第14話 台風みたいだった
駅まで歩く間、羽深さんはずっと僕の袖を掴んで離そうとしなかった。
これは男子憧れの、されたら惚れてまうやろな仕草の上位にランクインするやつだ。
羽深さんがどういう意図でやってるのか分かんないけど、こんなのされた日には男の心は惑いに惑わされる。
今日の僕の心臓は落ち着く暇がない。
ちょっと前まで曜ちゃんに乗り換えるかみたいなことを結構本気で悩んでいたのに、現金なものですっかり頭の中は羽深さんでいっぱいになってしまった。
相変わらず僕って最低な男だな……。
浮かれた頭の片隅で自己嫌悪する自分が段々主張を強めてきて少し辛い。
電車の中ではまた羽深さんは僕にぴったり寄り添うように座ってきた。
まったく、どういう意図でやってるのか本当に分からないんだが、羽深さんみたいな美人からこんなことされたらプロのDTだってさすがに勘違いするぞ。
少しは自分の破壊的な魅力に自覚を持って欲しいなぁ、もう。
僕が横目でチラリと羽深さんを見ると、気持ちよさそうにスヤスヤ寝息を立てていた。
そんな羽深さんを見ていたら愛おしくて堪らない気持ちと同時に、一方であまりに無邪気にこんな姿を見せる羽深さんの無防備さに、苛立ちの気持ちも沸き起こる。
もうっ、本当にもう少し危機感を持った方が……!?
そう思った直後に、羽深さんの頭がコテっと僕の肩に倒れてきた。
危機感……なさ過ぎ……っていうか今僕の理性の危機かも……!?
羽深さんのサラサラで少し明るい髪が僕の頬をくすぐっている。シャンプーなのかトリートメントなのか、髪の毛の甘くていい香りが僕の鼻腔をくすぐる。すぐ側で羽深さんの静かな呼吸が耳をくすぐる。
要するにくすぐられっぱなしだ。
くぅっ。
撫でたい……今すぐこのサラサラの髪の毛を、僕の肩に置かれた頭を撫でたいっ……。
もぉーーーーっ、なんなのこの状況!?
スンゲェ幸せなのに辛い。辛いのに幸せ。
もう頭の中がパニックだし胸も張り裂けそうだし、自分で自分を持て余しそう! 翻弄されっ放し。
その後も少しの間はやり場のない感情を持て余したまま、どうしていいのか分からずに悶々としていた。
しかし気持ちを落ち着けなければ。
僕らは今下校中なわけでやがて最寄の駅で降りるのだからいつまでもこうしているわけにはいかない。
「羽深さん……羽深さん……」
もうすぐ最寄駅に着くので寝入っている羽深さんを起こそうと声をかけるが一向に起きようとする気配がない。
どうしよう。この調子だとまた乗り過ごして今度は学校の方まで戻っちゃいそうなんだけど……。
そんな不安をよそに、電車はあっという間に僕らが降りるべき駅に着いた。
すると矢庭に羽深さんはすっくと立ち上がった。
「何してるの拓実君。さぁ、降りましょ」
…………えぇ〜っ。
羽深さんは車両を降りるととっとと改札へ向かって歩き出している。その右手で僕の左手の袖を引いて。
なんか違わね、これ?
袖を掴まれてるのに引かれてるのは僕って……。
「あのぉ……もしかして羽深さん、電車の中でずっと起きてた?」
「バレた? あは」
…………えぇ〜っ。
それを聞いて僕は、あの時欲望に負けて髪の毛撫でたりしなくてよかったぁ〜と心底自分の理性を褒めてやりたいと思った。
羽深さん、恐るべし……。
こんな調子では羽深さんにはとてもじゃないが敵わない。終始僕の心も感情も思考もぐっちゃぐちゃに掻き回されて翻弄されるばかりだ。
もしかして弄ばれているんだろうかという考えが過ぎるが、その割に自分も顔を真っ赤にしてたりするのでそうまでして僕の心を弄んで楽しいだろうか疑問でもある。
そんな帰り道の道中も直に終わろうとしている。羽深さんと僕とは途中まで帰り道は同じで、ある大きな交差点で帰路が分かれた。
羽深さんはその交差点を向こう側に渡るが僕はこの交差点をそのまま曲がる。
青信号を向こう側に横断すると羽深さんはこちらを振り返って手を前の方に突き出して振ってから去っていった。
僕は彼女の後ろ姿が見えなくなってからもしばらくは呆けたように彼女を見送ったままの姿勢でそこに立ち尽くしていた。
「台風みたいだったな」
ポツリと独り言を呟いて僕も家路を急いだ。
あれ、そういえば僕、まだビスコッティのお礼を言ってないんだった……。
羽深さんと一緒にいた時には散々振り回されてそんなことを思い出す余裕もなかったのだけど、家に着いて人心地がついてから思い出した。
こういう時のためのThreadか。
いや、でもやっぱりお礼だから直接伝えたいかな。どうせ明日から一緒に登校することになったんだからその時にでも伝えればいい……。
それにしてもどうして羽深さんってこんなに僕に構うんだろうなぁ。
いい加減僕のこと好きなんじゃないかなんて勘違いしそうになるよ……。そんなわけないんだけどさ。
もう、マジで苦しくて辛いなぁ……。
誰もいない部屋で僕は大きくため息を吐いた。
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