩りも鮮やか。こりゃなかなかなものですなぁ……」
あ、普通にちゃんと認めてるな。
「だがしかぁ〜しっ!」
「ん?」
「こっちは拓実君と二人ランチだもんねー。ふふ。どうだ、勝てまい。ふふふふ。ははははっ」
…………。
「気が済んだ?」
「うーん、じゃあ勢いで記念撮影しとこっか、ねっ」
ねって言われても……なんの記念だよっ?
「じゃ、はい。あーんして。あーん」
そう言いつつ卵焼きを箸でつまんで僕の口元に持ってくる羽深さん。左手には僕のスマホを持って構えている。
僕は流れで……というかあーんって言いながら開いた羽深さんの口元に見惚れて間抜けに自分もつられてあーんしてた。
パシャっとシャッター音がして気づいた時には写真を撮られていた。
「はい、じゃあこのまま勢いでもう一枚」
今度は羽深さんが僕の横で、しかも肩に手を回した上頬を寄せてパシャっと。
えぇーーっ!?
勢いでなんてことが起こってるんだ? 勢いスゲェーーーッ!?
「おぉーっ、お宝お宝。AirDropしとかなきゃ」
などと言いながら羽深さんが僕のスマホと自分のスマホをまた操作して今の画像をシェアしているようだ。
僕は起こっていることに脳も体も追いつかずまだ固まっている。
「ジンピカちゃんにも送っとく、これ?」
などと訊いてくるので急速に僕の脳みそは復旧して速やかにスマホを回収した。
危ねえっ。なんか分からんが、この画像が曜ちゃんの元に送られるのは絶対阻止しなくてはならないと本能が警鐘を鳴らした気がする。
「ふふぅん。やったーっ。これ待ち受けにしよっと」
ご満悦な様子の羽深さん。何やら恐ろしいことを呟いた気がするが、僕はそれより曜ちゃんに危険な画像が送られていないかまずは確認することに気を取られていた。うむ。無事だったようだ。ふぅ。
羽深さんと一緒にいると良くも悪くも生きた心地がしないのだった。
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