第13話 花咲爺と舌切り雀再び
「あの……何を……?」
「連絡先っ。登録するから貸して。Threadは? やってる? 楠木君」
あぁ〜、それね。なんだ、連絡先の交換かぁ〜……って、えぇっ!?
天下のスクールカースト最上位に燦然と君臨するクイーンと連絡先の交換だとぉっ!?
なんだ、なにが狙いだ!? ドッキリか!?
またしても僕は隠しカメラのありかを探して周囲を窺ってしまう。
「早くぅっ。携帯貸して、ね?」
あ、ダメだ。天使だ。この上目遣いにはたとえ百戦錬磨の猛者だってズキューーンだぁ……。況してプロのDTである僕はなんの抵抗もできずスマホのロックを解除して羽深さんに手渡した。
カーストトップの羽深さんはさすが手慣れた様子で僕のと自分のスマホを操作しながら登録していってるようだ。
とそこで急に手が止まったかと思うと僕のスマホ画面を凝視している。
はて……何か問題のある秘密の画像とか入ってたっけか? ……いや、大丈夫なはずだ。
はっ!? まさかのプレイリスト見ちゃったパターンとか? 何だろう……でもすんごく剣呑なオーラを感じるんですけど……。
「楠木君……」
「はい……?」
「そういえば聞いてなかったけど、楠木君ってお付き合いしてる人がいたりするのかな……?」
「はい……? それはつまり……恋愛的な意味の付き合いという意味で……?」
「いるのかな!?」
強い強いっ。語調が強いです、羽深さん?
「そ、そういった意味でなら……いませんけど……?」
「ふぅーーん。そうなんだぁ……ふぅん……」
怖い……なんか怖いっす。羽深さんの背後にどす黒いオーラが……!?
「そうだ。楠木君ってぇ、最近朝早く来なくなったけどぉー、なんでかな?」
わーぉーぅ、藪からスティック!?
なんでかなって、それは……羽深さんのせいだけど……それは言っちゃダメなやつだ。
うーーん、なんつったらいいんやぁ……?
つーかその言い様だと羽深さんはまた早朝来てるってことか?
「何か体調とか、家の事情とか?」
「いや……特にそういった事情は……」
「じゃあ来られるけど来てないだけ?」
それ答えちゃうと羽深さんのことを避けてたみたいで肯定したくないんだけど……圧に負けました。
「はい……」
「ふぅーん、そぅ」
「はぁ……」
「じゃあさぁ……明日から一緒に登校しよっか」
前後関係っ!? 文脈っ!? 話の流れが分からんっ!
「……?」
「楠木君って◯◯駅でしょ?」
知られてた? なんで知ってんだろ?
「まあ、そうだけど……」
「実はわたしも一緒だって、知ってた?」
なぬぅ!? 新事実発覚。羽深さんが同じ駅の利用者だと? なんで今まで気づかなかったんだ?
「じゃあ、駅に六時五十分集合ってことで」
「え?」
「なにか? あ、もしかしてわたしの家まで迎えに来たかった!?」
「えぇっ?」
「違ったか……じゃ、そういうことで決まりかなっ」
かなって……。決まりなのか……決まっちゃったのか……。いや、まあ。悪い気はしないけど……っていうかどっちかと言うと天にも昇りそう……?
「はい」
そう言って羽深さんは僕のスマホを返してくれた。一応中身を確認すると、しっかり羽深さんとThreadで繋がるように設定されていた。
自分のスマホに目を落としていると、早速羽深さんからThreadに着信通知が来た。
『明日から学校楽しみ ٩(๑❛ᴗ❛๑)۶』
さすがリア充ともなると学校も楽しいんだなぁ……。羨ましい。
人ごとのようにメッセージを眺めているとまた刺さるような視線を感じる。
「ちょっとぉ、拓実君」
「ふぇっ!?」
「ふふふ。下の名前、呼んでみちゃったっ」
一体なんなのだこれは……!? 羽深さんの狙いはなんだ?
「明日から学校楽しみだねぇ、拓実君」
だからリア充には楽しいだろうけど、僕みたいな底辺にとって……はっ!?
羽深さんが言ってるのは……つまり一緒に登校することなのか!?
は、恥ずいな……そりゃ僕だって楽しみだけどさ……でもそれよりか。
『緊張します……』
正直な気持ちを送った。
「ふふ。なんでよぉ、もぉ! 拓実君、ドラムの時はあんなに堂々としてるのにぃ」
「え?」
僕がドラムをやるの、知ってたのか? ていうかその口ぶりだと、演ってるの見たこともありそうなんだけど……? ん? どういうことだ?
分からないことだらけで、僕の頭の中にははてなマークだけが次々と浮かぶのだった。
「さぁて、そろそろお家に帰ろうかな。行こ、拓実君」
てか名前呼びはもう決定なのか。
僕らは立ち上がり、店を出ると羽深さんは僕の袖口を掴んで来た。
「前にもこうしたことあったよね……」
え、あぁ……痴漢騒動の時のことか……。でもあんまり思い出したくないんじゃ……?
「助けてくれて……ありがと……」
あの時は正直なところ何も考えてなくて、気がついたらやってたことなんだよな……。
「嬉しかったよ……拓実君……」
羽深さんの方を見れば、また頬を赤らめて上目遣いで僕を見上げてた。これをやられちゃあ敵わないな……。
キューっと胸が締め付けられる。恋い焦がれて止まない羽深さんが、僕と肩を並べて歩いてる。こんな風に頬を赤らめながら僕のことを見て……。
くぅーーっ。抱きしめてぇーっ!
今すぐ抱きしめたいわーっ!
愛しすぎるっ!
心臓張り裂けそーーーっ!
僕はありったけの理性を動員して衝動を抑えるのに必死だった。
勘違いしてはならない。これは現実だし羽深さんがかわいすぎるけど、あくまでお礼を言われてるだけなのだ。
あぁー、久し振りに花咲爺と舌切り雀思い出そうっ。欲張って調子に乗ると失敗するぅっと。
調子に乗るな調子に乗るな調子に乗るな調子に乗るな……。
僕は頭の中で念仏のように何度もそう唱えて必死に煩悩と闘うのだった。
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