第12話 それは内緒

 ひとまず電車を降りた駅が比較的大きな商店街のある街だったので、羽深さんはちょっとお茶でも飲んで帰ろうと僕を駅の外へ連れ出した。


 正直言ってもう一切関わる機会などないんじゃないかなと思っていたので、このシチュエーションにはびっくりだ。


 羽深さんはスマホを操作して店を探したらしい。

 慣れない状況に緊張しながら後を付いていくと、着いた先は人気のドーナツ店だった。


 もちろん付き合っているわけでもないのに僕が奢るというのも烏滸がましいと思って、それぞれが自分の分を払えばいいかと考えていたのだが、自分の注文分を支払おうとしたら羽深さんから止められた。


 結局羽深さんがイヤホンのお礼だと言って支払ってくれた。

 僕はドラマーとしていわゆるトラの仕事がちょいちょい入るので、お小遣いに困ることがほとんどないのだが、今日のところは黙ってクイーンにご馳走してもらうことにした。


 羽深さんはドーナツを両手で持って少しずつかじってはモグモグ咀嚼している。

 ドーナツを食べているだけなのに何でこんなにかわいいんだろうか。

 思わず僕はでれっと緩んだ顔でその様子に見惚れて自分が食べるのを忘れてしまう。


 僕があんまり不躾に視線を向けているからだろうか、羽深さんの顔がみるみる紅潮していくのだがその様子までが愛らしい。


 はぁ、もうだめ。やっぱり羽深さんは天使だわ。

 もうこれが夢でもいいやぁ〜。至福……。


「ど、どうしたの? 食べないの……? ドーナツ、苦手だった……?」


「いやぁ、あんまり綺麗で見惚れちゃって……」


「なっ!?」


「……って、あーーーーっ! い、今、声に出しちゃってましたぁっ!? す、す、すすみませんっ!!」


 あまりの夢心地に、思ったことが検閲を通らずにそのまま声に出てしまったようで僕も、そして聞かされた羽深さんも大慌てだ。


 あぁー、恥ずかしすぎるぅっ!

 何てことを口走ってくれてるんだよ、この口はっ!?


「ちょ、ちょっと僕、トイレにっ」


 変な感じになってしまったその場の空気を収集しきれずに、僕はとりあえずトイレに行って仕切り直すことにした。


 洗面所の水をジャージャー流しながら火照った顔をジャブジャブ洗う。

 目の前の鏡に映る僕の顔はまだ赤く火照っているように見える。


 はぁ〜、それにしてもなんてこと言っちゃったんだよぉ〜、もう……。

 あれ、もろに羽深さんに聞かれちゃったなぁ。

 さすがにキモいって思われちゃったかなぁ……。

 通り越して怖いって思われてたらどうしよう……。


 頭を冷やして仕切り直しだと気合を入れて戻る。

 しかし今だに真っ赤っかな顔で俯いている羽深さんを見たら、こっちも照れ臭くて俯いてしまう。


「楠木君……あの……ほんと?」


「へ?」


 いきなりの質問だが何のことだか理解できずに間抜けな声が出てしまう。


「その……見惚れてたって……ホントかなって……」


 どひゃーー!

 せっかく仕切りなおそうと思ったのに蒸し返されたっ!?


「えぇーーっとぉー、そのぉー、なぁんていうかぁー、そのぉー……」


「嘘だったのぉ?」


 途端に怨みがましい非難の目が向けられてさらに慌てる。


「いやいやっ、嘘とかそういうことじゃーなくぅー、そのぉー……」


 困った、言葉を濁しつつ言い訳を必死で考えるがまるっきり何も思い浮かばないっ。


「やっぱり嘘だったんだぁ?」


「本音でしたぁっ。すみませんっ!」


 追い詰められてどうしようもなくなって土下座する勢いでテーブルの上で頭を下げ謝った。


「ちょっとぉー、何でそこで謝るわけぇっ!?」


「いやっ、その僕なんかが羽深さんについて感想を述べるなんて失礼なことだったと反省してますっ。ホントすみませんっ!」


 再びテーブルに額を擦り付けながら渾身の謝罪を繰り返す僕。

 周囲の僕らを見る目が痛い。


「ちょ、分かったから。いや、意味分かんないけどとりあえず頭あげてよぉ、楠木君!?」


 僕はゆっくりと少しずつ頭を上げながら羽深さんの顔色を窺う。

 羽深さんはそっぽを向きながらも顔は相変わらず真っ赤で唇を尖らせている。

 怒っているのかもしれないが、そんな顔をされてもやっぱり愛らしさは衰えない。


「感想だったら、別に悪くないと思うけど……?」


 よかった。うっかり口を滑らしたけど、そのこと自体は許されているようだ……ふぅ……。


「そっか……楠木君は、わたしのこと綺麗って思ってくれてるんだぁ……ふぅーん……へぇ〜」


 ぶつくさ何かを言っている様子だがこの顔には覚えがある。

 いつも教室でイヤホンで何か聴いてる時にしている表情だ。あの笑いをかみ締めるような何とも幸せそうな顔だ。


 なんだか今なら聞ける気がするんだが……。

 勢いで聞いちゃうか……。


「あのぉ……前から一つ聞きたいことがあったんだけど……聞いてもいいかな……?」


 僕は彼女の顔色を窺いながら慎重に質問した。


「……内容にもよるけど……何かな……?」


 それはそうだ……。

 もちろんそこは尊重するに決まってる。

 僕の質問はそんなに答えにくいものじゃないはずだから大丈夫だろう……。


「あの……いっつも朝、教室でどんな音楽聴いてたのかなって……すごく幸せそうだったから、どんな音楽を聴いてるんだろうって、いつも気になってて……」


 そんなおかしな質問じゃないはずだ。大丈夫なはず。

 そう思って質問したのだが、なぜか羽深さんはまた急に顔を真っ赤にして俯いてしまった。


「……それは……内緒……」


 きゅーーーん!?

 な、内緒なのぉ!?

 でもなんかよく分からんけど超かわいかったんだけど、今のっ!?


 羽深さんはしきりにモジモジした様子で顔を赤くして俯いてる。

 そっかぁ……なんかよく分かんないけど内緒なのかぁ。残念だが仕方ない……。でもかわいいなーちくしょーめぇ!


「でも……楠木君の方こそ……いっつも何を聴いてたのかな……? なんか聴きながらニヤニヤしてたから……気になってたんだけど?」


「うんっ?」


 見られてたぁ!?

 いやしかし、ニヤニヤしながら何聴いてたかって……羽深さんが聴いてる音楽を妄想して作ったプレイリスト聴いてましたぁっ!


 って言えねぇーっ。

 絶対、言えねぇーーっ。

 無理無理! それは言えませんわ。


「うーーん……それはまぁ……色々?」


 ごまかせっ!

 とにかくどうにかしてごまかせ!


「たとえば……?」


 食いついてきたーーー。


「たとえば……?」


「うん、たとえば?」


 食らいつくねぇー、食らいついて離さないねぇー。

 さあどうする!?


「うーん……あっ! 僕いろんなバンドの手伝いとかしてて……手伝うバンドの曲とか?」


 よぉ〜し、どうだ。これでごまかせたはず。


「ん……」


 右手を僕の前に差し出す羽深さん。

 なんだ? イヤホンはもう返したけど……。


「んっ……」


 改めて右手を僕の前に差し出してくる。

 これは何を意味してるの……かな?


「携帯。貸して」


 携帯? 何をする気だ?

 まさか僕の今の説明じゃ納得できずにプレイリストを直接確認する気か!?

 それはマズイ。プレイリストに名前ついてるから困る。やめてほしい……。


「あの……何を……?」

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